またお前か
鬱状態で動くのも嫌がるみんなをなんとか励まして、光壁を張って全ての戦闘を回避して外に出た。まだ日はあるが、なにしろ動きがえっちらおっちらといった様子で、来た時のようにクロも自分たちも走ってメトホルに戻るのは無理そうだ。
理一とクロは割とマシで、クロは女子二人をちゃんと乗せてくれているが、女子は2人ともクロの上でメソメソ言っているし、安吾と鉄舟はドヨーンとして、こちらは対照的に一言も発さない。
「クロ、この状態からの回復は、どうすればいいんだい?」
「放っておけば元に戻るが、気になるなら治癒魔法をかければよい」
時間が解決するのを待つしかないようだ。この状態では野宿もままならないので、時間がかかったが一番近くの村に一泊した。翌日にはみんな元気を取り戻したので、話し合いをして一旦メトホルの街に戻ることにした。
落ち着いてから冒険者協会に行って、リッチのローブとゴーストの髪の毛と爪を受付嬢に差し出した。
「第3階層まで行きました。階段が続いていたので、おそらく第4階層もあると思います」
受付嬢にそんな話をすると、目を丸くした受付嬢は別の人に声をかけ、少しすると協会長がすっ飛んできた。
「第3階層まで行ったって!?」
「はい。でも大変でした」
「その話詳しく!」
詳しくされたので、協会長の部屋に行って、第3階層までの魔物の状態などを報告した。話を聞いた後協会長はゴーストの髪と爪を見て、首を左右に振ると理一に視線を戻した。
「いや、良く生きて戻れたものだよ。あのゴーストを2体も倒すとは」
「ですが、第3階層にはもう一体、高位の魔物の気配があったんです。ですが、その1体に遭遇する前にリタイアしてしまいまして」
「また潜る気か?」
「いや…正直しばらくはアンデッドなど見たくもないですね」
「ははは、無理もない」
第3階層でみんな鬱状態になった後、元気になってもその後遺症は残っていた。
あんなメソメソした様子を人前で見せた事が恥ずかしくて、また鬱になって生き恥を晒すと思うと、穴があれば墓穴でも入りたい気分だ。
みんながそんなことを言って、とくにギャン泣きした園生などはしばらくベッドの中に引きこもっていた。
その内リベンジするとは思うが、それはもう少し修行を積んでからということになった。
「ということは、もうこの街を出るのか?」
「そうですね。色々な所で修行を積んで、また挑戦しに来ます。グルコス遺跡は、いつか踏破したいですから」
「君達ならできそうなのが恐ろしいな。そうか、寂しくなるが。気をつけたまえ」
「ええ。ありがとうございます」
協会長と話している間に、受付嬢に買取の手続きをお願いしていた。今回の収入は金貨300枚だった。
「高すぎませんか?」
「妥当ですよ? リッチとゴーストを相手にしたら、まず生きて戻れません」
そういうものだろうかと思ったが、自分たちも即死耐性がなければ死んでいたことを思い出して、そう考えると妥当、いやむしろ安い気すらした。
金貨をもらって、身分証も返してもらった。受付嬢に言われて見てみると、身分証の表記が少し変わっていた。
リヒト 冒険者
パーティ名:黒犬旅団
ランク:B
ランクが上がっていた。多分みんなのランクも上がっているのだろう。お金も入ったし、今日はいい肉を使って、みんなで美味しいものを食べよう。
そんなことを考えながら、ちょっとだけニヤケて、理一はポケットに身分証を仕舞った。そんな理一を、帽子を目深に被った何者かが、顔を隠すようにしながら窺っていた。
いいお酒にいい肉。そして新鮮なフルーツも買った。作ってもらうのは園生だが、良い食材を使うに越したことはない。やったことはないが、今日は自分も園生を手伝おう。
買い物袋を抱えた理一を、帽子をかぶった男が物陰に隠れながら様子を窺っていた。理一が宿場町へ入る角を曲がると、男もその後を追う。
男が角を曲がると、その通りに理一の姿がなかった。今まで追いかけていたはずなのにと、その男は周囲をキョロキョロとする。
「僕に何か用かい?」
男の背後から声がかかり、男は慌てふためいて振り返る。
理一は尾行されている事などとっくに気がついていたので、角を曲がった所で身体強化を使って大きく跳躍して、男の背後に立ったのだった。
どれだけ慌てていたのか、勢いよく振り返った弾みに、男の帽子が落ちた。それを見て理一が溜息をつく。
「また脳筋か…」
「なっ、なんだその言い草は!」
「だって決闘で僕が勝ったんだから、僕に絡まないって約束じゃないか」
「そ、そ、そうだが! だからだろうが!」
「僕を襲おうとした?」
「某はそんな恥知らずではない!」
よくわからないがとりあえず脳筋だった。正直脳筋ならそんなに問題にも思わなかった。あの遺跡の魔物たちを相手にした後だと、特にそう思った。
決闘のことをちゃんとわかっていて、変装してまで話しかけてくるのだ。何かあるのだろう。
「まぁいいけど。僕に用事?」
「そうだが、ここでは言えない」
「じゃぁ猫の目亭でいい?」
「ああ」
2人で猫の目亭に入ると、常連客も店主も目を丸くした。内緒話のようなので、今日はテーブル席に座る。カウンターから出てきた店主が、面白そうな顔をして茶を置く。
「また愉快な組み合わせだな?」
「全くだよ。脳筋は何か飲む? 今日は気分がいいから奢るよ」
「某は結構。リヒト殿、そろそろ某を脳筋と呼ぶのはやめてもらいたいんだが」
「あ、そうだね。ごめん」
店主が立ち去って、軽く謝罪してお茶をすする理一に、脳筋ことシルヴェスター=ランボーが口を開いた。
「グルコス遺跡に行ったそうだな。第3階層まで行ったとか」
「耳が早いね。あぁ、協会にいたからか。聞いていたんだ」
「う、そ、そうだが」
「それがどうかした?」
続きを促すと、シルヴェスターはおもむろに立ち上がり、腰に差していた剣を鞘ごと外し、テーブルの上に置いた。そして理一に敬虔な調子で言った。
「リヒト殿達がグルコス遺跡に行ったのが、そもそもひとりの女性のためであったという話も聞いた。これまでの某は、まっことただの功名餓鬼であった。リヒト殿に比べ、某はなんと小さき男かと!」
なんだか盛り上がってきたらしいシルヴェスターは、呆気にとられる理一の前までやってきて、片膝をついた。
「この、シルヴェスター=ランボー! リヒト殿の勇き騎士道精神に感銘を受け申した! 」
シルヴェスターはぐっと胸の前で右の拳を握って、真っ直ぐに理一を見た。なんだか嫌な予感がする。
「この不肖シルヴェスターを、リヒト殿の弟子にしてもらえないだろうか!」
「嫌だよ」
「断るなぁぁ!!」
改心しても、脳筋はやっぱり脳筋だった。