色より力
翌日、流石に第3階層に行こうと言うことにはならなかった。理一と鉄舟でコリンの家族の遺体を運び、安吾はクロの背中に揺られていた。
「情け、ないな」
「現状あの時お前は一人で戦っていたのだ。そう悲観することもあるまい」
安吾のつぶやきに、クロが返す。風の魔法で安吾を支えている影響か、周りの音は遮られている。それでつい、愚痴をこぼした。
「陛下に、理一さんにこんな迷惑をかけるなんて、護衛失格だ」
「…お前達の前記に言及する気は無いが、アンゴが本当に失格なのであれば、リヒトもアンゴを助けようとはしないだろう。アンゴは主人に恵まれたのだよ」
「それは、間違い無いな…」
剣の腕しか取り柄のない自分を、常に重用して側に置いてくれた。理一から信頼を寄せられているのは、安吾も十二分に理解している。だからこそ、悔しかった。
「次はもう、遅れをとったりしない。あの遺跡の亡霊は、俺が皆殺しにする」
「すでに死んでおるがな。痛い! 痛いではないか!」
クロの言ったことは正論だが、安吾は真面目に言ったのに恥をかかされたので、悔し紛れにクロの毛をむしり取った。
そうして一度一行はメトホルの町に戻った。流石に門兵は顔パスしてくれたが、お願いしてコリンを呼んでもらった。
町に入らず門前で30分も待っていると、門兵の一人と一緒にコリンが小走りでやってきた。
「リヒト! グルコス遺跡に行ったと聞いて、心配していたのよ。どうして遺跡になんか…」
「決まっているだろう。コリンを家に帰すためだよ」
そう行って理一が指差すのは、板の上に並べられて、布をかけられた3つの何か。それを見てコリンは震える指先で口元を覆って、大粒の涙をこぼす。
「あ、あぁ…」
「酷い男だと僕を恨んでくれていい。だけど、これは君の役目だよコリン。君の家族を、きちんと弔わなければ」
コリンは震える足取りで恐る恐る遺体に近づき、その布をめくる。そして、顔を覆って泣き崩れる。
「兄さん、ロバート、ジェシカ…生き残ってしまった、私を許して…」
慟哭するコリンを慰めて、理一はコリンと共にコリンの家に行き、コリンの口から状況を説明するのを見守った。コリンの家族はやはり嘆き悲しんだが、コリンだけでも無事に帰ってきたことを喜んだ。コリンと共にスルホン村にも行って、義兄と義妹も弔った。
一通り落ち着いた後、コリンが理一の泊まっている宿まで訪ねてきた。部屋に通して椅子を勧めて、理一はベッドに腰掛けた。
「コリン、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう。全部あなたのおかげよ」
いくらかコリンは吹っ切れたような表情をしていた。その顔を見て、理一も安堵の溜息をついた。コリンは俯いてなにかを迷うようにしていたが、もじもじとしながらも口を開いた。
「私、冒険者は辞めるわ」
「そう」
「それで、教会でシスターをしようと思うの」
「へぇ、シスター」
「ええ。この街で困っている人の支えになりたいの」
「素晴らしいことだね」
「ありがとう。それでね…」
「うん」
言いにくそうにしたコリンは、組んだ指を何度も組み替える。理一は静かにコリンの言葉を待つ。
「それで、その。リヒトはその内、この街を出るのよね?」
「そうだね。多分近い内に」
「そうよね。それに私は、シスターになるし、だから…」
顔を上げたコリンは、潤んだ熱っぽい視線を理一に向けている。なんどかパクパクと口を開けたり閉じたりして、ようやくコリンは絞り出した。
「リヒトに、私の、私の、はじめての…っ」
コリンが言い終わらない内に理一は立ち上がって、コリンの前に行く。コリンは緊張した面持ちで理一を見つめている。
理一は過去に指導された通りに、コリンの手を取って口づけをする。そしてコリンを上目遣いに見て、気遣うように微笑みかけた。
「夜も遅い。送っていこう」
少し呆気にとられたようすだったが、コリンは素直に頷いた。そのままコリンを家まで送って、理一は宿に戻る。
そしてベッドに体を放り投げて、溜息をつく。
(悪いけど、僕はそれどころじゃないんだ)
ごろりと体位を横に向けて、自分の中に循環する魔力に意識を向ける。目に集中させてみたり、聴覚や嗅覚に集中させてみたり、手足の筋力を強化したりして、自分の動きを確かめる。
コリンが喜んでくれたのは良かったし、遺跡に向かった当初の目的は、コリンの家族の遺品を探すためだ。その目的は果たせたが、それ以上の課題を課せられた。
(僕は弱い)
予想外のことで動揺してしまう。筋力もない。魔法も発展途上。
だが裏を返せば伸び代があるということでもある。
(男に生まれたのだから、強さを求めるというのも一興かもしれない)
安吾が傷ついた、あの瞬間のことが脳裏に思い返される。安吾を喪失するかと思ったあの瞬間、もうあんな思いをするのは嫌だ。
冒険者という職業も、この世界も想像していた以上に過酷で。乗り越えるためには、どうしたって強さが必要だった。
(強くなりたい。でないと、この世界で生き残れない)
使命を果たすためにも、必要なことだと思った。だから理一はそれから毎日のように、気絶して眠りにつくまで、魔力操作の訓練に勤しんだ。
後日。コリンは一人で猫の目亭にきていた。この日もやっぱりひとり酒で、ほんのり頬を染めてカウンターに突っ伏していた。すでに客の引いてしまった深夜の店内でグラスを磨きながら、店主が言った。
「聞いたぜ」
「…うん」
「お前のためにグルコス遺跡に潜って、大物仕留めたんだってな。リヒトは色白だが、いい奴だな」
「…うん。でも私、振られちゃったみたい」
「そうか。でもあいつは、お前が独り占めするには惜しいんじゃねぇか」
「…ふふ。確かに、そうかも」
ちょっと滲んだ涙をぬぐって、コリンはガバリと起き上がると、店主にグラスを突きつけた。
「マスター! 一番強いお酒!」
「飲み過ぎるなよ? お前大して強くねぇんだから」
「わかってるわ! マスターが止めて!」
「今止めてるだろうがよ…ったく。今日だけだぞ」
やはり今日もコリンは酔いつぶれてしまったのだが、そんなに悪い酒でもなかった。むにゃむにゃと泣きながらカウンターで潰れたコリンを横目で見て、店主は一人紫煙を燻らせて苦笑する。
「こんな別嬪さんを泣かすたぁ、アイツも罪な野郎だぜ。ったく、俺がとばっちりじゃねぇか」
やれやれと店主はタバコを揉み消して、看板のランプの火を風の魔法で吹き消した。