地下第3階層 ゴースト戦
なんとかリッチを倒して、今度は北側に向かってみる。北側もそうだが、他の気配も移動した形跡はない。待ち構えているのだろうか。
だとしたら、何故待ち構えているのだろうか。各個撃破されるよりも、まとまっていた方が迎撃できるはずだ。
それとも、遺跡調査に来る人間なんて屁でもないと思っているのだろうか。それならまだ理解できるが。
「クロ、何故だと思う?」
「ダンジョン化したからではないか?」
ダンジョン化とはまた聞きなれない単語である。早速理一は検索する。
■ダンジョン化
魔力だまり、瘴気だまりなど、なんらかの要因によってその土地に力がこもり、ダンジョンとして変容を遂げる事。ダンジョンとなった場所は魔物を生み出し、魔物を生み出すためのエネルギーとして人の魔力を吸収する。そのため、死なない程度に強い魔物を配置するなどし、より多くの魔力を放出する仕組みになっていることが多い。
「つまりは、まとめて一掃されるよりも、個別で戦えばその分僕らが多くの魔力を消費するから、わざわざ個別で待ってるということ?」
「そうであろうな。強い敵と戦って魔力を多く放出させ、死ぬ瞬間にはより多くの魔力が放出されるからな。最終的には死んでもらう仕組みだろう」
「えげつないね。道理で、神殿と聞いた割に、死体が多すぎると思ったんだ」
アンデッドがここにいるのは、過去にここで何かが起きて、そこでたくさんの人間が死んだからだ。だがここは元々神殿だと言うのに、アンデッドの数が余りにも多いと思ったのだ。それがダンジョン化して湧いて出ると言うのなら納得もいく。とは言え、神殿でこれほど人死にが起きている事自体が不思議でもあるが。
クロの話を咀嚼していると、視界に黒い糸がサラサラと舞っているのが映った。また油断していたと警戒した瞬間、サラサラとした黒い糸の塊が壁から現れた。よくみると糸というより、長い髪を垂らした何かの様だ。
そして現れた瞬間に、光壁に向かって爪で斬りつけた。斬りつけられた光壁は、さっくりと亀裂が入っている。その亀裂に爪を差し入れて、その髪の塊は無理矢理引き裂こうとし出した。
「不味い!」
長い爪をねじ込んで、一層光壁にバキバキと亀裂が入り始める。亀裂の入った光壁が持つかもわからないから、一旦解除してすぐに貼り直せばいい、そう考えて光壁を解除する。その瞬間、ヒタリ、と理一の肩に冷たい爪の感触がした。
(もう一体いた!)
すぐに動こうとするが、体が動かない。肩に爪の感触は既にないが、麻痺した様に動けない。異変を察知した菊が光壁を張ってくれるが、髪の塊が爪を振りかぶると、すぐに切り裂かれる。
敵は理一が防御の要になっていることを的確に見破って攻撃してきたのだ。
サラサラとした長い黒髪の塊が2体、周回しながら光壁に斬りつけ、菊が破られた部分を張り直すイタチごっこが繰り返される。
(なんなんだ、この魔物は!)
光壁を破れる為、闇属性の魔力を持ったアンデッドなのだろうが、物理攻撃も可能な様だ。理一が動けなくなっていると言うことは、魔法も使える。
■ゴースト
いわゆる地縛霊。霊体がその土地に巣喰い、その土地の魔力を長期間吸収し続けて肥大化したもの。強い魔力が物理的接触を可能にしており、物理攻撃魔法攻撃共に可能。また、攻撃力も防御力も非常に高い為、遭遇したら大体死ぬ。
途中で説明を読むのが嫌になった。多分レイスの上位互換のような魔物だ。ただでさえアンデッドと言うだけで厄介なのに、こんなに強い魔物がいたのでは踏破できないのも当然だ。
理一が動けなくなっている間も、光壁を破られては菊が張り直している。しかし、その菊にも疲労が見え始めている。菊の魔力が枯渇するのも時間の問題だ。
光壁を引き裂かれたその隙をついて、安吾がその亀裂の隙間に刀を突き立てた。すると、切っ先がゴーストの手を中程まで縦に滑り込み、安吾が刀を引き抜くと、ゴーストが小さく悲鳴をあげて飛び退った。
あちらからも物理攻撃が可能と言うことは、こちらかも可能と言うことだ。防戦一方だった理一達は、安吾の攻撃に活路を見出した。
理一が動けなくなっているのは、全員わかっている。菊は全体に光壁を張るのをやめ、攻撃された時にだけ展開する方向に切り替える。理一がいつ回復するかわからないし、もし菊が魔力切れを起こせば、防御できる態勢が崩壊するからだ。
光壁が消えたことで、かえって自由になったと言わんばかりに、クロが一鳴きした。それに呼応するように、理一の前にいるゴーストが、髪の束の前で手を伸ばした。動けない理一の前にクロが立ち、背後を菊が守る。
理一の背後では園生と鉄舟がゴーストに向かって魔法で攻撃している。その状況がどうなっているのか、理一にわからないのが歯痒い。
前方では飛び出した安吾が壁を蹴ってゴーストに切り掛かる。ゴーストの髪がバラリと地面に落ちるが、ダメージを与えた様子はなかった。安吾の剣撃を躱しながらも、ゴーストは着地しようとする安吾に魔法を打とうと手を伸ばす。そこにすかさずクロが魔法を放ち阻止し、ゴーストの動きを牽制している。
続いて安吾は一歩下がり、腰を落として大きく刀を引くと、ドゥッと空気が振動を伴う様な突きを繰り出す。ゴーストは後方に下がってその突きを避けたが、安吾の化け物じみた腕力から繰り出された突きは衝撃波を伴い、それを食らったゴーストが吹き飛ばされた。
ふと、理一は動ける様になっていることに気づいた。ゴーストがダメージを負ったせいなのか、効果時間が切れたのかは知らないが、やっと自由になった。
すぐに背後に振り向いて、菊の肩に手を置く。彼女はビクリとした後、理一を見上げた。
「ごめんね、お待たせ」
「本当よ、もう…」
理一が復活したのに安心したのか、菊はフラフラと倒れ込んで気を失った。床に膝をついて、ゴーストから放たれた魔法をレジストしながら、菊の体を抱き起こした。こんな汚そうな所に女性を寝かせたくなかったからだ。
やはり膝立ちになったままの理一が、右手を前方に向ける。発動するのは“光陰”。ニードル状の光の矢が、1秒間で数百本という非常識なペースで打ち出される。
ゴーストは光の矢を全身に受けて、なかなかのスピードで飛び回り、間を盗んで?反撃するが、それも光陰でレジスト。理一の右手は逃げるゴーストを追いかける。
「ほらほら、ちゃんと避けないと、死んでしまうよ?」
更に理一が左手も突き出して、光陰の矢の量は倍に増える。どこに逃げても2方向から射られ、ゴーストはさしずめ光陰のハリネズミの様な姿になり、ついに落下する。
理一がサボっている間に、菊一人に無理をさせてしまった。防御が十分でないことは、みんなにとっても不安だっただろう。
「もうゴーストとは二度とやり合いたくないな」
そんな風に呟きながら、ハリネズミになって床でのたうち回るゴーストに、理一は光鏡でトドメを刺した。
やはり腕の中に菊を抱きながら、理一は肩越しに背後の様子を伺う。クロがいて安吾も健闘しているが、やはり相手がアンデッドだと倒すのには中々骨が折れるようで、ゴーストは攻撃を受けているものの弱った様子はない。
ゴーストが自分の手で髪をかき分ける仕草をした。ぞくっと背筋に悪寒が走る。非常に危険な攻撃が来る、その予感に安吾が攻撃を繰り出し、クロが真空波を放ち、園生と鉄舟も魔法を打って、理一も光陰を放った。
だが、その攻撃は全てが打ち消される。
ゴーストの髪の隙間から覗いたのは、歯のない真っ赤な口。その口からガス状の黒い靄が立ち込めて、こちらに吹き付けられた。
そのガス状の攻撃に最初に巻き込まれた安吾が、その場にばたりと倒れた。続いて、クロがドシンと倒れ込んで回廊の床に倒れかかった。
続いて園生が崩れ落ち、それを受け止めようとした鉄舟も倒れ込んで膝をつく。そして理一のところにも黒い靄が届き、気が遠くなった。
魂を何者かに無理矢理引き剥がされるような、強烈な嫌悪感と痛み。そして形容しがたいひどい絶望感。それを感じながらも、理一はなんとか踏みとどまった。
しかし、気分は最悪だ。もうこんなところにいたくなかった。こんな気分に苛まれるくらいなら、死んだほうがマシだとすら思った。
髪から手を離したゴーストが、ふよふよとこちらにやってくる。トドメを刺す気なのだ。きっともうみんなも死んだ。もう終わりなのだ。そう思った。
ぷいーぷぴー! パッパラパッパッパー!
お兄ちゃん頑張るのー!
ラッパの音色と、あの双子幼女の声が思い出された。すると何故か、少し気分がマシになった。
ゴーストがこちらにくる。でも理一は死んでいない。スキルに即死耐性があったせいかもしれない。ならばみんなも生きているはずだ。
ならば、自分がここで諦めてはいけない。
気分は最悪で今にも吐きそうだ。だが、それはこれが終わってからにしよう。右手を差し出す。即死の魔法を使われた直後のせいか、無詠唱で魔法が使えない。
「光の…魔力を…持って、矢をここに…つがえ、彼の者を…射よ。“光陰”」
息も絶え絶えに詠唱する。だが、魔法を発動してわかる。最悪なのは気分だけで、まだ魔力はある。
少々弱々しかった光陰の矢が、太くなり、数を増し、威力を増していく。
てっきり理一が絶命寸前と思っていたらしいゴーストは、予想外の反撃に防御もままならず、その矢を全身に受けて、ついに墜落する。
油断した理一がバカだった。まさか魔法一発で形勢逆転して、パーティが全滅寸前とは。自分の甘さには、ほとほと嫌気がさす。
「念には念を入れて、丁寧に葬ってやる」
光鏡を発動する。ゴーストを取り囲み、それは鏡の棺のように見えた。事実、そのゴーストにとっては、それは棺となった。閉じ込められた鏡の中で、ゴーストに向かって鏡が光る。
「キシャァァァ!」
断末魔をあげたゴーストは、砕けた鏡の棺の中で、芥子炭となった。
よろめきながらも、真っ先に起き上がってきたのは、流石のクロ。即死耐性に加えてクロには精神耐性があって、理一にも精神耐性と恐怖耐性があったから、なんとか耐えられたのだろう。
クロも気分は最悪の鬱状態らしく、起き上がりはしたが動こうとはしなかった。
他のみんなはまだ目覚めない。抱いたままだった菊の脈をとる。脈はあるから生きている。他のみんなもきっと生きている。そう考えて治癒魔法の光輪を全員に施す。
何度か繰り返して光輪をかけていると、鉄舟、菊、安吾、園生の順に目を覚ました。
「よかった、みんな無事だった」
「無事じゃないよぅ、もうやだよぅ、出ようよぅ」
やはりみんなも鬱状態になっていて、ついに園生がギャン泣きし始めたので、今日のところは大人しく出ようということになった。




