猫の目亭でのお別れ会
シルヴェスターには即答してしまったことには謝罪したが、やはり断った。面倒くさいという以外にも理由はいくつかあって、本人に言えないものから挙げると、功名餓鬼ならば今話題の黒犬旅団に入ったというのは箔がつくという下心からではないかという疑い。本人もしくは誰かの回し者の疑い。力量や技術はあるようだが、脳筋バカ過ぎて使えない疑いである。
本人に言える理由では、シルヴェスターは既婚者のようだが、自分たちと共に旅をして暮らすのは難しいのではないかということと、理一たちが弟子をとって生活できるようなレベルにないことだ。
性善説に則って考えるなら、決闘で自分を負かした相手に頭を下げて弟子入りを申し込むというのは、中々見上げた男であると思った。
性悪説に則って考えるなら、どうせ寝首をかこうとしているんだろうとか手柄を立てたいだけだろうと思う。
一番の問題は、この脳筋がどちらにしてもそこまで考えているかが怪しいという点だ。少し考えれば分かることや、考えなくてもわかることまで、理解が及んでいないのがこのシルヴェスター=ランボーという男である。
直情型脳筋バカという、思考回路が単純過ぎて逆に意味不明なこういうタイプの人間は、出来るだけ関わりたくないというのが本音だ。
なので、理一は茶化したりせずちゃんと説明をして、お断りを入れてきた。
そういうわけで、脳筋に予想外のアタックを食らった理一達は、翌日にはもう旅装を整えた。納得していなさそうな脳筋に突撃されたら困るからだ。
最後の記念に今日も猫の目亭に寄った。
「リヒト、お前さん最後くらい酒を飲んでいかねぇか? 奢るからよ」
「いいね、乗った」
店主にそんな風に誘われて、朝っぱらからみんなで酒を飲んだ。もちろんちゃんとセーブはした。
「今度はどこに行く予定なんだ?」
「今度はもう少し大きな町に行ってみようと思うんだ」
「するってぇと、ピオグリタあたりか」
「そうそう。大きな町らしいね」
「あの町には有名な金満家がいてよ、そいつらの運営する芸能とギャンブルの町ってんで、この辺じゃ大人気の観光地なんだ」
「へぇ、面白そうだね。でも破産しないように気をつけないと」
「お前さん、来た時も出てく時も、金の話をするのな」
「本当だ…」
守銭奴ぽかっただろうかと悩み出す理一に、店主達も愉快そうに笑った。昨日帰り際にこっそり猫の目亭の店主に伝言を頼んでおいたので、猫の目亭にはコリンも来ていた。
「コリン、忙しいのにありがとう」
「いいのよ、他ならぬリヒト達の旅立ちだもの。祝福させて」
そう言ったコリンは僧服に身を包んでいた。今は町の教会で祈りを捧げるシスターで、孤児の面倒を見ているそうだ。
「あなた達に、神のご加護がありますように」
コリンが指を組んで、そう祈ってくれた。祈りを捧げて目を開けたコリンは、一歩進んで理一の手を取って、その手の指先に口づけをした。
「コリン?」
「私はこの口づけの意味を知らなかったから、司祭様に聞いたの。手の甲への口づけは、敬愛だそうね。指先への口づけは」
「賞賛だね」
「ええ、あなた達を私は賞賛するし、あなた達と知己になれたことを誇りに思うわ」
「ありがとう、コリン。僕らも君に出会えてよかった。どうか健やかに」
「ええ。あなたに救ってもらった命だもの、大切にするわ」
少し寂しそうではあるが、コリンは微笑んでくれた。その為にあの遺跡に潜ったのだから、理一達も頑張った甲斐があったというものだ。
理一達は猫の目亭の店主と常連、コリンに見送られて、メトホルの町を後にした。
寂しさはあるが、晴れやかな気持ちと感謝と賞賛をもって、コリンは理一達を見送る。彼らの後ろ姿に手を組んで、旅の無事を祈る。彼女の心からの祈りに、神の恩恵が届いた。
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