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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
サルバドル教国
105/115

取り調べ

 ライオネル達が帰ってこない。本当なら昨日までに帰ってきている予定だった。トゥーラン公国の首都サイシュから、サルバドル教国までは馬車で5日の距離で、長く見積もっても十二日間の旅程を組んで出て行った。


 今日で十三日目。何かあったのなら手紙なり届いてもおかしくないのに、連絡の一つもない。

 ライオネルもロランも連絡をよこさない無精者ではないし、これは何か不測の事態が起きたのかもしれない。


 そう考えた理一は、食事の終わったお昼休みに、空間転移で消えた。




 サルバドル教国の聖エルンスト大聖堂を、理一がワインレッドの制服姿でテクテク歩く。

 目的地は大司教の部屋。大司教に会いに行くと言っていたし、偉い人は大体奥の方か高い所にいる。


 それを見た僧服の聖職者達が、振り返ってヒソヒソしている。


「色白が何故この聖なる館に」

「どうやって入ったんだ? 一人のようだし、受付や聖堂騎士は何をしてる?」


 基本色黒しか受け付けない、この大聖堂で従事する敬虔な聖職者達は、理一に危機感を感じたようで、すぐに聖堂騎士が呼ばれた。


 三人の聖堂騎士が、理一に向かって剣を構えた。


「待て、どうやって入り込んだ。今すぐ立ち去れば、罪には問わない」

「色白は入っただけで罪なの? 酷い話だね。それはそうと、ライオネルとロランを知らない? 数日前に大司教猊下に謁見してるはずなんだ。イボニス公国の侯爵子息と、伯爵子息なんだけど」


 理一の質問に、聖堂騎士達が顔色を変えた。


「なにっ! 貴様、暗殺者の仲間か!」

「暗殺者? あの二人が? なんでそうなったの?」

「問答無用! 捕らえるぞ!」


 三人の聖堂騎士が、理一を捕らえようと向かってきた。理一は少し考えて、大人しくお縄についた。



 理一が連行されたのも、やっぱり地下牢だった。埃っぽい地下牢を歩いていると、一つの牢獄の中に、ライオネルとロランを見つけて立ち止まった。


「見つけた!」

「あ」

「リヒト! なにお前まで捕まってるんだ!」

「いやぁ、あはは」

「ボサッとするな。行け!」


 何故か笑う理一を、聖堂騎士が急かしたので、二人に小さく頷いてから促されるままに独房に入った。


 理一は地下牢から聖堂騎士の気配が消えたのを見計らって、空間転移でライオネル達のところに転移した。


「ビックリしたよ。そっちこそ何故捕まってるのさ」

「創神魔術学会に先手を打たれていた。ここも上層部は真っ黒だ」

「うわぁ、やるなぁ創神魔術学会。ごめんよ、僕が頼んだばっかりに」

「いや、私は納得して話に乗ったのだ。お前のせいではない」


 ライオネルは出来た人間だ。ロランも恨みがましいような顔はしていない。本当に自分は周りに恵まれていると、理一は小さく笑った。


「状況はわかった。僕は脱獄するけど、二人も一緒に帰る?」

「いや、私が大司教に面会したことは、書状にも受付の記録にも残っている。逃げても無駄だ。それにあの状態の大司教を放置できない」

「僕もこのままで大丈夫です。僕らの取り調べをする聖堂騎士の方も、僕らの話を聞いて疑問に思い始めています」


 ライオネルとロランの返答を聞いて、理一は力強く頷いた。


「わかった。じゃぁ僕は、外から君達を援護出来るように手を回してみるよ」

「すまない」

「いいんだ。こうなったのも僕の責任だ。なにしろ黒幕は僕なんだからね。そうだ、これあげる」


 少し悪戯っぽく笑って、理一は姿を消した。その直後に巡回の聖堂騎士がやってきて、もぬけの殻になった独房を見て騒ぎ始めた。


「お前達の仲間だろう! 何か知っているんじゃないのか!」

「知りませんよ。囚われの身の僕らに、一体何が出来ると言うのです?」

「平民の分際で、貴族の子弟に向かって大層な口の利き方だ」

「生意気な!」


 憤慨した聖堂騎士は、ライオネル達に見切りをつけて、牢獄の前から立ち去っていった。

 それを見送って、二人は理一が置いていったものをこっそり取り出した。それは園生が非常食として持たせてくれた、天むすが6個と特製スポーツドリンク。


「美味いな」

「美味しいですね、これ」

「この水も美味しい」

「なんだか体力が戻ったような」


 園生の魔力と豊穣のスキルによって、活性化されたライオネル達は元気を取り戻した。

 数日ぶりにお腹も満たされて満足だ。



 定例の取り調べが開始された。理一が見つからなくて人手が割かれているのか、普段三人いる聖堂騎士が、今日は二人だ。


 携帯していた武器は、全て受付で渡してボディチェックも済んでいる。魔法を使った痕跡もない。

 用件は書状にも受付にも記録があるし、署名もばらまかれているのでわかっているはずだ。


 ライオネル達を取り調べした聖堂騎士は、ライオネルを真っ先に抑え込んだ騎士だった。

 その騎士にライオネルが言った。


「あの場にいたのなら聞いていたはずだ。大司教猊下はこう言った。私のせいで死から逃れられなくなったと。私が大司教猊下を殺すも同然だと。君はどう思う?」


 取り調べに当たっていた二人の聖堂騎士は、ライオネルの言葉に悩みながら顔を見合わせた。


 数々の無罪を示す証拠と、大司教の発言。最初は大司教に話を聞いてもらえず激昂したのかと思ったが、二人は抵抗しなかったし今も大人しくしている。

 若いが愚かではない。話を聞いてくれなかったくらいで、相手を害するほど愚かには見えない。


 何より二人は高位貴族の子息。しかもライオネルは元王族だ。


(もしこれが誤認逮捕だったら?)


 そう考えると、聖堂騎士の背筋に寒いものが走る。

 選択肢は二つ。早急に事実を明らかにして、二人を釈放し謝罪すること。若しくは、無理矢理にでも証拠をでっち上げて、有罪にすること。


 教会や教国の立場を考えれば、後者の方がいい。だが、ライオネルは創神魔術学会の件に関しては、既に有名人だ。

 亡き祖国のために立ち上がった、悲劇の王子として語り草になっている。彼の思想を支持する聖職者も多くいる。


(そうだ、その彼の訴えを、なぜ大司教猊下はお聞きにならなかった?)


 創神魔術学会の異教認定。倫光教の立場なら、認めるのが当然なのに。

 なぜ大司教はそうしなかったのか。


 混乱し始めた聖堂騎士に、ロランが優しく言った。


「大司教猊下の行動には気をつけてください。あの方はすでに、聖職者としての誇りを失っています。大司教でありながら、悪魔に魂を売ったのですから」


 ロランの言葉に聖堂騎士達は一層混乱した様子で、この日は早々に取り調べを切り上げた。


 

 二人の聖堂騎士が詰所に戻ると、すでに他の騎士も戻っていた。


「見つかったか?」

「いや、さっぱりだ。魔力の残渣すらも残っていない」

「それすらも? そんなことが可能なのか?」

「可能なんだろうよ。何にしても相当な手練れだ」


 話を聞いて、取り調べに当たっていた聖堂騎士は唸り声を上げる。


「そっちはどうなんだ?」

「正直な話、暗殺の証拠が何もない。それに、そのような手練れが仲間にいるのに、大人しく捕まっているのはおかしい。逃げた奴だって、そんな高等技術が可能なら、暗殺くらい容易いはずだ」

「確かになぁ……なんか不自然だよな、今回の事件は」


 話しながらその騎士はギコギコと座っている椅子を傾け、他の聖堂騎士もうんうん唸る。


「そもそも、ライオネル元王子には動機がない。俺が逮捕した時も、異教認定の事しか言っていなかった。それを拒否する方がおかしいんじゃないか?」

「は? 大司教猊下が異教認定を拒否した?」

「大司教猊下が署名の書類を払い落としたのを、司祭殿がご覧になっている」

「それはおかしいな。今話題の創神魔術学会の異教認定だろ? その手柄をあの狸ジジイがふいにするのはおかしい。こりゃなんか裏があるな」

「やっぱりそうだよな……あぁ、気が重い」

「ご愁傷様。さーて、俺らは脱獄犯取り逃がしたってんで、カメルレンゴ様に怒られてくるとするか!」

「……そっちもご愁傷様」


 気苦労の絶えない聖堂騎士達は、やれやれと首を振りながら、詰め所から立ち去った。

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