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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
フィンチ伯爵領
102/115

プロパガンダ

 街の食堂で、白い制服を着た学院生が、何人かで話していた。


「お前、余所者アウトランダーって知ってるか?」


 赤毛の学院生に尋ねられて、黒髪の学院生が頷く。


「聞いたことはあるぞ。会ったことはないけど。あれだろ? 外の世界から来たっていう」

「そうそう。俺も会ったことはないんだけどさ、この間面白い話を聞いたんだ」

「面白い話? 聞きたい!」


 顔にそばかすのある少女が、ワクワクと身を乗り出す。興味を持たれたのが嬉しかったのか、赤毛の学院生が頷く。


「余所者ってさ、いきなりこっちに連れて来られるんだって。だから身分証も持ってねぇし、金も持ってねぇし、言葉もわかんねぇんだって」

「えーっ、ヤバイじゃん」

「いきなり拉致られて外国に放り出されるみたいなもんか。そりゃ途方に暮れるだろうな」

「ヤベェよな。俺だったら泣くわ」

「あたしも絶対泣くわそれ」

「それで?」


 黙って聞いていたショートヘアの少女が続きを促すと、赤毛の少年が話を続けた。


「運のいい余所者は、親切な人が助けてくれて、どうにか言葉を覚えて生活できるようになるんだって。でも運の悪い奴は、何も知らずに森に入って魔物に殺されたり、強盗に遭ったり、騙されて奴隷商人に売られたり、耐えられなくて自殺したりするらしい」

「うわぁ、悲惨」

「教会とか助けてくれんじゃねーの?」

「そもそも教会とか知らないんじゃない?」

「そ。知らないし、教会は助けねぇ」

「なんで?」

「余所者には色白も居るからだよ」

「あー……」

「そうなんだ。じゃぁ色白って余所者なの?」

「全員が余所者じゃねーだろうけど、多少は混じってんじゃねーか? 色白って頭おかしいって言われてるけど、こっちの常識知らない余所者だって言われたら納得」

「確かに納得だね」

「なんか色白とか余所者って怖いと思ってたけど、可哀想かも」

「面白くないじゃん! なんか辛くなってきたんだけど!」

「まぁ聞けよ。その余所者さ、召喚魔法で来るらしいんだけど、召喚してるのは先に来た余所者らしいぜ」

「どういうこと? 仲間が欲しいの?」

「そういうことらしいんだけどよ、余所者はこっちのこと何も知らないわけじゃん。そんで困ってる余所者を助けるフリして、嘘吹き込んで洗脳して、悪事を働かせてるらしいぜ」

「ひどーい!」

「余所者は何も知らないし、助けてもらえたと思って、ソイツの言うことを信じちゃうんだよ。だからその余所者達は、なんで自分たちが嫌われるのかもわかってない。自分は正しいことをしていると思い込まされてるから」

「その召喚してる人って最悪じゃん。余所者だって元の世界に自分の生活があったわけでしょ? それをいきなり捨てさせて、悪事まで働かせるとか、マジ最悪じゃん!」

「そいつよく捕まらねぇな」

「なんか貴族とかに上手いこと取り入ってるらしいぜ。しかもそれやってんの個人じゃなくて集団でやってんだぜ」

「でた、悪の組織」

「それ。マジで悪の組織。ちなみにその悪の組織の名前は、創神魔術学会」

「ん? なんか聞いたことある。三年生の貴族の先輩が、勧誘みたいなことしてたような」

「マジで? 学院にも悪の組織の手下が!?」

「ていうか悪事って何やってんの」

「貴族を騙して戦争させたりとか、魔物をけしかけて街を攻撃したりとか」

「怖っ」

「え、やっぱ余所者怖い」

「いや問題は悪の組織だろ? そいつらが余計なこと吹き込むからじゃん。黒犬旅団見てみろよ。あの人達も色白だけど、貴族になるくらい大活躍してるし、何ヶ国語もペラッペラだし、真面目だし超優しいじゃん」

「確かにあの人達は、まとも過ぎるくらいまとも。つーか憧れるわ」

「そっか、色白だってまともに教育受ければ、まともに育つに決まってるよね」

「だからさ、余所者も色白も、ちゃんとした教育を受けたら、リヒトさん達みたいに普通に過ごせるんだよ。余所者とか色白が、みんな悪いわけじゃない」

「悪いことを覚えさせた奴が、一番悪い」

「それな」

「創神魔術学会つったっけ。学院でその話してる奴には、絶対近づきたくねぇ」

「私も。洗脳とか怖すぎ」

「ていうか新興宗教とかキモくなーい?」

「キモい」


 学院生達の話を、食堂に居合わせた人も興味深そうに耳を傾けていた。創神魔術学会という悪の組織の噂は、若者を中心に広がりを見せ始める。


 勿論この噂を流したのは理一達だ。実戦訓練で一緒になったグループの赤毛の少年に、「ここだけの話だよ」と話してみたら、まんまと噂になった。


 学院でもその噂は広がり、元々平民の多い学院だったので、あっという間にあちこちで囁かれるようになった。


 誰それが信者らしいとか、誰それが魔法を悪用しているとか、税を横領して多額のお布施をしているとか、噂には尾ひれも背びれも胸びれもついて広まる。


 平民の学院生が直接貴族の学院生を攻撃するようなことはなかったが、その噂は貴族にも伝わって、貴族間での絶縁や不登校にまで発展した。


 いじめ問題にまで発展したのは不味かったが、国教のある国の貴族が、国の定める倫光教を無視して、新興宗教に傾倒するなど許されない。


 学院での貴族同士の人間関係は、実家の政治力にも影響する。その為、親元に強制送還されたり、貴族家が王家から叱責を受けたり、サルバドル教国から苦情が来たりと、結構な大ごとになった。


 挙句には家族全員創神魔術学会に傾倒していて、国や教会に逆ギレしてしまい、国家反逆罪でお取り潰しになった貴族家まで出た。


 この出来事をきっかけに、創神魔術学会を名乗る人は危険人物とみなされるようになり、その話題は学院ではタブーになった。

 この風潮を恐れて、脱退した信者も多くいる。


 これで近隣諸国の貴族達は、不用意に創神魔術学会に近づかないだろう。以前から信者だった者は目立って活動できないし、これから入信する勇気もないだろう。


 貴族にとって評判というのは、名声に直結するので無視できない。少なくとも、創神魔術学会の信者が大きい顔をすることは無理だ。


 平民の学院生だって「超キモいんだけど」と思われたくない。若者はイケてないことには手を出さない。

 その反面、イケてることにはすぐに飛びつく。


 この噂の爆発的な拡散に一役買ったのが、反撃の狼煙をあげたライオネルだ。

 噂が広まり始めたある日、噂を小耳に挟んだという体で、ライオネルが泣き真似を始めた。


「どうなさったんですか?」

「ロラン、私は嬉しいんだ。皆が創神魔術学会の危険性に、ようやく気づいてくれた」

「はい……!」


 ライオネルとロランの本音も混じっての迫真の演技に、周りの貴族達の中から、噂好きの令嬢達が尋ねた。


「ライオネル様、以前からご存知でしたの?」

「ああ、知っていたとも。我が祖国、クリンダ王国は、創神魔術学会によって滅ぼされたのだ……」

「まぁっ」

「なんですって!」


 口傘ない学院生が更に集まって、苦渋の表情を浮かべるライオネルの代わりに、ロランが説明した。


「ライオネル様がこの学院に来た理由を皆様もご存じかと思います」

「え、ええ」

「その理由は、皆様が想像しているような事ではありません。当時王国の上層部は、既に創神魔術学会に乗っ取られていたも同然でした。陛下も、我が父である宰相も操られ、創神魔術学会の排斥を訴えた我々を、国外追放にしたのです」

「そんなことが……」


 ライオネルはどうやら追放されて来たらしいということは、貴族の学院生の多くは知っていた。

 だがその理由は、ライオネルが国内で何か問題を起こして、厄介払いで追い出されたと思っていたのだ。


 驚き顔を見合わせる聴衆に囲まれて、ライオネルは自嘲するように笑った。


「信じられぬのも無理はない。私とて信じられなかった。あの父上や宰相が、創神魔術学会の妄言に操られ、愚かな行いを重ねていくことを、私は信じたくなかったのだ。あの者さえいなければ、父上は元の父上に戻られると……」

「僕も同じ気持ちでした。だから、不敬を承知で申し上げたのです」

「だが結果はこのザマだ。父上達は最後まで踊らされ、挙句に王国は滅亡した。私にもっと力があればと、己の情けなさを恥じない日はなかった。奴らさえいなければと、創神魔術学会を恨まない日はなかった!」


 やや感情的になったのを落ち着かせるように、ライオネルが深く呼吸をして整えた。周りは神妙な様子で話を聞いていた。

 それにライオネルが顔を上げて言った。


「皆も気をつけて欲しい。創神魔術学会は、国を滅ぼしかねない、危険な組織だ。私の二の舞になってはいけない」


 ライオネルの話はその日の内に学院中を駆け巡り、誰もが知るところとなった。


 そしていつしか、創神魔術学会の批判をするときに、ライオネルの悲劇が持ち出されるようになり、それに呼応するような絶妙なタイミングで、ライオネルが創神魔術学会の解体を訴えた。


「平民の皆も他人事だと胡座をかいてはいけない。創神魔術学会は、国を乗っ取って戦争を引き起こすことを画策し、国民すら生贄にしようとする外道だ。そのような組織を放置してはならない!」

「そうだそうだ!」

「酷いことするのね! 許せない!」


 ライオネルは王族らしく腹芸で上手く民衆を操り、ついに学院内における創神魔術学会排斥運動の象徴になった。





 ある日の日の暮れた寮の部屋。ライオネルの部屋で、理一がそっと紅茶のカップを置いた。


「君の手腕には恐れいるよ。てっきり腹芸は苦手かと」

「これでも王子だったからな」


 理一が愉快そうに笑うと、ライオネルもふっと笑ってみせた。


「学院は君が掌握したも同然だ。学院生を経由して、他家や他国に醜聞が広まることを恐れる貴族家も、大っぴらには動かない」

「だが、問題はこれからだ」

「そうだね。いかんせん僕らは学生だ。僕の留学期間はあと半年と言ったところだけれど、君はそうもいかない」

「ああ。卒業を待っている内に、奴らが動き出すほうが早いだろう。勘の鋭い奴は、おそらく元凶?原因?が学院にあることを気づくぞ」

「いや、既に気づかれていると思ったほうがいい。彼らはとても狡賢いからね」

「……そうだな。お前がこの計画の黒幕ということも気づくだろうか?」

「黒幕とは人聞きが悪い」

「何を言うか、黒幕そのものだぞ、今のお前は」

「まぁいいや。気づかれていると考えて備えておくよ」


 不穏な物言いをされたが、理一はいつも通りににっこり笑って紅茶を飲み干し、ライオネルの部屋から空間転移で消えた。


 理一の座っていた椅子を、ライオネルは見つめて苦笑する。飲み干された紅茶、綺麗に包みを畳まれた茶菓子。


「人の目を忍ばなければ、友人と茶をすることもできないとは。まるでリヒトが悪の参謀のようだな」


 苦笑しながら椅子を立ったライオネルは、メイドを呼んでテーブルを片付けさせた。

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