美女の説明2
からん、と硬質でいて軽い音がする。美女が冷や汗をかきながら、信じられないようなものを見るようにして、安吾を凝視していた。やれやれと肩を落として、理一はフリップを袈裟懸けに斬り捨てた安吾に声をかける。
「桜田くん」
「申し訳ございません。テンションの唐突な変化に、つい腹が立ってしまいました」
「気持ちはわかるけれど、人のものを無闇に斬り捨てるのは良くないよ」
「は。申し訳ございません」
やはり素直な安吾は納刀し、フリップを拾って謝罪しながら美女に手渡す。やっぱり美女は安吾を白い目で見る。
「なにも斬ることないじゃないですか? せっかく夜なべして作ったのに…」
「そんな大作とは知らず、失礼を」
謝られたら謝られたで、なぜか釈然としなかったが、美女は気を取り直して説明を始めた。
「はい! 今回ご紹介するこのキャンペーンは!」
「そのテンションは維持するのか」
「善行を積むごとにレベルが上がって、レベルごとにステキなスキルや幸運を授かると言う、超ラッキーな仕様なんですね!」
「」
ツッコミを無視された安吾は黙り込んだ。ちょっと不貞腐れる安吾の肩を叩いて慰めながら、理一は美女の説明を聞いて考える。
確かに美女の言う通り、善行を積めば良いことがあります。というような教義を謳う宗教は多い。なるほど、この教えは魂のレベルを上げて、高品質の魂を育て、世界の維持をスムーズに行えるようにという仕組みだったようだ。
美女の言う通り、中々によくできたキャンペーンだと理一も考えた。だが、なぜそれが上手く機能しないのか。理一の質問は予想していたようで、美女は少々ゲンナリした様子で教えてくれた。
「あの世界の魂は、本当に劣化が激しくてですね。一応キャンペーンのことは理解しているようなのですが、ある程度スキルを得たい、幸運を得たいという野心のために善行を働く者は多いのですが、大体が低レベルのところで面倒臭がって辞めてしまうのです。決して恵まれた環境ではありませんし、余裕がないのはわかるのですが…」
自分のことで余裕のない人が、他人に貢献するのは難しいことだ。そうして自分さえ良ければ良いと言う考えが争いを招いて、余計に魂が磨耗すると言う悪循環を生んでいて、せっかく育った品質の良い魂まで失われたりしている。それは結構問題かもしれないと、理一も唸る。
「ですので、皆さんにお力を貸していただきたいのです。特に何かをして欲しいと言うことはないのです。ただ、あちらの世界で生きて、好きな場所で好きなことをして、人と関わって生きて欲しいのです。あなた方は、あちらの世界で第2の人生を送れると考えていただければ、それで結構ですので」
美女の懇願と言える言葉に、理一たちは顔を見合わせる。確かに未練がないわけではない。人生をやり直せたら嬉しい。だが、共に過ごした家族は、新しい世界にはいない。理一の欲しいものが、その世界にあるわけではない。
「俺はやり直してぇ」
考え込んでいると、鉄舟がそう言った。
「俺はまだ、最高の一本を打ってねぇ。まだ俺は傑作を作ってねぇ。まだ俺は金工を極めてねぇ。だから、まだ俺は金工師でいてぇ」
「あたしも、また舞台に上がりたい。若い体なら、また踊れるんだろう?」
「私も、もうちょっと、美味しいものが食べたいねぇ」
鉄舟に続き、菊、園生がそう言って理一を覗き込む。自分に最後の判断を任されたと思って、安吾を見上げると、安吾は無言だったが、後押しするように頷いた。
「そうですね。私も、もう一度人生をやり直してみたいと思います。今度は、直接誰かを助けられる、そう言う人生を歩んでみたい」
「決まりですね」
満足そうに頷いた美女が、貫頭衣の裾をはためかせて、両手を開く。後光が差すように、美女の周囲が煌めいて綺麗だ。
「新たな旅に祝福を。あなた方の願いを叶えましょう」
理一たちのいた真っ白な空間は、さらに真っ白な光に包まれた。
特典;女神の祝福 を獲得しました。