エピローグ
一つの話を終わらせた後に飲む紅茶は幸せを運んでくれます
「おい、エイトー! グラス足りねえぞ!!」
「あいさー!」
「エイト! お前、またあの客に酒出しやがったな!? ノンアルコールにしとけって前から言ってんだろうが!!」
「へぇ!? ノンアルで出したって
「エイトくぅん、いつもの席の人が貴方をご指名よー。男にもモテるなんて素敵じゃなぁい」
「何も嬉しくねぇ!」
「ぐぉお! いてぇ!! エイトてめぇ、ちょっと視線を下に向けて歩けって言ってんだろ! 俺は背が低いんだからよ!!」
「すんません!!」
「エイトォオオオ! 助けてくれぇ!! 今、付き合ってる3人目と4人目の女との予定が重なっちまった!!! 何かいい案を
「知るか!」
色々と迷惑をかけたが、俺はまだこの店で働かせてもらってる。毎日こんな感じで忙しいったらありゃしねえ……雇ってくれてる以上は文句なんて言えねえけどな。
異人の常連どもは昼間っから酒飲んでわいわいと騒いでやがる。普通の人間でも面倒くさいのに、それが異人ともなりゃ洒落になんねえよな。ちょっと絡まれただけでも下手したら命の危機だ、しかも相手はお客だから下手に手を出す事も出来ねーんだわ。
「おーい、エイト」
「あぃい!? 何すかマスターァ!!」
「お前、そろそろ時間だろ? さっさと仕事あげて帰れ」
「え、もうそんな時間……マジかよ」
時間は昼の3時前。つまり15時前だな、店に来たのが朝の5時だから大体10時間くらい働いた訳か。この時間になれば、俺は一旦家に帰る事になってる。その理由? そりゃー……
「あらあらあらぁん?」
「な、何すか」
「なぁーんにも、ほらさっさと帰んなさい」
「そーだぜ、早く帰らねえとさー……ねぇ?」
「エイト、今のうちに言っておく。女が可愛いのは
「そんなに辛いなら別れちまえよベニー。何かもう痛々しいぜお前」
「キャー!! エイトクン、ラブラブーッ!!!」
「いや、ありゃラブっつうか完全に尻に敷かれ
「やめろぉ! お前らいい加減にしろよマジで!!」
「いーからいーから、早く帰りなさぁい!」
ああ、死にたい。何でこんな事になったんだか……、いやまぁバレたんだから仕方ないけどさ。常連達も口笛吹いて煽ってきやがる……あぁー、くそぉ辛い。まじ辛い。
「あぁもう! おつかれさんでしたぁ!!」
「おう、おつかれー」
「おつかれさまぁん」
「おつかれー」
「エイト、言っておく。女は
「こいつの言葉は気にすんなエイト。構わず幸せになりたまえ」
「キャーッ! エイトクン、キョウモアツアツー!!」
俺は職場の制服の上にジャンバーを羽織って店から出た。店を出るとあいつが待ってやがった……ああもう、迎えに来なくてもいいってのに。
「今日もお疲れ様」
「あー、はい。ありがとうよ」
「愛されてるのね、エイトは」
「やめろよ、胃が痛くなるだろ」
はい、もうお分かりですね。キャロラインさんです。
あの後、色々あって俺達は付き合うようになった。最初に会った時は俺が年上だったのに、いつの間にかコイツの方が圧倒的に年上になっちまった……。まぁ、年上の方が好みだったりするわけだがな。
「今日の夕食は何がいい?」
「いや、俺が作
「何がいい??」
「……カレーライス」
「ふふ、任せなさい」
そうそう、あの後に聞いたんだが、家に帰ったキャロラインはウォルターと戦ったらしい……というか、顔を出した途端にアイツの方から魔法を撃ってきたんだと。
まぁ、そうなるよね。
知り合いが触手の化け物に殺されて、その家族まで襲われた。そして仇を取ったと思った直後に現れたのが、その化け物とそっくりな奴だ。キャロルの方は必死に事情を説明しようとしたが、ブチギレモードの眼鏡にこいつの言葉は届かず、本気で殺しにかかってきたとか……ウォルターがその事を聞かされたら、どんな顔をするのかねぇ。
そういや最近、ウォルターが屋敷に閉じ籠もってるとかいう噂を聞くが……いや、まさかね。
状況が最悪だったとは言え、ここまで事態が悪化した要因の一つが130年前の眼鏡にあったとは何ともひでえ話だ。どちらにしても、あの時代じゃキャロルの家族が生き残る方法は何一つなかったんだから救われねえ。そこで死ぬ訳にもいかなかったキャロルは、仕方なくウォルターと戦ったあとに屋敷から逃げた。こいつとしても未来で散々酷い目に遭わされたから恨み辛みの一つでもぶつけたくなったんだろうが……聞けば聞くほど辛いわ。
母親と妹も出来る事なら助けたかっただろうに、何も知らない眼鏡が庇い続けたんだろうなぁ。なんていうか、本当に酷い事件だったって話だ……。
「ところで、その……あー」
「なぁに?」
「お前の体のことなんだけど……」
「……昼間からそんなこと聞くなんて、やっぱり変態なのね」
「違う、そうじゃない……」
「冗談よ、触手ちゃんのことでしょう?」
そして問題のキャロルの体内に居た化け物の子だが、実は今もその一部が体の中にいる。というかもう体の一部になっちまっている……。
「……本当に大丈夫だよな?」
「大丈夫、この子たちは私の言うことしか聞かないわ。時々、勝手に動いちゃうこともあるけど」
「おいやめろ、怖いこと言うな!」
「冗談よ? 私が怖くなった??」
「そういうこと言うなよバカ!!」
「ふふふ、逃げても地獄の底まで追いかけるけどね。130年も頑張ったんだから、そう簡単には逃がさない……ええ、逃がさないから」
キャロルはニヤニヤしながらそんな事を言いやがった。いや、笑えねえからホントに。
冷静に考えたら、130年間も俺の事を考えてくれてたって言うのはちょっとヤバイよな。もしかして、俺ヤバイ女に捕まった? どうしよう、ちょっと不安になってきた……。
ああ、それとキャロルが終点に持ち帰った跳躍時計は、130年前に戻ったと同時に消えちまったらしい。どうやら跳躍時計は、『一つの時代に一個しか存在できない』仕組みになっているようだ。異界の道具は本当によくわからねえ……といっても消えてなかったら使いようによっちゃ跳躍時計がどんどん増えていく事になっちまうんだけどな。
過去に時計を置き忘れてくるのは、それだけ跳躍時計にとってもイレギュラーな事態だったって事なんだろう。つうか普通は絶対に置き忘れねえもんな、帰れなくなるし。
だが、130年前のこいつの家に置き忘れてきた筈の跳躍時計は、正気に戻ったウォルターが家を探し回った時には無くなっていた。その理由なんだが……
「ふふ……、冗談よ」
「冗談に聞こえねえんですが、それは……」
「もう、誰かを追いかけるのは懲り懲りだわ……。本当に、人は見かけによらないものね」
「まだ気にしてんのか……、百何年前の話だよ」
130年前、あの屋敷には6人の人間がいた。キャロルだろ、そして親父さん、おふくろさん、妹さんに弟くん。そしてキャンサー・レイバックっていう執事だ。
「だって、よく働く素敵なお手伝いさんだったもの……」
「まぁ、そう簡単に相手は信用するなってことだな」
「……そうね。正直に言うと、今でも少し貴方のことを警戒しているから」
「えっ?」
「冗談よ、傷ついた?」
「……」
その名前を聞いた時は思わず吹き出したね。そいつは家族が化け物に襲われている時、我先にと屋敷のどっかに隠れやがったんだ。そりゃまぁ、死にそうになったら逃げるのが普通だけどな……その時に同じ状況に置かれたら、俺だってそうしたかもしれねえ。そしてほとぼりが冷めた後、キャンサーはリビングにあった例の時計を盗み出した。
高く売れると思ったのか、それともその時から異界の道具を集める趣味があったのかはわからねえ。そいつの子孫がずっと持っていたから多分、後者の方だろうけどな……。
魔導協会の奴らはキャンサーを問い詰めただろうが、上手く言い逃れたんだろう。
それに、当時のあいつらはキャロラインが時計を持って未来に逃げたと考えてしまった。全部知ってる上に生き残った俺達からすれば笑い話にしかならねえかもしれないが、何も知らずに地獄を見る羽目になった奴らからすりゃとんでもねぇ話だ。全く……酷いことするよ、神様ってやつは。
「どうしても、欲しかったのかしらね。あの時計が」
「さぁな……」
「でも彼が持っていてくれたおかげで、私は助かったんだから何も言えないわ……。随分探すのに苦労したけれど」
「よく見つけたよ、本当に……」
「もっと褒めてくれていいのよ? 在り処を突き詰めるために色々と危ないことをしちゃったけど」
「えっ?」
「冗談よ? ふふふ……」
でもまぁ、もう終わった話だ。俺も過去を全部忘れられる程に強くはないけど、今は……
「もしかしたら、私のために持っておいてくれたのかもしれないわね……」
「だとしたら、遣る瀬無い話だな。未来で子孫がお前に殺されるなんて……」
「私が殺したんじゃないわ、彼の家を訪れたときにはもう死んでいたんだから」
「……は?」
今何かおかしな事を言わなかったかこいつ? 気のせいか??
「私が彼の家にたどり着いたとき、彼はもう誰かに殺されていたの。頭に大穴を開けてね……部屋も荒らされていたし、時計が盗まれていたらどうしようと思ったけど時計だけは無事だったわ……泥棒にでも襲われたんでしょうね」
「わー……」
キャロルの手に戻ってきた跳躍時計は、130年前で消滅しちまってる。
……という事は130年前に置いてきていた跳躍時計が、この時代に時間跳躍してきたこいつの手に渡る時計になる訳で、要するに跳躍時計はもうこの時代の何処にも存在していないって事になるな。起点に置いてきた跳躍時計はキャンサーに盗み出され、それから130年後に31人目のキャロルの手に渡る。そして終点にたどり着いては消滅する事を繰り返す。
こいつを殺され続ける地獄に叩き落とした元凶の時計が、今度はそのキャロルの手で永遠に消され続ける事になるなんてな。世の中、何が起こるかわからないのは、生き物に限った話じゃないって事だな。
「でも、今はもういいの。だって私……」
……いや、待てよ。今回は130年前に帰還したキャロルの手助けがあってこそ何とかなった訳だが、その前のキャロルはどうやって終点に帰還したんだ? 今のこいつも今回と同じように助けられたようだが、ならその前は? 最初のキャロルはどうやって過去に戻ったんだ??
最初のキャロルは、どうやって時計を見つけた?
「……エイト、聞いてる?」
「……」
「エイト!」
「あっ、はい!」
「……聞こえてた?」
「ごめん、もっかい言って」
「……」
「あ、ごめん。その目をやめて? やめ……ちょっ! 触手伸ばすな!! 伸ばすなっ……あぎゃあああああああああああ!!!」
俺の名前はエイト。エイト・ロードリック……、色々あったが何とかこの街で楽しくやってる。
悪い事は沢山した、だから俺は地獄に落ちる。
でもそれはそうしなきゃ生きていけなかったからだ。
言い訳にしか聞こえないかもしれないが、それでも俺は死にたくなかった。
だから俺は今日を生きている……今はそれだけでいいや。そして、あの時の選択は間違っちゃいなかったんだと思う。
……ところでアンタならあの時、どうしてた? キャロルを見捨てて逃げていたか?
chapter.6 「Where there is a will, there is a way」 end....
そして、話を最後まで読んでくれた人が居てくれるならさらに幸せです。ありがとうございます。




