閑話 ある村の1日
閑話のような本編のような、日常話です。
村に滞在する間、タダ飯ぐらいと言うわけにはいかない。
園生や菊は女性たちの仕事を手伝って、炊事や針子をしている。鉄舟は鍛冶屋に通い、安吾はゴードンを手伝って木こりや農作業を手伝う。
理一はと言うと、村長に懇願されて、村長の仕事を手伝っていた。この村は、村の規模に比べて、外部との取引が多い村だ。だから、書類仕事が非常に煩雑で、村長はいつも書類の山に埋もれてヒーヒー言っているらしかった。
理一は書類仕事が得意なわけではなかったが、生前の仕事も大半が書類仕事だったし、あとは外交が主な仕事だったので、手伝おうかと声をかけたら、是非にと頼まれたのだった。
朝から書類の量に絶望しているらしい村長の机は、書類がうず高く積まれて山盛りになっている。一先ず理一はその書類を案件ごとに分類して、村長に優先順位をつけてもらい、優先順位の高い順から処理をしてもらった。
その間にまた書類を分類して、理一も手伝いながら、時々優先順位の低い仕事に手をつける。
村長がそれを不思議そうにしているので、理一が我流でやっている息抜きだと教えてあげた。
村長がちょうどやっているのは、領主からの徴兵に関する文書だ。この辺は徴兵制度なので、数年に1回徴兵されて、労働力を持っていかれる小さな村としては、頭の痛い命令書だ。
「こういう難しい案件をやっていて疲れたら、こういうローカルな案件に手をつけるんです」
それは村人からの嘆願書だった。ヤギが逃げないように背の高い柵を作りたいので、その費用を村で負担してください。という内容だ。
思わず村長は、柵を飛び越えて脱走するヤギを想像する。そして、ついホッコリしてしまう。
「リヒト、君は天才か? なんだか癒されたぞ」
「ふふ、そうでしょう?」
仕事をサボっているわけではないので、仕事は進むし、気分転換もできる。理一オススメの息抜きである。
その頃、安吾はゴードンと共に森に入っていた。魔法で火が使えるとは言え、燃やすものがなければいけない。竃でもお風呂でも明かりでも、とにかく薪は必要になるので、ゴードンは森で木を切って、薪小屋で乾燥させているのだ。
カッ、カッ、と斧を振るって、直径30センチ程の木を切り倒しているゴードンのすぐ後ろで、安吾は新品の斧を握っている。安吾が木こりの真似事をするというので、鉄舟が作ってくれたのだ。
その感触を軽く確かめて、安吾が両手で斧を握って、振りかぶって木の幹に打ち付ける。
ズバン
「!?」
斧から聞こえる音というのは普通、打撃音に近いはずだ。確かにフルスイングしたが、それでも明らかに違う音が聞こえて、安吾は驚愕して斧を見つめる。
ギギ、と木が軋む音がして、斬った木がこちらに倒れてくるのを見て、安吾は泡を食った。
「ゴードンさん! 危ない逃げて!」
「あ? うおぉぉっ!」
周りの木の枝を下りながら、バキバキと倒れこむ木のそばで、間一髪で避けたゴードンが座り込んでいた。座り込んだまま、怒っているのかワナワナと口を開く。
「おま、お前…殺す気かぁぁぁ!」
「すいません! でも違うんです! これは鉄舟の斧のせいです!」
怒られて当然だが、安吾は言い訳に斧のせいにした。ゴードンは訝しげに安吾を睨んでいたが、安吾の持つ斧を握ると、自分が切りつけていた木に向かって振り下ろす。
ズバン
「これは斧が悪いな」
「そうでしょう!?」
ゴードンが振るっても、木は両断された。物凄く危険な斧だが、作業効率の上昇は確かなので、木の倒れる方向にだけ注意することにした。
ちなみに、無傷の木相手だったら、安吾は1振りで、ゴードンは2振りで倒木できた。
「斧もやべぇけど、お前もやべぇだろ」
「そんなことはありません」
この件に関しては、怒られることを避けたかったので、安吾は絶対にゴードンと目を合わせなかった。
その頃。女子チームは水車小屋に来ていた。村中の洗濯物を集めて、水車小屋で洗濯をして、物干し場に干すのだ。
沢山のシーツや衣類が風にはためいているのは、なんとなく良い光景だと思う。
だが、この世界の洗濯には、一つ難点がある。洗濯は水車がやってくれるが、脱水は人力なのだ。この脱水がまた重労働だった。
服くらいならいいが、大きなシーツなどになると、2人がかりで端を持って絞るのだ。
「ふぬーっ、手が痛い!」
「まだ水が出るよぅ」
菊も園生も、こういう作業をしたことのない、お嬢様育ちである。洗濯機が導入される前の時代は、うちの使用人達もこんな苦労をしていたのだと思うと、今更ながら使用人達をもっと労っておけばよかったと思う。
なんとか頑張るが、この2人は生粋のお嬢様である。やっぱり我慢できない。
「昔の脱水機といえば…」
「ローラーみたいな器械は見たことがあるねぇ。あとは、サラダスピナー方式?」
圧力で絞るか、遠心力で飛ばすか。水車の回転力は、力こそあるがスピードはない。水車を支える柱は回転しているので、それを使えばローラー脱水が出来そうだが、2人はDIYをしたことがないので、今すぐ作るのは無理。水車の脱水機改造については、村長にお願いしておくとして。
暫く考えて、菊は園生に言って、2人で端を持ってシーツを広げる。そして、菊が詠唱した。
「風の魔力を持って、ここに渦を現せ。“風旋”」
習いたてのつむじ風の魔法に煽られて、白いシーツは風の渦に巻き上げられていく。風の勢いでクルクルと回転して、その度に水飛沫が飛び散る。
これはいい感じだと2人で見ていたが、2人の肩を、誰かがガシリと掴んだ。振り返ると、濡れ鼠になったフェリスが、青筋を立てている。
その姿を見て、園生と菊は顔を引きつらせた。
「あ、フェリス、ごめんね?」
「ごめんねぇ」
「お二人は手伝いもしないで遊んでいたって、リヒトさんにチクリますよ」
「それはやめて、本当にごめん」
謝罪した菊が魔法を解除したので、シーツがヒラヒラと落ちてくる。地面に落ちる前にそれを受け止めてみると、しっとりしてはいるが、濡れた感じはあまりない。
「結構脱水できてるわ」
「えぇ?」
菊が言うので、フェリスも触ってみると、確かに脱水できている。これは、とフェリスも目を輝かせて、結局フェリスも混じって3人で風の魔法を使って脱水を始める。
最後には、この魔法の応用に目をつけたラズが、大きな竜巻を起こして、一気に脱水していた。
「さすがラズ師だねぇ」
「あたしあの人には一生敵わないと思うわ」
菊と園生はそんな事を言っていたが、ラズはラズで攻撃魔法を脱水に使ったのは生まれて初めてだったので、「余所者のこう言うところが非常識なのよね」と呟いていた。