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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
サルバドル教国
106/115

ライオネル解放作戦 1

 理一はまず、現在ライオネルの養親となっているトバルカイン侯爵家に、ライオネルとロランが逮捕されたということを知らせた。

 トバルカイン侯爵家は、ライオネルの母方の実家だ。イボニス公国の公爵家に次ぐ家格をもつ侯爵家であり、ここを無視するわけにはいかない。


 理一から事情を聞いたトバルカイン侯爵は、悩ましげに頭を抱える。


「国外追放の次は逮捕か……余計なことをしてくれたものだ」

「侯爵家の名に傷が付く結果になったことは残念ですが、これまでライオネルは誤った行いを、何一つしていません」

「わかっているよ……」



 トバルカイン侯爵がライオネルの身元引き受け人になるのは、貴族としても当然の行動なのだが、侯爵家としては苦々しい思いもあったのかもしれない。

 ライオネルは何も間違っていない。ただ、それが裏目に出ただけ。侯爵もそれは理解している。


「不当逮捕というのは、間違いないんだな?」

「はい。それは間違いありません。ライオネルは愚を犯すような人間ではありません」

「そうだな。では私の方では状況の説明を申し入れる。その上で逮捕を不当と訴える。何か無礼があったのかもしれないし、あちらにも言い分があるであろうから」

「わかりました。ただ、現時点ではこの事件はサルバドル教国の一部しか知らないようですが、いずれは広まるでしょう」

「わかっている。早急に動こう」

「はい」


 この事件が噂になって広まった時、トバルカイン侯爵家は逮捕者を出したとして、著しくその名誉を傷つけられる。

 その時にどれほど動いているかで、名誉の回復の度合いが変わる。動くなら早い方がいい。


 その噂が広まる頃に、誤認逮捕という噂も流せたらいいかもしれない。ライオネルに同情票が集まる可能性がある。

 その為に理一ができることは、教国内でどこまで創神魔術学会が侵食していたのかを調べ上げ、潔癖で狂信的なお偉いさんを見つけて味方につけること。


 そこで学院に戻った理一は、エリザベスとアマンダに聞いてみた。


「狂信的な高位貴族といえば……」

「もちろん教皇聖下とカメルレンゴ様ね」


 二人に聞いて、それもそうかと納得する。特に教皇秘書長であるカメルレンゴは狂信的と有名とのことだ。

 教皇は狂信的でありながら、とても穏やかな人柄との話なのだが、カメルレンゴは絶対主義的な人らしく、倫光教と教皇の為に自分にも他人にも非常に厳しい人らしい。


 ならば近づくべきはカメルレンゴ。そう言う人なら大司教を許しはしないはずだ。


「カメルレンゴに直接会うことはできる?」

「それは難しいわ。貴族といえどいち信者に過ぎないのですもの。王族でやっとといったところかしら」


 サルバドル教国というのは本当に特殊な国らしく、王侯貴族なら多少の優遇はされるが、教会関係者でなければ、枢機卿や教皇には中々会えないそうだ。

 教会関係と繋がりの深い貴族を知らないかと聞いてみたが、エリザベスの知り合いにはいないそうだ。


 いきなり手詰まりになってしまったが、王族なら可能と聞いて、理一はちょっと思いついて織姫のところに行った。

 織姫はいつもどおり黒犬旅団に囲まれて、マシュー王子がそばに侍っている。

 理一はマシュー王子にチラリと視線を送った後、織姫にお願いした。



「織姫様、マシュー王子を少しお借りしてもいいでしょうか?」

「いいけど、何に使うの?」

「ライオネル救出に当たっていただきたいんです。マシュー王子はキドニアス王国の第1王子ですし、熱心な信者ということなら枢機卿であるカメルレンゴにも面会できるかもしれません」

「そういうことなら、もちろんいいよ」


 快諾してくれた織姫が、にっこり笑ってその笑顔をマシュー王子に向ける。それにマシュー王子は恍惚の表情で見入っていた。正直少し気持ちが悪い。


「マシュー王子、私からのお願い、聞いてくれる?」

「はい、なんなりと」

「あなたは今日から倫光教の敬虔な教徒。他の信者を率いて、ライオネル様を釈放する様に、カメルレンゴに直談判するの。できる?」

「お任せください!」


 勢いよく返事を返したマシュー王子は、すぐに行動に移り始めた。それを見送って、鉄舟がぽつりと言った。


「つーかあの王子様、ホンット織姫様の熱心な信者だよな」

「マシュー王子は私の言うことはなーんでも聞いてくれるんだ。各国に一人ずつくらい、そう言う人が欲しいな」

「織姫様、不穏当な発言は慎んだ方がよろしいかと……」


 織姫なら本当にそう言うことを出来てしまいそうで怖い。確かに欲しいけれども。

 理一に突っ込まれた織姫は、悪戯っぽくぺろりと舌を出して見せた。

 まったくお茶目なお姫様である。


 早速動き出したマシュー王子は、王侯貴族だけでなく平民にも声をかけて回った。元々マシュー王子の出身国であるキドニアス王国と、この魔法学院があるトゥーラン公国は、サルバドル教国をサンドイッチする最も直近の国なので、故に倫光教の信者がとても多いのだ。


 そこでマシュー王子は創神魔術学会と大司教の癒着、その大司教によってライオネル達が不当逮捕された事を言って回った。

 元々ライオネルが創神魔術学会排斥で有名人だったのもあって、熱心な信者達は怒り心頭になった。


「皆の者、ライオネル殿とロラン殿は、倫光教の為に立ち上がった英雄だ! その二人を不当に逮捕した、大司教の腐敗を許していいのだろうか!」

「許せない!」

「ライオネル様達が可哀想!」

「僕は信者としてライオネル様達の行いを賞賛している! 彼らを失ってはならない! 僕は助けに行くぞ! 志を同じにする者は、僕についてこい!」

「私は行くわ!」

「僕も行きます!」


 マシュー王子はあっと言う間に信者を扇動し、取り巻きと数名の信者を引き連れて学院から旅立っていった。


 彼は残念な王子だが、やればできる子なのである。織姫にストーカーした挙句婚約破棄するようなバカ王子と思っていたが、織姫に操られている現在はだいぶマトモだ。ちょっと見直した。


 マシュー王子達がサルバドル教国に到着したことは、聖エルンスト教会にも知らされた。司祭の一人がカメルレンゴの執務室に報告に来たのだ。


「キドニアス王国の第一王子、マシュー様が面会を求めていらっしゃいます。先日の大司教暗殺未遂事件について、上告したいとのことで、十数名の信者を引き連れています」

「あぁ、あの件ですか……」


 聖堂騎士達からも報告が上がっている。事件の概要はカメルレンゴも知っていた。そして、この事件はとても不自然で、もしかすると誤認逮捕の可能性がある事も。


 だからこの件はまだ秘匿されていた。もし誤認逮捕だった場合、サルバドル教国の名誉に傷がつく。内々で処理するべきと考えていたのだ。その為にカメルレンゴも大司教の周辺状況は内密に調べさせていた。


 では何故マシュー王子が知っているのか。恐らく、先日取り逃がした色白の脱獄犯がリークしたのだ。

 ライオネルは学院生という話だし、隣国のマシュー王子も学院生ということは知っている。それに脱獄犯も学院生の制服を着ていたという話だ。

 この三者が友人関係にあったと考えても、なんら不思議はない。


 これで面会を断ったらどうなるか。簡単だ。マシュー王子は大聖堂の外で、声高に枢機卿や大司教の腐敗を訴え始めるだろう。


 信者の大半は平民だ。平民というのは、地位や名誉のある人の言うことは正しいと、盲目的に信じてしまう一面がある。

 ライオネルやマシュー王子が多くの人を扇動出来たのも、その地位によるところもある。この国の信者達も、疑いを持つ可能性はある。それは避けたい。


 恐らく、マシュー王子はそれをわかってやっている。マシュー王子の地位と引き連れた信者、それは脅しだ。


「わかりました。全員お通ししなさい」

「かしこまりました。人数が多いので、会議室でよろしいでしょうか」

「そうしてくれ」


 すぐに司祭が会議室を手配して、そちらにマシュー王子達が入室したと聞いて、カメルレンゴも入室した。

 マシュー王子と、十三名の学院生。白い制服を着た平民の学生が半数以上を占めているが、桃色や若草色などのカラフルな制服を着た学院生もいる。


(貴族の子女か……厄介な)


 その中で一際高位であることを示す、紫色の制服を着た少年に目を向ける。隣国キドニアス王国第一王子、マシュー王子だ。

 学院卒業後、彼は王太子となる。無視できる相手ではない。


「キドニアス王国第一王子のマシューだ。時間を割いてくれて感謝する」

「カメルレンゴを務めております、コルヴィヌスと申します。お話をうかがいましょう」


 マシュー王子の話は、創神魔術学会の異教認定に向かったはずのライオネルとロランが逮捕されたことを不当と訴えるものだった。

 異教認定が棄却されたこと自体がおかしいことであり、ライオネルとロランが大司教を殺害するメリットが一つもない。

 大司教は創神魔術学会と癒着しており、不老不死に取り憑かれていた。だから創神魔術学会を倒そうとするライオネル達が邪魔になり、逮捕した。


 概ね予想していた通りの内容だ。聖堂騎士から聞いたライオネル達の証言とも一致している。


「お話はわかりました。ですが、その証拠はあるのですか?」

「しょ、証拠はないが……」

「彼らが暗殺などするわけがない、それだけでは証拠にはなりません」


 どうやらノリと勢いだけでやってきたらしいマシュー王子は、その勢いも殺されてシュンとしてしまった。

 この辺りは王子といえどまだ子どもだと嘆息する。署名を集めてきただけでも、まだライオネルの方が大人だ。

 マシュー王子は今まで自分のツルの一声でどうにかなってきたから、この国でもそうだと思ったのだろう。だがそうはいかない。それが政治だ。


「証拠というのは、こういう物を言います」


 カメルレンゴが取り出しのは、書類の束だ。それを受け取ったマシュー王子は刮目して、すぐに周りに回し読みさせた。


「これは……」

「ライオネル様の証言で疑いを持った聖堂騎士が、丹念に調べ上げてくれましたよ」


 それは創神魔術学会と大司教の癒着を示す、いくつもの証拠の記述。話しているうちにライオネル達に絆されてしまった聖堂騎士が、必死になってかき集めた。

 それは如何なものかと思うが、お陰で事件の全容がはっきりした。


「先日退職した司教が、よく色白の女性を伴って大司教の元を訪れていたようです。大司教の知人だと思って、司祭や他の司教達は何も言えなかったそうですが。その頃から大司教は、枢機卿にこの話を持ちかけ始めました」

「それが、この、魔族の殲滅戦争……?」

「そうです。神の名の下に魔族を絶滅せしめる。その考え自体は否定しませんが、なによりあの国は強大ですし、本当の目的は不老不死になること。賛同した枢機卿もいたようですが、大半の枢機卿は、魔族とあの国の経済的地位を恐れて及び腰だったそうです。あの国は魔族の国でありながら、我が国にも多額の寄付を寄越す、妙な国ですから」


 あの国というのは、ミレニウ・レガテュールのことだ。大司教はミレニウ・レガテュールの国民を生贄にと考えていたようだ。

 だが、国王はそういう勢力が戦争を仕掛けてくる可能性を予見していたのか、魔族でありながら、本来相容れないこの国にも多額の寄付を長年続けていた。

 毎年億単位で送られてくる寄付金が、この国を潤していたことも事実で、枢機卿達がミレニウ・レガテュールという金づるを失うのを良しとしないのも当然だろう。


 ミレニウ・レガテュールとの戦争。本当に信仰心の深い信者なら、その戦争は願っても無いことだ。聖戦と呼んでいい。

 だから、本当に信心深い枢機卿の中には、創神魔術学会と関係なくともそれを訴える人もいる。


 だが、教国の状況を考えて、それを良しとしない枢機卿も多くいる。その一方で、私利私欲の為に戦争をしようという人もいる。

 枢機卿とて人間だ。集まれば意思の方向性にもばらつきが出る。


「戦争自体はいいでしょう。ですが、創神魔術学会の口車に乗せられての戦争というのは戴けません。我々の沽券に関わります。そう思う枢機卿も多かった様で、この話は枢機卿会議で止められていて私の耳には入っていませんでした。大司教は各国の貴族にも呼びかけていた様ですが、各国の貴族も創神魔術学会を脱退した為、その戦争自体は計画倒れになりつつあるようです」

「その様な話が出ていたとは」

「ご存知ないのも無理からぬことでしょう。キドニアス王家は温厚で熱心な信者でいらっしゃる。そういう方には声をかけていないようです。取り入るには難しい相手でしょうから」


 確かにマシューの両親であるキドニアス王と王妃は非常に温厚で信心深い。だからマシューが婚約破棄騒動などを引き起こした時も、伯爵家寄りで仲を取り持とうと頑張っていた。

 ミレニウ・レガテュールの、魔族の王女との結婚なんて、きっと信者としても認められなかったのだろうし、王命でエリザベスと無理矢理結婚させることもできたのに、伯爵家との関係性を優先した。


 ちなみにマシュー王子には新たな婚約者が選出されている。これは織姫命令でさくっと成立した。


「そういうわけで、我々も創神魔術学会の足取りを追っていました。ですが、その司教が退職した後から大司教の様子が変わったそうです。司教と色白の女性も姿を現さなくなったそうです。おそらく創神魔術学会が我が国から手を引いたか、噂に危機感を感じて雲隠れしたのでしょう。ライオネル様とロラン様が、その司教、クルス司教が創神魔術学会の幹部だと証言したことから、以上のことがわかりました」

「! それは、ライオネル殿の行動が、創神魔術学会を排斥するに至ったという証左ではありませんか!」

「ええ。ですから大司教は、それに腹を立ててお二人を逮捕なさったのだと、私は考えております」


 マシュー王子はぐっと拳を握って、真っ直ぐにカメルレンゴを見据えた。


「そこまでわかっていながら、何故釈放しないのですか?」

「肝心の大司教が、お二人は有罪だと、その一点張りでして。正直お話になりません」

「これだけ証拠があるのですから、大司教を逮捕すれば済むことでは?」

「大司教ほどの高位神官を逮捕するとなると、流石に秘匿することは難しいでしょう。信者や国民にも動揺が広がります。ですから、慎重に事を進める必要があるのです」

「……自白が欲しいわけですか。なるほどね」


 話を聞いていたマシュー王子が、彼らしくもなくニヤリと笑った。それにカメルレンゴはピクリと眉を顰める。

 それに気づいてか気付かずか、マシュー王子は続けた。


「そういう事でしたら、私にお任せ頂ければ、大司教の自白を得ることができます」

「どういうことでしょう? その様な魔法をお使いになれるのですか?」

「ええ、私の友人がね」


 マシュー王子という眷愛隷属の口を借りて、これまで喋っていた織姫がそう言って、信者の一人に視線を注ぐ。

 それは平民の白い制服に身を包んだ学院生。一つに結ばれた黒髪に黒い瞳、飴色の肌に薄めの顔立ち。


 制服と肌の色を擬態した理一が、カメルレンゴににっこりと笑った。




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