反抗者の反撃
エリザベスと別れたのは、つい半日ほど前だった。きっとまだ馬車に揺られていた頃合い。
国王が理一に連絡してきたのは、国王経由で連絡が来たからだ。
状況を軍師が説明する。
夕刻になって、その日一日の報告をしようと、将軍に話を持っていく前に軍師が書類をまとめていた。これはほとんど彼の日課だ。
その書類の一つに、脅迫状が紛れ込んでいた様で、軍師が将軍に報告し、将軍から国王へ報告が行った。
「何故お前の書類に紛れ込んでいる? お前の執務室は限られた者しか出入りできないはずだ」
「はい、そうなのですが、僕の武官補佐の一人が、午後から姿が見えなくて……」
「なるほど、その武官補佐が犯人の一味か、あるいは買収でもされたか。何者だ?」
「ガイ=ダンカン。昨年、余所者保護施設で保護し、約半年前から私の部下として働いていた、元アメリカ人です」
この国の上層部は全員余所者だ。だから、この世界の余所者が露頭に迷うこともあると聞いて、織姫と厚生大臣の柏木主導で、余所者の保護施設を作っていた。
この国の国民は、余所者らしき人物を発見したら行政に報告する様になっていて、行政から施設に連絡が来て、国王の部下の通訳が迎えにいく。
帰郷を希望する人は、すぐに送還した。そうでない人には、この国の言語や習慣、地理や経済や一般常識を学ばせ、就労支援をして自立を支援する。
ガイ=ダンカンは半年前に施設を出て、元軍人だからと軍に入った。元アメリカ人だった軍師が気を利かせて、自分の部下に配属したのだ。
軍師が苦渋の表情を浮かべた。
「今思うと、半年で就労支援が終了するというのは、異例のスピードでした。それに、軍は一般市民でも就職しやすい公務員です。現にすぐに僕に接触できた。おそらくダンカンは、スパイとして送り込まれたものと思います」
「去年ということなら、丁度黒犬旅団が来た後だ。最初から黒犬旅団を監視していたのだろう。余所者だからと、誰でも受け入れるのは、迂闊だったか」
国王の言葉に、柏木と織姫の表情が翳った。
施設を出た人の中には、元々大工だからとこちらでも大工に弟子入りして、やがて結婚して孫もできて、「この国に来られて良かった」と言い残して、天寿を全うした余所者もいた。
それも一人や二人ではない。
それだけの実績を残してきたのに、まさかあの施設がスパイを引き込んでいたなんて。
織姫がぎゅっとドレスの裾を握って、その顔に悔しさを滲ませた。
「お父様、ごめんなさい。もう少し考えるべきでした。そうしていれば、エリザベス様が誘拐されるなんてことには、ならなかったかもしれないのに……」
「織姫、反省は後にしろ。それよりアイツはまだか?」
「陛下、お待たせしました」
ふわりと黒い霧とともに、太政大臣が姿を現した。事実確認に行って戻ってきたのだ。
太政大臣の報告によると、途中の街道でフィンチ家の家紋のついた馬車が横転していたそうだ。
御者やメイドは気絶させられていただけで済んだ様だが、エリザベスは姿を消していた。
「で?」
「フィンチ伯爵より、御者とメイドには箝口令を敷いていただきました。伯爵には事情を説明しましたが、かなり興奮した様子でして」
「ふむ、フィンチ伯爵が軍を動かして、あの地の軍人たちが本気で捕物を開始すれば、下手を打つと国が滅びる」
「はい。ですので、事件の解決はこちらに責任がありますゆえ、捜索は一任していただける様、お願いして参りました」
「それで良い」
これはミレニウ・レガテュールとキドニアス王国との外交問題にもなりかねない。第一王子であるマシュー王子が織姫の奴隷なので、問題を大きくせずに済む可能性があるだけ、まだ救いはあるし、今のところ知れ渡ってはいない。
この事件を今の段階で把握しているのは、ミレニウ・レガテュールの上層部とフィンチ伯爵、そして黒犬旅団。
理一が焦燥と怒りを抑えながらも、国王の前に進んだ。
「陛下、脅迫状の内容を教えてください」
国王が視線で合図して、合図を受けた内務大臣が脅迫状を差し出した。理一がそれを受け取って目を通す。
“黒犬旅団へ告ぐ。エリザベス=フィンチは預かっている。この女の命が惜しければ、全ての神殿を攻略しろ。この命令を無視した場合、エリザベス=フィンチは即座に殺害する。全ての神殿を制覇した事を確認した後、追って連絡する”
理一はぎりっと奥歯を噛み締めながらも、安吾たちにもそれを見せた。
犯人は、反抗者と見て間違いない。
創神魔術学会は、反抗者の活動形態の一つというだけで、解体した後も活動はしているのだ。
歩み寄れるかもしれないと思った矢先、まさかこんな反撃を食らうなんて思いもしなかった。
それだけ、黒犬旅団が反抗者を怒らせたという事なのだろうが、こればかりは理一は我慢ならなかった。
理一は改めて、国王の前に跪いた。
「陛下、続けてで申し訳ありませんが、私どもにいとまを頂けますでしょうか」
「えっ」
「理一、脅迫状に従うの?」
「どれほど時間がかかるかわからないぞ?」
鉄舟たちがそう言葉をかけてきたが、理一は焦燥のあまり、つい声を荒げた。
「そんな事はわかってる! でも、やらなければベスが殺されるんだ! 僕は一人でも行く!」
理一の気迫に、周囲にビリビリとした威圧の衝撃が走った。理一がこれほどまでに感情を露わにするのは、本当に珍しい事だ。
だから、安吾も理一のそばに跪いた。
「陛下、自分からもお願い申し上げます。我々に神殿攻略の許可を」
続いて、鉄舟も跪いた。
「宛先は理一だけじゃありやせん。理一一人では行かせられねぇ。俺たち全員で行かなきゃならねぇんです」
園生と菊もその後ろに跪いて、国王に嘆願した。
「陛下、お願いでございます。私どもの不始末は、私どもで」
「エリザベス様は、織姫様のお友達でもあるんです。ですから、どうか……」
跪いて懇願する黒犬旅団を見て、国王は小さく溜息をついた後、織姫に視線を向けた。
「セーファ大迷宮を攻略するのに、どれほど時間がかかった?」
「えっと、私はお散歩がてらでしたけど、本気で攻略したら一ヶ月くらいかな……。でも、他の所は大迷宮ほど複雑じゃないと思うんですよね」
続いて国王は理一に向いた。
「残る神殿の数は?」
「六つです」
「ならば、期限は半年だ。半年以内に全ての神殿を攻略して戻ってこい。半年も猶予をくれてやるのだ。戻った後のことは、わかっているな?」
「はい」
国王を始めこの国にこれだけ迷惑をかけて、しかも半年も自由を許してもらえるのだ。最早、理一達がこの国を離れることは許されないだろう。
だが、それでもいい。使命を全うできなくてもいい。
たとえ女神の意思に反したとしても、エリザベスを救えるのなら。