アダマンタイトス戦
数十匹のトカゲを従えるように現れた、巨大な亀。青く固そうな表皮と、キラキラと輝く甲羅を持っている。
軽く一軒家くらいのサイズがあるし、なんとも重量感がある。見た目、五トンくらいありそうだ。
■アダマンタイトス
アクトー大峡谷に生息する、金剛石のような甲羅を持つ巨大陸亀。
動きは愚鈍だが、非常に防御力が高い。攻撃力は高くはないが、防御力の高さゆえに討伐に難あり。
肉は食用に適し、甲羅は非常に高値で売れる。
鑑定結果の最後の一文を見て、理一の頭の中で金貨の音がした。
あの国の公務員として在籍するようになって、定期的な給料プラス討伐ボーナスとして給与をもらえるようになったが、学院の学費は自腹だったので少々心許ない。
それに神殿攻略するのに必要な食料や装備だって、都度買い直さなければならないのだ。
今着ているサラマンダーのローブもくたびれてきた。以前は高額すぎて手が届かなかった、ベヒモスのローブが欲しい。
金はいくらあってもいい。特に今は常に万全でいたいからだ。
「甲羅は高く売れるから、あんまり傷つけないで」
「いや、アレを傷つけるのは無理くせぇけど」
鉄舟の言う通り、小手調べに菊が放った風刃の魔法は、全て甲羅に弾き返されていた。
甲羅には傷一つなく、虹色の光をキラリと放射している。
ならば、と理一が魔法を発動しようとしたところで、ブシャッとアダマンタイトスが何かを大量に吹き出した。
みんなで一斉に下がったが、大量に吹き出されたそれが、僅かにかかった。
「なぁぁ〜にぃぃ〜こぉぉ〜れぇぇ〜」
「きぃぃ〜たぁぁ〜なぁぁ〜いぃぃ〜」
なんだかニチャニチャした粘液が付着した。アダマンタイトスが、鼻をスンと鳴らした。どうやら鼻水を被った。
それはそれで嫌だが、問題はそこではない。
菊と園生が騒いでいるが、言葉はスローになっている。動きも非常に鈍い。
どうやらこの鼻水には、相手を減速させる効果があるらしい。
全く動けないわけではないが、その動きはノロノロとして、とてもではないが戦闘など出来ない。
それがわかっているのか、コモドドラゴンよりも大きな青緑の大トカゲが、地面を這って近づいてくる。
トカゲらしい素早い動きで、既に目前にまで迫っていた。
(なるほど、そういう戦法か)
こちらの動きを抑えている間に、速度で勝るトカゲが攻撃する。呪文など詠唱している隙もない。
ここにきて理一は、無詠唱魔法が使えて本当に良かったと安堵した。
トカゲの足元に無数の魔法陣が展開し、その魔法陣からドドドドドンッと土槍が突き出されて、トカゲは土槍に串刺しになった。
それを見届けて、理一が水玉を作って、全員に水をかぶせた。それで鼻水は落ちたようで、みんな動きを取り戻した。
「理一ありがとぅぅ」
「ビビった……」
お礼を言う仲間に小さく笑い返して、理一は串刺しトカゲの向こうにいるアダマンタイトスに視線を戻した。
いつの間にか、甲羅の中に頭も手足も引っ込めていた。勝てないと思ったのか、籠城する気のようだ。
手足の出入り口も、あの甲羅と同じ素材で覆われていた。普通に魔法を打っても効かないようだし、どうしようか。
理一が考えていると、安吾が串刺しトカゲの間を縫ってアダマンタイトスの下に行き、ソイヤと亀をひっくり返した。
そしてひっくり返した亀の腹の上に乗って、刀を突き立てた。甲羅の中から、くぐもったアダマンタイトスの悲鳴が聞こえて、息絶えた。
「ああ、なるほど。そうやって倒せばいいのか」
「軍にいた時は、陸亀はサバンナでの貴重なタンパク源でしたからね。よく捕獲していたんですよ」
「流石、頼りになるな」
外国人部隊にいた時に、色々とサバイバル訓練を受けてきたらしい安吾。非常に頼りになる。
「にしても、あの大きさの亀をひっくり返すなんて、流石安吾だねぇ」
「園生にもできるんじゃない?」
「多分できるけどぉ、そもそも思いつかなかったよ」
「確かに」
何トンあるか知れない巨大な亀を見て、そもそもひっくり返せると思えるのが凄い。家サイズの物をひっくり返そうなんて、普通思いつかないだろう。
「やってみたら出来たというだけですよ? 皆さんにも出来そうですが」
「いやっ、どうだろう」
「あたしは無理ね……」
安吾は「そうでしょうか?」と首を傾げているが、安吾が天然無双だと久し振りに思い出したのだった。
安吾が言うのでまた亀をひっくり返して、みんなでチャレンジしてみた。
園生が踏ん張って成功、理一と鉄舟はこれは筋肉痛必至と判断してギブアップ、菊はすごく頑張ったがダメだった。
安吾はちゃぶ台でもひっくり返すように、ソイヤとひっくり返していたので、改めて安吾との力の差を思い知ったのだった。
そのままこの場で休憩することになって、アダマンタイトスとの戦いの反省会をする。
ちなみに全員びしょ濡れなので着替えた。
せっかくだからと園生がアダマンタイトスの肉でアヒージョを作ってくれた。コリコリとした歯ごたえがあって、中々美味しい。
アヒージョのオイルをパンに浸して、美味しそうに食べるおつるをなんとなく眺めていると、乾燥中の洗濯物を見た鉄舟が溜息をついた。
「無詠唱魔法が使えてなきゃ、あの鼻水は脅威だったな」
安吾が同調する。
「そうですね。自分は動けないと完全に戦力外ですし」
園生が膝の上に皿を置いて、ガックリと肩を落とした。
「理一がすぐに気づいてくれてよかったよぅ。動けないと思って、私はパニックになっちゃったもん」
みんなの反省を聞いて、理一は苦笑まじりに返した。
「僕は以前ゴーストに麻痺させられたからね。今思うと、あの時だって魔法は発動できたはずなんだ」
「言われてみればそうね」
「なんにせよ、そう言った特殊効果を持つ魔物にも注意せねばならんな」
菊とクロがそう返していると、ごくんとパンを飲み込んだおつるが、ショボンと頭を垂れた。
「おつる、役に立てなくてごめんなさいなの」
おつるは鼻水を被らなかったようだが、おつる一人ではどうしようもなくてオロオロしていたらしい。
それは仕方がないとも思うが、「おつるはいいんだ」とおつるを甘やかそうとする安吾を止めた。
「今度ああいう場面になったら、トカゲの進行を阻止するように糸を張ってくれるといいかもしれないね。少しでも時間を稼いでくれたら、その間に対策を考えられるからね」
「なるほどなの、わかったの!」
おつるはみんなの役に立ちたいと思っているようなので、理一はそう言ったのだが、安吾達は苦笑した。
理一の言い方は優しいが、やはり理一は戦闘においてはスパルタである。