地下第2階層ヴァンパイア戦
翌日も日が昇ったばかりの早朝から、遺跡に潜る。しっかりと光壁で遮断して、地下第2階層への階段を探す。元々は神殿らしきこの遺跡は、やたらと階段を隠していたりする仕様ではなく、階段は階段として、最下層まで各階層で折り返して繋がっていた。
表層から地下第1階層、そして第2階層へと降りる。
第2階層はまさに映画の世界。ゾンビやミイラが「あ“あ”あ“」と呻きながら、ぎこちない動きでこちらに歩いてくる。この階層の魔物達は、的確に倒さないと物理攻撃でも倒れない。
体を動かす中枢神経のある頭部か、闇の魔力が宿っている心臓を確実に潰す必要がある。
とはいえ、流石に階段を降りてすぐのところで混戦状態になるわけにもいかないので、ルートを確保するためにも、理一が光輪を使って一掃する。
階段下にいた魔物達を倒したのはいいものの、ただの死体に戻ったゾンビやミイラが、階段下に折り重なっている。一々足場を確保することもできないので、全く気は進まないが、死体を踏みつけて進んだ。この点に関して、最も避けたい魔物でもあったが仕方がない。
倒れていた死体の山を踏み越えても、まだまだ沢山の魔物がやってくる。索敵にはボス級がまだ引っ掛からない。同じように進むしかなさそうだ。
わかってはいるが、精神的苦痛の大きいエリアに、早々に白旗を上げた園生が言う。
「クロに衝撃波とか打ってもらうのじゃダメなの?」
「そうしたいのは山々だけど、この遺跡は古いからね。クロの攻撃力で遺跡に当たったら、遺跡が崩壊して生き埋めになってしまうよ」
「そっかぁ、それは嫌だねぇ」
どう考えても生き埋めになるリスクがあるし、味方の攻撃で魔物の仲間入りなど御免被る。この遺跡に被害を与えるような魔法は避けた方が無難だろう。
第1階層の魔物と違って、第2階層の魔物はこちらを捕まえようとする動作をする。あれに捕まって噛みつかれたら終わりだ。それから逃げなければならないことを考えると、前衛2人に道を開いてもらうのは負担が大きい。
菊と理一が交代で治癒魔法を行使して、ある程度払ってから安吾と鉄舟が残党を狩って行った。
しばらく進むと、パッタリと魔物が襲ってこなくなった。それと同時に、理一の知覚が敵に反応した。
「この通路の正面にいるみたいだ。気配が篭ってるから、近くの部屋かもしれない」
「なにか仕掛けて来そうね」
「そうだね。光壁を張るから、みんな一塊になって」
メンバーが近くに寄ったのを見届けて、理一が光壁をぐるりと展開する。これなら突発的に襲われても、いきなり殺されるリスクは減るだろう。
慎重に歩を進めるが、やはり魔物は出てこない。そしてどんどん気配は強くなる。突き当たりにある大きな扉の部屋から、その気配が漏れ漂っている。理一が認識したのは、3体。
近づいてドアを開ける勇気は流石になかった。クロに吹き飛ばしてもらって、光灯の光をいくつか先行させる。
室内がふわりとした光に照らされる。床にはなにかが蹲って、くちゃくちゃと聞こえてくる。吐き気を催す錆臭さに、つい菊は鼻を袖で覆う。
床に蹲っていたのは、頭髪の抜け落ちた頭をして血色の失われた肌が露わになった、人型の魔物ヴァンパイア。屍肉を司るその魔物の口元は、真っ赤な血に染まっており、なにかの肉が指の隙間から覗いている。
「うっ…」
「うえぇっ」
たまらず菊が嘔吐感に苛まれ、園生はその場に嘔吐した。クロが園生の視界を尻尾で遮り、鉄舟が菊を支える。
ヴァンパイアは食べていたものを、べちゃりとその場にとり落す。安吾はすぐに警戒に入ったが、理一は食べられていたものに意識を奪われていた。
金髪で金色の瞳、褐色の肌をして耳の尖った男。褐色の肌に黒髪の同年代の男。黒髪の少し若い少女。その3人の遺体が、無残にも食い荒らされている。
「あれは…コリン、の…」
理一が動揺している間に、ヴァンパイアは攻撃態勢に入る。3体同時に襲いかかるそのスピードは、アンデッドの中でも随一と言われるだけあり、同時攻撃に安吾は対応しきれない。
「陛下!」
はっと気を取り直した理一の前に、ヴァンパイアの1体が迫る。いつのまにか光壁を解いてしまっている。防御が間に合わない。
「っ!」
肩を掴まれ押し倒される。唾を垂らしたヴァンパイアが、理一を捕食しようとワニのように牙の生え揃った口内を覗かせた。
ぞくっと背筋が凍りついた瞬間、ヴァンパイアが動きを止めた。そして上顎から上が、ずるりと滑り理一の腹の上に落ちた。生臭い血の匂いが、理一の服に染み込んでいく。
その背後で、刀を振り抜いた格好の安吾が立っていた。
「すみません、汚して、しまい…」
言い終わらぬ内に安吾は膝を折って、ゆっくりと崩れ落ちる。安吾の腹部には穴が開き、そこから流れ出た血がズボンを真っ赤に染めているのに気づいた時には、安吾はもう倒れ伏していた。
「安吾、安吾!」
慌てて這いつくばって、安吾の元に這い寄る。浅い呼吸を繰り返す安吾に、全力で治癒魔法をかける。
「安吾、死ぬな、安吾!」
「その傷では、助からん。諦めよ」
いつのまにか涙が溢れていた。ぐっと袖口で拭う。クロは諦めろという。だが諦められるはずがない。
安吾は何年も前から、理一専属の護衛だった。ずっと守ってくれていた。今だって護ってくれた。彼ほど信頼できる人間は、彼を置いて他にいない。安吾を失うことなど、理一には考えられない。天使のラッパの音色が、理一の感情を後押しした。
「黙れ! 諦めるくらいなら死んだほうがマシだ! 菊、結界を張れ! 何人たりともここへ通すな! クロ、園生、敵は速やかに迎撃しろ! 僕の邪魔をさせるな! 鉄舟、鉛の壁を立てろ!」
指示をして、一つ息を吸う。考えろ、考えろ。どうしたら安吾を救える。速やかに、確実に、安吾を救う手立てを。
理一は魔力を目に集中して、光の魔力を纏わせる。そして可視光線以外の光線も認識できるよう、視神経の機能を強化する。すると、理一の目にはx線を照射されたように、安吾の内臓が視界に捉えられる。
組織の一つ一つから治癒魔法で再生させる。腹部大動脈から腹膜に溢れた動脈血も戻しておく。血管や組織を縫合し、ショックを軽減するため、生理食塩水を水魔法を使って直接静注。腎臓に働きかけ、レニンアンギオテンシンアルドステロンの作用を亢進させ、無理やり脈と血圧を上げる。
最後に腹膜を閉じて、筋肉や皮下組織も修復する。できることは、全部やった。
「安吾」
とくん。心臓は動いている。
「安吾」
体は暖かいままだ。
「安吾!」
まつげが揺れて、ゆっくりと安吾が瞼を開いた。
「安吾、よかった」
「申し訳ありません…迷惑を…」
「悪いのは僕だ。僕が不甲斐ないせいで、君をこんな目に」
「陛下がご無事で、安心いたしました…」
まだ体力が戻らないのか、安吾はそのまま再び気を失った。安吾が一命をなんとか取り留めたのはみんなも気づいたようで、鉄舟が鉛の壁を消すと、みんな心配そうに寄ってきた。
都合のいいことにここは部屋になっている。今日はこのままここで過ごす。今の状態の安吾を、戦いながら守れる自信がないからだ。
そしてこの部屋には、あの3人の遺体もある。コリンの兄と、義兄と義妹の亡骸。安吾を菊に任せると、理一は3人の遺体の元へ行く。魔法で水を出して汚れや血を落として、体を清める。出来るだけ内臓を戻して、治癒魔法で皮膚を閉じようと思ったが、死者には使えないのか塞がらなかった。園生に針を借りて、持っている布を解いて糸で縫合する。
医学の基本は解剖学だから、こういったことに理一は抵抗はない。だが、コリンの家族が無残に食い荒らされているということに動揺して、危うく安吾を死なせるところだった。
クロの言う通り、自分は青二才だ。自分が不甲斐ないせいで、安吾が死にそうになった。そんなことは、もう真っ平御免だ。
「強く、ならなくては…」
傷つかなくていいように、傷つけなくていいように。守りたい人を守れるように。
心も体も、自分は誰よりも強くならなければならない。
ぐっと握り込んだ拳から血が滴るのも気づかないほどに、理一の決意は強いものだった。




