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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
始まりの村
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シャバハの夜、脳筋

冷たい何かが、頬を伝う感触に意識が覚醒した。


「あ、ごめんなさい。お水が…」


誰かが頬を拭う指先の感触に、理一は開眼した。


「フェリス? 僕は…」

「倒れたんですよ。無理しましたね。もう少し休んでいましょう」


困ったように微笑むフェリスを見ながら、状況を思い出した理一は、ふぅと小さく溜息をついた。言われてみれば、体が相当な倦怠感を感じている。少なくとも今すぐ起き上がるのは難しかった。


かといって、この非常時に寝ているだけというのも落ち着かないので、フェリスに気になったことを尋ねることにした。


「ラズさんの魔法陣は、とんでもない代物だね。あの人は何者なんだい?」

「ラズ師は、本当はすごく高名な魔法使いなんです。あの人に師事できる私たちは幸運ですよ」

「そうなんだね。そんな人に守ってもらえるなんて、本当にこの村は運がいい。僕たちも、彼女から学べることは学ばせてもらおう」

「そうするといいと思います。この村の魔法使いは全員、ラズ師に憧れて頑張っていますから。一緒に頑張りましょう」


フェリスの言葉に、理一は微笑で返したが、フェリスの言葉で、もう一つ気付いたことがあった。


「そういえば、普通の村には光属性の魔法使いがいない場合が多いと聞いたけれど、どうしてこの村には何人もいるんだい?」

「あぁ、それはですねぇ」


少し思い出すような仕草をしながら、フェリスが教えてくれたのは、この村が開拓された時期にさかのぼる。


この村を開拓した、初代村長と愉快な仲間達。どこかに拠点を作ろうとしていたところで、この土地を見つけた。結構ひらけていて、近くに村もない。道は整備されているが、領主の館からも離れている。これはいい土地を発見したと、喜び勇んで開拓。


しかし、年に2日とはいえ、曰く付きの土地だったと知った時には、もう遅かった。光属性の魔法を使えた初代村長と仲間の魔法使いで、なんとかシャバハの夜を乗り切ったが、せっかく作った村を防衛するには、戦力が2人では到底足りない。

かといって、光属性の魔法使いは結構稀有な存在だ。


「そこで2人は考えました。2人の子孫をたくさん作ろうと」

「なるほど、遺伝の可能性にかけたわけだね。ということは、この村の魔法使いは」

「はい。みんなひいお爺様とお仲間の魔法使い、アルクレイン様の血縁です」


血縁者の全員が光属性を獲得できたわけではなかったが、それでも一つの小さな村に、10人以上の光属性持ちがいるなら、かなりの戦力になるのは間違いない。初代達の思惑は、見事に功を奏したわけで、更にラズも加わってからは、一度も結界を破られていないらしい。


「だから、この村に派遣される兵士は、1人いれば十分なんです」

「あはは、なるほどね。でも、そうなると領主から、他の村や町の防衛に行くように、指示されたりしない?」

「はい。そういう通達が来ますよ。だから4人ほど出張しているんです。結構お給料もいいみたいです」


ぺろっと舌をちらつかせるフェリスに、理一は苦笑してみせる。


この村を作った初代村長、余所者アウトランダーに想いを馳せる。彼は苦労したようだが、彼の作ったこの村は素晴らしいところで、住民達もみんな親切だし、彼の功績はまったく偉大だと言える。


(僕も、初代村長みたいに、みんなが安心して暮らせるような場所を作れたらいいな)


理一がこの世界に来て、最初に願ったこの願いは、のちに予想外の形で達成されるのだが、それはまだ置いておくとして。



「あぁ、理一さん、大丈夫でしょうか」

「大丈夫だって言ってんじゃねぇか。魔力切れで死ぬ奴はいないって、さっきゴードンのおっさんも言ってたろ?」


心配のあまりオロオロする安吾と、いい加減うんざりしてきた鉄舟。


「ですが…」

「いい加減にしろよ。お前、世話女房みたいだぞ」


鉄舟の言葉で、「大丈夫?ハンカチ持った?くしゃみしてたけど風邪薬飲んだ?あぁもうしょうがないわね」と毎朝小言を言っていた妻を思い出し、密かにダメージを食らう安吾。

なぜか急にどよーんとし始めた安吾に、鉄舟は不思議に思って覗き込む。


「どうした?」

「なんでもないです」

「かみさんでも思い出したか」

「なんでもないです!(泣)」

「そうは見えねぇけど…」


大丈夫そうには見えないが、なんだか一層面倒臭そうだったので、鉄舟はおとなしく引き下がる。


目下、彼らがこんな雑談をできているのも、ラズ謹製の防御術式のおかげだ。これが安定して起動している間は、安吾達が必要とされることは起きない。

もちろん、ラズだって疲労はあるだろうから、結界が常に安定して保てるかはわからないので、常に警戒は怠れない。


だが、この2日間を乗り切って仕舞えば、亡者の行進は引き潮のように引いていくのだ。わざわざ外に出て戦う必要もないだろう。


戦い慣れている安吾や、元々面倒ごとが苦手な鉄舟はそう考えたし、被害がダイレクトに影響する村人達だって、無闇に戦いに身を投じたりしない。


だが、1人だけ困った手合いがいた。


「ここは結界の外に出て、1匹でも多く敵を葬り去るのが、村の安全に直結すると、それがしは考えるのである!」

「結界を抜けて、わざわざ外に出る必要がどこにあるのです?」

「某、シルヴェスター=ランボーの絶技を持ってすれば、亡者の軍団など一網打尽である!」

「」


最早村長が反論するのも面倒くさがっている相手こそが、|シルヴェスター=ランボー(困った脳筋)である。

先程からこの脳筋は、外に出て戦うのがジャスティスだと声高に叫んでは、村長を困らせて周りに溜息を吐かせている。


おそらく、1人しか派遣されなかった自分の檜舞台だとでも勘違いしているのだろうが、村としては死活問題なので、脳筋の手柄のために無闇に被害を拡大するのは真っ平御免だ。

脳筋はこの村の状況を理解しているのか定かではないが、相当に自信ありげな様子で、しつこく村長に噛み付いている。


「なぁ、あの脳筋、お前が黙らせればいいんじゃね?」

「そうしたいのは山々ですが、あの脳筋は領主から派遣された兵士ですので、この村で兵士が暴行を受けたとなれば、村が処罰される恐れがあります」

「うっわ、なにそれ。面倒クセェ」


鉄舟も安吾も、村長だって溜息をつくしかない、本当に困った相手だ。いっそ勝手に飛び出して、勝手にやられてくれないかと思いもするが、魔法使いが充実しているこの村で、派遣されたたった1人の兵士が死んだなんて、明らかに不審死だ。何故脳筋を止めなかったと、やっぱり村が処罰される可能性がある。


頭の痛い状況に悩んでいると、園生がやってきて、手に持ったカップを脳筋に差し出す。脳筋はそれどころではないので突き返そうとするが、園生が「どうぞ」とふんわり微笑んだので、女性のそんな笑顔に免疫がなかったのか、大人しくカップに口をつけた。


続いて園生は脳筋に椅子をすすめて、お茶を啜る脳筋にあれこれ話しかけては、褒めそやしてウフフと微笑むので、脳筋は段々といい気分になってきたようだ。


「お前は良い娘だ。某の第2夫人に迎えてやっても良い」

「あらまぁ、うふふ。勿体無いお言葉ですわ」


遠目に見ていて、なんだかイラっとする鉄舟と安吾。


「ウチの園生になに言ってるんでしょうあの脳筋は」

「やっぱシメるか」


自分たちの癒し系アイドルを奪われてたまるかと殺気立つ2人だったが、その殺気を受けた脳筋はヘラヘラと笑い出すと、笑い出したまま、バターンと椅子ごと後ろに倒れた。


突然のことに、なにが起きたのかと近寄ってみると、脳筋はだらしない表情のまま、意識を手放している。園生は椅子に腰かけたまま、満足そうに笑って、パンと手を叩いた。


「お邪魔虫はオネンネしちゃったからぁ、安吾と鉄舟は、この脳筋をどこかに運んでくれるかなぁ?」

「「任せておけ」」


したり顔の園生に何かを感じ取った2人は、すぐに脳筋を担いでテントに放り込んだ。


元々華道家の園生のことだ。彼女は花をはじめとした植物の生態に詳しい上に、管理栄養士と調理師の資格も持っている。おそらく毒性のある植物から成分を抽出して、それをお茶に混ぜて飲ませたに違いない。


口が裂けてもこれは言えないが、園生のお陰で事態が落ち着いたのは間違いない。

だから、あんなにニコニコ笑顔で褒めそやしておきながら、毒を盛るような癒し系アイドルに恐怖を覚えたなんてことも、口が裂けても言えない。


(ハニートラップには気をつけよう)


やっぱりニコニコと周囲に笑顔をふりまく園生を見ながら、2人は密かに誓った。

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