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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
新しい仲間とメトホルの町
17/115

コリンと犬(?)

すぐに理一が結界を解除して、女性の元に駆け寄る。女性を攻撃した何者かが潜んでいる可能性もあるので、安吾と鉄舟は引き続き周囲を警戒している。


女性を火のそばまで引きずって、口元に手を当てる。呼吸をしていない。橈骨動脈も触れない。


「心停止してる! 菊は治癒魔法を、僕が30数えたら、園生は人工呼吸を!」


残っていた鎧を剥がしながら理一がそう指示をして、心臓マッサージを始めた。菊がかける治癒魔法の光を浴びて、数回の人工呼吸と心臓マッサージを繰り返していると、女性がピクリと動いて、激しく咳き込み始めた。


心肺機能が回復して、肺に流れ込んだ血を吐き出した女性は、やはりまだ呼吸が荒く、意識が朦朧とした様子だ。汗が滲んだ額を手の甲で拭って、一先ず女性が一命を取り留めたことには安心したが、予断を許さない状況だ。


女性テントに運び込んで、園生と菊に女性の体を拭いてもらっている間、理一は改めて光壁を貼り直した。理一の光壁は、野営場をすっぽりと包み込む。


「理一さん、魔力は大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。練習の成果かな。魔力量が増えたみたいだ」

「そうですか」


それならと安吾も引きさがるが、再び寝ようと言う空気にはならなかった。武装した冒険者風の女性を、あれほどにまで痛めつける何者かが潜んでいるかもしれないのだ。おちおち寝てなどいられない。


結局理一は一晩中結界を張りながら女性の看病をして、菊は治癒魔法をかけ続け、園生が身の回りの世話をし、鉄舟と安吾が警戒を続けていた。


朝になって、どうしようかと悩んだ挙句、当初の予定通り街を目指すことにした。街になら医者もいるだろうし、もし彼女が冒険者なら、街に連れて行けば身元や状況もわかるだろう。もしかしたら、森の中に彼女の仲間がいるのかもしれないが、彼女の身柄の安全が第一だと考えて、街に急ぐのがいいということになった。


安吾が女性をそっと負ぶって、ぐらつかないように園生が女性の体を安吾に結びつけた。剣道における足さばきも熟練している安吾は、女性に振動を与えることなく、かといってスピードを落とすこともなく、すっと歩みを進める。


昼休憩で彼女を安吾から降ろすと、その振動で気がついたらしく、女性が目を開けた。夜の間は血で汚れていてよくわからなかったが、女性は褐色の肌をしていて、耳が尖っており、透き通るような金髪に金色の瞳をしていた。


人間以外の種族だということに、この時理一は初めて気がついたが、せっかく目を覚ましたので、あらかじめ作っていた生理食塩水を異空間コンテナから取り出し、女性に飲ませた。


「ごほっ、げほっ」

「慌てないで、ゆっくり飲んで。無理をしたら肺炎になってしまう」

「はい…」


女性は少しずつ口に水を含んで、嚥下に慣れてくると、こくこくと喉を鳴らして、薄く塩味のする水を飲み干した。


「はぁ…ありが、とう。…うっ」

「無理せず休んでいた方がいい。出血性ショックを起こしていたんだ。まだふらつくはずだよ」


女性は起き上がろうとしたが、目眩がしたのか、再び倒れこみそうになったところを支えた。理一の忠告に、女性は素直に従うことにしたようで、横になって小さくうなずいた。

そこに園生が、すすと寄ってきた。


「無理のない範囲で、話せそうかなぁ?」

「えぇ」


少し弱々しいが、女性は園生に肯定の返事を返した。


「お名前はぁ?」

「コリン」

「一人?」

「いいえ、あと3人いたけれど、多分…」


その女性、コリンの表情は暗く曇る。コリンも理一たちが救命措置を取らなければ命を落としていた。上手く逃げていたらいいが、仲間たちの状況も絶望的なのだろう。


「なにがあったのぉ?」

「魔物に、まさか、あんな…」

「もうやめよう。コリンは休んだ方がいい」


恐怖が蘇ったのか、コリンは一層顔色を悪くし、呼吸も荒くガタガタと震えだした。彼女の瞳に浮かぶ恐怖は、底知れぬ衝撃を与えたことを物語っている。

これ以上コリンに思い出させるのは酷だと考えて、理一の言葉に園生も引き下がる。菊が優しく手を握ると、それでいくらか落ち着いたらしく、呼吸が平静に戻った。


コリンは休ませたまま、理一達も昼食にありつく事にした。お昼はガッツリいきたいので、鉄板で肉を焼いて、園生が香辛料をブレンドしたステーキソースをかけていく。

肉汁に混ざり熱される、えも言われぬ食欲を誘う香りに、通りすがる人がこちらを凝視している。だがこれはやらない。絶対にだ。


そうして出来上がったステーキと、丹念に裏ごしされたポテトを使った芋餅と、ジャガイモのポタージュが今日の昼食だ。もちろん、コリン用にポタージュに小さくパンを千切って入れたパン粥も用意してある。


コリンもちびちびとパン粥をすすり、理一達も昼食に手を伸ばした。ステーキを口に運ぼうとすると、背中にぞわりと悪寒が走る。

背後からポタリと水音が聞こえ、唸るような低い音が轟いている。園生達があんぐりと口を開けて、理一の背後を凝視していた。


背後にいるのが、明らかにマズイ何かであることは、この禍々しい気配から想像に難くない。ゆっくりと振り向いた理一の背後にいたのは、真っ黒い毛に覆われて、長い尻尾の毛先を揺らした、体高200センチはありそうな、巨大な犬だった。その犬が、大きくて真っ赤な口を開く。


「人間、わしにもそれを寄越せ」


一瞬何を言われたのか、意味がわからなかった。そして、犬が喋っている。


「犬が、犬が喋った」

「無礼者、わしは犬ではない。いいからそれを寄越さぬか」


犬(?)が前足で示しているのは、理一が食べようとしていたステーキだ。よく見ると腹がぐーぐー鳴っていて、ヨダレをダラダラと垂らしている。美味しそうな肉の匂いに引き寄せられてやってきたのだろう。


お腹が空いたのだろうと考えて、理一がフォークに刺さったステーキを差し出すと、犬(?)はパクリとそれを食べて、すぐに飲み込むともう一切れ強請る。

結局理一の分を全部あげたが、それでも物足りないようで、犬(?)が唸る。


「これを作ったのは誰だ」

「私だけどぉ」

「そうか、そこな脂身の多そうな女、もっと作れ」

「…あ?」


聞いたことのない声が、園生の方から聞こえた。ムチムチのワガママボディの園生だが、肉付きの良い体系がコンプレックスでもあったらしい。犬(?)はおそらく食料視点でそう言ったのだろうが、これが園生の逆鱗に触れた。


「女の子にぃ、そういう失礼なことを言う悪い子にはぁ、おかわりはありませぇん」

「む、なにが気に入らぬ」

「おかわりが欲しいならぁ、美味しかったって、まずは感謝しなきゃダメだよぉ」

「む、そうか。美味かったぞ。だから早う食わせろ脂身の」

「あ?」

「…程よい女よ」


逆鱗ポイントを理解したらしい犬(?)の様子に園生は溜飲が下がったらしく、「ちょっと待ってねぇ」と追加で肉を焼き始めた。


なんだこの状況はと思いながら、傷ついたコリンには追い討ちだったろうと彼女の様子を覗き見ると、コリンは引きつった顔のままで固まっている。まさかと思い尋ねる。


「昨日コリンを襲った魔物?」

「ち、違うけれど」

「そうなの? よかった」

「何がいいのよ…」


コリンを襲った魔物ではないようだが、それなりに危険な魔物のようである。ステーキを食べ尽くしたら、自分たちが襲われるかも知れない。何しろ園生を食料視点で見ているし、人間を捕食する魔物もいると言う話だ。


「えーっと、犬さん」

「犬ではない」

「なんと呼べば?」

「名はない」

「じゃぁ取り敢えずそこは保留で。園生のステーキを食べるなら、僕らを襲ってはいけないよ。僕らが負傷してしまったら、園生の料理を食べることはできないからね」

「む、そうだな。理解した」


食欲の前に理解力が高い犬(?)は、とりあえずはそう約束してくれた。そして、追加の肉が焼きあがって、犬(?)はガツガツと食いついて、これもペロリと平らげた。


「もっと寄越せ」

「まだ食べるのぉ? 作るのはいいけどぉ、食材がなくなっちゃう」

「食材があれば良いのだな」


そう言って山に入った犬(?)は、少しすると戻ってきて、ウサギのような生き物を捕まえてきた。これで作れと言うことらしい。

仕方がないので園生と安吾でウサギを解体して、再度肉を焼く。


「どーでもいいけど、時間が押してるんだけど」

「今日中に街に着くのは、こりゃ無理だな」


なぜか犬(?)の餌やりに時間を取られて、この場所で野宿する羽目になってしまった。一応コリンの体調管理は続けていたが、怪我をして疲労しているのに、すぐに連れていけないのは申し訳ない。今夜も魔物に怯える夜を過ごさせることを申し訳なく思う。


それを伝えると、コリンは犬(?)を盗み見て、「多分、大丈夫よ」と言うので、この犬(?)にガブリと行かれない限りは、大丈夫かも知れないと思うことにした。

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