探索道中
休憩を終えて、再出発。更に二キロほどだろうか、鍾乳洞を歩いていると、道が緩やかに登っていることに気がついた。
「鉄舟、このまま進んでもいいのかな?」
「いや……このまま進んだら地上に出そうだな」
「そうだよね。じゃぁ取り敢えず引き返す?」
「うーん……」
唸りながら、鉄舟が地面に手をついて魔力を流す。しばらく探るようにそうしていた鉄舟が顔を上げた。
「少し引き返した方が良さそうだな」
「わかった」
素直に鉄舟に従い、来た道を戻る。半分ほど戻ったところで、鉄舟が立ち止まった。そして改めて地面を探る。
「さっきも思ったけど、やっぱりな。この辺りは地質が違う」
「ここだけ?」
「そうだ。でも、なんでここだけ地質が違うんだ?」
「どう違うんだい?」
「地盤が脆いんだ。もしかしたら……」
鉄舟と話し合っていると、突然安吾が「熱っ」と声を上げた。安吾が頭を痛がるので、どうしたのかと頭を下げさせて覗き込むと、痛がっている部分の髪の毛が、五百円玉ほどの範囲でなくなっていた。
「安吾、髪が溶けてるよ!」
「お前なにいきなりハゲてんだよ」
「えぇっ、ハゲてるんですか!?」
突然頭頂部が禿げたことに安吾はショックを隠しきれない様子でいたが、菊が安吾に雫が落ちたのを見て、上を見上げた。
その真上には、水色のスライムが天井に張り付いているのが、理一の光灯に照らされて見えた。
「あれのせいじゃないかしら」
菊に言われて理一達も天井を見上げる。そのスライムから落ちた雫が一滴、地面に落ちる。そしてジュッと音を立てた。
全く気がつかなかったが、スライムは気配感知に引っかからない魔物だ。最初は強いからそうなのだと思っていたが、どうやらスライムという種がそういうものらしい。
普段スライムは、特に襲ってくるわけでもなく、ただそこにいる。そこにいてじゅわじゅわと草を溶かして食べていたりする。
街中にもスライムは沢山いて、主に汚水浄化に使われている、割と人の生活にも馴染みのある魔物だ。
なので、このスライムもただ天井に張り付いているだけで、特に襲ってくるような素振りはない。
「変異種か特殊個体でしょうか?」
「恐らくね。アシッド・スライムか」
鑑定によると、どうやら特殊個体のアシッド・スライムは、体内の胃酸のようなものが、かなりの強酸性のようだ。そしてそれを放出したりもするし、体全体が酸性になっている。
地下水脈から漏れ出た水がアシッド・スライムをたどって、溢れた雫がまた地面を焦がした。
スライムは特に動く気配も見せないので、理一達は話を戻した。
「鉄舟、地盤がアシッド・スライムのせいで脆くなっているんだね」
「おう。だからよ、ここ掘ったら下に行けたりしねぇかなと」
「ここの真下に空間があるの?」
「ある」
ならば早速そうしよう。みんなには少し離れてもらって、理一と鉄舟で魔法を発動する。
二人で半径一メートルほどの砂渦の魔法を展開し、徐々に渦を掘り下げていく。地盤が緩いお陰で、岩盤がどんどん砂に変わっていく。
「よし、下に貫通した」
「みんな鼻をつまんで。飛び込むよ」
「えぇっ、ここに? 理一の転移魔法で行けばいいじゃない!」
「反抗者に制限されて使えないんだ。ほら、行くよ」
反抗者は本気でズルを許す気がないようで、ショートカット出来そうな魔法は全部阻害されているのだ。全く忌々しい。
実際の戦闘中に魔術を阻害するのは困難だが、据え置き型ならこうして阻害することもできるのだ。
魔術学院の訓練場も、命を落とす前にフィールドから弾き出される仕組みになっていた。あれも据え置き型の魔術だ。
言い出しっぺの理一が砂渦に飛び込んだ。息を大きく吸って、鼻をつまんで目を閉じる。砂がズルズルと理一を飲み込んでいくのを、鉄舟と安吾とおつるがすぐに追いかけた。
少し躊躇った後、菊と園生とクロも飛び込んで、砂の渦に飲み込まれた。
足が空気に触れて、砂渦を抜けたと思った時には、理一の頭もスポッと抜けた。着地した地面は砂が積もっていて柔らかい。
理一は後続の為にすぐにその場を退いた。少し離れた後目を開けると、鉄舟が落ちてきて着地に失敗して尻餅をついた。
その後すぐにおつるを抱えた安吾も落ちてきたが、鉄舟が転んでいたので鉄舟の上に降り立った。
「ぐえっ」
「あ、すみません」
安吾はすぐに鉄舟の腹の上から退いたが、続いて菊と園生も鉄舟の上に落ちた。
「ぐはっ」
「あっ」
「ごめん!」
二人も慌てて退いたが、最後にクロの頭が砂から現れた時は、流石に鉄舟が泡を食ってそこから這い出た。
クロは難なく落下地点を跨ぐように着地して、何故かゼーハー言っている鉄舟を不思議そうに見ていた。
それはそうと。
理一とおつるを下ろした安吾がすぐに気配感知を再開して、周囲を見回す。だが、探る必要などなかったのかもしれない。
鍾乳洞の岩陰から、ぬらぬらと光を鱗に反射させたそれが、夥しい数でこちらに這い寄ってきている。
それは無数の蛇。洞窟に生息する大型の蛇ケイブコブラだ。
この世界に来て割と見慣れたとはいえ、洞窟を埋め尽くさんばかりの数は、流石に尻込みする。
「やだぁ、気持ち悪い」
「主人、そういう時はさっさと片付けるに限る」
「それもそうだねぇ」
言うが早いか、クロと菊が風魔法でケイブコブラを薙ぎ払う。少し蛇との距離が開いたので、鉄舟と理一で石の弾丸を打ち込みまくった。
なんだかんだで、ケイブコブラを全滅させるのにかなり時間を使ってしまった。案の定クロの腹時計が夕飯を告げている。
今日はここで一泊することにした。
理一達は倒したケイブコブラも全部回収して、勿論晩御飯はケイブコブラを食べた。
蛇は淡白な肉質で、実は鳥に似ていて結構美味しいのだ。
食べていた園生が目を輝かせた。
「んっ、この蛇面白い種族特性持ってるぅ」
園生は飽食の悪魔に気付いてから、魔物を食べた後はステータスを確認することを習慣にしていたようだ。
種族特性を持っている魔物だと、園生はスキルをゲット出来るからだ。
「仲間寄せだって」
「なるほど、だからあんなに集まっていたんだね」
「でもこれはぁ、同族にしか使えないみたいなんだよねぇ。多分同じ特性を持ってなきゃできない。みんなにも出来るといいのに」
「でもクロも同じスキルを得られたんだよね。クロだけでも寄せられるなら、もし離れ離れになっても安心じゃないかな」
「そうだねぇ」
ふにゃりと園生が嬉しそうに笑って、照れたのかクロはぷいとソッポを向いた。
園生とクロがどんどん絆を深めていくなと思いつつ、ケイブコブラの照り焼き丼をモリモリかきこむ安吾を見て気付いた。
「あれ、安吾。禿げた所、もう産毛が生えてるよ」
「本当ですか!? よかったー!」
男にとって頭髪問題は重大である。安吾は素直に喜んでいるが、この短時間で頭髪が再生するとは。
全く安吾の体はどうなっているのだろう。