シャバハの夜明け
一昼夜ぶっ続けで術式を維持しているラズは、目に見えて疲労している。理一も回復して魔法陣に復帰して、菊が休憩している。だが、ずっとラズは魔法陣を起動し続けている。心配にならないわけがない。
当然、この村のラズの弟子たちだって、ラズのことは心配している。だが、彼女の防衛にかける情熱を理解しているのか、ラズに治癒魔法をかけたり、栄養満点の薬を飲ませたりする以外は、休憩を無理強いすることはない。
「まだまだ若造には負けないわよ。それに今はなんだか、すっごく気力が充実しているの。だから心配ご無用」
そう言ってラズは気丈に笑ってみせたので、ラズのやる気を削ぐ必要もないと思って、理一たちもそれ以上は言わなかった。
そういえば、と理一は周囲を見回して、しばらくキョロキョロしてからそばにいた園生に尋ねた。
「シルヴェスター=ランボー殿をお見かけしていないけど、彼はどうしたんだろう?」
あんな脳筋のフルネームまできっちり覚えているなんて流石だ、と園生は感心させられたようだが、そこは通常運転で微笑んでおいた。
「さぁ? お休みなんじゃないかしら?」
「ふぅん、まぁこの村で兵士の仕事なんてないだろうし、邪魔しなければ寝ていても問題ないのだろうね」
邪魔だったから眠らせたとは、園生は言わないが。
「ああいうタイプの人は、うるさく騒ぎ立てると思ったけれどね」
そう言いながら笑いかけると、園生はちょっと視線を泳がせている。その表情に理一は小さく笑ってしまった。
「さて、園生に意地悪をするのも、この辺にしておこう」
「むぅ、理一ってそういうキャラだったのね」
「ごめんね。あの脳筋を黙らせてくれたんだろう。ありがとう。君のおかげで、みんながスムーズに仕事をこなせるよ」
「…えへへ」
礼を言われて満足したのか、園生は赤面しながらモジモジと照れている。可愛らしいものだ。まぁ、どんな手段で黙らせたのかは、あえて聞かないでおく。
とはいえ、理一も自分の仕事を頑張らなければならない。自分の保有している魔力量には、注意しなければならない。それを確認しながら、必要な分だけ魔力を注いでいく。
魔力が枯渇しそうになったら、体調が悪くなる。その時は無理をせず交代するように言われた。ラズからの忠告をしっかり頭に入れて、理一は理一の仕事に取り掛かった。
だが、その時理一の反対側の結界に揺らぎが出たように見えた。もしや結界が突破されたのかとラズを振り返ると、他の魔法使いがその方向に慌てて走っていく。結界が破れていないのを見ると、ラズのコントロールでなんとか穴埋めは出来ているようだ。
しばらくすると、安吾がこちらに走ってきた。
「あの脳筋バカが魔法使いを張り倒して、結界が揺らいだ隙に外に出てしまったようです!」
「ちっ…」
園生の方向から何か聞こえたが、聞こえないふりをした。
「それは問題だね。村長は?」
「すぐに脳筋を助けるべきだと言っているのですが…」
「ラズさんがそれを許さない?」
「はい…」
村長もラズも、村を守りたいのは同じことだ。だが、領主から派遣された兵士を見殺しにするわけにもいかない。本当は村長だって村人の被害など出したくないはずで、結界も解きたくなければ誰も出したくないはずだ。それでもあの脳筋バカのために、出ても出なくても村が割りを食う。
ならば、と考えて理一は近くにいた魔法使いに、交代をお願いした。そして村長の元へ向かう。その後を園生と安吾が付いてくる。
「村長、提案があります」
困り果てた顔の村長が、理一を見た。
「たまたま村に滞在していた旅人の僕らが出張ったならば、村に損害は生まれないと考えます」
「リヒト、それは…」
「僕は魔法が使えますし、安吾は一流の剣士です。あの脳筋を黙らせた上に連れ帰ることは、可能だと思います。僕の提案にかけてみませんか?」
二進も三進もいかなくなっていた村長は、苦虫を噛み潰したような顔をしてはいたが、渋々と言った様子でうなずいた。
魔法使いと魔法使いの間の中間の位置、この辺りが一番光の壁が薄そうだった。そこで理一は自分と安吾の周りに光壁を張る。2人がすっぽりと球体の光に包まれて、防御術式の防壁を通過するときには、密度の高い理一の光壁が、難なく術式の光壁を通過することができた。
そうして2人が結界の外に出ると、夥しい数のアンデッドがわらわらと集まってくる。ここは結界の外だし、自分たちは光壁に守られている。脳筋の装備していた鎧は金属製だし、鉛が含有されていることを願って。
「光の魔力、x線γ線をもって、彼の者を癒せ。“光輪”!」
光の輪の中から照射される、放射線を帯びた治癒魔法は、亡霊を次々と透過して亡骸に変えていく。脳筋の向かったであろう方角に向けて何度か照射し、道を開いていく。
理一が開いた道を、既に抜刀した安吾とともに駆けていく。亡霊の人波が戻る前に、脳筋を発見した。もう一度光輪を照射して、ようやく脳筋の元にたどり着いたとき、脳筋は一際目立つ大きな体躯と、立派な鎧に大剣を携えた骸骨と対峙していた。
「スケルトンジェネラル。某が敵に不足なし!」
斬りかかった脳筋は、あっさりとそのスケルトンに剣を受け止められて、弾き返されていた。脳筋は尚も立ち上がろうとしていたが、スケルトンジェネラルの方が動きが早かった。
音もなく脳筋に肉薄し、脳筋が立ち上がる前には、彼の眼前に光刃が閃く。
「あっ…」
情けない声を出した脳筋は、そのまま再度尻餅をついた。脳筋の前に立ちはだかった安吾が、スケルトンジェネラルの剣を受け止めていた。
ギリギリと刃鳴りする剣を、スケルトンジェネラルは押し付けてくるが、安吾はスケルトンジェネラルの腹に中段蹴りをお見舞いした。
そうして少しの間合いをとった隙に、「理一さん!」と声をあげる。
若干呆けていた理一が慌てて脳筋の元に駆け寄り、3人を覆うように光壁を張った。このスケルトンジェネラルは、他の亡者よりも強そうだが、理一の光壁に剣を突き立てても、破られそうになかった。
それをみて安吾と理一は胸をなでおろしたが、脳筋が唾を飛ばしながらまくし立てた。
「騎士の戦いを邪魔するとは何事か! 無礼な奴ら、斬り捨ててくれる!」
いい加減イライラが絶頂に達したらしく、安吾の額には青筋が浮かんでいた。
「手間かけさせやがって、この脳筋バカ。お前こそ黙ってろ」
地を這うような低い声でボソボソと言い、安吾は目にも留まらぬ速さを持って、剣の柄の頭で頭頂部を殴打。どんな威力を持って殴られたのか、脳筋はグニャグニャと脱力するように気絶した。
安吾が右足、理一が左足をもって、脳筋を引きずりながら、理一が展開する光壁と共に、村の中に戻る。まったく、この脳筋のおかげで、とんだ手間である。
なんとか脳筋を生きて連れ戻せたことに、村長一同謝罪とお礼を繰り返していた。脳筋はこのことを問題にするだろうし、もしかしたら領主から調査が来るかもしれないが、その時村の人たちは旅人のやったことで、その旅人は既にいないと言い張ればいいし、脳筋が下手人を上げに来たとしても、理一達が去った後ならば容疑者なしだ。
それどころか、村は魔法使いに暴行を働かれたということで、脳筋を断罪することもできる。
その後、夜が明けると亡者達は嘘のように消えていき、残されたのは亡者の残骸と、疲れ切ってついに倒れたラズと、覚醒しては昏倒させられる脳筋だった。
亡者達の片付けは非常に気が滅入る作業だったが、この亡者達も元々は人間だったのだ。きちんと岩山の麓に首を落とす処理をしてから埋葬した。
やっぱり今年も防衛できたということで、村では宴会が開かれた。ちなみに脳筋は片付けが終わった後に、園生がまとめた報告を持たせて、村から追い出している。
「今年の最大の脅威は、あの脳筋だった…」
とは村長の言だ。派遣によこす人員は、今度はそれなりに厳選してもらいたいものである。
「それにしても、あのスケルトン、強かったなぁ」
「あぁ、いかにもボスといった風情だったね」
安吾と2人、思い出すのはスケルトンジェネラルだ。周りもその話を聞いてきたので、安吾がスケルトンジェネラルと戦ったというと、目を見開いていた。
「スケルトンジェネラルは、亡者の中でもかなり高位の存在だ。亡者の割に素早く力も強いし、知恵もある。並みの魔法使いや冒険者じゃ歯が立たない。アンゴはとんでもない剣士だな」
村長がそういって、他の村人達も感心したように頷いている。安吾は謙遜しているが、理一の目から見ても、あの鎧を身につけた巨体を蹴り飛ばすのだから、安吾の胆力は相当なものだろう。
「それにしても、安吾が怒ったところなんか、初めて見たよ」
「お見苦しいところを…」
理一が安吾をからかっていると、菊が口を挟んだ。
「あたしだって、近寄るなーって騒いでる理一を見たのは、初めてだったわよ?」
「お恥ずかしいところを…」
やられたらやり返されるものである。安吾と理一は、赤面しながら情けなく縮こまった。
色々あったが、理一達はこの世界に来て、はじめての試練を乗り切ったのだった。
スキル:並列起動 縮地 身体強化 調合 を獲得しました。
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