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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.6 Where there is a will, there is a way
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22

「……以上が、捜索活動の報告になります」

「……そう、見つからなかったのね」


賢者室でサチコは大賢者に報告していた。内容は姿を消したキャロライン及び、彼女から生まれ落ちたと思われるデアヴォロソ・パイデスの潜伏先を突き止める為の大規模な捜索活動についてだ。


「過去の事例から鑑みますと既にパイデスが彼女から誕生し、街の何処かに潜んでいると推測するのが妥当ですが……少し疑問が残りますね」

「それに警官からの報告も気になるわね。背中から黒い触手が生えたと……」

「……」


パイデスの目的は子孫を増やす事。その為に母体から生まれ落ち、成体となった彼等は繁殖を目的に行動を開始する。他生物に卵を産み付けてから4時間30分で新しい個体が生まれる以上、丸二日経過しても処理出来なかった時点で魔導協会の処理能力を上回ってしまう。


つまり、本来ならばこの街が壊滅状態に陥っていてもおかしくないのだ。


だが街には繁殖している筈のパイデスの姿が全く見当たらない。何より繁殖と進化のみを目的とする生物が、ただ大人しく何処かに潜伏しているだけというのは考えられない事だった。


「例の……黒い人型生物の死体の解析は今日だったかしら?」

「はい、既に第一研究室で解体準備が……」


突然、サチコの携帯端末に連絡が入る。彼女は端末を取り、素早く通話に出るが……


「はい、私です。ええ、今……え?」


彼女の目が大きく見開く。そんなサチコの顔を見て、大賢者は嫌な予感を察知した。



11月17日 午後2時。リンボ・シティ13番街にある集団墓地にて


「よう、久しぶりだな。元気にしてるか?」


エイトは花屋の店員に選んでもらったもので拵えた花束を手に、マッケンジー家の墓を訪れていた。彼等の墓にはウォルター達が一足先に訪れてきていたようで、墓前には白いライラックの花束が添えられていた。


「悪いな、遅れちまって。そんな顔すんなよ……こっちも大変だったんだ」


エイトは墓の前でしゃがみ込み、静かに花束を添えた。あの後、翌朝には全快して彼はキースの診療所を後にした。畜生眼鏡二号からは法外な治療費を請求される所であったが、()()()()()()が既に支払ってくれていたらしく冷やかしだけで済んだ。


「ありがとな、傷が塞がったのはお前のおかげだろ? 全く……とんでもねぇ女だよホントに」


キャロラインは彼と口づけを交わしたとき、その体内に多数の小さな触手(体の一部)を送り込んでいた。触手は体内からエイトの傷を塞ぎ、彼の体の一部となる事でその命を救ったのだろう。


「さて……」


エイトは冷たい両脚に力を込めて立ち上がる……目的はただ一つ、彼女の遺体を取り返す事だ。既に彼女の命は尽きているが、だからといってその体を誰かに切り刻まれるのは到底容認できる事ではなかった。


「ま、お前は望んでないかもしれないけど……別にいいよな。多分、見つける前にやられちまうだろうが……ここよりはずっと

「何処に行くの?」


エイトの背後から聞こえた 女性の優しい声。聞き覚えのあるその声を耳にした彼は硬直し、振り向く事が出来なかった。


「残念だけど、貴方の会いたい人は其処には居ないわ」



少し時を遡って午前10時頃、生物班第一研究室にて解体処理を施される筈だった触手の魔人が息を吹き返した。


「ええ、ですから秘書官……大至急応援を!!」

「い、いてて……」

「ブレンダさん! 大丈夫ですか!?」

「……」

「くそっ! 何だあいつは……死んでなかったのか!?」

「……ごめんなさい、ちょっと お酒買ってきてくれない?」

「ブレンダさん、しっかり!! まだ仕事中ですって!!!」


そして魔人は周囲の魔法使いを触手で無力化して逃走、彼等の追撃を振り切って再び姿を晦ました。


夜通しで街中を駆けずり回っていたキャロライン捜索隊は急遽『触手の魔人討伐隊』へと名前を変え、その対象を魔人へと変更して再び奔走する羽目となった。度重なる緊急事態の連続に住民達の不安と緊張はついに明後日の方向に消し飛び、協会から外出禁止令が発令されているというのに街中では我が物顔でのし歩く住民の姿が見られた。


「久々に街が賑やかになったと思えば……原因はお前かぁ」

「大人しく待っていても良かったけど、乱暴されそうになったから……ついね」


今日も協会の皆さんの苦労は絶えない。二日ぶりに家の外に飛び出して遊ぶ子供達に、一致団結して魔人確保に乗り出す異人達、そして何処かから聞こえてくる爆発音……。今朝まで静まり返っていた異常都市は、まるで息を吹き返したかのように賑やかな喧騒で住民を出迎えていた。


「……ははっ、何だよ。声と雰囲気が少し変わってねえか?」

「そうね。だってもう貴方よりずっと年上なんだもの……」

「……覚えてるか? あの時の

「ええ、忘れてないわ。私は、この日のためにずっと貴方を待っていたんだから」


エイトが振り向くと、其処には黒いローブを着た女性の姿があった。彼女は静かに顔を覆うフードを降ろし、その素顔を見たエイトは思わず目に涙を浮かべながら笑った。


「エイト、貴方が生まれる……ずっと前からね」

「……ッ」

「ふふ、相変わらず酷い顔ね」


目の前に立つ婦人の素顔、それはあの日のキャロラインそのままだった。


彼女の毛先は黒く変色し、肌の色も薄くなっていた。だがその紫色の瞳と、灰色の頭髪、何より別れる前にも見せた儚くも美しい笑顔は紛れもなく彼女のものだ。


「でも、私はその顔が好きよ。貴方と離れてからもずっと……忘れることなんてなかったんだから」


正体不明の黒い奇婦人(ブラック・ウィドー)、それは130年前に帰還したキャロラインであり、そして黒い魔人が触手のドレスを脱いだ姿だった。


情報屋から送られたメールの通り、体内で孵化した幼体は母体の心臓部に癒着する。そして母体の遺伝子情報を読み取り、体内で母体となった生命体の構造を模擬した肉体に成長していく。寄生してから4時間30分で『亜成体』と呼ばれる形態にまで成長し、体内から背中を突き破って誕生する。誕生した直後の亜成体の大きさは60cm程だが、僅か30分で3倍もの大きさの『成体』に急成長する。だが亜成体に成長しきっていない状態で母体が死亡する(=心臓が止まる)と寄生している幼体も死亡してしまう。


だから亜成体になるまで、母体には生きていてもらわなければ困るのだ。


体内で亜成体になるまでの間、彼は母体の生命を維持するためにあらゆる手を尽くす。それこそ、怪我をすればその部分に自分の肉体の一部を細胞レベルで融合させて治療してしまう程だ。母体に疾患があれば、患部を治療してまで可能な限り延命させようとする。キャロラインが患っていたのは幼体にとっても急所となる『心臓』の病気だ……彼は彼女と自分の命を繋ぐ為に必死に心臓を治療し続けていた。


体の一部を融合させて治療するという特性上、心臓が完治するまで彼の体は成長すると同時に心臓部と融合を開始する。心臓を治療している真っ最中に、体のどこかに怪我でもされてしまえば一大事だ。ただでさえ身を削りながら彼女の心臓を治療しているというのに、新しくできた傷を塞ぐために更にその体を割かなければならない。逆に言えば、怪我さえ負わなければ4時間30分以内に心臓の治療が完了し、そのまま亜成体として成長する事が出来る。


自分が生き延びる為に、自分の肉体を削って31人目のキャロラインの命を繋ぎ止めていた31番目の悪魔の子。だが、そんな彼をどうしようもない悲劇が襲う……。


協会の魔法使いの攻撃によって、彼女の心臓と融合していた本体の大部分を破壊されてしまったのだ。


司令塔を失った触手は混乱して体中を這い回る内にキャロラインの神経系と融合し、彼女を新たな司令塔とする事で沈静化した。そして有ろう事か31人目のキャロラインは自分に寄生していた生物(の一部)を逆に乗っ取り、人間とデアヴォロソのハイブリッドである触手の魔人という新しい生命体となった。


正にイディオットとジョークが総動員という言葉を体現するに相応しい存在である。


キャロラインが生き延びるには、パイデスと融合するしかなかった。そして跳躍時計の呪縛からも解放されて無事にエイトと再会する為には、以下の条件が必要だった。


1.着地点に到着した後に協会関係者に保護、及び処理される前に屋敷の外に出る。

2.幼体の成長を阻害する為に、()()()()()()の怪我を何度も負う。

3.自分の秘密を知っても尚、庇ってくれる相手に匿われる。

4.幼体の本体をピンポイントで破壊する。

5.1~4の条件を満たした上で跳躍時計を見つけ出して終点に帰還する。

6.終点に到着して130年生き延びる。


本気で殺しにかかってくる畜生眼鏡と魔導協会の皆さんによる執拗な追撃や絶望に塗り固められた苦難の道を乗り越え、この全てを達成した31人目のキャロラインには愛する家族や散っていった30人の彼女達、そして巻き込まれてしまった被害者の方々の為にも、エイト共々幸せになっていただきたいものである。


「本当に、長かったのよ。あの後に何があったか、話しても話しきれないくらい」


黒い触手の魔人は今年になって突然現れたのではない、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。人としての姿を失った彼女はもはやキャロラインとして生きる事はできず、姿を変えて黒い奇婦人として街に潜んでいた。彼女は100年前の門災害も生き延び、この街がリンボ・シティとなった後も愛する家族の墓前に花を添えながら待ち続けていた。130年間、彼と再び出会える日がこうしてやって来るのを。


「キャロライン……俺、俺は────」

自分の気持ちが整理できず、言葉を詰まらせるエイトをキャロラインは優しく抱き締めた。彼女の体はもう人ではなくなってしまったが、その胸から伝わってくる鼓動はキャロラインがまだエイトの事を想い続けていることを言葉なしに伝えていた。


「もう、ずっと年上になって……私が触手の化け物になっちゃったけれど」

「……」

「私の人生、貰ってくれる……?」

「俺で、いいのか? 最低の男なんだろ? それに、俺は今まで……」

「私もそうよ、今日まで生きるために何でもしてきたもの……。でも、後悔はしてないわ」


エイトが顔を上げると、キャロラインは笑っていた。その顔をみてエイトは思った……人の姿を失っても、彼女はとてもとても美しいと。


「私が、選んだことだもの」

「……ははっ、強いなぁ。お前は」

「あなたの答え、聞かせてくれる?」

「言わなきゃ、駄目か?」

「言いなさい、言わないと殺すわよ?」

「はっはっ……」


エイトは立ち上がり、彼女の顔を見ながら照れくさそうに呟いた。彼のその言葉に、キャロラインは満面の笑みで応える。キャロライン・マッケンジー、恐らくは世界で最も数奇な運命を辿った人物の一人。残酷な運命に翻弄され続けた彼女は、長い時を経てようやく愛する彼の元に帰還した。


そして二人を祝福するかのように、何処かから聞こえてくる花火のような爆発音。


街の喧騒をファンファーレ代わりにして、マッケンジー家の墓前で静かに抱き合う二人を少し離れた場所からウォルターとルナは見守っている。


「なるほど……、そういうことか」

「ふふふ、奇跡って起こるものなのね」

「それでも、素直に手を叩いて祝福は出来ないなぁ……。つまり僕たちは神様に彼女たちの引き立て役として何十年も良いように利用されたわけだ。ちょっとあんまりじゃないか?」

「あら、意外ね。ウォルターは神様を信じていたの?」


ルナから口から発せられた思わぬ一言に、ウォルターはキョトンとした顔で硬直する。彼の顔を見て、ルナは小さく笑った。


「何だよ、信じちゃダメなのかい?」

「ふふふっ」

「笑うなよ、何なんだよ本当に……」

「私は、信じていないもの。神様なんて」


ルナはそう言うと、ウォルターに背を向けて数歩進んだあとに振り向いた。そして優しい笑みを浮かべながら、静かに言い放つ。


「私が信じているのは、神様よりも人間(あなたたち)の方だもの」

「……ははっ、そうかい。僕たちは、君の期待に応えられているのかな?」

「うふふふっ」


ルナはウォルターの問いに、意味ありげな笑い声で答えた。彼女に見惚れていると不意に携帯が鳴り響く。渋々通話に出たウォルターの耳には聞き覚えのある声が飛び込んできた……。


「やぁ、最近は君から連絡してくれる機会が増えてきたね。嬉しいよ」

『ふざけないで! 今、どれだけの非常事態かわかっているの!? 脱走した触手の』

「その一件はもう片付いたよ」

『……どういうこと? 説明しなさい』

()()は自分の居場所に戻った。今はそれでいいじゃないか……」

『ちゃんと、説明しなさい?』

「いやぁ、実は僕もちょっと納得しきれないものがあってね。久々に自棄酒を飲みたくなったんだ……丁度いい機会だし、一緒にどうかな?」

『……』


完全に余談だが、エイトが店員に選んで貰った花はハナミズキ。その花言葉は永久に続くもの、返礼、逆境にも耐える愛……


そして、『私の想いを受け止めてください』


キャロラインが家族の墓前に添えていた花はピンク色のスターチス。その花言葉は途絶えぬ記憶、永久に朽ちぬもの……


そして、『私の想いは変わらない』



このラストは最初から決まっていました。

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