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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
始まりの村
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旅立ちと失恋

なんだかんだで、この村には2週間以上滞在している。あまりにもお世話になりすぎてしまった。村の人たちはずっといてもいいと言ってくれるが、理一達にはいい人キャンペーンの普及という役目があるので、そういうわけにもいかない。

みんなで話し合って、近いうちに出立することにした。


村長にその事を相談すると、やはり村長も引き止めてくれた。村長としては、シャバハの夜を乗り切った連帯感と、書類仕事を手伝ってくれるというのがあるので、理一達がいなくなるのが惜しいらしい。


「この村にいれば美味しいご飯は食べられるし、仕事もあるし、生活の面倒も見る。ここを出たらご飯はお世辞にも美味しくないし、お金はいるし、悪人だって沢山いるから、絶対ここにいた方がいい」


村長はそう言って必死に引き止めてくれたのだが、理一達がこちらの世界にくるにあたって、役割があるのだと説得すると、渋々と言った風にして折れてくれた。

そして溜息をつきながら、机の引き出しから何かを取り出して、理一に差し出した。


それを手にとってみると、名刺サイズの薄い金属の板だった。ステンレスのようなその金属板は、面はのっぺりした銀色で、裏はツヤツヤの黒で、理一の顔が写り込んでいる。


「その黒い方に顔を写しながら、魔力を流してごらん」


言われた通りに顔の前に黒い面を向けて、金属板を持って魔力を流す。すると、黒い面が一瞬パチっと光った。

すると、何かが浮かび上がる。左側に理一の姿が記録されていて、右側に名前が載っていた。それを見て、村長を見ると、村長は少し寂しそうに笑う。


「それは身分証だ。流した魔力を一人分だけ記録する。今は名前だけかもしれないが、冒険者登録もその身分証でできるから、魔力を流せば情報を上書きできる。それを持っていれば、町に入れる」

「僕たちのために、用意していてくれたのですか?」

「君たちは余所者だし、最初から旅人だと言っていたから、いつか旅立つのはわかっていたからね。身分証がないと困るだろう」


お世話になってばかりいるのに、引き留めてもらえて、こうして送り出してくれる。村長を初めとして、この村には感謝しかない。理一は心からの感謝を込めて、深く頭を下げた。


みんなにも預かった身分証を渡して、使い方を説明した。鉄舟は「よくできてるなぁコレ」と不思議そうにかざして見たりして、安吾は「なんだか自撮りをしている気分ですね」と言いながら登録していた。



みんなの様子を少し遠巻きに見ていると、つんと服の裾を引っ張られた。肩越しに振り返ると、理一の服の裾を引っ張ったフェリスが、側で俯いていた。


「もう、いなくなっちゃうんですか?」


寂しそうにポソポソと零すフェリスに、理一は小さく苦笑して振り返る。


「うん。フェリスにもお世話になったね。ありがとう」


フェリスが、潤んだ瞳をして、理一を見上げた。


「行かないでって言ったら、ワガママになりますか?」


今にも泣きそうな顔をして、そんな風に言ってくるフェリスが、とてもいじらしかった。

慰めるように、フェリスの頭を撫でる。


「そう思ってくれるのは、とても嬉しいよ」

「でも、行っちゃうんですよね?」

「そうだね。ごめんね、フェリス。またこの村には必ず来るから」


たまらず、フェリスの丸い瞳から涙が零れ落ちる。思い切って飛びついてきたフェリスが、理一の胸に顔を押し付けてグスグス言っている。やはり理一は小さく笑って、フェリスをあやすように撫でた。


「絶対ですよ。約束ですよ」

「うん。約束するよ。それまで、良い子にしているんだよ」

「はい。フェリスは、リヒトさんがきてくれるのを、待ってますから…っ」


理一に縋り付いて、ついに泣き出してしまったフェリスを、理一はちょっと困った顔をしながらあやしていた。


それを見ていた菊が、スラリとした足を組み替えて、隣の安吾の肩に腕を乗っけて問う。


「あれ、どう思う?」

「フェリスの初恋破れたり、ですね」

「時代劇みたいな言い方するんじゃないよ」

「いて」


菊がチョップと共に安吾にツッコミを入れる。安吾の向こう側にいる鉄舟が、身を乗り出してニヤニヤしている。


「でもよ、理一も満更でもなさそうだぜ?」

「うーん…」


なんとなくそれは菊と安吾にはしっくりこなかったようで、2人とも唸っている。

それに園生が頰に指を当てて、小首を傾げる。


「ん〜でもぉ、私達はついこの前までお婆ちゃんだったし、孫を見てるみたいな気分なんじゃないかなぁ?」

「「それだ」」


菊と安吾が、ビシッと指を立ててハモった。

理一から感じるフェリスへの好意は、フェリスから感じる好意と明らかに違ったのだ。だが、園生の言葉で謎が解けた。これには鉄舟も納得してしまったようだ。


「確かになぁ、この前まで80代だった爺さんが、中学生みたいなガキに懸想できるわけがねぇよな」

「ロリコンとかけしからんとか、それ以前の問題ですね」


見た目は同年代だが、精神年齢が70歳も離れているので、フェリスなどほとんど孫かひ孫である。それでもいつかはこの状況に慣れて、見た目に応じた感情を持つこともあるのかもしれないが、少なくとも今はまだ若返ったことに順応しきっていない。


「あたし、この世界で恋人とか出来るかしら」

「なんだか心配になってきたねぇ」

「若い人だと背徳感を感じますね」

「俺はあんまり感じねぇけどな」

「えっ」


禁忌に色欲を持つだけあって、1人だけフリーダムな鉄舟に、3人は軽く引いたのだった。



そんなこんなで、旅立ちの日。


旅立ちの記念にと誂えてもらった服に着替える。理一たち男三人は、長ランのような仕立ての白いガンドゥーラ、白いズボン、黒いローブ。


菊と園生は黒のロングワンピースのようなジャラビーヤ。


寂しそうに見送る、村長、ゴードン、ラズと、既に号泣しているフェリス。他の大勢の村人達にも見送られて、理一達は始まりの村である、「ワシントン村」を旅立っていった。

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