冒険者:黒犬旅団
面目を潰された脳筋の仲間たちが、理一に対して何かしら仕掛けてくる可能性もゼロではないが、今の所それはなさそうだ。
脳筋が何もしていない相手に負けたという噂はすでに広まっているようだが、この噂は別の噂に押されて殆ど掻き消えている。
目下、メトホルを騒がせている噂の中心にいるのは、園生とクロである。
「おい、見たかよ」
「あぁ、たまげたぜ」
「しかしあの娘、ムチムチのぷるんぷるんだな」
バンダースナッチを伴った肉感的美少女がメトホルを席巻中である。猫の目亭もこの話題で持ちきりだ。お陰で理一は安寧を享受できている。園生は少し居心地が悪そうだ。
「せめてクロが半分になればいいのにぃ」
と無茶を言ってクロが困っていた。園生が色白なので、理一の仲間だと言うことは、店主をはじめとして猫の目亭の常連は察しているらしい。噂話位は聞こえてくるが、不躾な話や下品な話が聞かれないのは有り難い。
今日はみんなも一緒なので、女性に変な話を聞かせたくはないからだ。
コリンがだいぶ元気になって、リハビリを兼ねて冒険者協会に案内してもらった。建物はそう大きな建物ではなかった。50㎡くらいのフロアに掲示板とカウンターがあって、そのカウンターには受付嬢がいた。その受付嬢に登録の申請をする。
まずはコリンが受付嬢に声をかけると、「あら、コリンさん」と受付嬢は気さくに返事を返した。
「今日はこの人達の冒険者登録をお願いしたいの。申請の手続きをしてくれるかしら?」
受付嬢は理一たちの顔を見て、色白であることに少し戸惑ったようだが、コリンが頷くと笑顔で「お待ちください」と登録の用意をし始めた。この辺りはコリンの信頼があるからこそだろう。ありがたいものである。
受付嬢はカウンターに四角いパネルを置くと、その上に身分証を一人ずつ置くように指示する。言われた通りに置くと、ぴかっと光って「次の方」と促される。そうして5人とも身分証を提示すると、そのパネルに5人分の情報が浮かび上がった。
「パーティは5名様でお間違いありませんね?」
「はい」
「では、こちらにパーティー名をご入力ください」
まさか名前をつける必要があると思っていなかったので、5人はしばし悩む。しかし、中々思いつかない。
「コリンたちのパーティはなんて言うの?」
菊が尋ねると、コリンは「緑の矢っていうのよ」と答えた。ハーフエルフを中心にしたパーティだったので、そう名付けたそうだ。ということは、パーティのメンバーの特徴を名前にするのがベターだろう。
「なんだろう…色白?」
「それ自虐になりませんか? 高齢者?」
「それも自虐だろ。侍ジャパン」
「余所者って即バレるじゃない。5人組だしナントカレンジャーみたいな…」
「ダサいよぅ。それならクロと愉快な腹減り達でいいよぅ」
「腹減ってんのはお前とクロだけだろうが」
揉めに揉めて、最終的には「黒犬旅団」になった。待ちくたびれたらしい受付嬢には小さく溜息を吐かれたが、なんとか登録は完了。
新人なのでFランクからのスタートで、Fランクのうちは薬草採取などの簡単な仕事から請け負って、実績を積むごとにランクが上がって、難易度の高い依頼をこなすのだとか。
だが、これは普通の話であり、理一達が普通じゃないことは、すでに町中に知れ渡っている。当然冒険者協会にも、バンダースナッチを契約獣にした人間の話は届いていて、それが園生の身分証から彼らの事だとわかったようで、すでに受付嬢が上司に相談して、Dランクからのスタートになっていた。
これには園生本人も気づいていなかったらしいが、園生の身分証には、彼女の名前と別に契約獣であるクロの名前も記されていたのだった。
「えぇ? いつの間にぃ?」
「おそらく、クロと契約した時点で追記されたんだろうね」
「ハイテクだねぇ」
そして、身分証にはパーティ名である「黒犬旅団」も、しっかり追記された。ちなみにこの事を外で待機していたクロに報告すると、「わしは犬ではないと何度言えば…」と不貞腐れていた。
そんなこんなで、パーティ結成記念という事で、みんなで猫の目亭にやってきた。あれ以来よくしてくれる主人にも報告すると「頑張れよ」と応援してくれたが、外にいるクロに視線をやって、園生に視線を送り、理一に視線が戻る。
「お前さんも大概変わり者だが、類は友を呼ぶのかねぇ」
「そうかもしれないね。僕らは変わり者の集まりだよ」
「園生はともかく、理一さんは変わり者でしょうか?」
「私がともかくって、どういう意味よぅ」
「そうだぜ、安吾も人の事言えねぇだろ」
「鉄舟だって言えないでしょ」
「一周回ってリヒトの言う通りということね」
あはは、とみんなで笑い声をあげる。コリンもクスクス笑っているので、だいぶ精神的にも落ち着いてきたようだ。その様子に全員でこっそりと安堵する。店主も、コリンの笑い顔を見てホッとした顔を浮かべていた。
理一達がコリンを連れ帰って、どうやら仲間は全滅したらしいということは、知っている人間は知っているらしかった。
聞いたところによると、コリンがパーティを組んでいたのは、コリンの兄と義理の兄、義理の妹。コリンには姉がいて、姉は岩山に近い村に嫁いでいた。だが、今回のシャバハの夜で光魔法使いとして前線に出て、命を落としたそうだ。
以前から領主主導で、シャバハの夜を引き起こしている元凶である、あの遺跡の踏破が目標とされていたが、遅々として進まなかった。
それで、コリンと兄、亡き姉の夫、その妹の4人で、遺跡調査の依頼を受けたのだ。姉のように命を落とす人が、一人でも減る事を願って。
だが、この町の古株の冒険者は知っている事だが、岩山の遺跡に巣食う亡霊達は、年季があるだけに相当に手強く、その数もあまりにも多い。本来弱いスケルトンですら、数で圧倒してくる。
数十年も前から計画されている討伐軍も、冒険者協会への依頼も、亡霊達を壊滅させるには至っていない。
酒でほんのりと頬を染めたコリンが、自嘲するように言った。
「多分、姉が死んで自棄になっていたのもあるのね。義兄さんが飛び出していって、バラバラになって、一人ずつ追い詰められた。もう私は、逃げることしか考えられなかったわ」
悔恨、恐怖、惜別、後悔。様々な感情が入り混じって、コリンを苦しめる。ついに決壊した悲しみが、涙になって零れ落ちる。
「姉さんも、兄さんも失って、家に帰る勇気もないの。どんな顔をして、兄さん達が死んだ事を知らせればいいのか、私にはわからないの」
顔を覆って泣き出したコリンの肩を撫でると、理一の胸に顔を預けて、一層泣き出してしまった。しばらくそのままにしていると、酒に酔っていたのと泣き疲れたのか、コリンは眠り込んでしまった。
カウンターに突っ伏して眠るコリンを見て、菊がコリンの金髪を撫でながら呟くように言った。
「冒険者は、過酷ね」
「…そうだね」
「コリンは、心も体もボロボロになってしまって。私達も、同じような経験をするリスクはあるわよね」
「そうだね」
「それでも、やる?」
菊の問いかけに、理一もコリンを見つめる。迷いがないわけではない。恐怖や躊躇いがないわけでもない。
「やるよ。コリンは泣き顔よりも、笑った顔の方が、ずっと素敵だからね」
「ぷっ。出た」
「…なんのことやら」
含み笑いでからかってくる菊に、理一はそっと視線を逸らすのだった。




