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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.6 Where there is a will, there is a way
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15

『もしもーし、聞こえるー?』


情報屋の声が耳に入り、エイトはハッとする。極僅かな間であったが彼の思考は停止していたらしい。


「あ、うん……代金はいくらになる?」

『要らないわよ。こんなの商品になるような大した情報でもないし』

「いや、大した情報だよ? 何言ってんの、お前??」

『じゃあ、代金請求するわね』

「エイト……どうだったの?」

「……悪い、じゃあ少しそのまま待っててくれるか?」

『あん?』


エイトは電話を抑え、キャロラインの顔を見る。彼の表情を見て彼女は察した。


「……やっぱり、見つからないのね。そう簡単に見つかるわけないとは思ってたけど」

「とりあえず……家に向かうだけ向かうか? 俺はお前の家なんて知らねえけど」

「私と最初に会った場所は覚えてる?」

「うん」

「あの場所まで行けばわかるわ。そこまで連れて行ってくれる?」

「……こっから向かうなら地下道を通るしかねえな。いいよな? ものすげえ汚いけど」

「……それくらい我慢してあげるわ」


彼女の言葉を聞いてエイトは嫌そうに笑うと、足元にあったマンホールの蓋をどける。キャロラインはエイトの予想外の行動に思わずたじろぐ。恐らく彼女は地下道(under pass)という言葉の意味も殆ど理解していない。『アンダーパス通り』という名前の汚い道だとでも思っていたのだろう。


「えっ、何?」

「おら、この中入れ」

「……冗談よね? もしかしてそれが入口??」

「そうだよ? だって地下道っつったじゃん」

「~ッッッ!!!!」

「じゃあこのまま来た道戻るか? まず100%間違いなく捕まって志半ばに死ぬぜ??」

「わかった! わかったから!!」


彼女は深く息を吸い込み、マンホールの中に入っていく。病弱な彼女が衛生上の問題が山積みの地下道を通るのは正直自殺行為に等しいが、そもそも過去に戻る術が無い以上、彼女に待ち受けているのは確実な死だ。


……つまり、現時点ではどうあがいてもキャロラインが生き残る方法は無い。


警察だろうが魔法使いだろうが、捕まってしまえば殺されるし、エイトやキャロラインは知らないが午後3時になれば内側から怪物に突き破られて彼女は死亡し、エイトも真っ先に卵を産み付けられる。そして、時計を見つけて過去に戻っても彼女の運命は変わらない。現代で死ぬか、130年前で死ぬかの違いでしかないのだ。


彼女が地下に姿を消したのを見届けると、エイトは電話の向こうで待つ情報屋に小さい声で話しかけた。理由も知らされずに待ちぼうけを食らった情報屋はカンカンに怒っていた。


「……すまん、もう一ついいか?」

『早く言えや! どんだけ待たせんのよ、このヴォケが!! ぶち殺すぞ!!!』

「お前さぁ、もう少し……いいやもう」

『はよう!』

「……キャロライン・マッケンジー。その名前を知っているか?」

『はい?』


その名を聞き、情報屋は沈黙する。エイトが何を考えているのかはわからないが、彼が今誰と一緒に居るのかは容易に察する事ができてしまった……。


『……アンタ、まさか』

「そいつの情報を売ってくれ。文字にして圧縮メールで俺の携帯に送ってくれればいい」

『……3000L$ね。3日以内に振り込まないと……アンタの情報全部、協会に流してやるわ』

「ありがとよ、リョーコさん」

『本名で呼ぶな、ぶっ殺すぞお前!』


情報屋は乱暴に通話を切る。エイトは溜息を吐いた後、キャロラインの待つ地下道に降りていく。穴の中からは、何やら彼女の怒声が聞こえてきたがマンホールの穴が蓋で塞がれるとその声も聞こえなくなった。



午後13時。クロは路地に姿を消した、触手の魔人を血眼になって追い回していた。魔人の逃げ足はクロよりも速く、更に背中に生える触手で逃げながら後方を攻撃できるので、彼女は魔人との距離を詰める事ができなかった。走っている所に触手による攻撃を受けて何度も転ばされ、彼女の衣服は破れて泥だらけになっていた。


「ぐぁあああああ! 待てやコラァアアアアアー!! 殺す、絶対殺す、殺してやるぅううう!!!」


既に魔人は見失ってしまっているが、完全にキレたクロは意地になって路地を駆けずり回った。後ろから彼女を追ってきていたアーサーは走りながら声をかける。


「クロ様―! 一旦足を止めてください、冷静になって

「うるぁあああああー! どこいったゴラァアアアァアアー!!」

「やれやれ、私も貧乏くじを引いてしまいましたかな……」


一方、マリアは路地を挟む建物の上から、二人の後をつけていた。太陽が分厚い雲に覆われているので、彼女は日傘も差さずに上機嫌で建物の屋根の間を飛び越えて行く。ふと耳を澄ますと、近くから誰かの声が聞こえた。


「あら、この声は……」


マリアは進む方向を変え、声のする場所を目指す。


「時間がないぞお前たち! 何が何でも二人を捕まえて即刻無力化する!!」

「先輩! 一緒に逃げてる男はどうしますか!?」

「死なない程度にぶちのめせ! もう手加減は無しだ、抵抗するようなら血祭りに上げてしまえ!!」

「了解! 死なない程度に血祭りに上げます!!」

「スコットさん! あの糞眼鏡どうしますか!?」

「知らん! もうあんな奴のことなんぞ忘れろ!!」

「了解! 忘れます!!」

「お前ら5人は向こうから回れ! 俺とロイドはこのまま行く!!」

「了解! 見つけ次第処理します!!」

「臨機応変にな! 必要だと思ったら更に手分けして探してもいい、とにかく探して探して探し回れぇ!!」

「「「「「了解しました!」」」」」


声の主はスコット達だ。協会の魔法使いは鬼気迫る勢いでエイト達を追っていた。そろそろ彼等も我慢の限界が来たらしく、残された時間も少なくなってきた事も手伝ってなりふり構わないようになっている。マリアはその姿を愉しそうに眺めた後、再び魔人の追跡に戻った。しかし彼女がどれだけ目を凝らして辺りを探ろうとも一向に見つかる気配がない。


「まったく……不愉快ですわ。ここまで嫌らしい相手は久しぶり」


触手の魔人は完全に雲隠れしており、見つけ出すのは困難だろう。入り組んだ薄暗い路地に、頭部以外の全身が黒いドレスのような外骨格で覆われている魔人が姿を隠してしまったらもうお手上げである。それこそ、鼻が利く店長に手を貸してもらうか、向こうが再びこちらを襲いかかってくるのを祈るしかない……。


「くそっ! 一体何処にいるんだ!!」


警官達も必死で二人を捜索しているが、見つけ出せない。12番街の至るところ(路地裏以外)をくまなく探しているというのにいつまで経っても二人を見つけられず、彼等も段々と殺気立ってきていた。


「もしかしたら12番街の外に逃げたのかもしれないぞ!」

「ああもう、魔法使いは何やってるんだ!!」

「二人の姿を確認次第、即刻無力化しろ! 場合によっては射殺しても構わん!!」

「わかりました! 射殺します!!」

「自分たちは11番街を見てきます!」

「自分は13番街を!!」


不憫な警察の苦労が偲ばれる。


魔法が使えない身でありながら街の治安と人々の安全を維持する為、彼等はその命を燃やして日夜戦い続けているのである。当然、殉職率は高く毎日のように誰かが天に召されてしまっているが、それでも彼等はリンボ・シティの警察官として誇りを持って勤務している。


地上で魔法使いや警官達が必死の捜索を続けている中、エイト達は地下道を進んでいた。


リンボ・シティの地下道はさながら迷宮のようで、地上の路地よりも遥かに複雑になっている。その環境も劣悪どころの話ではなく、はっきり言って人が通れるような道ではない。また、下水の中に未確認の異世界種が潜んでいる可能性が非常に高く、警察はおろか協会の魔法使いでも足を踏み入れたがらないリンボ・シティの魔境の一つである。


「それでね……うっ、ゲホッゲホッ! もう、最低!!!」

「我慢してくれよ、……俺だって本当は来たくねえんだ」

「……つまり、時計を使っても私が戻るのは『悪魔に襲われた瞬間』ってことなの」


口をハンカチで抑え、地下道をエイトと二人で進みながらキャロラインは跳躍時計の仕組みについて話していた。彼女の言葉を聞いている内に、エイトは遣る瀬無い気持ちになる……何故、キャロラインがここまで悲惨な境遇に立たされなければならないのか。自分が味わってきた辛苦など、彼女に比べると霞んでしまう。


(何だよこいつ……運が悪かったとかいうレベルじゃねえだろ。ひでえよ、神様……)


そして今、キャロラインは自分から死ぬ為に家族達と過ごした我が家に戻ろうとしている。そんな時、彼の携帯に一通のメールが届いた。


「……ちょっと待て」

「何よ、早く此処から出たいんだけど!」

「協会に追われる理由を、知る勇気はあるか?」


キャロラインはエイトの言葉を聞いて沈黙する。彼が手にしている携帯端末……その中に全ての答えがある。


「……」

「知りたくないなら見なくていい、俺が見る」

「見せなさいよ、私のことでしょ」

「……後悔するなよ?」


覚悟を決めた二人は、情報屋から送られてきた圧縮メールに目を通した。


そのメールに書かれていたのは、キャロラインが協会に追われている理由、彼女がどうしても死ななければならない理由……そして、毎年この日に()()()()()事件の全容だった。


知ってから後悔する事の方が多いですよね

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