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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.6 Where there is a will, there is a way
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「やばいぞ、これじゃ逃げられねえ!」

「……」

「あーあー……、魔法使いさんが大勢で寄ってたかってよぉ。お嬢ちゃん、一体何をやらかしたんだ?」

「私だって……わからないのよ」


エイト達はバーから逃げ出す事もできず、職員専用通路で立ち往生していた。


非常ドアの向こうにはウォルターとスコットが、そして裏口の外ではロイドが待ち構えている……まさにどん詰まりである。


現在の時刻は午後12時20分、刻一刻と()()()が迫ってきていた。


「こうなったらキャロラインだけでも逃がすしかねぇ! おい、そのなんとか時計でさっさと過去に戻れ!!」

「……」

「過去にはその……悪魔だかなんだか知らねえけどヤバイのが待ち構えてるんだろうが、気合で逃げろ!! 足が棒になるまで走って走って走り抜け!!!」

「あのね……エイト、私」

「ああもう、怖いなら俺も一緒に過去に逃げてやるから! おら、その時計を

「時計をね、持って無いの」


キャロラインが発した一言で、エイトの心臓は一瞬停止する。そして止まった心臓が急に動き出し、彼の胸に鋭い痛みと喉元から込み上げてくる強烈な吐き気が襲った。


「ぶっぶばふぉっ! 待て、待て待て待て何言ってんの? お前何言ってんの!?」

「考えたくないけど……多分、私の家に置き忘れてきたわ」

「ふぁっぶぁ!?」

「多分よ……多分だけど……この時代じゃなくて、私の暮らしてた時代に」


彼女のその台詞がトドメになったのか、エイトの思考は停止した。


ブルックは二人の話についていけず、とりあえず顎に手をつけて深く考え込むフリをした。過去だの、悪魔だの、時計だのと言われても何の事だか見当もつかないからだ。


「……」

「……」

「……あ、俺そろそろ向こう戻るわ。頑張れよ、エイト」

「なぁ、キャロライン。言っていい?」

「何よ……、言いなさいよ」

「ちょっとキツイかもしれない……」


エイトは力なくしゃがみ込んで項垂れた。万策尽きたとはつまり今のような状況を言うのだろう……彼はもう考える事を放棄した。それはキャロラインも同じだった。何より致命的なのは、この切迫した状況を打開する可能性を持つ跳躍時計が彼女の手元にないという事だ。


彼女は触れただけで、あの時計を手に取ってはいなかったのだから。


一方、Naughty Dogs店内も予断を許さない状況にあった。ウォルターと店長は睨み合いを続け、スコットも真剣な顔で大勢の殺気立つ常連達に杖を向けている。


「じゃあ、少し大人しくなって貰うよマスター。時間がないからね」

「やってみろよ、糞眼鏡。俺もそろそろお前をぶん殴りたくなってきたところだ」

「ああもう、限界だわ。あんまり人前で本気の顔見せたくないけど……今は仕方ねぇよな」


我慢の限界が来たラルフは目つきを変え、ドスの利いた声で二人を威圧する。常人なら一瞬で凍りつく程の殺気を向けられてもウォルター達は動じない。もはや後に引けないのは、彼等も同じなのだから。


「店長……、俺だってこの店気に入っているんだよ。だから言うこと聞いてくれよ、頼むよ」

「お前たちがあの子を殺さないって言うならな」

「それは無理な相談だね」

「ああ、無理だ。彼女の体内にいる化け物は危険すぎる……そいつが生まれる前に何とかしないといけないんだ」

「あんたら魔法使いでしょ? 魔法の力で何とかしなさいよ!!」


ウォルターは乾いた笑いを上げながら、ラルフの顔を見て呟いた。


「ははは、ラルフさん……魔法の力は有能だけど、万能じゃないんだよ」


彼の表情を見て、ラルフは背筋が凍る感覚に襲われる。


ウォルターの表情は相変わらず笑顔のままだが、その瞳は深い後悔と諦めの感情が支配していた。ここに居る誰よりもキャロラインを想い、そして救い出そうと足掻いてきたのは他でもない彼自身だ。だが、彼女を救おうとどんなに手を尽くしても、その行動は全て 彼女が死亡する という最悪の結果を齎した。


「僕が今まで、何度彼女の死を見てきたと思う? 30回だよ」

「!?」

「ははは、すまない。どうやら今日の僕は少し感傷的のようだ……、紅茶成分が抜けきっているせいかな」


ウォルターが手に持つ片手杖の先は青く発光し、今にも魔法を放とうとしていた。


対する店長も両足に力を込める、彼の動体視力と運動能力をもってすれば杖から放たれる魔法を回避しつつ相手を無力化する事も可能だ……だがそれは相手が並の魔法使いであった場合に限る。


「エイト……」

「ちょっと待て、今考えて

「ありがとう」


キャロラインは小さく呟き、非常ドアに向かって走り出した。思考速度が停滞していたエイトは反応が遅れ、駆け出す彼女の手を掴んで引き止める事が出来なかった。


「ばっ……!!

「お嬢ちゃん!? ちょっ……!!!」


非常ドアを開け、キャロラインが通路から飛び出す。店長とスコットは思わず彼女を二度見し、ラルフも愕然とした。エイトの先輩や常連客も皆一斉に彼女の方を向くが、ウォルターだけは目の前の店長を睨みつけたまま動じなかった。


「お嬢ちゃん……ッ!!」

「えっ、嘘! 嘘でしょ!? 何で出てきたのよ!!!」

「えっ、エイトくん振られた!? あんな台詞まで吐いたのに!!?」

「現実は非常だな!?」

「ま、まぁ 女は星の数ほどいるし? また探せb

「やぁ、キャロライン。また会ったね」


ウォルターは店長に杖を向けたまま、キャロラインの方を向いた。


彼の表情には既に笑顔は浮かんでおらず、彼の真剣な瞳に見つめられるだけで彼女は怖気づくが、震える手を握り締めながらウォルターに話しかけた。


「私が出て行くから、この人たちには何もしないで」

「ああ、約束しよう。僕は彼らに危害を加える気は最初から無いからね」

「……変わったのね、ウォルターさん。それとも最初からそういう人だったの?」

「そうだとも、僕は

「何やってんだ馬鹿!!!」


眼鏡が何かを言おうとした瞬間にエイトが飛び出してきて、キャロラインの手を掴む。そしてドアの向こうに連れて行こうとするが、彼女は彼の手を振りほどいた。


「おい……!!」

「良いのよ、もうどうしようもないから」

「だから、諦めんのはええよ! 何とかなるって……そう、俺が何とかしてやるからさぁ!!」


必死になってエイトは自分から投降しようとするキャロラインを呼び止める。彼等の手に渡れば、彼女は殺されてしまう。


「じゃあ今すぐあの魔法使いを倒して、私を助けてよ。そして私の家まで連れて行って」

「おまっ……それが出来たら

「何だって……やってくれるんじゃないの?」


彼女の言葉を聞いて、エイトはハッとした。自分が彼女に言った言葉は、全て本心から出たものだ。あの時は、本気でそれが出来ると思っていた……だが実際にその時が来たら?


「俺は……!」

「貴方に、それが出来ると思う?」


あの時、キャロラインに向けた言葉の通りに何でも出来るだろうか? ウォルター・バートンを倒し、無事に彼女を家まで送り届けられるだろうか??


「……」

「ね? 無理でしょ……」

「きついなぁ、おい」

「だから、もうここまでにしましょう」


エイトから離れ、キャロラインはウォルターに近づいていく。ラルフは何か言いたそうな顔で彼女を見つめ、先輩達も思わず目を逸らす。彼女を匿おうとした店長も、両手の力を抜いて大きな溜息を吐いた。


「でも……死ぬなら自分の家で死にたいわ。それくらい、許されてもいいよね……?」


ウォルターのすぐ傍にまで歩み寄ったキャロラインは彼に言う。その瞳には涙が滲んでおり、強がっていても、彼女の胸中は生への渇望に満ち溢れている事を言葉なしに訴えかけていた。


「……」

「ウォルター、早く決めろ」

「ああ、家に帰ろう。送っていくよ……」

「ちょっと待てよ……ッ!!!!」


エイトは動けなかった……ウォルターに近づいていく彼女を引き止める事が出来なかった。


彼は、心の何処かで密かに考えてしまったのだ 『キャロラインを差し出せば、全てが丸く収まる』と。そんな彼にウォルターは鋭い視線を向ける。彼の眼は、エイトにもう何もするなと言葉無しに伝えているかのようだった……。


(動けよ、俺の脚……!)

エイトは心の中で叫んだ。今ならまだ、彼女を救えるかもしれない。


(動いてくれよ……!!)

だがどれだけ心の中で叫ぼうとも、彼の冷たい両脚はピクリとも動かなかった。



裏口を見張るロイドは集中を切らし、一旦構えている杖を降ろした。彼がこの案件に関わるのは今回が初めてであり、極度の緊張状態にあった。それこそ、胸に穴が空いてしまっているかのように鋭い痛みが絶えず襲いかかってくる程に


「……くそっ、落ち着け。相手はもう人間じゃない、彼女はもうとっくに死んでいるんだ。死んでいるんだって……!!」


呼吸を整え、再び杖を構えなおしたロイドの背後に黒い人影が忍び寄る……そして彼の首に黒い触手が音を立てずに巻き付いた。


「……かっ……はっ……!!!?」


突然背後から首を締め付けられ、ロイドは何もできずにもがき苦しむしかなかった。彼の首に巻き付いた触手は締める力をより一層強め、彼の意識を瞬く間に刈り取った。


「……ッ」


意識を失ったロイドはそのまま昏倒する。黒い人影は音を立てずに路地の闇へと姿を消した。倒れるロイドの近くには気絶した魔法使いが数人倒れている、彼等も同じように黒い人影に襲われてしまったのだろう。


「……キャロライン・マッケンジーを確保。聞こえるか? 彼女を確保した」

「……」

「すまないね、みんな……後日また誠意を持ってお詫びしにくるよ」

「しばらく来ないでくれないか、お前の顔はもう見たくねえ」


店長は不機嫌そうに吐き捨てた。その言葉を聞いてウォルターは残念そうに笑い、キャロラインの手を取り退店しようとする……だが、スコットの様子がおかしい。


「……待て、ウォルター」

「スコッツ君、早く店を出よう。これ以上彼らに迷惑は

「仲間が応答しない……」

「何?」


ウォルターがその言葉に気を取られ、スコットの方を向いた瞬間だった。


店のドアが無数の触手に破られ、店内に触手が入り込む。黒い触手がドアのすぐ近くに居たキャロラインとウォルターに迫り、先程まで動けなかったエイトも思わず彼女の名を叫んだ。


「キャロライン、逃げろ!!」

「……えっ?」

「!!!」


ウォルターは無意識の内にキャロラインを店長の方に突き飛ばし、襲い来る触手から彼女を庇う。黒い触手はウォルターの全身に巻き付き、そのまま彼を店外へと引き摺りだした。突き飛ばされたキャロラインは店長に受け止められ、自分を殺そうと追って来たウォルターが()()()()()()という事実に困惑するしかなかった。


「ウォルター!!!」

「ウォルター……さん!? 何で、私を」

「……ラルフ、やれ!」

「了解よ、ボス!!」


キャロラインの肩を掴んで抱き寄せると店長はラルフに指示を出し、店長の言葉を聞いた彼女は足元にある意味ありげなスイッチを踏んだ。天井から物騒な重機関銃が現れ、スコットに銃口を向ける。


「……お、おい、撃つな、撃つなよ!?」

「ごめんねスコットちゃん。アタシ、貴方のこと……好きだったのよ!!!」

「ファッ!? ま、待って

「だから受け取って、アタシからのとっっておきのラブ☆スコール!!!」


スコットは杖を構え、風の障壁を発生させる。ラルフがそのスイッチをもう一度力強く踏むと重機関銃から愛の込もった無数の鉛玉が彼に向かって殺到する。


「だぁぁああああ、待て待て待て待て! やめろ、やめろやめろッ!!」


あまりに凄まじい勢いで連射される弾丸を前にスコットは障壁ごと少しずつ後方に押し出されていく。重い愛情の雨霰に襲われる彼の姿を、ラルフは手を組んで見守りながら愛の言葉を連呼した。


「初めてこの店で出会ったときから、運命的なものを感じていたの!!」

「ちょっ、待っ! これ駄目、死ぬやつ!! 死んじゃうやつ!!!」

「きゃぁあああああああっ!!?」

「大丈夫だお譲ちゃん、ここにいたら安全だから!」

「アタシは思った、これが、これが一目惚れだって!!」

「聞こえてる!? 撃つのやめっ、やめろっていってんだろ!!」

「愛してるわぁぁぁあ! スコットちゃああああん!!!」


そのままスコットは店外に押し出され、彼が退店したと同時にラルフは足元のスイッチから足を退け、店長は近くの壁にあるスイッチを叩いた。重機関銃の猛射はピタリと収まり、ドアがあった場所は超硬度を誇る特殊な合金製の頑丈なシャッターで塞がれる。


「うぉおおおおっしゃああああああああ!!!」

「見たか、くそったれ魔法使い! 俺たちの勝利だ!!」

「でも何か黒いのが一瞬店に入ってこなかったかな!? 見間違い!?」

「知るか!!」


ラルフは渾身のガッツポーズを取って雄叫びをあげ、先輩達は互いの手を叩き合い、常連客達も一斉に歓声をあげるがエイトは呆然としながら立ち竦んでいた。


「……」

「いつまでボーっとしてんだエイト、さっさとあの子の所に行け……ッッてぇええ!!」


エイトはブルックに足を蹴られるが、逆に蹴ったブルックの方が悶絶した。


「うおっ、すんませんブルック先輩! 大丈夫

「うるせぇ、黙れ! くそおおおお、いってぇえええええええ!!」


我に戻ったエイトは彼を心配して声をかける。彼の脚は色んな意味で特別製であり、ちょっとやそっとの衝撃や並大抵の攻撃ではビクともしない高級品だ。そんなものに蹴られたり、足をぶつけたらどうなるかはご覧の通りである。


『おおおい! 開けろ! 開けるんだ!!』

「お代はいらねぇ、とっとと失せろ!!」

『店長、お代ちゃんと払うから! 中に入れて!! 彼女を

「失せろ! 糞眼鏡と一緒に消え失せやがれ!!」


店から締め出されたスコットはシャッターを叩き、再入店させるよう訴えかけるが店長は断固拒否した。


店を包囲していた協会の魔法使い達は、先程の黒い触手に襲われて全員気絶してしまっており、事件が解決しかけたと思っていたら実は悪化の一途を辿っていたという洒落にならない状況にスコットは頭を抱えるしかなかった。


「やっっぱり こんな仕事やめてやる、絶対やめてやる、やめてやるからなぁああああー!! くそったれぇえええ────っっ!!!」


やり場のない気持ちを乗せ、彼は大声で叫んだ。叫ぶしかなかった。


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