取り調べ
ライオネル達が帰ってこない。本当なら昨日までに帰ってきている予定だった。トゥーラン公国の首都サイシュから、サルバドル教国までは馬車で5日の距離で、長く見積もっても十二日間の旅程を組んで出て行った。
今日で十三日目。何かあったのなら手紙なり届いてもおかしくないのに、連絡の一つもない。
ライオネルもロランも連絡をよこさない無精者ではないし、これは何か不測の事態が起きたのかもしれない。
そう考えた理一は、食事の終わったお昼休みに、空間転移で消えた。
サルバドル教国の聖エルンスト大聖堂を、理一がワインレッドの制服姿でテクテク歩く。
目的地は大司教の部屋。大司教に会いに行くと言っていたし、偉い人は大体奥の方か高い所にいる。
それを見た僧服の聖職者達が、振り返ってヒソヒソしている。
「色白が何故この聖なる館に」
「どうやって入ったんだ? 一人のようだし、受付や聖堂騎士は何をしてる?」
基本色黒しか受け付けない、この大聖堂で従事する敬虔な聖職者達は、理一に危機感を感じたようで、すぐに聖堂騎士が呼ばれた。
三人の聖堂騎士が、理一に向かって剣を構えた。
「待て、どうやって入り込んだ。今すぐ立ち去れば、罪には問わない」
「色白は入っただけで罪なの? 酷い話だね。それはそうと、ライオネルとロランを知らない? 数日前に大司教猊下に謁見してるはずなんだ。イボニス公国の侯爵子息と、伯爵子息なんだけど」
理一の質問に、聖堂騎士達が顔色を変えた。
「なにっ! 貴様、暗殺者の仲間か!」
「暗殺者? あの二人が? なんでそうなったの?」
「問答無用! 捕らえるぞ!」
三人の聖堂騎士が、理一を捕らえようと向かってきた。理一は少し考えて、大人しくお縄についた。
理一が連行されたのも、やっぱり地下牢だった。埃っぽい地下牢を歩いていると、一つの牢獄の中に、ライオネルとロランを見つけて立ち止まった。
「見つけた!」
「あ」
「リヒト! なにお前まで捕まってるんだ!」
「いやぁ、あはは」
「ボサッとするな。行け!」
何故か笑う理一を、聖堂騎士が急かしたので、二人に小さく頷いてから促されるままに独房に入った。
理一は地下牢から聖堂騎士の気配が消えたのを見計らって、空間転移でライオネル達のところに転移した。
「ビックリしたよ。そっちこそ何故捕まってるのさ」
「創神魔術学会に先手を打たれていた。ここも上層部は真っ黒だ」
「うわぁ、やるなぁ創神魔術学会。ごめんよ、僕が頼んだばっかりに」
「いや、私は納得して話に乗ったのだ。お前のせいではない」
ライオネルは出来た人間だ。ロランも恨みがましいような顔はしていない。本当に自分は周りに恵まれていると、理一は小さく笑った。
「状況はわかった。僕は脱獄するけど、二人も一緒に帰る?」
「いや、私が大司教に面会したことは、書状にも受付の記録にも残っている。逃げても無駄だ。それにあの状態の大司教を放置できない」
「僕もこのままで大丈夫です。僕らの取り調べをする聖堂騎士の方も、僕らの話を聞いて疑問に思い始めています」
ライオネルとロランの返答を聞いて、理一は力強く頷いた。
「わかった。じゃぁ僕は、外から君達を援護出来るように手を回してみるよ」
「すまない」
「いいんだ。こうなったのも僕の責任だ。なにしろ黒幕は僕なんだからね。そうだ、これあげる」
少し悪戯っぽく笑って、理一は姿を消した。その直後に巡回の聖堂騎士がやってきて、もぬけの殻になった独房を見て騒ぎ始めた。
「お前達の仲間だろう! 何か知っているんじゃないのか!」
「知りませんよ。囚われの身の僕らに、一体何が出来ると言うのです?」
「平民の分際で、貴族の子弟に向かって大層な口の利き方だ」
「生意気な!」
憤慨した聖堂騎士は、ライオネル達に見切りをつけて、牢獄の前から立ち去っていった。
それを見送って、二人は理一が置いていったものをこっそり取り出した。それは園生が非常食として持たせてくれた、天むすが6個と特製スポーツドリンク。
「美味いな」
「美味しいですね、これ」
「この水も美味しい」
「なんだか体力が戻ったような」
園生の魔力と豊穣のスキルによって、活性化されたライオネル達は元気を取り戻した。
数日ぶりにお腹も満たされて満足だ。
定例の取り調べが開始された。理一が見つからなくて人手が割かれているのか、普段三人いる聖堂騎士が、今日は二人だ。
携帯していた武器は、全て受付で渡してボディチェックも済んでいる。魔法を使った痕跡もない。
用件は書状にも受付にも記録があるし、署名もばらまかれているのでわかっているはずだ。
ライオネル達を取り調べした聖堂騎士は、ライオネルを真っ先に抑え込んだ騎士だった。
その騎士にライオネルが言った。
「あの場にいたのなら聞いていたはずだ。大司教猊下はこう言った。私のせいで死から逃れられなくなったと。私が大司教猊下を殺すも同然だと。君はどう思う?」
取り調べに当たっていた二人の聖堂騎士は、ライオネルの言葉に悩みながら顔を見合わせた。
数々の無罪を示す証拠と、大司教の発言。最初は大司教に話を聞いてもらえず激昂したのかと思ったが、二人は抵抗しなかったし今も大人しくしている。
若いが愚かではない。話を聞いてくれなかったくらいで、相手を害するほど愚かには見えない。
何より二人は高位貴族の子息。しかもライオネルは元王族だ。
(もしこれが誤認逮捕だったら?)
そう考えると、聖堂騎士の背筋に寒いものが走る。
選択肢は二つ。早急に事実を明らかにして、二人を釈放し謝罪すること。若しくは、無理矢理にでも証拠をでっち上げて、有罪にすること。
教会や教国の立場を考えれば、後者の方がいい。だが、ライオネルは創神魔術学会の件に関しては、既に有名人だ。
亡き祖国のために立ち上がった、悲劇の王子として語り草になっている。彼の思想を支持する聖職者も多くいる。
(そうだ、その彼の訴えを、なぜ大司教猊下はお聞きにならなかった?)
創神魔術学会の異教認定。倫光教の立場なら、認めるのが当然なのに。
なぜ大司教はそうしなかったのか。
混乱し始めた聖堂騎士に、ロランが優しく言った。
「大司教猊下の行動には気をつけてください。あの方はすでに、聖職者としての誇りを失っています。大司教でありながら、悪魔に魂を売ったのですから」
ロランの言葉に聖堂騎士達は一層混乱した様子で、この日は早々に取り調べを切り上げた。
二人の聖堂騎士が詰所に戻ると、すでに他の騎士も戻っていた。
「見つかったか?」
「いや、さっぱりだ。魔力の残渣すらも残っていない」
「それすらも? そんなことが可能なのか?」
「可能なんだろうよ。何にしても相当な手練れだ」
話を聞いて、取り調べに当たっていた聖堂騎士は唸り声を上げる。
「そっちはどうなんだ?」
「正直な話、暗殺の証拠が何もない。それに、そのような手練れが仲間にいるのに、大人しく捕まっているのはおかしい。逃げた奴だって、そんな高等技術が可能なら、暗殺くらい容易いはずだ」
「確かになぁ……なんか不自然だよな、今回の事件は」
話しながらその騎士はギコギコと座っている椅子を傾け、他の聖堂騎士もうんうん唸る。
「そもそも、ライオネル元王子には動機がない。俺が逮捕した時も、異教認定の事しか言っていなかった。それを拒否する方がおかしいんじゃないか?」
「は? 大司教猊下が異教認定を拒否した?」
「大司教猊下が署名の書類を払い落としたのを、司祭殿がご覧になっている」
「それはおかしいな。今話題の創神魔術学会の異教認定だろ? その手柄をあの狸ジジイがふいにするのはおかしい。こりゃなんか裏があるな」
「やっぱりそうだよな……あぁ、気が重い」
「ご愁傷様。さーて、俺らは脱獄犯取り逃がしたってんで、カメルレンゴ様に怒られてくるとするか!」
「……そっちもご愁傷様」
気苦労の絶えない聖堂騎士達は、やれやれと首を振りながら、詰め所から立ち去った。