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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
プロローグ
3/115

美女の説明1

  理一リヒトはこめかみを揉んでウンウン唸りながら、この美女の言っている意味を吟味していたのだが、このメンバーの中で一番若い安吾はさすがなもので、さっさと状況の演算を済ませたようだった。そして、風のように理一のそばをすり抜けると、あっというまに美女に肉薄して一閃した。

  唐突に放たれた剣撃、ポトリと落ちる美女の左腕。一気に顔面蒼白になる、安吾以外の全員。


「桜田くん!?」

「ちょっと! 桜田さんなにするんですか!」


  安吾としては、訳のわからない状況で、訳のわからないことを言い、どうやら自分たちを拉致したらしい犯人を強襲するのは当然の結果、という方程式ができたらしい。それでこの結果に繋がったようではあったが、誰もそれについていけていない。もちろん斬られた美女もだ。

  美女は涙目になりながら、斬られた左手を取り上げて、ブチブチ文句を言いながら左手をくっつけた。さすがにそれには安吾も理一も目を丸くして、やはり安吾は警戒した様子で剣を構える。

  いい加減に斬られるのは勘弁して欲しかったのか、美女はくっついた左手をヒラヒラと舞わせて、少し冷や汗を流しながら後ずさりした。


「あの、ごめんなさい。ちゃんと説明しますから、剣を納めてくれませんかね?」

「それは出来ない相談だ。自分は陛下をはじめ、このお方々を守護する義務がある」

「仕事熱心ですね…。じゃぁもうそのままでいいので、聞いてもらえます?」


  安吾の職業意識に気圧されたのか、美女は諦めた様子で問う。安吾は「このように言っていますがどうしますか?」と視線で理一に問い、理一は促すように美女に頷いた。その返答を受けて、彼女は口を開いた。



「理一さん、86歳。二宮菊さん、78歳。三蔵鉄舟さん、89歳 。四谷園生さん、93歳。桜田安吾さん、56歳。あなた方は、本日発生した震災により死亡しました」



  やはり、と思いつつも、なぜそのことをこの女性が知っていて、この状況につながるのか。彼女の言葉を待つ。



「まず、前提の話からしましょう。今この世界の魂の質量は非常に高品質で、量的にも十分であり、結論から言って飽和状態にありました。そして、この世界を含む並行世界では、魂の量は一定に保たれており、輪廻転生という手段を用いて、全並行世界を移動して循環しています。この世界の魂は飽和状態ですので、あなた方をこちらの世界に戻すわけにはまいりません。その代わり、魂の質量が乏しい世界に赴いていただき、その世界が崩壊することを阻止していただきたく、こちらにお呼びしました」



  やっぱり意味はよくわからないのだが、仮に理解しておくとして、そうすると納得できない点があったので、理一が尋ねた。


「その話で行くのなら、魂の質量の足りていない世界にも、輪廻転生で必要量の魂が循環するのではありませんか?」


  その質問に美女は渋い顔をする。


「やっぱソコ突いてきますか。ですよね、うん」


  覚悟を決めたように、美女は理一を見る。


「本来ならそういう仕様なのですが、なぜかその世界には魂が循環しません。それどころか、既存の魂が同じ世界の中でしか循環せず、どんどん磨耗して劣化しているような状況です。これは設計ミスなのか、どこかで故障が起きているということなのでしょうが、今のところそれが発見できていません」

「それで、私たちという別の世界の魂を、新しく向かわせて補充を狙うということなのですね?」

「その通りです。ですが、それだけではありません」

「と、おっしゃいますと?」


  理一が尋ねると、なぜか美女は少し得意そうに胸を反らせる。


「なにせ、あなた方は地球産の高品質の魂です。その中でも選りすぐりの魂です。今回の大震災ではかなりの魂の循環が発生しましたが、あなた方レベルの魂を循環のループに流すのは、非常に勿体ない、ってわっしょい!」


  慌てて美女が飛びすされば、その場所を安吾の剣が空を切った。この美女のセリフを聞いて、理一が心を痛めたと思って、やっぱり安吾は敵認定したようだった。ほとんど野犬と対峙するような目を向けて、安吾と美女は睨み合い、ジリジリと間合いを窺っている。


「さ、桜田くん、少し落ち着いてはどうかな? 私は大丈夫だから」

「は」


  素直な安吾はすぐに引っ込んでくれた。一応美女はまだ警戒している。一回左腕を切り落とされているので、無理もない。

  ちょっと様子を窺いつつも、美女は話を続けた。


「とにかく、そういうことです。色々な状況を鑑みても、すでにあなた方は死亡していますから、最早地球に戻ることはできません。ですが、あなた方になら、あの世界を崩壊から救えると思ってお呼びしました。もちろん、これは命令ではなくお願いです。嫌なのであれば輪廻の輪の中に溶け込んでいただいても構いません。当然、こちらからのお願いですので、あちらの世界でなるべく苦労せずに済むように便宜も計ります。ですから、どうかお願いしたいのです」


  そう言って、美女は頭を下げる。その様子に理一をはじめとして、全員で顔を見合わせた。


  今までいた世界に、未練が全くないわけではない。やり残したことも、残してしまった人もたくさんいる。だが、もう自分たちは死んでしまったのだ。今更その事実は覆らない。

  だからと言って、今から別の世界で生きていけと言われても、便宜を図ると言われても、そう簡単に物事が進むとは思えなかった。

  その疑問は予め予想していたのか、美女が続けた。



「あなた方に第2の人生をお約束する以上は、ある程度の便宜を図ります。まずは、すぐ行動できるレベルの若い肉体を提供します。あちらの言語にすべからく干渉できるスキルも提供します。何もわからず困るでしょうから、「ヘルプ」機能もお付けします。そして、あなた方の未練や望みも、可能な限り叶えます」



  体が若返って、言葉も理解できて、未練も叶う。これは破格の条件と言っていい。この時点で理一は割と前向きになっていたが、鉄舟は口を挟んだ。


「そうは言うがよぅ、その新しい世界ってのは、どんな所だよ?」

「あっ、そうですね。説明しますね」


  そんな大事なことを聞き忘れていたなんて、自分はもしかして浮かれていたのだろうかと、理一は少し赤面したのだが、それに気付くものは誰もいなかった。


  美女が前面に手をかざすと、そこにウィンドウが開いた。そのウィンドウには地図らしきものが示されていて、美女の手の動きに合わせて拡大された。


  「この世界は、構造上は地球と似たような球体の惑星です。太陽は3つですが月はありません。ですから潮の干満もありません。等間隔に並んだ太陽が惑星の周りを回っているので、四季もありません」

「なんじゃそりゃ」

「そう仰られましても、そういうものですから。それで、大陸の方は、こちらで言う所謂赤道直下を中心に一直線に並んでいまして」

「設計に手を抜きすぎだろう」


  うんうんと頷く高齢者5人。美女はちょっと視線をそらすが、なんとか話を続ける。


「え、ええっと、まぁそう言う感じでして。構成される人員は、人族、獣人族、エルフ族、竜族、魔族で、他にも妖精だの魔物だのおります、剣と魔法のファンタジーあふれる世界です」

「映画のような世界ですね」

「そうですね。そんな感じです」


  理一のコメントに一つ頷いて、美女は続けた。


「他の世界では種族別に住み分けたりしているところもありますが、この世界では陸地がひと続きですので、殆どの陸地で種族が混在しています。都市や国家も数多くあり、その元首が人間とは限りません。あなた方には、この世界を旅して、人との触れ合いの中で、その高品質な魂を現地の住民に触れさせて欲しいのです」

「魂に触れると言うのは?」

「簡単に言いますと、ふつうに人と関わりあうと言うことです」

「なぜそれで世界を救うことになるのです?」


  理一の質問に、美女はその美しい顔を、より美しく花開かせた。


「あなた方の優しい魂に触れた相手も、あなた方に感化されることを期待しているからです。もちろん、そうなるように私が組み込むわけですが、あなた方という媒体がなければ、私1人ではなし得ないことです。あの世界の魂は磨耗して劣化しています。キャンペーンを行なって、魂の品質の底上げを狙っていますが、今の時点ではどうにも焼け石に水なのです」

「褒めていただけたのはとても喜ばしく思いますよ。ただ、キャンペーンとはなんでしょう?」

「良い人キャンペーンです」

「良い人キャンペーン…。あまり良い響きではありませんが」


  心外だったのか、美女は目を釣り上げて声を張り上げた。


「そんなことはありません! これは私の考えたシステムの中でも、今までかなり結果を残してきた傑作なのですから!」

「そ、そうですか。失礼しました」

「わかればいいんです!」

「それで、具体的にはキャンペーンの内容はどのようなものですか?」


  その質問に美女は、待ってましたと言わんばかりの顔で、どこから取り出したのか、フリップを理一たちの前にかざした。



「善行したらハッピーチャンス! 良い人キャンペーン実施中! みんな、是非チャレンジしてみてね!」



  いきなりハイテンションの美女に、やっぱり理一たちはポカンと口を開けた。

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