ズルは許してくれない
色々話し合った末、理一達はターゲス王国はインスリーノ辺境伯領に来ていた。前回来た時と違って、今回はメイド長のロベルタも、インスリーノ辺境伯も大歓迎モードだ。
一応理一達は、この辺境伯領内のワシントン村の出身ということになっているので、突然訪れた割には歓迎してくれた。
「久しぶりだ、トキノミヤ卿。君が伯爵になったと聞いた時は、驚いたものだ。歓迎するよ」
「ありがとうございます、インスリーノ卿」
インスリーノ辺境伯達の、理一達に対する態度は、既に貴族に対するそれだ。特に理一はインスリーノ辺境伯と同じ伯爵だ。最早誰も不躾な視線など送らなかった。
今回も晩餐会を開いてくれて、その席でインスリーノ辺境伯が尋ねた。
「今回は里帰りの途中かね?」
「いえ。前回アクトー大峡谷を攻略しそこなっていたので、今回踏破に挑戦してみようかと思いまして」
「おぉっ、素晴らしい。踏破すれば、一層名が上がるな」
理一はにっこりと返しておく。しかし内心は、焦燥感でどうにかなりそうだった。
名声などどうだっていい。少しでも早く攻略して、エリザベスを取り戻さねばならないのだ。
こちらに来たのに、インスリーノ辺境伯に挨拶をしないのはよろしくないと思って城を訪ねたが、明日も引き止めるようなら、すぐにでも出て行きたい。
そんな風に考えていると、そばにロベルタが立って覗き込んだ。
「いかがなさいましたか? お顔の色が優れないようですが」
「いいえ、なんでもありませんよ」
やはり笑顔でそう返す理一を見て、安吾達はちらりと視線を交しあう。国王と話し合って、翌日にはすぐに出立したのだが、理一はこの調子で思いつめている。今もほとんど食事に手をつけていない。
顔色も悪いし、恐らく昨夜もほとんど眠れていないのだろう。
なので、菊と園生でパクパクと料理を口に運んだ。
「んっ、美味しいですわ!」
「インスリーノ卿、このお肉とっても美味しいですわねぇ。ソースも絶品ですぅ」
「そうだろう? 今朝逢魔の森で採れたばかりのデュアルホーンの肉だ。ソースはワシントン村から譲ってもらった、秘蔵のソースだそうだ。君達が来たと聞いて、シェフ達も張り切っていたよ」
「道理で! ほら、理一も食べなよぅ」
「あぁ、そうだね。いただこうかな」
話の流れで、理一はようやく食事に手を伸ばしてくれた。理一はこういう状況でも、建前というのを忘れない。
それを知っている仲間だからこそできる作戦である。
こういう状況だからこそ、理一にはきちんと食事や睡眠を取ってもらわねば。
菊と園生が時々料理の話に持って行って、それで理一もそこそこ料理を平らげた。その後は鉄舟と安吾とクロの出番だ。
離宮に戻った理一が、礼服を脱いで風呂に行こうとすると、窓の外からトントンとガラスを叩く音がした。
見ると、クロが前足で窓を叩いていた。理一が窓辺によって窓を開く。
「肩慣らしに逢魔の森へ行くぞ」
「えっ、今から? 」
「そうだ。今から行って、魔力切れを起こすまで戦え。そうすれば明日以降また魔力が増える」
本当の目的は、理一に寝てもらうことだ。だが、寝ろと行って眠れるものではない。だから、魔力切れで理一を倒す作戦である。
だがクロの話を聞いて納得した理一は、すぐに快諾した。
それから安吾とおつると鉄舟も合流して、逢魔の森へ向かう。前回忌避したガーゴイルやペガサスも危なげなく倒し、焦燥感も手伝ってオーバーキル状態で魔法を酷使した理一は、目論見通り倒れてくれた。
ついでとばかりに、安吾と鉄舟も古代魔法を発動して、最後に倒れたのをクロが背負って戻った。
まったく世話が焼けると、クロと菊と園生とおつるで、男三人を寝かしつけたのだった。
そしてきちんと睡眠を取って翌日、黒犬旅団はアクトー大峡谷を目指した。
アクトー大峡谷は、逢魔の森のほぼ中央に位置している。森の入り口からは、約650キロ西に位置している。
クロに乗った園生が先陣を切って、木属性魔法で森を開いていく。その後を追従して、彼らが去った後森は元に戻った。
お陰で前回来た時よりも、はるかに速いスピードで進んだ。朝方に出て、到着したのは丁度正午くらい。約百五十キロ程の速度で森を抜けた。
はるか古代に生まれたというその谷は、グランドキャニオンを思わせる、広大な亀裂。
理一達はそれを順当に攻略していこうなどと思ってはいない。園生の空歩ほどではないが、全員が空中歩行を可能になっている。
このまま崖から飛び降りて、一気に谷底へ向かう。
その予定だったのに、それができなかった。何かに阻まれたように、谷底に飛び降りることができなかったのだ。
「……なるほど、どうやら反抗者は、ズルをさせる気はないらしいね」
理一は考えていた。なぜ反抗者は交換条件に、神殿攻略などと言い出したのか。彼らの目的を思い返してみれば、自ずと答えは出る。
神殿攻略をしながら膨大な魔力を放出させて、世界の安定を図ると共に、これで邪魔者が消えればラッキーと思っているのだ。
それで理一達が全ての神殿を制覇するなら、それはそれで良い。強大である古代魔法を手に入れた黒犬旅団が、反抗者と壮絶な戦いを繰り広げるのだ。それは莫大な魔力が放出されるだろう。
つくづく、反抗者は世界を救済することしか考えていないのだと脱帽する。
そして恐らく、主犯の反抗者は、この神殿のいくつか、あるいは全てを踏破している。
なにしろ理一の足元に広がる、不法侵入を阻む術式は、二十五層構造にも渡る複雑な術式で、理一にすら解けそうになかったからだ。
仕方なく理一達は、正規のルートから足を進めた。峡谷の端には降りれるようにスロープが岩壁を削って作ってあるのだ。
そのスロープを下り切ったところに、洞窟がぽっかりと口を開いていた。
このアクトー大峡谷の構造は、ある程度雄介に教えてもらっていた。この谷の側面には、鍾乳洞がいくつも広がっている。
その一つ目の鍾乳洞に、理一達は歩を進めた。
ぴちゃん、と地下水脈から漏れ出た水が、鍾乳石を辿って地面に落ちる。石灰質の鍾乳石の真下には、同じく石灰成分を含んだ水が堆積した、大小様々な鍾乳石の山が出来ていた。
入ってすぐに光は閉ざされて、いつも通り理一が光灯の魔法を浮かべる。その光と魔力感知を頼りに進んでいく。
この鍾乳洞は途中で分岐しているようだ。右は行き止まり、左は下層に繋がっていると、土属性魔法で探った鉄舟が教えてくれた。
「そんなことがよくわかるね?」
「土に聞けば大概のことはわかるぜ」
鉄舟は簡単にいうが、彼がこの世界の地質学を調べ尽くしていたことは、理一も知っていた。
普段はフラフラしていて、女の子に壁ドンしているのを目撃したのも一度や二度ではないが、鉄舟は本当に優れた男なのだ。こと、土や鉱物については特に。
鍾乳洞の奥に、沢山の魔物の反応が見えた。ここもダンジョン化しているようで、ご丁寧に待ち構えていてくれるようだ。
少しずつ姿を現し始めるのは、水属性のトカゲ型の魔物だ。
それを難なく倒しながら進んだ先、第一階層のボスが出迎える。
「ヌウォゥゥゥアァァァ!」
巨大な亀の形をした、アダマンタイトスが、理一達を出迎えた。