自称保護者は心配性
クロの目から見て、理一達は不思議な人間だった。色白だからというのもある。この世界では色白は変人というのが一般的な認識だからだ。だがクロが思うのはそれだけではない。
普段園生を初めとして、彼らと会話することは多い。その会話の中で時々、クロも聞いたことのない技術や物事の話を聞く事がある。クロが尋ねると、それが何かを教えてくれるが、たまたま聞きとめた他人が尋ねると、いつもはぐらかした。
それに彼らは普通の冒険者を装っているが、平民にはない気品が、所作や言葉から漂っている。それに安吾は理一を陛下と呼んだし、自分を陛下の護衛と言った。
だからクロは、理一達はきっと余所者なのだろうと思っている。
クロはその事を問いただす気はないし、周りにそれを隠そうとするのは、クロも理解できるので何も言わない。
昔から余所者といえば、恩恵をもたらすか脅威をもたらすか、はたまたネギを背負ってきたカモである。人の良い彼らのことだ、余所者と知られたらすぐに騙されてしまいそうだ。
理一達は、お世辞抜きで善人だ。彼ら自身も自分たちの行動指針に「善良さ」を意識しているようなところがある。そのせいだろうか、クロが彼らと出会ってから、嫌な人間にはほとんど出会っていない。
クロが知っている人間は、狡猾で悪辣で残忍だった。自分さえ良ければ、他者が苦しもうと構わずなんでもやる、それが人間だと思っていた。その認識が、理一達と出会ってから変わった。
相変わらずクロに怯えたり敵意を向ける人間はいるし、町のためにと家に閉じ込められるのも参る。それでも、最近クロは人間を威嚇したり攻撃していないことに気づいた。
威嚇したとしても、それは園生や菊に害が及ばないようにするためであって、自分の怒りに任せたものではない。自分は随分丸くなったのではないかとクロは自己評価する。
それに最も貢献しているのは、やはり主人である園生と、今目の前にいる黒髪で黒目をした、人畜無害が服を着て歩いているような、この少年のせいだろう。
理一は時々クロに相談をしたり、アドバイスを求める。クロが理一よりも長生きしていて、魔法やいろいろな事を知っているとわかっているからだ。
最初は、仮にもパーティーのリーダーなのに、一番の新参であるクロに助言を請うていいものなのかと複雑な気分だったが、今はそうは思わない。
理一はいかにも人畜無害で、善良さの塊みたいな男で、赤身も少ないしヘタレだし、日和見主義なところもあって、なんというか老人くさい。
しかし、安吾が死にかけた時、初めて理一は激昂した。理一が怒ることがあるなどと思いもよらなかったから、少し驚いたものだ。そして理一は的確に自分たちに指示をして、安吾は死なずに済んだ。
理一は旅をしなければならないと言った。いい人キャンペーンの普及という、よくわからない目標があるらしい。そして、理一の目的が常に生きる事に向けられていると気づいた。
生きる為なら、クロにも仲間にも誰にでも助力を請い、力を求め、クロにすら楯突く。それに気づいて、クロは理一に対する認識を改めて、好感を持った。
だから、魔法研究をすると理一が言い出した時も、魔術師になるのかと少し心配にはなったが、理一のことだからそれはないだろうとすぐに打ち消した。魔法を研究するのは、もしかしたら今後敵対するかも知れない魔術師に対抗する為だったからだ。
魔術師の行いは、普通に幸福に生きている人の生活を脅かす可能性もあるのだ。理一のことだから、その内魔術師とも敵対するだろう。そう考えると、対抗策は考えておきたいと思うのも当然だ。
だからクロは、理一にもう一つアドバイスをしておこうと考えた。
「リヒト、お前は魔法陣を見た事があるか?」
「うん、一度だけあるよ」
「お前は何故呪文があるのに、魔法陣などとまどろっこしいものがあるのか、考えた事があるか?」
しばらく理一は宙を見つめて思案し、再びクロに視線を戻した。
「多分、発動時間の短縮かな?」
「正解だ。厳密には魔法発動の簡略化だ」
「簡略化」
「そうだ。魔法陣を一々描くのでは時間がかかる。だから魔法を発動する条件を、魔力を乗せた言葉で表現し、発動するようにしたのが呪文だ」
「なるほど。じゃぁ、魔法陣が使われる意義は?」
「魔法というのは原則的に理論で構成されている。魔法陣には、どの種類の魔力を、どのくらいの量の魔力で、どのように組み立てるのかを記されている。言ってみれば設計図だ。だから魔法陣を使用した魔法は、呪文を使用した魔法よりも精度が高い。そして威力も異なる」
「どう異なる?」
「呪文で発動した魔法は、言葉に乗せた瞬間に空気中に魔力が霧散していく。言ってみれば魔法の伝導率が悪くロスが多いのだ。だが、魔法陣に直接魔力を流すのはロスが少ない」
「だから威力にも差が出るんだね」
「その通りだ」
「そうかぁ…」
つぶやくようにしながら、理一はまた思索タイムに入る。再びクロに視線が戻る。
「じゃぁ無詠唱魔法はどうなんだろう? イメージを魔法として発現するのは、タイムラグはないよ」
「そうだな…例えばお前は家の絵を見せられて、この家と同じ家を作れと言われるのと、家の設計図を見せられて、この家を作れと言われるのでは、どちらが作るのが簡単だ?」
「なるほど、それは設計図を見た方が簡単だし確実だ」
「そういうことだ。精度という点について、魔法陣に勝るものはない」
再び理一は考え込んで、今度はすぐにクロを見る。
「じゃあ、魔法陣の図式を完璧に記憶して、そのイメージで無詠唱魔法を使うのは?」
「その魔法は発動するという点において、欠陥のない魔法になるだろう」
クロの言葉を聞いて途端に目を輝かせた理一は、再び自分の世界に入ったようだった。ウキウキしたかと思えば、懊悩したりしている。
やれやれ世話がやけるとクロは溜息をつきながら、しかし、と思う。
(リヒトは年齢の割に使えすぎる。奴らに目をつけられなければ良いが)
クロには懸念している者がいる。クロは元々魔の島というところにいた。しかし、その人間の存在に危機感を覚えて逃げてきたのだ。お陰で全国指名手配にはなったが、今は逃げて心底良かったと思っている。それでも理一たちを思うと心配だ。なんだか自分が保護者にでもなったような気分だ。
(奴らも余所者という話だ。面倒に巻き込まれなければ良いが)
クロが心配そうにしているのに気づいた理一は不思議そうにしていたが、「大丈夫だよ」と言ってクロの頰を撫でた。何が大丈夫なのかは全くわからないが、とりあえず今は大丈夫そうなので、それで納得することにした。