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詳しく教えてくれないのに、昔から周りに強要される決まり事がありますよね
マッケンジー家獣害事件。それは130年前、まだリンボ・シティが向こう側に存在した時代に起きた歴史上最悪の異世界種による獣害事案。
1898年11月15日の推定時刻午前10時28分前後、当時40歳であったクレイン・マッケンジー氏が家族と共に暮らしていた一軒家の前に門が発生した。門の中からは肉食獣型亜種に分類される危険度A級異世界種『デアヴォロソ・ケイルス』が出現し、マッケンジー氏が所有する屋敷の中に侵入……彼と妻であるケイト・マッケンジー(当時36歳)、長女のキャロライン・マッケンジー(当時17歳)、次女のキャサリン・マッケンジー(当時13才)、長男のルーク・マッケンジー(当時1才)を襲撃した。
デアヴォロソ・ケイルスは白いトカゲの頭蓋にも似た仮面のような頭部と、黒い触手を持つ異形の生物である。その体は頭部と胴体部のみで構成されており、四肢にあたる部位は見当たらない。四肢の代わりに首元から伸びる触手状の『腕』を巧みに使って移動し、第一頚椎からは赤い触手が一本だけ生えている。彼の腕は伸縮自在で、交戦したウォルター・バートンの報告から移動手段以外にも強力な武器としての役割も担っていたと推測される。
その日は長男ルークが1才の誕生日を迎えた記念すべき日であり、クレイン氏とは知己の間柄であったウォルター・バートン(当時、現在含め年齢不詳)がサプライズの為に彼等の邸宅に向かっている途中であった。異変を察知して屋敷に駆け込んだバートン氏によってデアヴォロソ・ケイルスは討伐されたが、クレイン氏は心臓を貫かれて既に死亡しており、長男のルークも応急処置を施されたが間もなく死亡した。妻のケイト、次女のキャサリンは胸部をデアヴォロソ・ケイルスの触手で貫かれて負傷していたが、すぐに病院に運ばれ一命は取り留めた。
しかし、その場に居た筈の長女キャロラインの姿がどこにも無かった……。
キャロラインの行方を必死に捜索しつつもケイトとキャサリンの命が助かり、異世界種も討伐された事で最悪の事態は免れたと当時の魔導教会やウォルターは苦い思いを抱えながらも一先ず安堵した。だが、何も終わってなどいなかった……そこからが始まりだったのだ。
「……もう、遅かったんだよ」
「待ってくださいよ……そいつは討伐されて事件は解決したんじゃないんですか?」
キースに適切な治療を施され、救急車で警部と二人仲良く病院に運ばれながら話を聞いていたデューク刑事は彼に言った。警部は暫く沈黙した後、重い口を開けた。
「病院に運ばれ、一命を取り留めた筈の二人の体に異変が起きたんだ」
「え?」
「二人が病院に運び込まれてから4時間後、午後3時丁度に彼女達を突き破って生まれてきやがった……その異世界種の子供がな」
「……は??」
「一家を襲ったのも、子孫を残すためだったということだろうさ……。生き物の子作りを悍ましいと思ったのは、その時が始めてだよ」
体を内側から突き破られた二人は即死、そして彼女達から生まれた個体は親であるケイルスとは異なる人に近い姿をしていた。産み付けられた卵から孵化した幼体は、母体となった生物の遺伝子情報を読み取って独自の成長を遂げる異常な能力を持っていたのだ。
デアヴォロソ・ケイルスと名付けられた親も、異世界に生息していた生命体の遺伝子を読み取って独自の進化を遂げた姿という事なのだろう。
「……あんまりでしょ」
「な? あの眼鏡が言ったとおりだろ……知らない方が幸せだってな」
ケイトとキャサリンを母体として誕生した新種は『デアヴォロソ・パイデス』と後に名付けられ、人型亜種という独自の分類に属する危険度A+級の異世界種となった。多くの人が入院している病院に解き放たれた彼等が何をしたか……それは容易に想像できる。
「そうして生まれた悪魔の子らはな、病院を丸ごと自分たちの巣に作り替えやがったんだ。次の子供たちのために……」
デアヴォロソ・パイデスは、入院している患者や医師達に卵を産み付けて回った。
体が極端に弱っている者は母体として適さないので黒い触手で殺害し、母体に適した肉体を持つ者は男女や年齢の区別なく生殖器の役割を担う赤い触手で貫き、体内に卵を産み付ける。自分を攻撃してくる相手は即座に抹殺対象となり、母体に適した体を持っていようが容赦なく殺した。
「俺は直接見たわけじゃないが……話を聞いただけでも胸糞悪くなったよ。悪夢の光景ってのは、正にその時のことを言うんだろうな」
「……どうなったんですか、その人たちは」
瞬く間に病院に居た人間達の殆どが幼体の苗床と成り果て、幼体が成長するまでパイデスに襲われる事はないが、時間が経てば体内から彼等の子供に食い破られる運命にある飼い殺しの状態になってしまう。何人もの魔法使いや、武装した警官隊が彼等を助けようと巣の中に乗り込んだが誰一人として帰ってこなかった。誰かを助けようとすればする程、新たな犠牲者が増える一方だったのだ。その時が来れば彼等の子供は一斉に産声を上げ、巣の中から解き放たれる事になるだろう。
それだけは、どんな手を使っても阻止しなければならなかった……。
「お前なら、どうする? 助けに行ったか??」
「警部は……?」
「助けに行ったろうさ……でもな、みんながみんな俺みたいな奴らじゃないんだ。助けられる誰かのために、もう助けられない誰かを諦めることができる奴もいるのさ」
「……」
だから当時の魔導協会は全て手遅れになる前に、この悍ましい異世界種を悪魔の巣窟となった病院ごと魔法で焼き払うという形で駆除した。
「そんなこと……本当にやったんですか」
「13番街に大きな墓地があるだろ。あれは最初、その時犠牲になった人たちのために用意されたんだ……今じゃ普通の集団墓地になっているけどな」
巣の中には、まだ母体になっていない人間もいたかもしれない。
だが彼等を助ける方法など無かった。巣の中から助けを呼ぶ声や悲痛な叫び声が聞こえてきても、魔法使い達は彼等を焼き続ける事しかできなかった。当時の協会職員がどのような心境だったのか、それは察するに余りある。
「まさか、ウォルターさんも……」
「ああ、関わっていたらしい。そしても今でも……不意に思い出しちまうんだと」
「……」
「頭がおかしくなるのも、仕方ねえよな……」
アレックス警部はベッドで横になり、無言で車の天井を見つめていた。しかし、デューク刑事はまだ聞きたい事があった。その事件は確かに心を抉るような悲惨な出来事だが、130年前に起きた過去の事件である。それが今日の案件と何の関係があるのだろう……刑事はそう思ったのだ。
「でも警部、今朝も聞きましたけどその事件は過去の
「ああ、その事件な……まだ終わってないんだよ」
警部は重苦しい表情で言った。彼の言葉を聞いて刑事は全身の肌が粟立つのを感じた。
「終わって……ない?」
「マッケンジー家は5人家族だ。4人はさっき話した通り130年前に死んでいる……だが、1人だけどうしても見つけられなかった子がいるんだ」
キャロラインの行方は、事件発生からどれだけの時間を要しても掴めなかった。
体内に卵が産み付けられてから4時間半で幼体は成長して母体を体内から食い破る為、彼女が生き延びているという可能性は皆無の上に、その死体や彼女から生まれた個体がどうやっても見つけられないというのは本来ならば有り得ない事なのだ。
「……まさか、でも
「異界の道具がとんでもねえ力を持ってるものが多いのは知っているな?」
「ええ、まぁ……」
「使い方次第で世界を滅ぼしかねない奴、世界のルールを変えかねない奴、そして現在、過去、未来を問わずに時空間を自由に行き来できるような奴も……」
「……ッ!!」
それだけではなく、クレイン氏が所有しているはずの特級異界道具『跳躍時計』の在り処もわからなくなってしまっていた。いち早く屋敷に駆けつけたウォルターもケイルスを討伐し、救急隊を呼んだ後に姿を消したキャロラインとクレインの遺品である跳躍時計を必死に探し回ったがついに見つけ出す事が出来なかった……。
「マッケンジー家の長女、キャロラインはな……跳躍時計とかいう時間を飛び越える能力を持った時計を使っちまった。そして彼女は、あの事件が起きた日から130年後の今日までやって来たのさ」
その二つの不可思議な点から考えられたのは、キャロラインは跳躍時計を使用して別の時代に逃げ延びてしまったという事だった……己の体内に、悪魔の子供を宿したまま。
デーツ食べながらそんな事を考えていたら、この話が思い浮かびました




