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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.1 Fortune comes in at the merry gate
9/123

7☆

11番街に続く大きな路地を黒い大型バイクが疾走していた。


「あら、テレビで見た時よりもまだマシな姿になっていますわね」


先鋭的なフルフェイスヘルメットに黒いメイド服という奇抜な格好でバイクを運転しながら、マリアは後ろに跨る少女(アルマ)に声をかける。


「さぁ出番ですわよ、アル様。ご準備を」


マリアの言葉を聞いた少女の瞳は、高揚する精神に呼応しているかのように不気味に輝く。


「はっ! 楽しそうなことになってるじゃないか、御主人!」


薄く透けた黒のキャミソールに()()()()()()()()だけを身に付けた刺激的な格好の少女は、獰猛な笑みを浮かべて興奮気味に言い放った……



「ああ、今日は! なんて日だ!!」


ウォルターは猛スピードでバックする車の窓から身を乗り出して青白い光弾(光魔の速射弾)を連射するが、突進してくる怪獣の勢いは止められない。


「先程の派手な爆発魔法を使えばよろしいのでは?」

「……白魔の爆滅弾レフコ・エクスプロジオのことかな?」

「名前までは聞いておりませんが」

「この(エンフィールドⅢ)はそこまで強力な魔法は扱えないんだよ」


彼が両手に構えるエンフィールドⅢのように片手で扱える魔法杖である【短杖(ウォンド)】は取り回しと連射性に優れている代わりに大火力の攻撃魔法の使用は想定されておらず、そのまま使用するには大きなリスクを伴う。


「ヤバいぞ、ウォルター! このままじゃ追いつかれる!!」

「見ればわかるよ、警部! アーサー、もっとスピード上げてくれないか!?」

「はっはっ、無茶を言いなさる」


逆に先程へし折られたリー・エンフィールドMK-Ⅴのような両手で扱う魔法杖は【長杖(ロッド)】と呼ばれ、短杖よりも強力な魔法を使用できる代わりに取り回しと連射性を犠牲にしている。更に魔法とそれを扱う道具である魔法杖の間にもそれぞれ相性というものがあり、魔法使いは魔法の種類やその用途によって様々な杖を使い分ける必要があるのだ。


《ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ》

短杖(ウォンド)で扱える程度の魔法じゃ足止めにもならないか……!」

「こんなことになるなら予備のライフル杖を持ち込めば良かったですな」

「……あの杖(リー・エンフィールド)は予備があと二本しか」

「同じ杖を持てとは誰も申しておりませんが?」


ウォルターは杖のシリンダーから焼けた短杖用の術包杖を排莢し、コートから6発の術包杖が装填されたスピードローダーを取り出してリロードするが今日持ち込んだものはこれが最後だ。


「……警部、君の足元にいつかの僕がうっかり落とした異世界種(モンスター)用の術包杖なんてものは落ちてないかな?」

「お前、まさか」

「うん、実はもう手持ちの杖が……」


そして魔法使いは杖が無ければ()()()使()()()()。これは魔法使い(彼ら)が現代に至るまで克服出来ていない数少ない弱点の一つである。


「ちょ、ちょっと待て! おい、お前も手伝え!!」

「す、すみません警部……ちょっと目眩がして足元が見れません……ッ!」

「残念ながら落とし物はございませんでしたよ。車を出す前には毎回入念にチェックしておりますので」

「……」「……」「……」


ウォルターは無言で老執事と顔を合わせる。彼の口元だけを引き攣らせた不格好な笑みを見て執事は状況を察し、後方確認もせずに巧みなハンドル操作でバック走行しながら溜息混じりに呟いた。


「成る程お手上げですか、そうですか」

「……こんな僕にも()()人間らしい部分が残っていたということだね」

「ただの不注意と準備不足が原因ですがね。やはり旦那様もそろそろお歳ということなのでしょう」


ウォルターは頬を引き攣らせながら怪獣目掛けて六発の魔法を放つ。魔法は怪獣に命中する前に静止し、無色で半透明の魔法陣を空中に描き出す。


《ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!》


魔法陣に怪獣が触れた瞬間、周囲の小さな建物を倒壊させる程の凄まじい衝撃波が発生して怪獣を後方に大きく吹き飛ばす。


《オヴァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!》


怪獣は盛大な土煙を巻き上げ、ズシンと盛大な音を響かせながら派手に転倒した。


「……今の僕に出来ることは精々このくらいかな」

「与えたダメージの程は?」

「景気よく吹っ飛んだが、大したダメージは受けてないだろうね」

「だが、これで距離が稼げるぞ! さっさと代わりの杖を取りに戻れ!!」

「……今日はもう疲れたよ、警部。後は魔導協会の皆さんに任せていいかな?」

「 ふ ざ け ん な ! 」


ここに来てウォルターがふざけた事を口走った瞬間、車の直ぐ側を黒い何かが猛スピードで駆け抜けた。


「あはははははははっ!」


赤い瞳を煌めかせ、アルマは楽しそうに笑いながら迫り来る怪獣に向かって直進する。 すらりとした両足に装着された黒い金属のブーツのような魔導具(ガジェット)から碧い光の粒子が吹き出し、その身体を勢い良く跳躍させる。


「あはは、何だお前! でっかいな! ぶっっさいくな顔だなぁ! あはははははーっ!!」


人知を越えた跳躍力で怪獣の鼻先まで接近し、立ち上がった怪獣の顔面に強烈な飛び蹴りを叩き込む。その小柄で華奢な体格からは想像もできないような重い一撃を受け、怪獣は再び仰け反った。


「あっはっはっは! カッタイなぁ、お前!!」

《ヴゴォオオオオオオオオオオン!》

「お前とはいっぱい遊べそうだ!」


怪獣の顔面を軽く蹴って一旦距離を取る。地上数十メートルの高さから道路が割れる程の勢いで着地しても彼女はケロッとしており、頭部に生える尖った黒い兎のような耳をピンと立てて不敵な笑みを浮かべた。


「……」

「え、あれ? 何ですか、今のは……?」

「ここはあの方に任せて一旦屋敷に戻られますか?」

「……アーサー、車を停めてくれ。今すぐに」


ウォルターの命令通りに老執事はブレーキを踏んで急停車させる。


「うおっ!? お前、急に……!!」

「如何なさりますか?」

「もうここで終わらせる。アーサーはとりあえず彼らを安全な場所まで送ってあげてくれ」

「かしこまりました。では、ご武運を……」

「お、おい! ウォルター!?」

「貸しにしておくよ、警部。次に会った時は紅茶にケーキもつけてご馳走してくれよ?」


ウォルターが車から降り、ドアを閉めたのと同時に老執事は車を勢い良くバックさせてその場を離れる。


「さーて、どうやって遊んでやろうか……あっ!」


アルマはこちらに歩み寄る眼鏡の男性を見つけた瞬間、嬉しそうに笑いながら彼の所に向かった。


「あははっ、おはよーっ! 御主人!!」


彼女は勢い良く彼に抱きつく。ウォルターは喜んでいるとも困っているともつかない微妙な笑顔を浮かべ、その頭を優しく撫でた。


「やぁ、おはようアルマ。今日も元気だね」

「あははー、だろー? 今日は良い夢見れたからな!」


アルマはルナの双子の姉妹だ。ルナと瓜二つの非常に美しい顔と妖精のように可憐な容姿の持ち主だが、その性格や相手に与える印象はまるで異なる。


「でも今はこうして抱き合ってる場合じゃないんだ。後ろのアレを何とかしないと」

「ははっ、オレに任せろ御主人! マッハでボロ雑巾にしてやるよ!」


またアルマはルナと双子でありながら少し背が低く、その胸はとても慎ましいものであった。


「いやいや、君一人じゃ危ないよ。僕も」

《ヴォオオオオオオオオオオオオン!》

「あははっ、何だ! 遊んでほしいのかお前! よし、遊んでやる!!」

「おい、ちょっと待っ」


ウォルターの話を全部聞かずにアルマは再び駆け出した。


「アルマ、一旦止まれ! 危な……」

「あははははははははーっ!」


自分を圧し潰さんとする怪獣の巨大な足が迫ろうともアルマは楽しそうに笑いながら疾走する。


「ああ、もう! 本当に困った子だなぁ!!」


ウォルターが幾何学的な紋様が刻まれた半透明なバリア状の防御魔法を展開させると同時に怪獣の大きな足が地面を踏みつける。視界を埋め尽くす程の土煙と共に凄まじい衝撃が発生し、11番街全体を揺るがすような振動で周囲の立派な建造物をド派手に倒壊させた……



「あらあら、楽しそうなことになってますわねぇ」


マリアは黒い日傘を差して高層ビルの屋上に立ち、11番街の戦いを高所から見守っていた。


「今日もこの街は賑やかですこと。明日のニュースが楽しみですわ~」


ビルの上からリンボ・シティをぐるりと見回した後、マリアは楽しそうにふふふと笑った。身の危険を察知した風船のように膨らんだ鳥ような生き物に半透明なゼリー状の羽蟲達が大慌てで空を飛び交い、上空から11番街の様子を伺う報道ヘリを混乱させる。


そして問題の11番街とは全く関係ない場所で不意に鳴り響く爆発音。


この街では何でも起きる。突然目の前に開いた黒穴から変なものが出てくる、街中でナニカが爆発する、話の通じないバカが騒ぎ出す、変な生き物が暴れだす、魔法使いがいる、変わった姿の生き物がいる、歳を取らない人間がいる、死んだ人間が次の日に生き返る……。


だが、この街の住人はそのような事が起きても 仕方ないね の一言で済ます。彼らとってはそれが日常であり、外界の者達が恐れ忌避する者共すら此処では唯の一般人だ。そんなイディオットとジョークが総動員なこの街を、いつしか人々はこう呼ぶようになった。


現世と地獄の狭間にある街……辺獄都市(リンボ・シティ)と────



「……やれやれ、暫く11番街には遊びに来れそうにないな」


地面を揺るがす衝撃や吹き飛んでくる破片を防御魔法で無効化しながらウォルターはボヤく。怪獣は再び咆哮し、まるで己の力を街中に誇示しているかのようだったが……


「あはははっ、何を勝ち誇ってんだお前ーっ!」


土煙の中からアルマが飛び出し、怪獣の足を垂直に駆け上がる。瞬く間に彼女は顔面付近に辿り着き、怪獣の大きな顎を思いっきり蹴り上げた。


「あっはっはぁあー! もういっぱぁぁぁぁーつ!!」


間髪入れずに次は巨大な顔面を足場にして跳躍し、黒いブーツの踵から碧い光を吹き出して空中で高速回転しながら眉間に全力の踵落としを叩き込んだ。


《ヴァッガァアアアアアアアアアアア!》


眉間を割られた怪獣は苦悶の叫びをあげて地面に倒れ込む。アルマは倒れた怪獣の大きな目の前に立ち、その真っ白い眼球をペチペチと叩きながら煽るように言った。


「おいおい、まだ動けるだろ! 立て、早く立て! もっとオレと遊ぼうぜ!」

《ヴォオオオオオ!》

「あれ、ひょっとして……もう終わりなの?」

《ヴァオオオオオオオオオオオン!》


アルマの言葉に激昂した怪獣は彼女を捕らえようと全身から機械の触手を伸ばす。


「あっはっは! いいよ、来いよ! まだまだ遊ぼうぜ!!」


アルマは迫り来る触手をジャンプして回避する。


機械の触手はアルマを捕らえようと執拗に追跡するが、彼女は空中で身を翻して迫る触手の間をすり抜けたり触手を足場にして更に跳躍しつつ鋭い蹴りで切断する等して怪獣の攻撃を軽くいなす。アルマの人間離れした機敏な動きを捉えきれずに触手は次々と破壊されていくが、彼女の死角を突くようにして背後から迫った一本の触手がついに彼女を捕縛する。


「うおおっ!?」


触手に捕らえられて身動きが取れなくなったアルマに機械の触手が迫る。動けない彼女を槍のように尖った先端で貫こうとした瞬間、触手達は青い光の弾丸に撃ち抜かれた。


「おいおい、僕を忘れてもらっちゃ困るよ」


ウォルターはアルマを縛る触手を魔法で撃ち抜く。アルマは地面に落下する前に巻き付いた触手を振りほどいてストンと着地した。


「邪魔するなよ、ご主人! 面白くなってきたのに!」


そして耳をピンと直立させながら不機嫌そうにウォルターに突っかかる。


「いやいや、さっきのは危なかったよ?」

「全然、危なくねーし! あのくらい フンッ て力んだら何とかなる!!」

「レディがそんな顔で力んじゃ駄目だよ。もう少し女の子である自覚を持ってくれ」

「うるせー! 女の子でももっと遊びたいんだよ!!」

「いいや、遊びはここまでだ。そろそろ終わりにしよう」

「えーっ! やだーっ! まだ遊びたい!!」

「あんなゲテモノと遊ぶよりも僕やルナたちとゲームする方が楽しいだろ? さっさと終わらせて屋敷に帰ろうじゃないか」

《ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!》

「……帰りにチョコレートパフェをご馳走してあげるから」


ウォルターは立ち上がる怪獣を横目にアルマの耳元に顔を近づけ、小さな声で囁いた。


アルマは嬉しそうにニッコリと笑い、靴先でトントンと地面を叩いた後に両足に力を込める。彼女の装着する黒いブーツ型の魔導具がガシャガシャと音を立てながら形を変え、まるで羽の生えた鉄靴のような姿に変貌する。


「オッサンの店のパフェだよな?」

「ああ、勿論さ。ただしあの子(ルナ)には内緒だよ?」


ウォルターは突進してくる怪獣に向けて魔法を放つ。命中した魔法が怪獣の胴体に大きな赤い魔法陣を浮かび上がらせるのを確認した後、アルマは右足に重心を乗せるような姿勢を取る。


「あははっ、じゃあアイツと遊ぶのはもうやめた!」


アルマは勢い良く地面を蹴って駆け出す。


両踵に生える黒い翼からは青白い光が吹き出し、此方に向かって伸びてくる触手の間を掻い潜りながら彼女は跳躍した────。


展開を盛り上げていくのって難しいけど、これからどう盛り上げようかと考えていると最高に紅茶が美味しくなります。

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