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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.6 Where there is a will, there is a way
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17

「……」

「……」


情報屋から送られたメールを見終えた二人は沈黙した。


そのあまりにも悲惨な事件の真相にエイトは絶句し、キャロラインは放心状態でエイトに凭れ掛かる。彼女の瞳からは自然に涙が溢れ、生きる気力は完全に失われた。彼女は神を敬愛し、毎日熱心に祈りを捧げて家族の幸せを祈っていた。口調こそ刺々しいが、父を慕い、母を想い、妹を愛し、弟の成長を誰よりも楽しみにしていた。


そんな彼女に与える仕打ちが、永遠に殺され続けるという地獄である。


そして、このメールを読んだ事で跳躍時計が持つ真の危険性が発覚した。時間を跳躍する際に起点に時計を忘れてくる、もしくは着地点で時計を喪失した場合、その使用者は元の時代に戻れなくなる。そして使用者が別の時代で死亡した場合、来年の同日には起点となった時代から使用者が着地点に再び送られてくるのだ。その使用者が死亡した場合は、来年にはまた使用者が現れ、その使用者が死亡した場合は……。


時計を使用して終点に到着しない限り、キャロラインはこの時代で死亡しても一年が経過するごとに何度でも着地点にやって来る。そして、彼女は誰かに殺されるという事を繰り返す。協会の魔法使い達、そして警官達の精神が磨耗していくのも無理はない。


ウォルターと大賢者に至っては彼女と直接親交を持っているので尚更だ。


彼女を生かしたまま幼体を摘出する試みは全て失敗している。例え脳を摘出してから肉体ごと幼体を処理しても、脳だけとなったキャロラインは如何なる延命処置を施そうとも着地点に到着してから一年が経過した時点で必ず死亡してしまう。つまり使用者が時間跳躍で訪れた時代に滞在できるのは最大で一年間のみであり、それまでに終点に到着出来なければ問答無用で死亡する。


ここからは仮説になるが、そうなった場合は最初に使用した所有者が存在した着地点が『A』となり、一年後に同じ場所に現れる所有者の着地点は1年ずれた『A´』となる。着地点は一年ずつずれる事になるが後から来る使用者には着地点が一年ずれているという自覚はない。恐らく使用者は最初からその着地点『A´』に設定する様にしたという『過去改変』が行われているのだろう。この事件の原因となったのは130年前に門から現れた異世界種だ。しかし、事件が解決しない最大の要因はキャロラインに宿った幼体でも、ましてやそれを産み付けられたキャロラインでもない。


跳躍時計という異界の技術が生み出した道具こそが、この悪夢の全ての元凶なのだから。


「あははは……っ、あははははははっ」


キャロラインは泣きながら笑い出す。エイトは何も言わずに彼女を抱きしめ、悔しさのあまり血が滲むほど唇を噛んだ。彼女を救う方法など、やはり最初から無かった……。


「ねぇ……、どうしようエイト……。私もう、何も考えられないよ」

「何も言うな」

「私ね、正直に言うと……助かるかもって思ってたのよ。虫のいい話だけど……」

「何も言うなって……」

「それが、何よ……幼体って……私、私の中に

「もういいよ、家に帰ろう」

「最初から、死ぬしかなかったんじゃない! あははっ、死んでも来年にはまた私が来ちゃうんだけどね、あはははははっ!!」


キャロラインの精神の均衡は完全に崩れていた。彼女はエイトに背中を預け、泣きながら狂ったように笑い続けている。だが彼女は急に振り返り、エイトの顔を笑顔で覗き込んだ。


「ねぇ、エイト? 貴方、あの時に言ったこと覚えてる??」

「……どの時だよ」

「覚えてないの? 本当に、その場で思いついたことしか言わないのね」


彼女は向きを変えてエイトに抱きつき、上目遣いで彼を見上げる。柔らかな肢体を押し当てられ、エイトは思わず息を呑むがキャロラインの悲しい笑顔を見て絶句してしまう。


「私がさ、死にたくなったら……私の命と人生、貰ってくれるって」

「……ッ!」

「私ね、今……すごく────」

彼女が何かを言おうとしたとき、反射的にエイトはその額に頭突きを食らわせた。予想外の頭突きに思わずキャロラインは困惑しながら叫んだ。


「いっっったい! 何するのよ!!」

「うるせぇ! ここまで来て何言い出すんだお前、ほんとふざけんなよ!?」

「だって……だってもう助からないじゃないの!! 今何時よ!?」

「1時30分! あとまだ90分あるじゃねえか!!」

「90分しかないじゃないの!!」

「お前言ったよな! せめて出来ることを精一杯してから諦めたいってよ、お前店を出てから何かしたか!?」

「……でもっ、でももう駄目じゃない、もう諦めたいよ。あんなの見たら……何も考えたくないよ!!」

「お前が自分から見たんだろうが!!」

「あんな酷いこと書かれてるなんて思わなかったんだもの!! わかってたなら……絶対見なかった!!!」


キャロラインは泣きながら叫んだ。既に彼女は口を抑えるのをやめ、号泣しながらエイトの胸を叩く。自分の置かれている状況が彼処まで悲惨だとは思いもしなかった……これではまだ人攫いに会って何処かに売り飛ばされる方がまだマシだとすら思った。


「うるせえ! どうしてこうなったとか、やってからじゃねえとわからねえんだよ!! 後から後悔するなら最初から何もするな!!」


痺れを切らしたエイトは、自分を叩く手を掴んで彼女の目を見つめて叫ぶ。


「だって……!!」

「何かをするってことはな! つまりそういうことなんだよ!! 何がどうなるかなんて何もしないままわかるか、やってみてから初めてわかるんだよ!!! それが自分で選ぶってことだろうが!!!!」

「……ッ!!!」


キャロラインとエイトが出会ってからはまだ3時間も経過していない。しかしその僅かな時間の内に、同情や憐憫といった言葉では済ませられない何かが二人の間に芽生えていた。


「だったら自分の選択に責任持て! それが出来ねえなら最初から何もしようとすんな……今お前がここに居るのも生きていたいって思ったからだろうが!!」

「私は、私は!!」

「じゃあお前が死にたいのはこのゲロ臭い地下か!? それとも家か!? どっちか選べ!!」

「……」

「選んだ場所で俺が殺してやる!! お前の命はもう俺のもんだ。俺がどうしようと勝手だがせめて選ばせてやる……そんで身体からバケモンが生まれる前にぶっ殺す!!!」


混乱するキャロラインの肩を強く掴み、エイトは彼女の顔を見て言った。彼の目にも涙が浮かんでおり、キャロラインは思わずたじろいでしまう。


「言えよ、キャロライン。言わねえと俺が勝手に決めるぞ」

「……家がいいわよ。そんなの、決まってるじゃない……こんな場所で死にたくない」

「だったら行くぞ、少し歩いた先にあるハシゴを登れば第三図書館に続く大通りに出る……お前に会った場所だ」

「……」


エイトはそれ以上何も言わずに彼女を離して歩き出した。キャロラインは自分の肩に触れ、少し先を歩く彼の背中を見ていた。胸の鼓動は今まで経験した事がないほど激しく脈打ち、キャロラインは先を行くエイトの背を追いながら語りかけた。


「聞いていい?」

「……なんだよ」

「どうして、ここまで私を助けてくれるの?」

「知らねえ、考える前に身体が勝手に動く。それだけだ」

「……今も、そうなの?」


その問いかけに、エイトは答えない。無言で先を進む男の背中を見つめながらキャロラインは密かに答えが返ってくるのを期待したが……彼は何も言えなかった。


「……」

「……そう」


10m程真っ直ぐ歩いた先にある角を曲がると、錆びたハシゴがあった。これを上り、出口を塞いでいるマンホールをどけるとキャロラインと出会った大通りに出る。もう警察や魔法使いが待ち構えているとかそういう心配をしている余裕もない、此処で隠れていてもどの道死ぬ。


ならせめて地上の空気を吸った後に全てを諦めてから死のう……エイトはそう思ってハシゴに手をかけて登った。


「どうせ、いつか死ぬんだからな」

「……そうね」

「なら、どう死のうが関係ねえよな。あの世に着いたら家族にちゃんと言えよ?」

「何て……言えばいいのよ」

「私は、頑張って生きました……ってな」


キャロラインは不器用な彼の言葉を聞いて、高鳴る自分の鼓動の意味を何となく察したがすぐに忘れる事にした。その意味は絶対に、言葉に出したくないからだ。


(だって、ありえないものね……)

「ぐっっ……そ! 重てえなぁ!! うらああああ!!!」


マンホールの蓋を開け、穴から地上の光が差し込む。エイトは頭を出して周囲を見回す……そこには誰もいなかった。


運が良いのか悪いのか、エイト達が表に出る時は決まって追っ手が通り過ぎた後だ。


地上に出たエイトは地下のキャロラインに声をかけ、彼女は錆びたハシゴを嫌そうに登った。そして自分に差し伸べられたエイトの左手を取り、地上に出ようとしたその瞬間だった……。


「……ッ!!!!」

「何だよ、今は誰もいねえってさっさと

「エイト……ごめん、やっぱり地下に居たほうが良かったかも」

「……」


彼女の瞳に映るのは、あの時に見た白い仮面のような顔。そして不気味に蠢く黒い触手……エイトの背後には、クロ達の追跡を振り切った触手の魔人が立っていた。


「……勘弁してくれよ、神様」


彼女の表情から色々と察したエイトはうんざりしたような顔をした後に手を離し、せめてキャロラインだけでも地下に逃がそうとするが、彼の背後から黒い触手が伸びて彼女を捕らえた。もはやキャロラインは悲鳴をあげようともせず、ただ震えながら魔人を凝視している……触手はゆっくりと彼女を地上に引き上げた。エイトの背中には冷たい汗がとめどなく溢れ、その表情も凍りついていた。


魔人は静かにキャロラインを地面に降ろし、凍りつく二人を静観した。


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