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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
芸能とギャンブルの町ピオグリタ
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ピオグリタからの旅立ち

鉄舟たちが借りている家のリビングに、理一、安吾、鉄舟、園生、菊、クロと全員で集合し、テーブルを囲んで座る。

今日は旅団会議である。会議を最初に招集してほしいと言い出したのはクロだ。議長の理一が口を開いた。


「そろそろこの町から移ろうという希望が出ているんだけど、みんなの意見を聞きたい」


この街ではほとんど軟禁状態のクロは、いい加減退屈だったようで出たいと言い出したのだ。さすがにクロが可哀想だったし、理一達は長居する理由が特にないが、他のメンバーはそうと限らない。

最初に口を開いたのは鉄舟だった。


「俺は出てもいいぜ。眼鏡はあらかた売ったし、町の鍛冶屋に作り方は教えてやったからな。魔法の付与はまぁ、頑張れとしか言えねぇけど、普通の眼鏡でも充分だろ」


鉄舟の言葉に理一が頷くと、続いて園生が悩ましげに言った。


「私はこの町にはもう少し居たいなぁ。庭で花とか野菜を育ててみたら、すっごくスクスク育っちゃってぇ、もう少しで収穫できそうなのぉ。でもぉ、菊のファンがちょっと迷惑…」

「う、ごめん…」


菊が最近大スターなもので、菊を一目見ようとこの家に近づく輩が後を絶たない。その度にクロが威嚇して家の前は気絶者が多数発生しているのだが、それでもめげないファンもいる。


「あの熱烈なファン達は、クロのお陰でかなり精神耐性ついてるよな。どんどんしぶとくなってる」

「…ごめん」


鉄舟のぼやきに、とにかく菊は謝罪しかできない様子だ。スターはファン管理も大事だが、管理しきれないのが実情と言ったところだろう。


「菊はどうしたい?」


理一が菊に水を向けると、少し小さくなって菊が答えた。


「正直ここでの名声に未練がないわけじゃないけれど、歌も踊りもどこでもできるわけだし、私もファンに迷惑してる部分はあるから、別に出てもいいかなって…」

「そうかい? 君がここに残るという選択肢もあるんだよ。菊1人くらいキャンペーンから外れたって、許してもらえるんじゃないか?」

「それも考えたけど、絶対嫌よ」


菊の目は真剣そのものだ。ちょっと迫力に圧倒されるレベルで理一を見る。


「何故?」

「クロもみんなも居なくて、私一人であの熱狂的なファンに毎日監視されて生活するなんて、どう考えても頭がおかしくなるわ!」

「なるほど」


スターにはスターの苦悩があるらしい。たしかに理一も自分の一挙手一投足で、周囲に波紋を巻き起こすリスクから、常に監視に近い状態で生活していた息苦しさを思い出す。あれも慣れればそう気にならないが、思春期の頃は反発を覚えた記憶がある。実際に反発する程、理一は物分かりの悪い人間ではなかったが。


続いて安吾が挙手した。


「自分はいつ出ても構いません。クロが気の毒ですし、そろそろ体を思い切り動かしたいです」


あれだけ毎日ジョギングしているのに、まだ動かし足りないらしい。安吾らしいといえばらしい。

最終的に、園生の育てている作物が収穫できたら、町を出ようということになった。



協会長に町を出ることを伝えたら、それがインスリーノにも伝わって、チアゾリッジにも伝わって、ジークにも伝わったようだ。ジークが理一の所までやってきた。


あれからジークは時々理一の所に遊びに来るようになった。髪も切って身綺麗になって、理一からシャバハの夜やグルコス遺跡の話を聞き出しては、目を輝かせている。やはり男の子はこの手の話が好きらしい。


ジークがやってきたのは、町を出るなら最後に招待したいとチアゾリッジが言ってくれたからだそうだ。それはとてもありがたいのだが、理一は少し躊躇してジークに問う。


「招待って、どこに?」

「オヤジの店だよ」

「チアゾリッジさんのお店って、売春宿じゃないの?」

「そうだよ」


色街の顔役直営の風俗店に、タダでご招待いただけるというのは、こちらの人にとっては諸手を挙げて喜ぶ事なのかもしれないが、理一は全力で行きたくなかった。

理一が難色を示しているのに気づいたようで、ジークが顔を覗き込んだ。


「どうしたんだ?」

「いや、ありがたいんだけどね、こちらには女性もいるし」

「男娼もいるぜ?」

「いやそういうんじゃなくて」


色街生まれの子どもの恐ろしい事。生まれた時からの環境に慣れているので、全く抵抗がないようだ。理一は性産業に対する差別があるわけではないが、女性を金で買うのは抵抗があるし、どう考えてもこの世界で性感染症を予防する手段があるようには思えない。

それにいくら男娼がいるとして、あの二人が喜ぶとも思えない。鉄舟は喜ぶかもしれないが、安吾も微妙な反応を返すだろう。しかし一番の理由は。


「悪いんだけど、売春宿に行くと知られたら、菊と園生にどう思われるか…」


男にとって、女性からの軽蔑の視線は毒である。女性からゴミを見るように蔑視されるというのは、その女性と親しければ親しい程恐怖以外の何物でもなく、避けられるなら避けるべき。

菊や園生も性産業に従事する女性を差別しているわけではない。娼婦達は商売をしているだけだからだ。ただ、その産業を利用する男性は軽蔑している。理不尽のような気もするが、「金を払わないと女に相手にされない哀れな人種」と嘲笑していたのを聞いたことがあるし、何を言われるか分かったものではない。

理一の意見を聞いて、ジークは納得した様子だった。


「そっか、あの姉ちゃん達はお前の女なのか。気が回らなくて悪かったな。オヤジには店はやめとけって言っておくよ」


違うが、この話を断れるならそうしておこうと、あえて訂正はしなかった。ジークはそれでもとにかく来て欲しいという事だけは言い残していたので、一応チアゾリッジはBプランも考えていたようだ。話を聞いて、それならと安心して招かれる事になった。



その日チアゾリッジに招待されたのは、こちらでは茶屋と呼ばれる店だった。女の子達が侍って、話したり遊んだりしてくれる。言ってみればクラブのようなものである。この世界でも、金で女性を買うほどではないが、女性と楽しい時間を過ごしたいと考える男性は相当数いるようで、こういう店もあるらしい。

クラブ的な店なら女性が行くこともあるし、チアゾリッジの息のかかった店ならば、女性2人だけ放置されるようなことはないだろう。


そう考えて行ってみれば、その店の女性達はウェイトレスに徹していた。ジークの誤解を元に、女性が侍る必要はないと判断したらしい。変に気を揉む必要がないので助かる。


チアゾリッジの音頭でパーティが始まる。チアゾリッジの手下や子ども達も来ていたらしく、菊の前にはサインをねだる行列ができていた。


「町長まで並んでいるんだ」

「う、いや、じつは彼女のファンで…」


来ていたインスリーノもサインの列に並んでいた。まさかと思うが菊目当てで来たのだろうか。まぁいいが。よく見ると女性達も菊に熱い視線を送って、サインをもらった人達を羨ましそうに見ている。それに気づいた菊が、女性達にもわざわざ手招きして呼んで、サインをあげていた。菊はファンサービスも神対応なので、ファンが増える一方だとインスリーノが教えてくれた。


出てきた食事の内容についてはあえて言及しないが、理一の隣でモリモリ食事しているジークを見ると、つい頬が緩んだ。お腹いっぱいご飯を食べられるというのは、幸福なことだ。


「リヒト」


ジークが始めて理一の名前を呼んだ。そこを突っ込むとまた機嫌が悪くなるので、そこには触れずにおく。何しろジークはこちらを見ていないで、持っている肉を凝視している。それに小さく笑いながら返事を返す。


「うん?」

「何笑ってんだよ」

「なんでもないよ。それよりどうしたの?」

「ありがとな」

「うん?」

「なんでもねーよ」

「フフ、うん」

「何笑ってんだよ」

「なんでもないよ」


あの気難しくて捻くれたジークが、照れつつも頑張ってこう言ってくれているのだ。素直に受け取っておこう。それにしてもジークは素直になったと思ってつい笑ってしまったら、やっぱりジークに怒られた。


町を出る日、ジークが門前まで見送りに来てくれた。初めて見るクロには相当怯えていたが、気丈にもクロを視界に知れないようにして耐えていた。やはりジークは強い子どもである。


「ジーク、これから頑張るんだよ」

「お前もな」

「はは、うん。頑張るよ。ありがとう」


見送るジークに背を向けて出ようとしたところで、ジークがもう一度「リヒト!」と呼んだので振り返った。ジークは意志のこもった目で理一を見て、声を張り上げた。


「夢が出来た! 俺はオヤジみたいになるんだ! みんなを守れる町のヒーローになるんだ! お前が夢って言葉を教えてくれたから、俺に夢が出来たんだ! 次に会う時は、立派な奴になってるからな!」


本当にジークは前向きだ。そして将来も夢もある。目標に向かっていくジークはさぞ魅力的で、チアゾリッジのように人を惹きつけるだろう。

理一はやはり頬を緩めて、手を挙げて返した。


「期待しているよ。君が僕の自慢の友人に成長することを願ってる」


そうして立ち去っていく理一達の背中を見送りながら、ジークは腕組みをして「当たり前だバカヤロー」と悪態をつきながらも、満足そうに笑ったのだった。



スキル:英雄 を獲得しました。


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