どうやら私は死んだらしい
耳をつんざくようなバリバリという音は、おそらく地割れの音なのだろう。壁や柱、扉がひび割れて瓦解する音、人々の悲鳴、その中に自分の声も混じっているようだった。
「きゃぁぁ」
「うわぁぁ!」
理一は歯噛みする。この状況をどうにもできない自分が歯がゆい。大震災という自然災害に打ち勝つことなどできない。それは理解しているが、生まれてこのかた、自分が直接誰かの役に立ったという自覚がいないからこそ、余計に腹立たしかった。
自分の頭上で人の呻く声もする。自分を守ってくれている誰かが、自分のために苦しむ声。その声を聞きながら、ただこの状況に耐えることしかできない自分が、ただひたすらに悲しい。
ほんの数分前まで、ここは日本皇国で最も格式高い場所だった。赤い絨毯の敷き詰められた床、大理石の壁、大ぶりのシャンデリア。
集っている多くの人は、大半が高齢者だが、それぞれ燕尾服や和服を着ており、全ての人に品性が備わっている。
年に一度開かれる式典の真っ最中。日本皇国の誇る文化財、人間国宝達のパーティ。人間国宝に序列されるのは、その道を極めた玄人の中の玄人ばかり。
華道、茶道、歌舞伎、浄瑠璃、雅楽、刀剣金工師、人形師……などなど多岐にわたるが、日本皇国における伝統文化の最高峰が一堂に会する祝宴。
「菊ちゃん。相変わらず、若々しいねぇ」
「まぁ、四谷家元。お元気そうで何よりですわ」
腰が曲がり小さくなった老女と、年を重ねてもピンと背が伸びた女性が話しているところに、理一も挨拶に入った。
「雅楽頭、四谷家元、ご機嫌麗しゅう」
「陛下、ご機嫌麗しゅう」
「陛下もお元気そうですねぇ」
「お二方もお元気そうで」
「まさかぁ、私は糖尿病でねぇ」
「あら、私も薬がないと血圧が……」
「ははは、私もですよ」
大半が高齢者なので、あちこちで交わされる会話は、殆どが健康ネタだ。理一の場合は皇居病院があるのだが、他の人たちはどこが名医だとか、どこの病院がいいとか話している。
二人の女性は理一の背後で静かに警護を務める、皇居警備隊の隊長にも静かに会釈し、彼も会釈で静かに返した。
入れ替わり立ち代り、理一のところには人が挨拶に来て、今後の伝統文化の発展と保存についての展望を話す。
中には学習院時代からの友人もいたりして、中々に有意義な時間を過ごしていた。
それなのに、突然の揺れが理一達を襲った。
この国、権威と権勢を表していた建物が、なす術なく瓦解していく。立っていることもできず、逃げることもままならない。
酒を乗せたワゴンが暴走し、転倒したはずみで骨折した人が悲鳴をあげる。
今までの地震とは違う。未曾有の大震災。抗う術など、誰も持ち合わせていない。
ただ、天命に命を託すしかない。
それが理一には、耐え難い苦痛で。
あぁ、神様。なぜ私は、ただの象徴だったのでしょう。
なぜ私に、民を守るすべを与えてくれなかった。
理一はそう思いながら、歯を食いしばって瞼をつぶり、襲い来る振動と衝撃に、その生涯を閉じた。
パソコンが使えずタブレットで打っているので、文頭にスペースが入らないという点はご容赦ください。読みづらいのは本当に申し訳ないです。すみません…。