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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
芸能とギャンブルの町ピオグリタ
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チアゾリッジ誘拐事件 2

見目麗しい2人のうら若き女性に、無骨な男が声を掛ける。


「お嬢様方、いい席は取れたか?」

「取れなかったのぉ」

「アリーナで立ち見なの」


残念そうにする女性2人に、おもむろに男は手を差し出す。その手には、二つの輪が繋がって、その両側に細い棒が繋がった薄い金属の器物が載っていた。女性たちは不思議そうに覗き込む。興味を持った近くの人も、ちらりと視線を送る。


「まぁ、これは何かしら?」

「こいつぁ眼鏡って言うのさ。真ん中に嵌っているガラスが遠くの物や小さい物もよく見せてくれる。遠見の魔法も付与してあるから、魔力を流せばもっと遠くまで見通せるって寸法さ」

「本当? それじゃぁ2階席やアリーナでも、舞台の上がよく見えるんだねぇ」

「そうとも。ちょっとかけてみろよ」


男に勧められて、女性2人は眼鏡をかける。周囲の人たちが一層興味深そうに見守る中で、女性たちは感嘆の声を上げた。


「すごいわ、あんなに遠くのお店の看板まで見えるわ!」

「お爺様にプレゼントしたいなぁ。喜んでくれそうだねぇ」

「そうね! これをもらうわ!」

「私も欲しいぃ。いくらぁ?」

「金貨5枚だよ」

「えぇ、高いよぅ」

「麗しいお嬢さん方に言われちゃしょうがねぇ。金貨3枚だ!」

「買うわ!」

「私もぉ」

「いいぜ。その代わりお嬢さん方、こいつを宣伝してくれよ」

「もちろんよ! だってこんなにもよく見えるんだもの!」


女性2人が見える見えるとはしゃいでいるのを見て、近くの人たちも男の元に集まった。


「君、それをわたしにも売ってくれないか」

「あたくしも頂くわ!」

「はいよ、毎度あり!」


そうして中央劇場前で軽くセンセーションを巻き起こしていたのは、眼鏡売りの鉄舟とサクラの園生と菊である。菊達が観劇に来た時に、遠くの席は舞台上が見づらいと言うことを聞いた鉄舟。色々と調べてみると、この世界にはまだ眼鏡やオペラグラスというものがなかったらしい。それで、菊が遠見の魔法を付与し、鉄舟が形を作った眼鏡が出来たので、せっかくなので販売しようと言うことに。

盛況そうで、今日持ってきた眼鏡はすぐに売り切れるだろう。それは良いことだが。


「なにも今日じゃなくても良かったんじゃないかな」

「そうですね」


3人を見守る安吾と理一は、中央劇場正面にあるレストランの屋根の上にいた。今日は身代金受け渡しの日なのだ。

今日は千秋楽だし、かなりの集客を見込めるので、今日という日に気合を入れている店は鉄舟達だけではないのだが。


「真っ当な手段での稼ぎ頭は、やっぱり鉄舟だね」

「そうですね…自分たちは…」

「カジノで稼いだ金なんて健全じゃないな。自分の甲斐性のなさに悲しくなるよ」

「同感です」


武器や道具作りで地道にお金を稼いでいる鉄舟と、成功報酬やギャンブルの収入で一攫千金の理一と安吾。なんだかすごく自分がダメ人間な気がする。早急に安定収入を得る手段を講じるべきだ。でなければその内ヒモかニートにでもなりそうだ。


そんなことを考えていると、陽が傾き始める。夕刻と言っても厳密に時間を指定されたわけではない。それがいつのことかわからない以上は、陽が沈むまでは警戒が必要だ。

公演の午後の部は先程開演した。終了するのは予定では17時ごろとの事だが、舞台挨拶などが長引く可能性を考えると、日没ギリギリかもしれない。もし誘拐犯が夕刻に仕掛けるというのなら、公演が終わって人で溢れた直後だろう。


すでに緊張した面持ちのインスリーノ町長が、白い巾着袋を右手に握って、正面玄関前に立っている。少し周囲を伺う彼の視線の先には、インスリーノやチアゾリッジの部下が、市民に扮装して様子を伺う。正面入り口の右側では鉄舟が眼鏡屋を開き、一旦中に入った菊達が、正面入り口のドアから様子を見ている。


そうしてひたすらに待ち続ける。劇場の中からわぁっと歓声が上がった。陽が沈みかけている。恐らくもうすぐ公演が終わる。中から聞こえてくる声に、一瞬意識を劇場に奪われた。その視界に、わずかにインスリーノがよろめいたのが見えた。

すぐにインスリーノに視線を戻すが、何も変わったことはない様子だった。だが、すぐさまインスリーノが慌てだした。その理由に理一と安吾はすぐさま気づいて、周囲をつぶさに観察した。


ちょっと油断した隙に、インスリーノの手から白い巾着袋が掠め取られていた。鉄舟達も気づかなかったようだが、ここはなんとかするから行けと合図を送ってきた。

既に犯人と思われる対象を発見して目で追っていた。理一と2人で屋根伝いにその容疑者を追いかける。

びゅうびゅうと風を切る音が耳を遮る中、少し声を張って安吾が前方を見たまま理一に言った。


「あれはもしかして、先日理一さんが言っていたスリの子どもでしょうか」

「恐らくね。安吾と同じ天然無双の子どもだと思う。よりによってあの金を奪っていくとはね」

「町長が金を持っていないと知られたら、誘拐犯はチアゾリッジ氏になにをするかわかりません」

「うん、急ごう」


既に離れた場所を逃げていく少年を追って、理一達も全速力で追いかける。理一の足音は普通にガタガタなっているが、ほとんど足音一つ立てていない安吾はさすがだと思いながら、その安吾をして中々追いつけない少年にも舌を巻く。


少年はやはり色街に入っていったが、この前の道とは違う方に走っていく。色街の方では少年が韋駄天なのはみんな知っているのか、路上を爆走中だ。理一達も人を轢かない様に追いかけていくと、色街の西の端の方へと駆け込んで行った。

そのエリアは本当にうらぶれた、廃れたという言葉がお似合いで、古い家屋が建ち並んでいた。その中でも門ギリギリに建っていて、元々は店だったのだろうが、あまりにも辺鄙なところにある上に、ボロボロになりすぎて最早修繕もされず打ち捨てられた廃屋があった。そこに少年は逃げ込んでいく。


あの少年をどう説得して金を返してもらおうかと理一は思案したが、事態は急を要するので、とりあえずふん捕まえて返してもらいましょうと安吾。子どもに乱暴はしたくなかったが、状況的に仕方なく受け入れる。

あの少年はとにかく身体能力が高いので、うっかりしていると簡単に逃げられてしまいそうだ。なので廃屋全体に光壁を展開。これで外からも入れないが、中からも出られない。


そっとドアを開けて忍び込む。中からは少年と誰かの話し声が聞こえてきた。話し声がするのは、この店の元の商売部屋の一室の様だった。理一と安吾でそのドアの両側に立ち、そっと中を覗き込む。


2人の視線の先では、少年が50歳代の男性に袋の中身を見せていた。それを見て男性は驚いた様子で、ぐしゃぐしゃと少年の頭を撫でくりまわす。


「ジークお前凄いなぁ! 本当に身代金盗って来やがった!」

「もー痛いだろ!」


2人の会話に、理一と安吾は首をかしげる。なぜこの2人は身代金のことを知っているのだろう。この事件はインスリーノとチアゾリッジの側近しか知らないはずだ。

ドアの前で首をひねる理一と安吾になど全く気づかない2人の会話は続く。


「大したガキだと思ってたが、どうやったんだよ?」

「俺は生まれつき運動神経だけはいいんだ。スリなんてお手の物だよ」

「なるほど。お前あの有名なスリ小僧か。いいねぇ、ジークお前俺の子分になれよ」

「えっ、いいの? チアゾリッジさんのこと誘拐したのに」

「お前みたいな掘り出し物、放っておけるかよ」


なんだか聞いてはいけないことを聞いた気がして、揃って頭を抱える理一と安吾。どうやあの男性は誘拐されたチアゾリッジの様だ。そして誘拐したのが少年ジーク。そしてなぜか和気藹々としているし、秘書の紳士は犯人側には知恵者がいると言っていた。


この状況はさすがに堪りかねて、理一がドアを開けて中に入った。理一と安吾が来たことに、2人は目を丸くしている。ジークが理一を見て、口をパクパクとさせた。


「お、お前! また俺を追いかけてきたのか!」

「今はちょっと待って、状況を整理していい? 誘拐の実行犯は君、ジークで、共犯者はチアゾリッジさんということで間違いないのかな」


悩ましげに尋ねた理一に、誘拐犯と共犯者は顔を見合わせた。そしてジークはバツが悪そうに視線を泳がせ、チアゾリッジはペロリと舌を出して後ろ頭をかいてみせる。


「いやぁ、なんか面倒に巻き込んじまったみたいだな。悪い悪い」

「えーっと、いや、僕らは構わないけれど、町長に報告しても?」

「そうだな。素直に怒られるとするか!」


半分狂言誘拐だったというオチに、理一達はどっと疲れが押し寄せた。


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