出来る女が眩しくてつらい
「僕はそろそろ自分が情けなさすぎて、出家したくなってきたよ」
「お伴しますよ」
理一と安吾がそうボヤいているのは、花街にある酒屋、三毛猫亭である。クロを除く全員で来ているのだが、この2人がさっきからメソメソと鬱陶しい。園生は励ましてくれるが、鉄舟は我関せずだ。
2人が何故こんなにもメンヘラぽくなっているのかというと、特に稼ぎ口がない事を嘆いているのだ。
鉄舟は道具作りで安定収入が見込める。園生は稼ぎがなくても毎日の美味しい食事を作ってくれる、その価値はプライスレス。そして極め付けは菊だ。
魔法の付与で鉄舟と眼鏡を共同開発するし、家の雑事は園生と分担して行っている。更に、この街に来てから元プロとしての意識を触発されたらしく、最近は酒場などで弾き語りや踊りを披露して金を稼いでくる。
近頃ピオグリタでは、黒犬旅団で吟遊詩人の菊と言えば話題のパフォーマーなのである。すでに熱狂的なファンも生み出されている。
オールラウンドに器用な菊が活躍する一方で、特に収入を得る当てのない理一と安吾がメソメソと不貞腐れている。
心底面倒臭そうだが、一応鉄舟もフォローに入る。
「そうは言ってもよ、魔物討伐の時はお前らが主力なんだから、別に平時に稼げなくてもいいじゃねぇか」
「そうだよ。私達は2人がいなきゃ、ここまで生き残れてないんだからぁ」
2人のフォローは嬉しいし、言っていることも間違いではないはずだ。お金を稼ぐのも命あってこそ。しかし、安定収入こそが正義だと思ってしまうのは、彼らが過ごしてきた国が、そういう風習だったからなのかもしれない。
それは頭ではわかっているのだが、なんとなく納得できない。そんな風に思っていたら、理一は一つ思い出した。
「そういえば、この街にきてから冒険者協会行ってないな」
「あるんですよね?」
「あるにはあるみたいだね。でもすっかり忘れていたよ」
その言葉を聞いて、園生と鉄舟が顔を見合わせて頷く。ここは理一と安吾に華を持たせるところだと。
「私はおうちの仕事が忙しいしぃ」
「俺も菊も忙しいからな。2人で依頼を受けてこいよ」
「そうだね」
「そうしましょうか」
そうして理一と安吾がいくらか元気を取り戻して、園生と鉄舟はホッとする。2人に気づかれないようコソコソと小声で話した。
「男って沽券とか見栄とか、そういうの大変だねぇ」
「あいつらがこだわり過ぎなんだよ、面倒クセェ奴らだぜ」
「本当だよねぇ、私だって理一や安吾みたいに、強くなれるならなりたいのにぃ」
「わかる。お互い無い物ねだりだな。始末に負えねぇ」
今度は園生と鉄舟がそうボヤいて、溜息をこぼすのだった。その背後では菊が高らかに歌い上げて、店中からスタンディングオベーションで喝采と硬貨を浴びていた。この日の菊は金貨約5枚分稼いだ。
翌日になって理一と安吾は冒険者協会に来ていた。2人で掲示板を見るが、大きな収入になるような依頼はなかった。精々薬草採取とか、酷いものは犬の散歩などだ。それに協会内も閑散としていて、理一と安吾を除けば2組しか冒険者がいない。
つくづくこの町は平和なのだと思えば、それは素晴らしいことなのだが、これだと理一達が商売上がったりである。
だが、インスリーノが直接依頼にきた時のように、隠れ依頼があるかもしれないと思いついた。それで窓口の受付嬢に、身分証を見せながら依頼がないか聞いてみると、受付嬢はすぐにすっ飛んでどこかへ消え、再度すっ飛んで戻ってきた。禿げたおじさんを伴って。
「いやぁ、黒犬旅団がこちらにいらしたと聞いて、いつ協会にお越しいただけるかと首を長くして待っていました! 是非引き受けていただきたい依頼があるのです!」
禿げたおじさん、もとい協会長は、そう言って揉み手をしてみせる。これは期待できそうだと安吾と視線で確認しあって、協会長の部屋に案内してもらった。
ソファに腰掛けた協会長は、神妙な面持ちで話を始める。
「実は、中央劇場の地下に、幽霊がいるとの噂がありまして」
また幽霊かと頭を抱えたくなったが、頑張って営業スマイルで話を聞く。
「ですが、どうもそうではないようで」
「と言いますと?」
幽霊がいるという噂は少し前からあったらしい。そこで無謀な若者数人が、肝試しに地下に入ったのだそうだ。中央劇場の地下には何かがあるわけではないのだが、地下水道が通っていてそれなりの空間がある。そこに入った若者達は、誰も生きては戻ってこなかったそうだ。
それで怪談話に一層拍車がかかっているのだが、事実は少々異なった。
「1人、途中まで引き返したものの、力尽きた若者がいたのですが。その若者が負っていた傷が、どうも切り傷のようだったんです」
「ということは、犯人は人間の可能性があると?」
「はい。その調査も含めて、お願いしたいと思いまして」
本当に幽霊だったらお断りしようかと、ちょっと本気で思っていたが、この話を聞く限りは、犯人はなにかの魔物か人間だろう。大体、地下で活動する者にロクな奴はいないものである。
「安吾、どうかな?」
「問題ありません」
「うん。では協会長、この話をお引き受けします」
「おぉ、本当ですか! ありがとうございます! 中央劇場の方には私から話を通しておきますので」
「はい。よろしくお願いします」
冒険者協会をでて、安吾と先ほどの話を考察しながら歩く。切り傷なら剣撃の可能性もあるし、魔法の可能性もある。牙や爪を持つ魔物という可能性も捨てきれない。
そんなことを話しながら宿場町に戻っていると、途中にある中央広場に人だかりができていた。中央広場にも特設ステージのようなものがあるのだが、今日はそこで菊がワンマンライブ中だった。
それを見て、どこか遠い目をする2人。
「菊は、今日はいくら稼ぐんでしょうね」
「やめてくれ、考えたくない」
歌と踊りが終わった瞬間、広場は熱狂と絶叫に包まれる。卒倒する者が後を絶たず、半狂乱になって菊の名前を連呼する民衆。
一種異様なその光景に、理一と安吾の瞳から、スッと光が消えたのだった。




