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そして添え物のデーツを食べて一つの結論に達しました
杖を構えた魔法使いや銃で武装した警官隊が玄関ドアから屋敷内に突入する。
少し間を置いてリビングの壁に空いた穴からも、数人の魔法使いが侵入してきた。彼等の内の一人は最初にキャロラインと遭遇し、彼女とエイトが出会う切っ掛けを作った褐色肌の魔法使いである。
「……」
彼は血まみれでソファーにもたれ掛かるエイトに、杖を向けながら慎重に歩み寄った。
「彼女は、何処にいる?」
「……家に、帰っちまったよ」
「え?」
「130年前の、自分の家に帰ったよ。不思議な時計を……使ってな」
「な、何!?」
再びエイトの意識は朦朧とする。褐色の魔法使いは必死にキャロラインの居場所を聞き出そうとするが、瀕死のエイトはうわ言のように支離滅裂な返事をするだけだった。
「ははっ……来年になったら、わかるさ」
「おい、何があった!? しっかりしろ!」
「何だよ、あいつが気になるのか? はっはっ……駄目だぜ、駄目だ」
「おい、彼女は何処にいる!? 彼女は……!!!」
「あいつは……もう、渡さねえよ。俺の……」
「おい!!」
エイトの意識はそこで途切れた。魔法使いと警官は屋敷内をくまなく探し回ったが、ついにキャロラインを見つけ出すことは出来なかった。やがて時刻は15時を迎えたが……
悪魔の子が、その産声を上げる事はなかった。
2028年11月15日午後3時、130年も続いた史上最悪の獣害事案『マッケンジー家獣害事件』は静かに幕を下ろした。三人を除いて、誰にも真実を知られぬまま……。
◆
「う……」
意識を取り戻したエイトの目に映るのは、殺風景な部屋の天井。小さな染みが散見される天井に寂しく吊るされた照明ランプの灯りが目に入り、彼は顔をしかめた。
「ここは……」
「よう、起きたか」
誰かの声が聞こえ、視線を横に逸らすと簡素なオフィスチェアに座り込む白衣の男の姿があった。眼鏡をかけた白衣の男は意識を取り戻したばかりのエイトの顔を気怠げな眼差しで見つめていた。
「普通なら死んでるはずなんだがな、お前」
「誰だ、アンタ」
「医者だよ。見りゃわかるだろ?」
「わからねぇよ……そんな目付きの悪い医者なんざ見たことねぇ」
「天使を迎えるつもりが、死に損なった血だるま野郎を押し付けられたら誰だってこうなる」
白衣の男はポケットから煙草を取り出し、マッチで火を点ける。
「今……何日だ?」
「11月16日、お前さんがベッドの上で寝かされてから丁度丸一日経ったところだ」
「……俺は、どうなった?」
「ふー……、めでたく天国行きだったところをどっかの誰かさんに邪魔されて くそったれなこの世に引き止められた」
「……」
「……で、俺からも聞きたいんだが……その傷をどうやって塞いだ?」
白衣の男の言葉にエイトは混乱した。医者がいるところと言えばとりあえずは病院か医療施設の筈だ。そのような場所で寝かされているというのに、お医者様から聞かされたのが『傷をどうやって塞いだ』である。誰だって混乱するだろう。
「……医者のアンタが治療してくれたんじゃないのかよ」
「いいや、俺なら見殺しにしてたね」
「おい」
「パッと見ただけで8箇所の銃痕。内2発が肩甲骨をぶち抜いて肺に命中、腎臓と膵臓に1発ずつ、2発が脇腹貫通、1発が肩骨に突き刺さって」
「……」
「ま、普通の人間なら死んでるわけだ。俺が診る前にな」
警官の銃撃でエイトは致命傷を負っていた。だが、彼は命を繋いだ。体中の銃痕は何故か塞がり、体内に残された銃弾も吐き出されるようにして排出された。男がした医者らしい仕事と言えば止血と輸血、そして応急処置くらいのものだった。
「で、それがお前の中にあった銃弾だな」
白衣の男はエイトのすぐ近くにある器械台に置かれたトレーを指差す。そこには止血に使われたと思われる血塗れのガーゼと、血と肉で塗り固められた銃弾らしき塊が乗せられていた。
「……捨てろよ、こんなもん」
「ま、暫くは寝ておけ。傷はともかく、今のお前には血が足りてない」
「……」
「体が痛むのか? 我慢しろ、傷の痛みは怪我人の勲章みたいなもんだ」
「……ありがたくねぇ勲章だな」
「その程度で助かったっていう立派なもんだぜ? 即死した奴からすりゃ喉から手が出るほど羨ましいもんだ」
白衣のに男は皮肉げに笑いながら言った。その顔を見てエイトはどこか既視感を覚えたが、敢えて考えない事にした。それに今の彼には体を蝕む傷の痛みよりも気になるものがあったのだ。
「……あいつは」
「どいつだ?」
「キャロラインは、どうなった?」
「俺が知りたいくらいだけど?」
「いや……」
彼女は一度、過去に戻った。だが、彼だけは知っている……この時代の彼女の姿を。人の姿を失っても、自分達を守り続けたキャロラインを。
「ぐ……っそっ!!」
「おい、動くなよ」
「こんなもん、どうってことねえよ!!」
「もう一度言うぞ? 動くな」
「あいつが、待ってるんだよ!!」
「小夜子、止めろ」
白衣の男が誰かの名を呟いた。エイトの背後から誰かの手が伸び、立ち上がろうとした彼の体を強引に引き倒した。
「うおっ!?」
「ごめんなさい、今は安静にしておいていただけませんか?」
「なんッ……!?」
エイトの顔を覗き込む、黒髪の女性。赤い瞳と透き通るような白い肌をした女性に見つめられてエイトは固まってしまう。小夜子と呼ばれたその女性の顔は美しかったが、不気味な程に整った容姿からは人間離れした雰囲気を感じさせ その目に見つめられるだけで彼は背筋が凍るような感覚に襲われた。
「……」
「いきなりごめんなさいね。でも、せっかく助かった命だから大事にしてほしくて……」
「そういうことだ、わかったらジッとしてろ。どうしても死にたいなら体を治して治療費を払ってから死ね」
「キース先生、酷いです」
「ふー、すまんな。こいつの顔が気に入らなかったもんで」
白衣の男……畜生眼鏡二号ことキースは憎まれ口を叩きながら煙を吐き出し、灰皿に煙草を押し付けた。
「……キース?」
「ああ、俺の名前だ。悪いね、聞かれなかったから言わなくてもいいかと思ってた」
「先生、患者の前でふざけるのはやめてください」
小夜子が偶然口にした彼の名を聞き、エイトはメールにあった『キース・クランチ』という医師の事を思い出す。その医師こそが、目の前にいる彼なのだという事を理解した。
「……なら、聞かせてくれ」
「何だ、治療費か?」
「……黒い奴はどうなった?」
「何だそりゃ」
「白い仮面をつけた……黒い奴はどうなったんだよ……!! アンタも知ってるんだろ!? キャロラインが何で追われるかとか……全部知ってんだろ!!?」
「ある程度はな。黒い奴……黒い奴……あ、あいつか。報告にあった触手のバケm」
「そいつはどうなったんだよ!!」
エイトは軋む体を無理やり起き上がらせ、鬼気迫る表情でキースに問い詰めた。その顔を見て何か感じるものがあったのか、キースは口を抑えて少しの間考え込む。そして……
「死んだよ、そいつ」
「……は?」
「だから、そいつは始末されたよ。協会の誰かにな」
「……死んだ?」
「今頃、協会の研究室にでも運ばれてるだろうな。俺は死体を見てないが、一応報告は受け取った」
聞かされたのは、彼女の死。エイトは激昂して立ち上がろうとするが小夜子に抑えられる。
「何で、何で殺した!? そいつは……!!」
「おいおい、いきなりどうした?」
「落ち着いてください、今はまだ!」
「そいつが……!!!」
思わずその正体を叫びそうになったが、彼には言えなかった。言ったところで彼女はもう戻らない。
(言えねぇ……)
「そいつが?」
(言えねぇよ……!!!)
何も言えずに顔を覆い隠し、エイトは絶望のあまり慟哭する。その反応を見て、キースは察した。どの道、回収された触手の魔人はいずれ協会職員の手によって解析される。その正体も、彼が話さずとも彼等は知る事になるだろう……。
「俺は……何も……!」
「……そうか」
「あいつに何も……、してやれなかった……!!」
「小夜子、もういい。仕事明けだろ? 寝てろ」
「先生……でも」
「そいつは、もう放っておけ」
キースに言われ、小夜子はエイトを放す。泣き崩れるエイトを複雑な表情で見つめながら、彼女は部屋を出た。キースは再び煙草を取り出し、無造作に口に咥えながら静かな口調で言った。
「なぁ、ここからは俺が聞きたいんだが」
「……」
「あの日にお前が何をしたとか、何があったとかはどうでもいい」
「……何だよ……!!」
「お前が最後に見たあの子の顔は、笑っていたか?」
その言葉を聞いたエイトの脳裏に、彼女の顔が浮かぶ。彼女と過ごした僅かな間に、様々な彼女の顔を見た。泣いた顔、怒った顔、そして絶望した顔……思い返せばそのどれもが美しいものであったが。
最後に見せたあの笑顔は、どの顔よりも美しかった。
「だったら……何なんだよ」
「羨ましいね」
「……お前っ!!!」
「俺が見た顔は、どれも泣き顔だったよ」
キースは立ち上がり、首を鳴らしながら怠そうに歩き出す。そしてドアの前で立ち止まり、振り返らずにこんな言葉を口にした。
「別れ際に女が笑うのは、幸せだったってことだ」
「……!?」
「お前は何もできなかったとか抜かしてたが、実は他の誰にも出来ないことをやらかしたんだぜ?」
「何なんだよ!!」
「お前は、彼女を幸せにした。絶対に救われない女をな、立派なもんじゃないか」
その言葉を残して彼は部屋を出た。一人残されたエイトはキースが発した台詞に返す言葉が見つからず、呆然とドアを見つめていた。
「……ははっ、畜生」
力なくベッドに倒れ込み、エイトは乾いた笑い声を上げた。悲しい筈なのに、何故か笑いが止まらなかった。だが今の彼にその理由を深く考えるような余裕は無かった……。
「はっはっはっ、ひでぇよ。あんまりだよ……神様」
不意に口にした神様という言葉。だが、自分に神に祈る資格など無い事にすぐに気がついた。そして今まで自分がした事のツケが、今になって回ってきたのだと思うと更に笑いが止まらなくなった。
『聞いていい?』
『……なんだよ』
『どうして、ここまで私を助けてくれるの?』
『知らねえ、考える前に身体が勝手に動く。それだけだ』
『……今も、そうなの?』
ふと脳裏を過る、彼女との会話。その全てが、エイトの心に突き刺さる。
『それでも、覚えていてくれる?』
『……覚えていたらどうするんだよ。お前が、147歳まで長生きして会いに来るっていうのか……?』
『答えてよ、エイト』
再び彼と出会えた時、そして過去の自分を抱えて走り去る彼を見送った時、白い仮面の下で彼女はどんな顔をしていたのだろうか。
「なぁ、キャロライン……俺さ」
エイトは震える声で言った。あの時に言えなかった言葉は、驚く程にすんなりと口に出せた。
「お前のことが 好きだったんだ……」
殺風景な部屋の天井は、エイトの告白に身も凍るような沈黙で答えた。
好きなように書けばいいかと( ・ิω・ิ )旦~