表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
芸能とギャンブルの町ピオグリタ
33/115

色街の少年

芸能とギャンブルの町、ピオグリタ。劇場やカジノが建ち並び、飲食店や宿も多い、非常に栄えた町だ。この町に住んでいる住人は殆どがその施設で働くスタッフだった。民家は少なく宿舎が多いので、その宿舎や劇場などの多いな建物が多い。

大路は人で溢れて、商店も活気があり賑わっている。この町がこんなにも栄えていて、こんな遊興の町に育ったのは、最大のカジノのオーナーでもあるこの町の町長によるものだ。


この町の町長は、元々この辺りを治めている辺境伯の息子だった。伯爵の息子とはいえ6男だったので、家を継ぐのは諦めて家を出た。元々放蕩息子だったらしく、実家から持ってきた資金で、自分で遊ぶ為に殆どノリと勢いでカジノを作ったら、これがうまく行ったらしい。

カジノは儲けに儲け、事業を拡大し、劇場を作った。触発されて他にもカジノやショーパブなどが出来上がって、この町は芸能とギャンブルの町として大きくなったそうだ。


一人で立ち寄った立ち飲み屋のおじさん達が、そういう風にこの町のことを教えてくれた。お金も多少は入ったし、こういう町に来ておいて遊ばないなど罪悪だ。今はみんな好きなように遊んでいる。

園生と菊は劇場に遊びに行って、安吾と鉄舟はカジノに行っている。理一は安定の情報収集である。


ちなみにクロはお留守番だ。黒犬旅団の情報はすでにこの町にも渡っていたようで、もしこの町に来たら滞在してもいいが、クロはなるべく人目に触れさせないで欲しいと、来た時に最初にお願いされた。契約獣とはいえ、観光地に災害指定魔獣がいるとなれば、客が寄り付かなくなるからだ。

クロとしてはこの町には特に旨味は感じないらしく、その辺はすぐに了承してくれて、借りた家のリビングで寝息を立てている。


立ち飲み屋でこの町のことを大体聞いた理一は、代金を払って店の外に出る。店の入り口を出たところで、子どもにぶつかった。


「おっとごめんよ」


と言って走り去ったその背格好は、8歳くらいの少年のようだった。それをみて、店の中からおじさんの一人に言われた。


「ニイちゃんやられたな」

「やられたって何を?」

「スリだよ、スリ。財布あるか?」


言われてポケットを叩いてみると、確かに財布がなくなっていた。油断していたとはいえ、スリの少年は相当な手練れである。


「うわ、本当に盗られてる。すごいな」

「あのガキはこの辺でも有名なガキでよ、観光客相手にスリ働いてる、色街生まれのガキだ」

「色街?」

「女がイイコトしてくれる街」


そう言っておじさんが西側の一角を指差す。いわゆる風俗街のことだろう。


「なるほど」

「こっちの花街のガキはスターになることを夢見てるからな、絶対悪評が立つようなことはやらねぇが。こういう小賢しい真似すんのは色街のガキだ。その中でもあのガキは有名だ。誰も現行犯で逮まえたことねぇからな」

「その才能を他で活かせれば良いのだろうけどね」

「そんな機会があるかよ。スリしなきゃ生きていけねぇガキによ」

「…それもそうか」


どんなに栄えている町でも、スラム街や貧民街はあるものだ。貧困というのは戦争の次くらいに、人間の悪い面を引き出すファクターだと理一は考えている。

あの少年は理一の財布を盗んで、一時的にお金を手に入れることはできたが、それが持続することはないのだから、またすぐに貧困になる。そしてそれを繰り返す。そして、いずれは引き返せないところまで行く。


しかし、理一があの少年のために出来ることは何もない。せめて今日だけでも盗んだお金でご飯を食べてもらえれば良い。そう考えていたら、重大なことを思い出した。


「しまった、財布に身分証を入れてたんだった!」


財布と幾らかのお金だけならまだ良いが、身分証を紛失するのは困る。少年が逃げた方に慌てて走り出した理一に、おじさんが苦笑いしながら「がんばれよー」と手を振っていた。




頑張れと言われても、理一はすでに少年を見失っている。少年はこのタイミングを見計らっていたのか、劇場が公演を終えたところで、劇場から出てきた人間で道が溢れかえっている。少年の慣れた犯行には脱帽するが、そうも言っていられない。


さてどうしたものかと考えて、少年がぶつかってきたときのことを思い出す。顔は見えなかった。茶髪で地味な茶色のシャツとズボンを履いた8歳くらいの少年だった。時間は昼間なので、この辺りにはまだ子供の姿も多く、特に目立つ容姿ではない少年を見つけるのは難しそうだった。


ふと思いついて、魔力操作で目に魔力を集めた後、気配感知を使って自分の腰の辺りを見る。理一自身の魔力に隠れるように、他人の魔力がわずかに付着しているのが見える。

これは使えると考えて、さらに気配感知と知覚を強化して、理一はその少年の魔力の残渣を追いかけた。


少年は大通りを抜けて裏路地に入ると、なんとそこから劇場の屋根に飛んでいた。劇場は縦も横も幅も非常に大きく、高さは3階建の建物ほどの規模がある。その高さに少年は飛んでいるのだ。


「捕まらないはずだ」


そう独り言ちながら、理一も跳躍して劇場の屋根に飛び乗った。劇場やカジノ、宿舎や商店などの花街の屋根の上を飛び跳ねて、花街を抜けると道に降りていた。そして少年の魔力の残渣は色街に伸びている。ちょっと躊躇ったが、身分証のためだと思って理一は色街に入った。



露出度の高い服を着た、色っぽい女性たちが客引きをしている。断りを入れながら少年の魔力を追っていくと、それは古い建物に続いていた。建物の中かと思ったが、建物と建物の隙間の路地につながっている。

綺麗なお姉さん達に変な目で見られつつも、人一人がやっと通れるほどの建物の隙間を追っていくと、少し広い路地に出た。


先ほどの色街の目抜き通りと違って、こちらはお姉さん達のプライベートエリアの路地らしく、人はまばらだった。その路地の隅っこに、少年がいた。建物の壁に板を立てかけて、そこに毛布を敷いてあるだけ。それがその少年の家のようだ。


少年は財布から金を取り出して、中身を数えるのに一生懸命の様子だ。理一に気づいていないその少年に、しゃがんで声をかけた。


「やぁ、さっきはどうも」

「!!」


まさか見つかるなどと、全く思っていなかったのだろう。少年は理一の顔をマジマジと見て硬直している。ややもすると、そこから逃げ出そうとしたので、立ち上がる前に肩を押し付けて、もう一度座らせた。


「なんだよお前!」

「僕の財布を返してもらいたい」

「お前の財布なんか知らないやい!」

「いや、犯人は君に間違いないんだ」

「オレはお前なんか知らないぞ!」


少年の頑なな態度に、理一は少し考える。少年にしてみれば、罪を認めたら捕まるのだから、素直に認めるはずがない。


「一応言っておくけれど、僕は君を憲兵に突き出す気はないし、お金も君にあげるよ。僕は財布に入れっぱなしにしていた、身分証を返して欲しいだけなんだ」

「嘘だ! そんなことを言って、オレを騙す気だな!」

「君を騙したところで、僕にはなんの利益もないよ。面倒ごとが増えるだけだ」


しばらく少年は怪訝そうに理一を見ていたが、理一が少年を騙す気がないなら良し、騙す気だとしてももう逃げられないと諦めたのか、そばに置いていたものをどっさりと置いた。そこには財布が10個以上積み上げられている。


「自分で探せよ。オレはお前の財布がどれかなんて、わかんねぇし」

「…驚いた。大した腕だね。あった、コレだ」


約束通り理一は身分証だけ抜き取ると、財布を山の中に戻した。理一の行動に、少年はやはり怪訝そうに理一を見る。


「お前、どういうつもりだよ。オレに同情でもかけたつもりかよ」

「そうだね」


かっと少年の顔が恥辱で赤らんで、少年は理一の顔を手のひらで張った。少年に平手打ちされた頰が、ほんのりと熱を持ち出すのをゆっくり感じながら、やはり理一はいつも通りに微笑した。それに少年は激高したようで怒鳴り散らした。


「お前にオレのなにがわかるんだ!」

「何もわからないけれど、スリで生計を立てる子どもなんて、同情を引いて当然だよ。同情されるのが嫌なら、「可哀想な子ども」から抜け出す方法を考えたらどうだい?」


ふーっ、ふーっと興奮して息を荒くして、怒りのあまりか涙目になってしまった少年に、理一はやっぱり微笑みかけた。


「花街の銀狐亭に滞在している、冒険者「黒犬旅団」の理一。それが僕の名前だ。気が向いたら僕を訪ねて」


そうは言ってもやっぱり少年は理一を睨んでいる。理一は少年の気を引くために、その場から大きく跳躍して、屋根に飛び乗って色街を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ