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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
芸能とギャンブルの町ピオグリタ
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事件のその後

理一が2人を見張っている間に、安吾が町長のところに行っている。町長達は身代金をスリに取られたと思って大わらわだったので、早急にチアゾリッジを見つけたと教えてあげないと、本当に気の毒だ。


やれやれと溜息をついた理一は、ジークを見やる。やっぱりブスくれて理一を睨んでいる。日数から数えて、理一が出会った時には既にチアゾリッジを誘拐していたことになる。道理であんなに山ほど財布が必要になるわけだ。

理一が何か言いたそうにしているのに気づいたらしく、一層ジークの顔が険しくなる。


「なんだよ、言いたい事あるならはっきり言えよな」

「いや、うーん、とりあえず、誘拐したのがチアゾリッジさんでよかったね?」

「…お前何言ってんだ?」

「ごめん、自分でも何を言っているのかわからないよ」


軽く混乱状態の理一とジークを見て、チアゾリッジは愉快そうに肩を揺すっている。このオッサンもオッサンだ。大方話を聞く限り、誘拐など働いた子どもに対して、ストックホルム症候群にでもなったのだろうが。

やはり笑いながらチアゾリッジが口を開いた。


「お前さん、リヒトつったっけ。インスリーノが俺を探す様に依頼したのか?」

「そう、僕は冒険者でね。誘拐事件を表沙汰にもできない上に、この町には冒険者がいないからって、町長が困っていたみたいで、僕らに依頼が来たんだ」

「ジークをどうする?」

「それは町長が決める事だよ。僕らが携わるのはここまで」


それもそうかとチアゾリッジは肩を落とす。一緒に狂言誘拐を演じただけに、チアゾリッジはかなりジークに肩入れしているらしかった。


「例えば被害者が嘆願でもすれば、ジークは子どもだし罪に問われないかもしれないけれど。それか、2人の盛大ないたずらってことにして素直に謝るかだね。さすがにお金は返したほうがいいだろう」

「そうだな。イタズラで済ますとしても、こんだけ周りに迷惑かけたんだから、寧ろ払ったほうが良さそうだ」

「えーっ」


ジークは不服そうだが、それで罪に問われずに済むなら、どう考えてもその方がいい。チアゾリッジがその辺を言い含めると、ジークも納得した様だ。

それにしても、あの気難しいジークが、チアゾリッジにはよく懐いている。やはり色街のヒーローだからだろうか。


「ジーク」

「なんだよ」

「何故チアゾリッジさんを誘拐した?」

「お前には関係ないだろ」

「俺も聞きたいね。俺には関係あるよな?」


何しろ当事者であるチアゾリッジに言われて仕舞えば、ジークも拒絶する言葉が浮かばなかったようだ。いくらか口をモゴモゴとさせていたが、意を決した様にしてチアゾリッジを見た。


「あの、さ、黄桃廓のマーゴットって娼婦を知ってる?」

「んー? あぁ、思い出した。覚えてるぞ。あの気の強い跳ねっ返り…そうか、お前マーゴットの子どもか」

「うん」

「道理で見たことがあると思ったんだ、お前のその気の、強うそうな…目…」


言っている途中で、チアゾリッジの言葉は勢いを失う。そしてマジマジとジークの顔を見る。


「お前もしかして、俺とマーゴットのガキか?」

「ママは、死ぬ前にそう言ってたけど、本当かはわからない。俺はママ似だし。でも、チアゾリッジさんがすごく強いのが、もしかしたら俺に受け継がれてて、俺が運動神経いいのは、チアゾリッジさんの子どもだからなのかなって…」

「なんで名乗り出なかったんだ?」

「だって、何も証拠なんかなかったし、ママは娼婦だから、多分本当は誰が父親かなんて、ママだってわかってなかったんじゃないかって…それに」


気の強そうな紫色の瞳が、思いつめた様な切迫感を帯びてチアゾリッジを見上げた。


「俺が子どもだって名乗り出ても、違うって言われるのが、怖かったんだ」

「ジーク…」

「でも、少しだけでも話してみたくて、だから…」


話している間に感情が溢れてきたのか、ジークの紫色の瞳から、ポロリと涙が溢れた。泣き出してしまったジークにチアゾリッジは苦笑して、優しくジークの頭を掻き抱いた。


「馬鹿野郎、そういう事はもっと早く言えよ。そうしたらお前に苦労させたりしなかったのに。いや、違うな。俺が放っていたのが悪いよな。でも安心しろ、今日からお前の面倒は俺が見てやるからよ」

「ぐすっ、う、うん…」


町長がどう言う判断を下すかは不明だが、とりあえずジークの今後の身の振り方が安定した様で良かった。母親を亡くし、父親は町の有名人で声をかけることもできなかったジークは、これまで孤独で心を閉ざしていたんだろう。

だがチアゾリッジが可愛がってそばに置くのなら、きっと彼はもう「可哀想な子ども」を脱却したに違いなかった。



しばらくしたら、安吾がインスリーノ達を連れてやってきた。道中で大体のことは聞いていたらしく、インスリーノとチアゾリッジは顔を合わせた瞬間に喧嘩になった。

両手で掴みかかろうとするインスリーノの手を掴んで、ぐぐぐと押し返すチアゾリッジ。


「チアゾリッジ貴様…何を考えてるんだ! 私たちも貴様の部下も、この数日どれほど駆けずり回ったか!」

「いやぁ悪いな。そんなに心配かけたか。俺って愛されてる。俺も愛してるぜインスリーノ」

「黙れ! いっぺん死ね!」


心底心配していたインスリーノはブチギレていたが、結局はこの2人を許した様だった。もちろん身代金は返却だ。

その後ジークはチアゾリッジの子どもとして、チアゾリッジの家で暮らすことになった様だ。チアゾリッジには既に母親違いの子どもが12人いたらしく「オヤジどんだけだよ」とジークは引いていたという。それでも家族が出来て幸せそうだ。


なにしろ、理一にも少し心を開いてくれている。出会ってから始めて、ジークが理一を訪ねてきたのだ。一応迷惑をかけた1人だからということで、謝りに来たらしい。


「お前さ、俺のこと可哀想な子どもって言ったじゃん」

「言ったね」

「たしかにお前のいう通り、俺は可哀想な子どもだったって、今は思うんだ。本当は誘拐だってする気はなくて、俺が庭にいるって気づかれると思って、焦ってブン殴っちゃって。テンパって攫っただけだし」

「それは盛大にテンパったね」

「うるさいな。とにかく、一人ぼっちで、住むところもなくて、読み書きもできなくて。オヤジに自分のことを言い出す勇気もなくて」


ジークは俯き加減でそう言っていたが、一旦言葉を切ると、まっすぐ紫色の瞳で理一を見た。


「でも、もう違う。俺はもう1人じゃないし、これから勉強だってするんだ。自分が何をしたいかってことを、自分で考えられるんだ。知ってることも出来ることも増えていくんだ。それってもう可哀想な子どもじゃないよな?」


前向きなジークの言葉に、思わず理一の頬が緩んだ。


「そうだね。君はもう可哀想な子どもじゃない。あの日君に厳しい事を言った事を謝罪するよ。君は強い、立派だよ」

「う、うるせーよ。知ってるし」


理一の返答に面食らったらしく、ジークは照れ隠しなのか悪態で返した。ツンデレな子どもである。


「ジークは何か将来やりたいことがあるのかい?」

「まだわかんないよ。そんなこと考えたこともなかった」

「そうか。じゃぁこれから、夢が広がるね」

「夢か…うん、そうだな!」


そう言ったジークの顔には笑顔が弾けていた。初めてジークの笑った顔を見た理一も釣られて笑顔になり、満たされた気持ちでお茶を楽しんだのだった。



ちなみに理一達の成功報酬については、狂言誘拐だったせいでインスリーノ側が気の毒だったので、半額だけ受け取った。

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