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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
フィンチ伯爵領
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騒乱の幕開け

 

 理一はエリザベスに事情を話し、身支度を整えてすぐに学院に戻った。時刻は夕刻で、ちょうど授業が終わったところだった。

 理一がいないからと、休みになっているサークルで借りている教室で、理一が声をかけて集まった。黒犬旅団、織姫、エリザベス、アマンダ、ライオネル、ロラン。


 その人員に理一が、フィンチ領での事件を語り、そして劉の自白と自分の考えを伝えた。それに食いついてきたのは、やはりライオネルだった。


「創神魔術学会は、色白がトップを占めているのか。ならば、黒犬旅団に接触は?」

「それは不思議と無いんだ。僕らもある程度覚悟していたけれど、全く接触はない」


 普通に考えて、この周辺諸国で名を轟かせている、色白の黒犬旅団を仲間に引き入れたいと考えるのが普通だ。なのに、創神魔術学会は、黒犬旅団に接触してきたことは一度もない。

 恐らく創神魔術学会の上層部は、黒犬旅団を敵性存在として認識している。


「何故だ?」

「前にも話した通り、僕らは神を信仰している。そして僕らの行動は、創神魔術学会の方向性を邪魔するものだ。僕らの行動指針はたった一つ。ただ、善良であること。この世界に貢献することを目的としている僕らは、世界を崩壊させたい創神魔術学会にとっては厄介者だろう」

「なるほど。では何故、奴らはラウという余所者アウトランダーに近づくことが出来た? 余所者がこの世界には時々現れるが、会おうと思って会える存在でもないはずだ」

「簡単な話だ。劉も他の余所者も、創神魔術学会が呼び出しておいて、マーキングしているんだよ。過酷な状況に彼らを放置して、彼らが困ったところに救いの手を差し伸べた様に見せかけて操っている。典型的なマッチポンプさ。幸運にも奴らより先に僕らと出会って、祖国に帰還した余所者がいる。彼に施されていた召喚魔法の花押の所有者も、ジョージ・クルスと判明しているんだ」

「なんと言う非道を……。では、もしあの戦争が実行されていたら」

「うん。恐らく君の父上や貴族達も不老不死どころか生贄になり、魔神なり魔物なりが召喚されていただろう。もしそうなっていたら、クリンダ王国もミレニウ・レガテュールも、今頃焦土になっている」


 ライオネルが頭を抱え始めたと同時に、織姫が理一に尋ねた。


「理一、この件はお父様には?」

「太政大臣を通じてお伝えしております。以前から創神魔術学会について、太政大臣は懸念されているご様子でした」

「そうだったの。私は知らなかったわ」

「無理もありません」


 創神魔術学会は不老不死という餌で貴族を釣っている。元々不老不死の魔族では、その餌には釣られない。

 だからミレニウ・レガテュールの上層部に、創神魔術学会が接触してきた例はない。


 それにミレニウ・レガテュールは信仰の自由が許されている。犬人族ならその神を、小人族ならその神を。砂漠地帯なら水の神を。その土地の神を国民は信じている。


 信仰が自由であるからこそ、カルト宗教にのめり込むリスクもあるが、強制されたものではない土着信仰を持っている国民は、原則他の宗教に興味を示さないし、何の信仰もない国民は、そもそも宗教に興味を持たない。


 信じても信じなくてもいい。それが信仰の自由だ。

 信仰の自由を許していることが、結果的に危険な宗教の排除に繋がっている。やはり国王は名君だ。


「そして信仰の自由と布教は認められていますが、入信の強制は禁止されています。種族間の宗教的対立を回避するためです。これは、ミレニウ・レガテュールという、人種のるつぼだからこそ生まれた政策でしょう。それにひきかえ人間などの単一種族の国では、国教などを指定しているから、かえって反発を生みます」

「そうね。それがどんなに素晴らしいものでも、人は強制されることが根本的に嫌いだわ。だから他の物に目移りしてしまうのね」

「そうです」


 このトゥーランという国や、クリンダ王国を含め、近隣諸国は国教を指定している所が多い。

 ターゲス王国にいた時に、コリンがシスターとして働いていた教会もその宗教だ。


 倫光教。この宗教自体には全く問題がない。日々研鑽と善行を積む者に、神が福音をもたらすというものだ。

 これは恐らく、あの女神の息のかかった宗教だ。女神が誰かに天啓を与えて作らせ、この世界の人々の魂レベルを底上げすることを目的に広めた。


 教義自体も仏教とキリスト教を足して二で割った感じで、特にケチをつける様なものではない。

 ちょいちょい人間至上主義とか、色黒至上主義などの派生もあるが、それは置いておくとして。


 問題は、それを唯一絶対と信じてやまない人がいるということだ。


 宗教による民衆意思の統一という意味では、国教を指定するというのは有効な方法だ。

 だが人は強制されるということに、いつまでも耐えることは出来ない。その強制力が強ければ強いほど、反発は強くなる。


 そして創神魔術学会の様な、倫光教の対極に位置する宗教に魅力を感じてしまう。


「劉が教えてくれました。創神魔術学会の本部があるのは、サルバドルです」

「サルバドルって、サルバドル教国か? 倫光教の総本山ではないか!」


 驚いて声をあげたライオネルに、理一は神妙に頷く。


「創神魔術学会は、既にそこまで根を張っているんだよ。ジョージ・クルス。彼は倫光教のサルバドル教会の司教だ」

「余所者だろう? 倫光教が色白を受け入れるとは思えない」

「どうやら彼は色黒の様だ。だからこちらの世界の人に紛れ込めた」


 黒人かハーフか不明だが、劉は彼を色白ではないと言っていた。色黒であれば、この世界の人に受け入れられるのは簡単だったはずだ。精々外国人扱いされるくらいだろう。


 つまり創神魔術学会の目的は、この世界の人間に対する復讐ではない。この世界そのもの。自分達がこの世界の神になること。


 創神魔術学会の名を出さなければ、倫光教の中でも静かに手を広げることは出来るはずだ。

 総本山で神事に尽くしている人は、狂信者もいるだろうが、権力欲のある人間もいる。

 自らの欲望のために、神や信仰を裏切る人がいてもおかしくはない。


 完璧とはいかない人間の心につけこんで、創神魔術学会は静かに酸蝕している。



「で、僕としてはサルバドル教国に行きたいんだけど、僕らは色白だから難しい。織姫様も王族とは言え魔族だから簡単じゃない。そこでライオネル殿、君の力を借りたいんだ」


 黒犬旅団や織姫には困難でも、この世界の貴族であるエリザベスや、元王族のライオネルなら、サルバドル教国の教会に踏み込むことは簡単だ。


 しかもライオネルには、創神魔術学会のせいで国が滅びたという背景がある。


「そうか、創神魔術学会が、各国で勢力を伸ばしていると教えてやれば、倫光教の過激派は異教弾圧に乗り出す」

「そう、君がその旗頭。異教によって国を滅ぼされた悲劇の王子は、神の名の下に立ち上がった、倫光教の聖人になる」

「く、ははっ」


 ライオネルが哄笑する。全くこの理一という男は、一体何を考えているのか。

 まさかこの西大陸で最大の勢力を誇る、倫光教を動かそうだなんて。

 宗教の強制を嫌っておきながら、それを利用しようだなんて。


「はは、全くなんて奴だ」

「権威や名誉というのは、それなりに重要さ。出来ることも救える人も増える。僕一人で救える人は高が知れている。それが国や宗教の規模になれば、数千、数万の人を救済できる。そのために、君には英雄になって欲しい」

「面白い。その話、乗った」


 これがうまくいっても、余所者や色白に対する差別がおさまるわけではなく、一層加速する可能性もある。

 だが、創神魔術学会に打撃を与えることはできる。


 創神魔術学会に操られた人間は、ライオネルが救う。

 創神魔術学会に操られた余所者は、理一が救う。


 何もかもを理一が行う必要はない。とくにこの世界の人間であれば、理一よりもライオネルの方が効果的だ。


 ライオネルがやはり笑いながら言った。


「これが成功したら、お前は今までチヤホヤされていたのが、嘘のように手のひらを返されるぞ」

「構わないよ。振り出しに戻るだけさ。元々僕らはただの冒険者だしね。今が異常なんだよ」


 織姫が身を乗り出した。


「あら、それなら理一達はずっとミレニウ・レガテュールに居ればいいのよ。我が国では色白差別なんてないわ」

「検討します」

「嫌な返事の仕方ね。まるで政治家みたいだわ」


 織姫まで苦笑してしまった。


 自分たちはまたやり直せばいい。それでミレニウ・レガテュールに居られなくなっても、また人助けの旅を続ければいいだけ。


 理一達はちょっと簡単にそう考えていたが、この件は後に西大陸を揺るがす騒乱を引き起こすことになる。

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