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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
インスリーノ辺境伯領レオザイミの町
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馬車の旅とインスリーノ辺境伯


次の目的地は、このターゲス王国の南西部を統括するインスリーノ辺境伯の直轄の街である、レオザイミである。インスリーノに聞いたところ、ピオグリタからは馬車で1週間ほどだそうだ。この辺境伯領だけでも相当な広さだが、ターゲス王国も相当に広い。地図を見ただけでは、こういうことはわからないものだ。

それでもまだ1国も回りきっていないことを考えると、世界をつぶさに巡?り歩くのは、ほとんど人生をかけた旅になるだろう。


特に急ぐ旅でもないので、一行はまったりと徒歩でレオザイミへ向かおうとしていたのだが、背後から早く進んだ方が良い気配が迫っている。

菊が町を出たことに気づいたファン達の幾人かが、菊の後を追いかけてきているのだ。今後も続くであろう菊のワールドツアーを、ずっと追っかけする気なのだろうか。する気かも知れない。それくらいの気迫を感じる。


それでも無闇に近寄らないのは、おそらくクロがいるからだ。何度も気絶させられている追っかけのファンーー以下親衛隊ーー達は、クロの脅威をその身に存分に思い知っているからだ。それでもついてくる執念には脱帽の一言である。


見たところ8人程度。あのくらいなら放っておいても問題はないだろう。あの数のファンなら菊も管理できると言ったので、ついてくるに任せた。そのうちついてこれなくなって戻るかも知れない。



そうしてしばらく歩いていると、少し前に理一達を追い抜いた乗合馬車が路上で停車しているのを見つけた。どうしたのかと思っていると、すぐに道の脇の茂みから、布で顔を隠した盗賊風の一団が躍り出てきた。


すぐさま理一が烈風の魔法をぶつけて、強盗達は強烈な風圧によって吹き飛ぶ。それを回避した2人の強盗は、いつの間にやら飛び出していた安吾によって、即座に地面に倒れ伏した。

理一達が慌てて乗合馬車へ行くと、一部始終を見ていた乗客と御者は全員無事だったようで、しきりにお礼を言っていた。


「冒険者の方ですか? よかったら護衛を兼ねて乗ってもらえませんか?」


御者が金貨3枚を差し出してそう言う。背後から追いついてきた親衛隊をチラリと見遣って、倒れた2人を放置して逃げた強盗の残党の事を考える。こういう場合は近くの町に通報した方がいいのだろう。しかし背後から親衛隊と言う名の追っ手が迫っている。

みんなで話し合った結果、菊と理一と安吾が馬車に乗り、園生と鉄舟とクロが強盗を引きずってピオグリタの門兵まで配達することになった。


馬車の乗客はピオグリタから、もしくはピオグリタ経由で来た客が多かったので、菊を知っている人も多かった。つい今しがたこの人たちは怖い思いをしたばかりなので、元気を出してもらうために、気前よく菊は自慢の歌を披露する。

透き通るような張りのある声で歌うのは、酒場で最初に聞いた歌だった。このターゲス王国王国の初代国王と共に、この国の基礎を作った英雄を讃える歌だ。勇ましく果敢に立ち向かう英雄は、王の良き友良き仲間として支え、最後には王の妻として国民から愛される。この国の初代王妃が怪力の持ち主だったというのは有名な伝説だ。


歌い終わると拍手喝采で、乗客も御者も元気が出たようだ。そして更に菊のファンを増やしたようでもある。こっそりと幌の隙間から覗いてみると、親衛隊達がゼーハー言いながら並走している。頑張れと心の中で応援を送っておく。


「お兄さん達は、さしずめ菊ちゃんの護衛ってところかい?」


理一達に興味を持ったらしい中年のおばさんの言葉に、すぐさま言葉を返したのは菊だ。


「違うわ。元々あたし達は冒険者なの。彼はリーダーで魔法使いの理一、こっちの彼はナンバーツーで剣士の安吾よ」

「そういえば、さっきの魔法はすごい威力だった」

「お兄ちゃんも、とっても強かった!」


一緒に話を聞いていた、父親と娘の親子連れが反応し、理一達は素直に「ありがとう」と礼を述べて微笑で返した。

道中は和気藹々とした雰囲気で、助けたことと菊の人気が功を奏したのか、色白差別もされずに次の街に到着した。

そうやって町や村で休憩を挟んで、1週間の旅程の内で襲撃されたのは最初の1回だけだったが、乗合馬車や貨物馬車にとって、強盗の襲撃というのはほとんど死を意味するので、護衛がいると言うだけで心強かったそうだ。


「あんた達はいい人達だし、機会があったらまた頼みたいよ」


と御者が言ってくれて、さらに金貨を3枚上乗せしてくれた。これには理一達も快く返事を返して、レオザイミの門前で全員が馬車を降りた。

一応確認すると、親衛隊もちゃんとついてきていた。心なしかピオグリタを出た時よりも、壮健な顔つきになっている。


それはそうかもしれない。すぐに追いついたクロ達が、親衛隊の後ろから「頑張れ頑張れ」と、応援ともヤジともつかない声をかけながら、親衛隊達をずっと煽っていたのだ。親衛隊達は命がけで頑張ったと思う。彼らはファンクラブの名誉会員にしてあげてもいい気がする。


やはりレオザイミの門前でもクロを見て回りが腰を抜かしていたが、門兵にインスリーノから預かった手紙を見せると、すぐに通してくれた。


石畳に舗装された街並みは古いが、趣がある地方都市といった感じだ。町の外周は麦やサトウキビ畑が広がっていて、区画整備された民家や商店が数多く立ち並んでいる。

その中でも町の中心地に聳え立っているのが、小さめのお城と呼んでも遜色がない、石造りの城。クロを見て一瞬で青褪める門番に、案内してくれた門兵が励ましながら手紙を読ませる。1人が城の中に連絡で戻り、しばらくすると老年のメイドがやってきた。


「黒犬旅団御一行様、初めまして。私はこのインスリーノ城にてメイド長をしております、ロベルタと申します」


そう言うとロベルタは、メイド服の長い裾を持ち上げて、優雅に礼をとる。それに理一達も礼を返す。冒険者が想像していた以上に行儀が良いので、ロベルタは少し驚いたようで目を開いたが、それ以上表情に出すことはなく、すぐに営業スマイルを浮かべた。


「長旅でお疲れかと存じます。しばらく体をお休みいただけますよう、こちらにご案内いたします」


ゆっくりとした優雅な所作で、ロベルタは門前から庭の方を通っていく。この辺りはクロの存在を加味しているようだ。クロのことを考えるなら離れに連れて行かれるだろうと思っていたら、想像通りだった。


思い思いの部屋に入って、窓から外を見る。離れの外ではクロがいて、芝生の感触が面白いのか、前足でサクサク踏んで遊んでいた。やはり犬は外が好きなんだなと考えていたら、ロベルタではない別のメイドが呼びに来て、風呂に入るように言われた。

確かに旅の汚れが付いていて、伯爵に会うには不敬だ。それなりに金持ちの集まる町だったピオグリタで服も買い足しておいたので、風呂に入ってそれに着替えた。


全員の準備ができたのを見計らっていたのか、ロベルタが呼びに来た。晩餐に招待してくれるそうだ。

この世界は現代日本のようにスーパーがあるわけでもないので、客が来たらすぐ宴など不可能だ。宴会を開く際には相当前から準備をしなければ間に合わない。何週間も前から商店や市場に、この肉と野菜をいつまでにこれだけ欲しいと予約しておいて、商店や市場は、農家や漁師に、いつまでに何の肉や作物を届けて欲しいと依頼し、そうしてようやく手に入る。予約をしていても、自然が相手なのでうまく行かないことはある。本当は鶏肉を出す予定だったのに、手に入らず豚の塩漬けでごめんなさい、なんてこちらではよくある話だ。

それでもこの伯爵家ですぐに晩餐会ができると言うことは、そう大掛かりなものでないにしても、それなりに流通が充実していると言う証拠だろう。


向かう道すがら、ロベルタにそんなことを聞いてみたら、彼女はふんわりと人のいい笑みを浮かべた。


「ええ、伯爵様は善政を敷いていると評判の領主であり、移住を希望する人も多くいます。商業や農業も盛んで、食べ物も美味しく、こちらの伯爵様にお仕えできる身の上を、わたくしは誇りに思っております」


本当に満足そうにロベルタはそう言った。メイドとして老年に至るまで勤め上げるのだ。彼女がインスリーノ伯爵に向ける信頼は絶大なのだろうことがうかがえる。部下から想われる上司というのは、間違いなく優れた上司だ。


ロベルタに案内された両開きのドアを、両側にいたメイドが開く。入室したロベルタが理一達を紹介し、理一達が進みでると、テーブルの真ん中に座っていた男性が立ち上がった。

黒いフロックコートに白いタイをした、60代の白髪の男性に、理一が代表して挨拶する。


「この度は突然押し掛ける形になってしまいまして、無作法をお許しくださいませ。私は冒険者黒犬旅団の理一と申します。以後、お見知りおきを願います」


相手の男性も優雅に一礼して挨拶を返した。


「私はこのインスリーノ辺境伯領を統括している、アルベルト=クロール=インスリーノだ。我が愚弟が君達には世話になったそうだな。そう畏まらず、席につきたまえ」


お礼を返して、メイドに案内されながら椅子に腰掛ける。話を聞いてみると、インスリーノは「狂言誘拐を起こしてしまって、その解決で黒犬旅団には迷惑をかけたので、兄貴のところに行ったら良くしてやってくれ」という旨の内容が手紙に書いてあったそうだ。


「君達の噂は私の耳にも届いている。グルコス遺跡での討伐や、中央劇場地下での魔術師の事件、ご苦労だった」

「痛み入ります」


伯爵はインスリーノやチアゾリッジの事を色々聞いてきた。たまには2人も里帰りする事があるらしいが、滅多に会わない弟達の動向が気になるようだ。

この日はインスリーノ達の話や、このレオザイミの町の話などを色々と話して、和やかな空気で晩餐会を終えた。


あてがわれた離宮の一室に戻って、夜着に着替えると窓を開けて、理一は外にいるクロに手招きする。クロはのしのしと窓際に寄ってきた。


「おみやげ」

「おお、気がきくではないか」


こっそりと異空間コンテナに放り込んでおいた、晩餐会で出された料理をクロにあげると喜んで食べ始めた。

食いしん坊のクロに少し含み笑いをこぼしながらも、理一は真剣な表情になった。


「クロは魔術師の事を知っている?」

「むしゃむしゃ…うむ…知っておるぞ…むしゃむしゃ」

「生贄を使うような魔法って、どんな魔法かも知っている?」

「もぐもぐ…知っているが…もぐもぐ…先に食わせろ」

「あ、ごめん」


ひとしきりクロが食べ終わると、物足りない様子だったがクロが教えてくれた。


「あれは召喚魔法だろう。何を召喚する気かは知らんが、次元を超えて何かを呼び出すというのは、相当な力を使うのでな。それには相当数の生贄が必要になる。事後報告でもそうだったのだろう?」

「そうみたいだね。あの時期から浮浪児がかなりの数、姿を消していたみたいだ」

「孤児や浮浪者というのは、魔術師にとっては格好の餌食だからな。あの小童が目をつけられなかったのは奇跡に等しい」


ジークももしかしたら、魔術師に捕らえられて生贄にされていたのかと考えると、背筋が凍りつく。ジークが逃れられていたのは、あの身体能力の高さゆえに魔術師が捕捉できなかったというだけだろう。

実際浮浪児や浮浪者の数は減っていたらしく、それを知ったチアゾリッジは本格的に孤児救済に乗り出したそうだ。


以前ラズに魔法を初めて習う際に、ラズは「本当は理論とか色々あるんだけれど」と言っていた。それらを研究して独自の魔法を開発するのが魔術師なら、もしその魔術師に対峙した時に、自分は対処できるのかと考えると不安がある。


「今の僕は魔術師に勝てると思う?」

「相性にもよるが、難しいだろうな。お前は矮小だ」


辛辣だが、クロは事実しか言わない。この点に関してはおべっかも慰めも不要なのだから、その正当な評価を受け入れるのが正しいだろう。


「そうだよね、僕も魔法を少し研究してみるよ」

「お前も魔術師になるのか?」

「そうとは限らないけれど、敵を知り己を知れば百戦危うからずというだろう」

「そんな言葉は知らん」

「それもそうだ」


肩をすくめて笑う理一に、クロはやれやれと嘆息した。

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