反抗者会議
豪華な設えの大理石の床を、革靴が打ち鳴らしている。白い僧服の裾を黒いズボンが蹴り上げて、長い廊下を進む。
足音の主が両開きの扉を開けると、円卓を囲んだ人々がこちらを向いた。
真っ先に声をかけてきたのは、元娼婦のヴァネッサだ。
「ジョージ、遅かったじゃない」
「すまん、大司教の話が長くてね」
空いている椅子に腰掛ける。白い僧服を着た黒髪に飴色の肌をした男。サルバドル教国の司教であり、創神魔術学会の幹部であるジョージ=クルスだ。
少し問題が持ち上がったので、今後の方向性について話し合おうと、幹部会が召集されたのだ。
見るとまだ空席が二つある。
「まだ来ていないのは……」
「ダンカンと教祖サマだよ。いつも社長出勤の教祖サマはともかく、ダンカンが遅れるってのは珍しいね。何かあったのかな」
ボスのいないところでは、いつも嫌味ったらしく「教祖サマ」などと揶揄しているのは、生白くヒョロヒョロの体をした栗毛の青年イスクだ。
彼はいつも、この組織がブラックだブラックだとぼやいている。
「やっとブラック企業のサビ残から解放されたと思ったのに、こっちでもブラックなんて、マジでその内過労死するって」
確かにブラックだと思うので、否定はしない。
組織に悪意を持たれているなら、その内組織を抜けそうではあるのだが、今のところそれはなさそうだ。
何しろ彼はひどいコミュ障で、幹部会以外の人とはまともに会話できないのだ。口を開けば愚痴や嫌味ばかりだし、前の世界でも疎まれていたんだろう。
だがイスクの言う通り、ダンカンが遅れるのは珍しい。彼は元陸軍出身で、規律には誰よりも厳しい。
そのダンカンが遅れると言うのは、イスクの言う通り何かあったのかもしれない。
そうこうしていると、もう一度扉が開いた。金髪をオールバックにして、背の高い体格を礼服が包んでいる。
彼が羽織っているのはローブではなくマントで、それは高貴な者の象徴だった。
その人物が現れるとジョージをはじめとして全員が立ち上がり、着席に伴って席に着いた。
その金髪の男は、創神魔術学会の教祖であり、余所者の勢力「反抗者」を束ねる首魁、ニコライ=アディエルソン。
ニコライは柔和に笑って口を開いた。
「ダンカンのことなら心配ない。私が用事を頼んでいるのでな、それで今日は欠席だ」
「そうですか。安心しました」
「もぉ〜、何かあったのかと思ったわ」
ジョージとヴァネッサが口々に言う。与太話になりそうな気配を察したのか、ニコライが小さく咳払いをして静かになる。
「さて。それでは世界を救うための話し合いといこう」
この世界を救うこと。それが反抗者の使命。
その為にこの世界を崩壊に導いている神を打倒し、正しい世界の在り方を取り戻す。
彼らはその為に日夜活動している。
この世界の神は打倒しなければならない。古代にも反抗者の勢力があったことが、遺跡に残されていた。
その遺跡には、この世界の神が悪神だと記されていた。この世界の人柱にする為に、異世界から余所者を召喚する悪神だと。
訳もわからず、彼らはこの世界に来た。この世界の人はちっとも優しくないし、言葉もわからないし、差別的でモラルも低い。
それは恐らく神が怠けているからだ。この世界の人達も、多少は憎々しく思うが、悪いのは自分の仕事を余所者任せにして、この世界の崩壊を眺めているだけの神が悪い。
彼らがこの世界に来てから、かなりの年月が経過した。今更戻っても居場所はない。イスクなどは二度と戻りたくないそうだし、彼らも諦めた。
だから、新たなステージであるこの世界を救う。それが彼らの使命だ。
その為に彼らはなんだってやってきた。綺麗なことも汚いことも。それは今までもこれからも続く。
神を倒す、その日まで。
「では、まずは報告を聞こう。ジョージ」
「はい。キドニアス王国における、劉による召喚魔法の行使ですが、特にヒュドラー出現時の魔力量の発生は眼を見張るものでした。周辺の魔力量は通常時の二十パーセントほど上昇していたのが確認できています。残念ながらヒュドラーも劉も死んでしまいましたが、一定の成果を得られたかと」
「劉が死んだ理由は?」
「黒犬旅団に捕縛され、死刑に処されました」
はぁ、と円卓のあちこちからため息が漏れ聞こえる。
人員の確保も、災害指定魔獣の召喚も簡単ではないのに。
「これで二体目……頭が痛いわぁ。多分依頼があって討伐したのでしょうけれど」
「きゃつらは災害指定魔獣によって災害が引き起こされることのメリットをわかっとらんのじゃよ。この世界の奴らもそうじゃ。災害指定魔獣などと言っておるが、あれは神獣に等しい存在だと言うのに」
ヴァネッサの呟きに、頭がつるつるの髭を生やした東洋人のスヨン老が唸るように言って、一同も同じように唸り始めた時、頭に目一杯剃り込みを入れた軽薄そうな男が割り込んだ。
「殺しちゃう? 俺殺しちゃおうか?」
「BJっていつもそれしか言わないよね。脳みそちゃんと機能してんの?」
「あぁ? イスクてめぇやんのかコラ」
「やめんか! まったくおぬしらは、いつまで経っても仲が悪いのう!」
チャラチャラしたパリピのBJと、陰キャのイスクはすこぶる仲が悪い。それをいつも仲裁するのが、スヨン老の役割である。
喧嘩が収まったのを見て、ニコライがジョージに尋ねた。
「問題の黒犬旅団だが、やはり彼らの仕業か?」
「はい、調査によるとそのようです」
「今度は何やらかしたのアイツら」
「創神魔術学会が非人道的なカルト教団という噂が流れている。その為に西大陸の多くの貴族が脱退、貴族だけでなく平民にまでその噂が広がってしまったんだ。その噂を流したのが黒犬旅団。劉から何を聞いてどう解釈したか知らないが、クリンダ王国の元王子を旗印に、排斥運動をしている」
「あっちゃぁ、クリンダ王国の王子が出てきたのはマズイね」
質問に対するジョージの回答を聞いて、イスクもついに頭を抱えた。
確かに悪辣な事をしたのは事実だが、それはこの世界を救う為であって、多少の犠牲は仕方がない。
この世界には避妊もないし、女性は結婚したら人生の大半を妊娠して過ごすような世界で、人口もそれなりに多い。
それに彼らはこの世界の人間に対して、そこまで思い入れがないというのもある。
勿論この世界の人を絶滅させようなどと考えてはいない。だが、必要であれば犠牲になるのもやむなし。そう考えている。
だが黒犬旅団は、それを良しとしていないから反抗してくるのだ。
それに、噂のせいで色白・余所者差別に拍車がかかっている。このような搦め手を使ってくるのだから、それを想定していないはずはない。
だが黒犬旅団は、色白や自分達の評判を落としてでも、創神魔術学会を崩す事を優先した。
この決断ができる相手は、かなりの強敵と言える。
「やっぱよぉ、殺した方がよくねぇ? 邪魔なんだよ」
「そうねぇ。学会を広めるのも、それなりに苦労したものね。私とジョージの苦労が水の泡だわ。でも殺すのも勿体無いわ。案外話したらわかってもらえるかもしれないわよ。セーファ大迷宮を踏破しているのだから、反抗者の思想も知っているはずよね。味方になってくれたら、とっても助かるのだけど」
「知っているはずなのに、黒犬旅団は我々に反抗し、倫光教の思想を利用しようとする動きもある。彼らは神を信じているのかもしれない」
「決定的に対立してんじゃねぇか。話し合いとか無理だろソレ」
BJ、ヴァネッサ、ジョージが意見を交わし合うが、結局はBJの意見に着地する。その判断をどうするのかと、視線がニコライに集まった。
「そうだ。黒犬旅団は、私たち反抗者とは違う。彼らは私たちと違い、神から遣わされた神の使徒。私達とは相入れない」
「じゃぁ……」
イスクがゴクリと生唾を飲み込み、ヴァネッサは複雑そうな顔で俯く。スヨン老は目を閉じて沈黙し、ジョージは真っ直ぐにニコライを見つめた。
「我らの邪魔をするのなら、黒犬旅団には消えてもらう」
「ですが、問題はどう実行するかです。劉はあれでそれなりの魔術師でしたし、黒犬旅団は既に災害指定魔獣を倒すだけの力を持っています」
「俺がやるぜ! 楽勝だって」
「それ死亡フラグだよ。知らないの?」
「あぁん? いい加減にしろよてめぇ」
「アンタが死んだら俺はせいせいするからいいけどね」
「もーキレた。表出ろ!」
「二人ともいい加減にせんか! 話が進まん!」
やはりBJとイスクが喧嘩をし、スヨン老が取りなして落ち着いた。
いつもの光景に小さく苦笑しながら、ニコライが告げた。
「ヴァネッサのいう通り、黒犬旅団をただ殺すのは勿体無い。創神魔術学会を解体するのは簡単だが、その手数料くらいは払ってもらいたいところだ。ここは私が動こう。皆は創神魔術学会の掃除に当たれ」
「ニコライ様が……」
「かしこまりましたわ」
話が終わって幹部が立ち去った会議室で、一人ニコライは窓の外を見る。
時々感じる、神性を帯びた視線。また神が、ニコライを監視している。自分は見ているだけで、他人を働かせる愚かな神が。
黒犬旅団は、神から反抗者の敵として送り込まれた。ニコライはそう考えている。
「この世界はお前のゲーム盤じゃない。お前は神に相応しくない」
ニコライの手から放たれた、紫色のもやを纏った魔法が空間を渡り、神の領域へと至った。
だがその魔法はかき消され、空間も閉ざされ神の気配は消えた。
あちらから閉じられたら、ニコライにはどうしようもなかった。神の領域には未だに至れない。
これもいつものこと。いつものイタチごっこ。
ニコライが深く溜息をついている時、同じように溜息をついていたのが、攻撃を受けたばかりの女神。
「だからアンタ、勘違いしてんだってば! いい加減にしなさいよ、この勘違い野郎! アンタが私を追い回すから、私の仕事が進まないじゃない!」
どったんばったんと暴れる女神を、双子の幼女天使が慰める羽目になった。