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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
サルバドル教国
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ライオネル解放作戦 2

 カメルレンゴは半信半疑ながらも、マシュー王子と理一だけは、大司教との面会を許された。

 コソコソとマシュー王子の口を借りた織姫が、理一に小声で言った。


「上手くいったね」

「ええ。ですが、その様なこともできるのですね」

「まぁね」


 マシュー王子が理一にパチリとウィンクする。相手が織姫ならば照れたりしたかもしれないが、姿がマシュー王子なので気持ち悪い。


 姿形というのは、それなりに大事である。だから理一も擬態しているわけなのだが。


「じゃぁ、後はお願いね、ダンク」

「はい」


 色黒の理一の名前はダンク。他の学院生が、こんな人いたっけという顔をしていたが、マシュー王子が後を頼んだのでなんとなく察した様だ。


 織姫が喋るのをやめて、マシュー王子に主導権が戻った。マシュー王子の意識はずっとあるようで、カメルレンゴが先導するのを見ると、キリッとした視線で理一に向いた。


「ダンク、行くぞ」

「はい」


 今のマシュー王子は、とても王子らしい。マシュー王子が最初からこういう王子だったら、理一はエリザベスと婚約できなかった。

 そう考えるとマシュー王子がバカ王子で良かったが、今はしっかりし始めたマシュー王子が中々頼りになりそうだ。


 カメルレンゴが白亜の石造りの廊下を歩いていくのを、理一とマシュー王子は静かについていく。その後ろを四人の聖堂騎士が追従していた。


 カメルレンゴが通るたびに、気づいた聖職者たちが跪いていく。教皇秘書長、教皇に最も近しい役職。

 カメルレンゴというのは、普通の議員秘書などとは格が違う。教皇不在時に有事が発生した際には、教皇代理として決定を下す権利がある。


 カメルレンゴである、コルヴィヌス枢機卿。それほどの人物がこの事件を調べていて、そして事件のことを話してくれた。

 その事を理一はどう受け止めるべきか。


(狂信者とはいえ、国を預かる重役だ。教国に必要なのは信仰心と金。支配者の一人として、それを優先したのかな)


 現在捜査中ですニッコリ、でも良かったはずなのに、カメルレンゴはそうしなかった。恐らくカメルレンゴは、大司教を断罪する気満々なのだ。

 噂通り、カメルレンゴは絶対主義的な狂信者のようだ。


 その点が今回に限ってはラッキーだが、不安もある。

 創神魔術学会が、よもやミレニウ・レガテュールとの戦争を画策していたとは、寝耳に水だった。

 もしサルバドル教国が本腰を入れたら、倫光教を国教と定めている国は、軒並み戦争に参加して連合軍として四方から攻撃してくるだろう。


 ミレニウ・レガテュールの経済大国としての実績に対する嫉妬もある。魔族や獣人族への差別もある。

 貿易相手としても優秀だが、その技術や資源を、自国が手に入れることが出来るなら。


 そう考える国は多いはずだ。そう考えて理一はゾクリと肌が粟立った。

 あの国王なら全力で迎え撃つだろうが、勝っても負けてもあの国の立場は悪くなる。あの国は建国から約七十年とまだ若い。実力はあるが、国家的な由緒は低い。


 それが分かっているから、国王は金にものを言わせているのだろう。誰だって金づるを手放すのは惜しい。

 何よりあの国は軍事強国でもある。寝た子を起こす真似をしたがらないから、枢機卿達も二の足を踏んでいた。


 そこに黒犬旅団が噂を流し、ライオネルが解体を訴えたことでトドメとなって、この計画が頓挫したのだ。

 思いがけずだが、戦争を回避できて良かった。



 そんなことを考えながら歩いていると、カメルレンゴが足を止めた。ノックをすると若い司祭が出てきて、また中に戻って大司教に伝えに行ったようだ。すぐにその司祭が戻ってきて中に案内した。

 すぐに大司教もやってきて、カメルレンゴに深く礼をとる。


「カメルレンゴ様、どのような御用向きでしょうか?」

「決まっているでしょう。暗殺未遂事件のことです」


 顔を上げた大司教は、眉根を寄せて首を傾げた。


「はて、暗殺未遂事件とは?」


 大司教の反応に若干苛立ったのか、カメルレンゴは声色を強くした。


「何をとぼけているのですか。貴方が言い出したことですよ」

「私が? 申し訳ありませんが、心当たりが……」


 大司教は混乱した様子で、カメルレンゴを怒らせたことに焦ったのか、ハンカチで額に浮いた汗を拭っている。

 大司教の様子がおかしいことに、カメルレンゴも疑問に思ったようだ。当然理一達も疑問に思った。


「カメルレンゴ様、よろしければ私に質問させていただけませんか? 少し魔法を使わせていただきますが、大司教猊下に害をなすものではありませんので」

「そうですね、いいでしょう」


 埒があかないと思ったのか、意外にもカメルレンゴは快諾してくれた。なので理一はすぐに自白の魔法をかけた。

 ぼうっとした様子になった大司教に、理一が質問した。


「お尋ねします。あなた様は?」

「私はドゥシャン=マコノフ。サルバドル教国の大司教」

「大司教猊下、貴方が逮捕した者の名前は?」

「知らない」

「暗殺については?」

「知らない」

「トバルカイン侯爵より、手紙が届いていたはずです」

「なんのことかわからなかった。悪質な言いがかりだと思った。子息の逮捕など私は知らないし、説明のしようがないと返事をしたためた」

「創神魔術学会のことは?」

「知らない」

「では、ジョージ=クルス司教のことは?」

「知らない」


 理一は唸りながらも魔法を解いた。カメルレンゴも動揺した様子で、理一と大司教を交互に見ている。


「僕の魔法の前では、嘘をつくことなど出来ません。それでも大司教猊下がご存知ないのであれば、本当にご存知ないのでしょう」

「……であれば、彼らを拘留する理由がないということになりますね。いいでしょう、釈放します」

「ありがとうございます」


 カメルレンゴは大司教に適当に挨拶をして、理一達を連れて退室を促した。最後まで大司教は、不思議そうに不安そうにしていた。


 廊下を歩きながら、カメルレンゴが尋ねてきた。


「何が起きていたのです? 直属の部下であったクルス司教を知らないなど、考えられません」

「ええ、恐らく、創神魔術学会に関する記憶を、全て消されています」

「記憶を? そのようなことが……」

「可能です。催眠によっても、闇属性魔法によっても。創神魔術学会に、いずれかの使い手がいるということです」

「……わかりました。この件は私が預かります。お二人も釈放し、侯爵家と伯爵家へも、私から謝罪を申し入れておきます」

「ありがとうございます」


 とぼけているならまだしも、今の大司教は何も知らないのだ。原告が被害を訴えていないのに、ライオネル達を拘留し続ける意味はない。

 この件は他言無用と釘を刺された上で、二人はカメルレンゴによって釈放された。


「うーっ」

「久しぶりに日光を浴びたな」


 釈放されたライオネルとロランは、日の差す廊下で思い切り伸びをした。二人とも髭も伸びて体も汚れている。

 大司教が記憶喪失になったので、事件自体が無かったことにされてしまったという、なんとも釈然としない結末ではあるが、無事に釈放されてよかった。


 ライオネルとロランは、カメルレンゴの計らいで、食事とお風呂を与えられたので、司祭に連れられてそちらに向かった。

 それを見送って、理一は最初に案内された会議室で、マシュー王子達と共に待ちながら、一人考え込んだ。


 創神魔術学会には、闇属性の魔法の使い手がいる。それはかなりの脅威だ。闇属性の魔法は稀有で、そして非常に難易度が高い。それを行使できる人間がいて、人を操っている。


 しかも、ライオネル達が逮捕されたタイミングと言い、大司教の記憶を消されたタイミングと言い、偶然かもしれないが悪意しか感じない。


(これは僕らに対する嫌がらせだろうな。何をしても辿り着けない、無駄だと言っているんだ)


 恐らく記憶を消されたのは大司教だけではないはずだ。下手をすれば、創神魔術学会に関わった全ての人の記憶が消えている。

 カメルレンゴは異教認定を約束してくれたが、創神魔術学会は、実態をなくしたも同然だ。

 存在しない相手に、打てる手などない。


 今後ライオネル達がどれだけ声高に叫んでも、存在しないものに人々をただ怯えさせ空回りするだけ。

 創神魔術学会を追い払うことには成功したのだ。ここで納得して退くべきだろう。


(完全に逃げられたな。でも、逃げただけだ。いずれまた対立する)


 創神魔術学会の排斥に成功したということで、ライオネル達はそれなりに溜飲を下げてくれるだろう。

 だが、理一達は違う。


 今は息を潜めていても、いずれ彼らは動き出す。そして理一達と決定的に思想が異なるのだから、またどこかで対立することになる。


 彼らがどこで何をしているのかはわからない。だが、次に見つけた時は、必ず追い詰める。


 この世界と、異世界からやってくる人を救うために。




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