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非常ドアを抜け、エイトとひんやりとした職員用通路を歩くキャロラインは小さく呟いた。
「あの人たち……異人よね」
「そうだな」
「初めて見たわ……」
「は? 街歩けば嫌でも見かけるぞ? お前ホントに何処から来たの??」
「何言ってるの、異人は夜になるまで『収監地区』から許可無く出られないはずよ。それが……こんな所で楽しそうにしてるなんて……」
「ちょっと聞いていいか?」
エイトは通路の途中にあるラルフのお楽しみ部屋の前で立ち止まる。一先ず落ち着ける場所に到着した事もあり、今の内に彼女に聞いておきたい事を全部話してしまおうと考えたのだ。
「お前さ、何年生まれ?」
「え、どうしたのよ」
「いいから」
「……1881年よ、それがどうかしたの」
「……言っていい?」
「何なのよ」
「今ね、誓暦2028年なわけよ」
キャロラインは沈黙する。彼女は目を見開き、エイトの眼を凝視するが彼も困惑するしかない。
「だってさ、その服……おかしいじゃん!? どう考えても場違いだろ!! 何処のコスプレイヤーかと思ったわ!!!」
「コス……ごめんなさい、言ってる意味がわかんない。何よ、2028年って……貴方ふざけてるの!? この服だって今流行りのファッションなのよ!?」
彼女の服装は19世紀末から20世紀初頭に、こちら側の世界で流行したアールヌーヴォー・スタイルに酷似したS字型シルエットの黒いドレスだ。胸を大きく突き出し、ウエストはコルセットで締め付けられて腰は後方に張り出したデザインは実に芸術的だが、この格好で外を歩くのは正直言って場違いである。
尚、エイトは意図的に気を逸しているがキャロラインのバストは豊満であった。
「俺のセリフだっつーの!! 生まれた年が1881年で、お前今いくつ!?」
「17歳よ!!」
「ほらぁ! オカシイだろ!? 今2028年だよ!!?」
「私だって頭がおかしくなりそうよ!! もう何なのよ、何がどうなってるの!!!」
キャロラインは大きく取り乱し、涙目になりながら叫んだ。対するエイトも彼女の言っている意味がわからず混乱する。彼女の生まれ年が嘘偽りない真実であれば、今目の前にいる女性の年齢は147歳でなければならない。
「おまえ本当は147歳で、歳をサバ読みしてるとかは!?」
「ふざけないで!! 147歳って……人間がそこまで長生きするわけ無いでしょ!?」
だがキャロラインは普通の人間で、年齢は17歳であると供述している。
それに彼女が言っていた『ロンディノス』という名前や『収監地区』といった単語、そしてその時代錯誤にも程があるファッションから察するにキャロラインという少女は、130年前から何らかの事故でこの時代までタイムスリップしてきたと捉えるべきであろう。もしくは異世界の門を潜って来たかのどちらかだ。
「あーっ、益々わからねえ! じゃあ何でお前は協会に追われてんの!?」
「だって……」
キャロラインは不意にあの時の事を思い出した。
黒い獣の触手が次々と家族を貫き、突然の事態に放心状態だったキャロラインは為す術無く 赤い触手 に貫かれようとしていた。
「え……?」
「キャロライン……ッ!!!」
しかし母親のケイトは胸を貫かれながらも最後の力を振り絞り、愛する娘を守るべく駆け出した。触手はキャロラインの心臓近くを狙って伸びていたが、ケイトに突き飛ばされた事で狙いが外れ、胸ではなくその右腕を貫く。
「ママ……ッ?」
「逃げて、お願い……貴女だけは」
しかしそこでケイトは力尽き、娘に倒れ込むようにして意識を失った……。
「ママァァ────ッ!!!!」
キャロラインは絶叫し、力無く自分に倒れ込むケイトを支えようとしたが突然襲いかかる右腕の痛みがそれすらも許さなかった。そのまま彼女は体勢を崩し、テーブルに置かれていた『ある時計』を咄嗟に触れてしまった。そして気がつけばあの場所に居たのだ。
「跳躍時計……」
「何だよそれ」
「パパが誕生日にプレゼントしてくれたの……。異世界で造られた、不思議な力を持った時計だって……」
「不思議な力?」
「時間を……操る力があるって……」
「……お前さ、もしかしてそれ使ったんじゃね??」
勿論、キャロラインは父親の話を本気で信じた訳ではない。父の言葉を自分の身体を気遣った優しい嘘だと思っていたのだ。しかし今になって彼女は父親の言葉が紛れもない真実であった事を理解した。
「パパ、ママ……ッ!!!」
「お、おい泣くなよ……!」
そして、自分達を守るべく黒い獣に立ち向かいその命を散らした父と、自分を庇って力尽きた母の最後の顔が鮮明に浮かんだキャロラインは思わず膝をついて泣いてしまう。
「何でよ……ッ! 何で、何でこんなことになるの……!!」
「大丈夫だって、要はまたその時計使って元の時代に戻ればいいんだ。良かったじゃねえか、追われる理由はわからねえけど解決の糸口が
「戻っても……戻っても私、殺されちゃうのよ!! あの悪魔に!!!」
「悪魔? 悪魔って何だよ!」
「あんまりよ……こんなの、もうどうしようもないじゃない……!!」
キャロラインは慟哭した。父親から跳躍時計の詳しい使い方や時間跳躍の仕組みを聞かされていた彼女は、どうあがいても自分が助かる道はないという残酷な現実を改めて突き付けられてしまったのだ。エイトはただ、絶望に打ちひしがれて泣きじゃくる彼女を見つめる事しかできなかった……。
◆
時刻は正午12時。彼女達を見失い、路地の中を右往左往するスコットと数人の魔法使いは息を切らして立ち止まった。スコットは迷路のように入り組んだ路地を恨めしい目つきで睨みつける。
「……くそっ! 駄目だ、見つからない!!」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「相手は……、この路地を知り尽くしているみたいですね。まずいですよこれは……」
「今 何時だ!?」
「12時を少し過ぎた所です……!」
「あと3時間だ……。3時になるまでに見つけられなかったら……」
だがここで捜索を諦める訳にはいかない、何としてでも午後3時になるまでに彼女を捕獲し、そして迅速に処理しなければならないのだ。
「……恨むぜ、神様よ」
「スコットさん……」
「手分けして探そう、俺は少し心当たりがある場所を当たってみる」
「はい!」
「了解しました!!」
「見つけ次第、無力化して連絡します……では」
「ああ、みんな気をつけてな。……もしその場所が当たりだったら、俺から連絡する」
後輩達に指示を出し、スコットは心当たりのある場所に向かう。『彼』の事を疑いたくはないが、この非常時にそんな悠長な事を言っている場合ではない。杖を強く握り締め、スコットは走り出した。彼の向かう先は、バー『Naughty Dogs』だ。
「エイト……、追われる女を守ろうとするのは男として当然のことだ。でも……今は、今は駄目なんだよ!」
その顔に悔しさを滲ませながら、スコットは走った。少し走った所で目の前の小道からふらつく男が現れた。ぶつかりそうになりながらもスコットは踏みとどまる。
「うぉおおっとぉ! 危ないな!!」
「ああ、スコッツ君……あの子は見つかったかい?」
「おま……ウォルター!?」
現れた男はウォルターだった。彼のトレードマークであるコートやスーツはボロボロで、額には血が滲んでいる。スコットは息を呑みながら、ウォルターに問い詰める。
「あいつは、倒したのか!?」
「ははは、それがコテンパンにやられた上に取り逃がしちゃってさ。情けないだろ? 笑ってくれよ……」
「おいおいおい、嘘だろ冗談だろ? お前が負けたって……どんな化け物だよ!」
「あはは、参ったねホント。ところで君の方は?」
「……今、エイトの職場に行くところだ。その店に居るかどうかもわからないけどな」
「奇遇だね、僕もその店にお邪魔しようかと思っていたんだ」
ウォルターと合流したスコットは二人でNaughty Dogsに足を運ぶ事にした。因みにNaughty Dogsの店長とウォルターは個人的な交流があり、そのコネもあってエイトは無事再就職できたのである。恩を仇で返されている状況になってしまっているが、この場合は仕方がないだろう。エイトは、キャロラインの事を何も知らないのだから……。
「まぁ、まさかエイト君も助けた女の子の中に『悪魔の子』が宿っているなんて思いもしないだろうからね……。思い返すだけで吐き気がするよ、何が何でも子孫を残そうとする意思は立派だが、巻き込まれる側の身にもなってほしいね」
「同感だな。それに、助けた相手が良い奴であればあるほど状況が悪化していくなんてよ……あんまりだよな」
「ははははっ、良い奴か。確かにそうだね……彼は良い奴だよ」
二人はバーを目指して走り出す。互いにやり切れない心境を抱えながら……。
◆
「……」
「なぁ、その……あんたに何があったか話してくれねえか?」
「放っておいてよ……」
「そうしたいけどよ、俺も巻き込まれてんのよ」
「だから何よ」
「俺にも、あんたのことを知る権利があるだろ」
「はっ……、貴方に何がわかるのよ」
「わからねえよ。でも、言ってくれなきゃもっとわからねぇ」
「わからなくても、いいじゃない……」
塞ぎ込むキャロラインにどう接したらいいかわからず、エイトは彼女の隣に座り込んでいた。
「……俺さ、親父の顔 知らねーんだわ」
突然、彼は話し出した。自分でも何故話し出したのかはわからない、それでも隣の少女の心を何とかして開かせたかった。その為なら何でもしようと思ったのだ。
「……」
「母親の顔もだ。捨てられたんだよ、小さい頃にな。兄弟もいねえ……もしかしたら居たかもしれねえけど俺は覚えてない」
「……」
「そうして泣いちまうってことは……それだけいい家族だったんだろうな」
「……死んだわ」
「え?」
「その家族も! 死んじゃったのよ!! 目の前で!!!」
キャロラインは顔を上げてエイトに掴みかかった。その顔は涙でぐしゃぐしゃで、美しかった彼女の顔は台無しになってしまっていた。
「突然よ、突然……家の中に黒い化け物が入ってきたの!! あんな……、あんなの見たことないよ!! あんな生き物がいるなんて!!!」
「……」
「パパは、パパは私たちを守ろうと戦ったわ。でもやられちゃったの……わかる!? 魔法使いが、負けちゃったのよ!! 化け物が身体から触手を伸ばして……パパを貫いたの!!!」
「やべえな……」
「そしたらその化け物が今度は、私たちに襲いかかってきたの! 身体から触手を伸ばして、ママも、妹も……生まれたばかりの弟も! 皆、胸を貫かれた!! 私だってこの右腕を思いっきり貫かれたんだから!!!」
「なんか治ってるけどな……」
「そして、そして……私だけが来ちゃった……。あの時計に触れて……私だけが未来に来ちゃったのよ!! ねぇ、信じられる!? 信じられるの!!?」
エイトは黙って彼女の言葉を聞いていた。彼女の表情は泣いているのか、怒っているのか、それとも絶望しているのかもわからない様々な感情が入り混じった凄まじいものだった。
「そしたら……そしたら何よ、未来に来たら……パパの友達の魔法使いに殺されそうになって……」
「……あの、クソメガネか」
「これは、きっと罰なのよ……家族を置いて逃げたことに神様が怒ったんだわ。私は、あの時死んでなきゃいけなかったの……家族と一緒に」
エイトはキャロラインを抱きしめた。彼女の言葉に思うところがあったのか……ただ何も言わずに彼女を抱きしめていた。
「……何よ、離してよ」
「もういい、十分だ。ありがとうよ」
「何がよ……、気持ち悪い」
「わからねえ、身体が勝手に動いた……悪い癖だ」
そう呟くとエイトは彼女を離し、涙に濡れた瞳をじっと見つめる。磨かれた紫水晶のようだった彼女の瞳は、止めどなく溢れる涙で腫れてうっすらと赤みを帯びていた。
「……じゃあ、尚更生きないとな」
「……何よ。私は、死ななきゃ
「駄目だ、生きろ」
「死なせてよ、諦めさせてよ……。私はもう、疲れ
「あんたの親父は何のために死んだ!?」
彼の言葉を聞いたキャロラインは硬直する。エイトはそんな彼女に構わず、頭に浮かんだ言葉をひたすら口に出した。キャロラインが言おうとした一言は、エイトにとってもう二度と聞きたくないものであったのだ。
「結果がどうだか知らねえけどよ。あんたの親父は、家族を守るために戦って……死んだんだろ?」
「そうよ……でも
「あんたの妹も、母親も、弟も死んじまったが……あんたはまだ生きてるだろ」
「だから、何よ……私だけ、残されても……」
「あんたまで死んだら、親父は本当に無駄死にしたことになるんだぞ!?」
エイトは、人の励まし方を知らない。悲しみに暮れる少女に、優しい言葉をかけられるような心を育む余裕などなかった。悲しみに押しつぶされるキャロラインの為に彼に出来る事は、頭に浮かんだ言葉を只々ぶつけることだけだ。
「……ッ!」
「ああ、そうかい……、じゃあ今すぐ店を出て死んで来い」
「何よ、何よ……貴方に何がわかるのよ!」
「死にたがりのことなんざわかってたまるか。お前のことも、お前の親父のことも……一生わかりたくもねえな!!」
エイトの言葉を聞き続ける内に、キャロラインは胸の中から何かが込み上げてくるのを感じた。先程出会ったばかりの男に、どうしてここまで言いたい放題言われなければならないのだろう。どうしてこの男は、出会ったばかりの自分をここまで気にかけてくれるのだろう。彼女には理解できなかった。
「何よ……馬鹿にしてるの?」
「よく考えてみろよ、自分から死にたがるような奴を庇って死んだ奴が馬鹿じゃねえとでも?? 馬鹿の馬鹿じゃん、大馬鹿じゃん。無駄死にするような奴は馬鹿しかいねえよ……自分から死にたがるような奴もな!!」
「パパは……パパは無駄死になんかじゃない!!」
「でもお前はこれから死ぬんだろ!? 死にたいんだろ!!?」
「……ッ!!!」
「ほら、無駄死にじゃねえかバーカ!!」
「うるさい! パパは無駄死になんかしてない、私たちを守るために戦って死んだの!! 私だって……私だって!! 本当は死にたくないよ!!!」
キャロラインはエイトの肩を力なく叩いて叫ぶ。自分を叩く彼女の手を掴み、エイトは言った。
「だったら生きろ、何が何でも生き延びろ!! それくらい馬鹿でも出来るだろ!?」
「でも……でも、ダメなのよ……ッ!」
「だから逃げればいいだろうが!! 逃げた先で顔変えるなり、声変えるなり、どうにでも」
「私、私病気なの!! 治せない心臓の病気なのよ!!!」
自分の手を掴むエイトの手を振り払い、悲痛な表情で叫んだ。キャロラインは生まれつき身体が弱く、幼い頃に重い心臓疾患を患ってしまう。当時の医療や薬学、そして魔法を駆使しても病気の進行を遅らせて症状を緩和させる事しか出来なかった。時間を操る力を持つ『跳躍時計』とは、そんな彼女の為にクレインが手に入れた異界の道具なのだ。
現代では救えなくても、未来の医療ならば娘を救えると信じて……。
「そんなもん知るか! 治らねえなら治らねえなりに死ぬまで生きろ!! それなら……親父も少しは報われるだろうよ!!!」
「そんな……無茶苦茶よ……ッ!」
「うるせぇ! 今の時代がやばいなら過去に戻っちまえば何とかなるだろ!!」
「過去に戻っても……、あの怪物に殺されちゃうのよ! そういう仕組みになってるの!!」
「だったら今の時代で生きるしかねえなあ!!!」
エイトは立ち上がり、キャロラインに手を伸ばす。そして力強く言い放った。
「お前が生きたいって言うなら、俺が何とかしてやる」
「……貴方に、何ができるの?」
「何だってしてやるさ、あんたをどうにかしないと俺もやばいからな!」
「……」
キャロラインの手は自然と差し伸べられたエイトの手に触れた。どうして彼の手を取ったのか、彼女にはわからない。彼女の生きようとする本能がそうさせたのか、それともエイトの言葉に突き動かされたのか……ただキャロラインはエイトの手を取り、生きることを選んだ。エイトはキャロラインの震える手を掴むと、彼女を少し強引に立ち上がらせた。
「……馬鹿な人」
「お前ほどじゃないね、じゃあとりあえず良いか?」
「何よ」
「さっさとこの部屋に入って、服を着替えて靴も履こうか? その格好じゃ目立つし、なにより動きづらそうだ……ていうかそのつもりでわざわざこの部屋まで案内してやったんだけど??」
「……この服はママからのプレゼントよ。大事なものなの」
「今のこの状況で、命より大事なものがあるか?」
「……覗かないでよ。覗いたら殺すわよ」
キャロラインはエイトを警戒しながら部屋に入り、エイトはほっと一息つく。ふと視線を感じて横に目をやると、職場の先輩やラルフが非常ドアから顔を出して覗き込んでいた。
「ホアッ?」
満面の笑みで見つめる先輩達を見て、エイトは珍妙な声を上げた。




