表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.6 Where there is a will, there is a way
73/123

1

今回の話の眼鏡は紅茶が足りていません

「やぁ、久しぶりだね。みんな元気にしてるかい?」


13番街にある広大な集団墓地。その中に建てられた()()()()の墓場の前でウォルターはルナと立っていた。その墓には、一家の生前の姿を忠実に再現した彫像が飾られている。


ウォルターの手にはそこに眠る『マッケンジー家』に贈る為の白色のライラックの花束が握られていた。その大黒柱であるクレイン氏とは家族ぐるみで親交のあった数少ない友人で、彼もまた優秀な魔法使いだった。


「もう、その日になるのね……」

「仕方ないさ、その日は毎年訪れるんだから」


今から130年前、不幸なことに彼等が住む屋敷の近くで(ポータル)が発生した。そして、そこから現れた凶暴な異世界種はマッケンジー家の屋敷に忍び込み、家族団欒としていた彼等を殺害した。その怪物は魔法使いであるクレインを倒し、彼の幼馴染だった妻、そして当時16歳だった長女、13歳の次女、生まれたばかりの長男を容赦なく襲った。ウォルターが駆けつけた時には、もう手遅れだったのだ。


「ウォルター……」

「ああ、もうどうしようもなかったんだ。わかっているよ……」


ウォルターは彼等の墓の前に花束を添えた。もっと早くあの屋敷に……と後悔した事も一度や二度ではない。だが彼の言うとおりどうしようもなかった。門が何時、何処で発生するのか当時はおろか現在でもわからないのだから。


「あら、ウォルターさん。今日も会いに来てくれたのね」

「ああ、マダム。貴女こそ」


黙祷するウォルターとルナの前に、一人の女性が現れる。目深く被ったフードで隠され、その素顔は窺いしれない。服装も黒い喪服のようなローブであり、何処か近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。彼女もマッケンジー家の墓前に捧げる為のスターチスの花束を持参しており、ウォルターの添えた花束の隣に置いた。


「今年で、130年になるのかしら」

「そうだね、もう130年だ……。今でも忘れられないよ」

「そうね、忘れられないわね。私もまるで昨日の出来事のように思い出すもの」


彼女はそう言い残し、二人に頭を下げて静かに歩き去った。


正面からは見え辛いが彼女の背中には羽のような複数の『触手』が生えており、まるで意思を持っているかのように蠢いている。背中の触手は伸縮自在で、その気になればかなりの長さまで伸ばせるらしい。


「相変わらず、不思議な人ね」

「僕もそう思うよ。そろそろ名前を教えてくれてもいいんだけどね」


彼女の名前は誰も知らない。少なくとも100年もの間、彼女はこの墓を訪れてはウォルターのように花束を添えている。彼女もこの一家と縁が深い人物のようだが、詳しい関係はわからない。彼女が13番街に住んでいる事は判明しているが、13番街の何処に住んでいるのかは未だ不明なのだ。元からこの街にいたのか、門から現れたのかもわかっていない。


誰にもその詳しい素性が知られていない彼女は、何時しか人々に『黒い奇婦人(ブラック・ウィドー)』と呼ばれるようになっていた。


「ああ、長かったわね……」


婦人は足を止め、ふと空を見上げた。微かに覗く蠱惑的な口元は微笑み、ある人物の名前を小さく呟いた。その名がどんな意味を持っているのかは誰にもわからない。だが彼の名前を呟く彼女は何処か嬉しそうであった。


彼女の様子を遠くで見ていたウォルターは怪訝そうな顔をしながら言う。


「本当に、この街には色んな人がいるね」

「貴方がいうのね、ふふふっ」


ルナは小さく笑って彼に寄り添う。しかしルナに擦り寄られても、ウォルターの表情は険しいままであった。彼にもあの出来事は、昨日に起きた事のように鮮明に思い出せるのだから。


「ははっ、キツイなぁ……」


ウォルターの携帯に誰かから連絡が入る。彼は思わず空を見上げ、悲痛な面持ちで目を数秒瞑った後に電話に出た。


「もしもし、僕だよ」

『……今日が何の日か、忘れていないわね?』

「ああ、勿論だよ。その屋敷の周囲はどうなってる?」

『既に協会所属の魔法使いを配備済みよ。わかっていると思うけど、()()を逃がそうとは思わないことね』

「それは君の教え子たちに言うんだね、僕にはもう迷いはないよ」


ウォルターは静かに通話を閉じた。電話越しに話していた相手は大賢者だ……そして彼女から直接電話が来るということは、これから街で何かが起きるということだろう。


「ロザリーから?」

「ああ、相変わらず心配性な子だよ」

「……私は、いいの?」

「君は僕の屋敷に居てくれ」


物悲しい表情を浮かべるルナの頭をウォルターは優しく撫でる。そんな彼等の所にアーサーが駆け寄ってきた。


「旦那様、お時間です」

「わかってるさ、行こう」

「……」

「大丈夫、すぐに終わるさ」

「そうね……」


時刻は午前10時10分、天気は曇り。厚い雲に太陽が隠れ、肌を切るような冷たい風が身を縮ませる。日付は11月15日 秋は既に過ぎ去り、凍るような冬が産声を上げ始める時期だった。



「ぶぇっくし! ああ、寒い!!」


冷たい風に吹かれながら街を歩くエイトは大きなくしゃみをした。今の気温は4℃、しっかりとした防寒着を着用しなければ十分に風邪を引ける温度だ。今の彼のように、紳士服の上に薄いジャンパーを羽織っただけでは少々無理があるだろう。


「しっかし、何だか今日の街は様子が変だな……」


特に事件や事故が起きている訳でもないのに、道路を複数台のパトカーが往来し、魔導協会所属の魔法使いが街中を巡回している。人通りも少なく、何やら嫌な予感が彼の中で膨らんでいった。この街でトラブルに巻き込まれるのはもう慣れたものだが、逆に街が静まり返るという事はそうそうなかったからだ。


「なぁ、何かあったのか?」

「……」

街を巡回している魔法使いにエイトは声をかけるが、相手は何も答えずに歩み去った。


「冷てーなぁおい、少しくらい話してくれてもいいじゃないかよ」


不満げな顔でボヤくと、エイトは職場に向かった。彼は12番街にあるバー(酒場)で働いており、店員の殆どは異人だが上手く馴染んでいるらしい。この街で住んでいる以上、定期的に面倒くさい輩に絡まれてしまうがそれらの対処にも大分慣れてきたようだ。



13番街 マッケンジー邸前にて


クレイン氏が生前家族と共に暮らしていたジョージアン建築の立派な屋敷の前には多数のパトカーが停められ、警官隊が銃を手に険しい表情で屋敷を包囲している。更に協会から派遣された数人の魔法使いの姿もあった。


「警部、これは一体……?」

「ああ、お前は初めてだったな」

「この屋敷、誰か住んでるんですか?」

「いや、誰もいない。中に住んでいたマッケンジー家はとっくの昔に死んでる」

「じゃあ、屋敷で変な奴が立て篭りを?」

「それも違うな」


屋敷の前で拳銃を構えるアレックス警部に、同じく拳銃を手にしたデューク刑事は聞いた。


屋敷の中に人の気配はない……屋敷の住人も既に死亡しているというのに、この厳戒態勢である。この街に来てまだ一年も経っておらず、何も知らされていない彼は、何故同僚の警官達や派遣された魔法使いが緊張の面持ちで屋敷を包囲しているのか見当もつかなかった。


「何なんですか……」

「……130年前に此処で起きた『マッケンジー家獣害事件』を知っているか?」

「……初耳です」

「だよなぁ、お前はまだ新入りだもんな。軽く説明すると130年前、この屋敷の前で門が発生したんだ」

「……」

「そして、そこから一匹の怪物が現れた。異界から現れたそいつは、この屋敷に侵入して……中にいたマッケンジー家の皆を襲いやがった」


警部は重苦しい表情で説明した。それを聞いていた刑事は一家を襲った突然の不幸に胸を痛めたが、それと同時に至極真っ当な疑問が浮かんだ。


「え、でも130年前の事件でしょ? まさかその怪物が」

「いや、そいつは駆けつけた糞眼鏡(ウォルター)に始末された」

「え? それじゃあ事件は解決したんじゃ……」

「それがな……ってようやく来やがったかあの野郎」


マッケンジー邸前に黒塗りの高級車が到着する。車からは例の糞眼鏡ことウォルターが降りてきて、車の窓から身を乗り出すウサ耳美少女とキスを交わす。


「……」

「何も言うな。何が言いたいのかはわかるが、何も言うな」


このシリアスな雰囲気の中でも、周囲を苛立たせる畜生パフォーマンスを怠らないウォルターに二人は軽い殺意を覚える。畜生眼鏡を乗せてきた車はそのまま発進し、彼の屋敷へと向かっていった。愛車を見送ったウォルターは自分を睨む警官隊達に満面の笑みを浮かべながら歩み寄り、憎たらしいくらいに爽やかな声で言った。


「待たせたかな? 警部」

「……正直に言っていいか?」

「いや、後に聞こう。しかし大変だね、昨日の『爆弾花騒ぎ』が解決して一息ついた後にこれだからね……同情するよ」

「何で昨日来なかったの?」

「呼ばなかったのは君じゃないか」


ウォルターの嫌味ったらしい発言を聞いた警部は歯軋りをしながら彼を睨みつけ、刑事は二人のやり取りを微妙な表情で見守っている。刑事が自分に向ける視線に気付いたのか、ウォルターは彼と目を合わせた。すると少し気の毒そうな表情を浮かべた後、警部に話しかける。


「彼も連れてきたのか……、可哀想なことをするんだね警部」

「何なんですか一体、可哀想って」

「コイツも知らなきゃいけないだろ、今を避けてもどうせ来年も同じことの繰り返しだ……」

「そうだね、気を強く持てよ 刑事君」

「いい加減話してくださいよ、この屋敷で何が起きるんですか!!」


ウォルターは腕時計を見て時刻を確認する。あと5分で 10時30分 になる……毎年11月15日、その時刻になるとこの屋敷にとある異常事態が起こるのだ。


「あと5分もすればわかるよ。わからないほうが、君は幸せかもしれないがね」


ウォルターはそう言い残すと、誰も居ない筈の屋敷に歩いていった。派遣された魔法使い達は畜生眼鏡を見て警戒するが、深呼吸をして気を落ち着かせながら彼を迎え入れる。


「スコッツ君はお休みかい?」

「スコットさんは街を巡回中です、万が一の事も有り得ますので」

「そうだね。君たちが彼女を逃がさないとも限らない」

「……そのための訓練は受けてきました」

「なら安心だ。期待しているよ、若手君」


ウォルターは名も知らない茶髪の若い魔法使いに笑顔でエールを送る。送られた方からすればこの上ない嫌がらせでしかないが、若い魔法使いは目の前に立つウォルターの眼を見て息を飲んだ。彼は笑顔だったが、その眼は真剣そのものだったのだから……。


「さて、時間だ。屋敷に

「……!!」

その時だった。周囲の空気が一瞬にして変わり、ウォルターが話しかけていた魔法使いの表情が凍りつく。彼の表情を見て、ウォルターは何が起きたのか一瞬で理解した。


「おい、冗談だろ……こんな時に、門が開きやがった!!」


警部は思わず毒づいた。彼等のすぐ側、正に目と鼻の先に突如として(ポータル)が発生したのだ。


なので、いつもの彼とは少し違って見えるかもしれません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ