5☆
深く考えずにスカッとできる洋ドラ風のノリを目指しています。楽しんで貰えたら幸せです。
「……なんだこりゃぁ」
リンボ・シティ11番街にある廃棄物処理施設で働くガタイの良い異人の作業員が、施設に運び込まれてくる緑色の血が滴るスクラップの山を見て呟いた。
「ああ、今朝の異界門から出てきたよくわからん奴らの残骸だな」
「街で暴れる前に魔法使いさんが倒してくれたらしいぞ」
「うへぇ、これからアレを処理すんのかよ……」
作業員達は頭を抱える。ここには粗大ごみや産業廃棄物の他にもこういったものがよく運ばれてくるのだ。
「よぉ、お疲れさん! で、こいつはどう処理したらいいんだ!?」
残骸を運んできた大型トラックの運転手に作業員が声を掛ける。
「んああ、このままおたくご自慢の超火力バーナーで焼却しろってよ!」
「もう魔法使いさんが魔法使って燃やせばいいじゃねえか!」
「はっはっ! 違いねえや、でも街中でこんなもんボーボー燃やすわけにもいかねえってんでな! 今日も頼むわー!!」
運転手がハンドル近くの赤いボタンを押すと、トラックの荷台付近に取り付けられた細長いコンテナから金属製のアームがキリキリと音を立てて伸びてくる。アームは荷台の残骸をむんずと掴み、焼却場行きと書かれたスペースに投棄した。
「だから運んできたもん投げんなって! 」
「はっはっ、じゃあ後は頼んだー! あ、そうだそうだ!!」
「何だよ!?」
「その残骸には絶対に触るなだってよ!」
運転手はそう言い残し、荷台から伸びる金属アームを器用に操作してバイバイしながら処理施設を後にした。
「……いや、誰も触らねぇよ。あんなもん」
「見るからにヤバイ気配がするしな……」
「おーい、誰かリフトちゃん持ってこーい! ショベルくっつけた特製の奴!!」
「アイサー!」
ギャラギャラとけたたましい音を立てながら奥から作業員謹製の大型フォークリフトが姿を現す。正面に設けた巨大なショベルで運ばれてきた残骸を豪快に掬い上げ、ショベルからボタボタと緑の液体を垂らしながら焼却場へと向かっていった。
「あーあ、何で俺たちこんな街に来ちゃったんだろうなぁ」
「気がついたらここに居たんだから仕方ねえだろ。おら、突っ立ってないで動け! まだまだ仕事は山積みなんだからよ!!」
「あいあい、働けるだけ幸せですよってな……ん?」
ボヤきながら作業に戻ろうとした異人の作業員は、緑色の水溜りの中に光るナニカを発見した。
「……」
男は嫌な予感を感じながらも好奇心に負けてその光る物体に近付く。眩い銀色に輝くそれは何らかの機械部品にも見え、恐らくは先程運ばれた残骸の一部だと思われる。
「何だ、ただのガラクタの一部かよ」
落胆した作業員の男が蹴り飛ばすと、その銀色のパーツはピギャアと甲高い悲鳴を上げた。
「うわっ、何だ!?」
「おら、サボってんじゃねーぞ!」
「い、いや……何かあのガラクタから声が……ッ!!」
「はぁ!?」
蹴っ飛ばされた銀色のパーツはそのままゴロゴロと転がり、ある人物の足元で止まる。その人物は転がってきたパーツを踏み付け、耳を塞ぎたくなるほどの大声で怒鳴った。
「コラァアア、クズ共! 何をのんびりしてやがる!! さっさと作業を進めろ!!!」
「うわ、やっべ!!」
「す、すみません監督!!」
見ようによっては豚の異人にも見える小太りの彼はこの施設の現場監督。他の作業員と違って彼は普通の人間であり、異人に大して強い差別意識を持っている。
「クズ共が、給料減らされたくなかったら働け!!」
「は、はいぃー!!」
「ったく、異人共は要領が悪い! まだ野良犬の方が使えるぞ、クズが!!」
監督は足元の部品をゲシゲシと踏み付けながら喚き散らす。銀色の部品からはピギピギという鳴き声が聞こえていたが、彼は構わず踏んづける。そして豚足のように太く短い足を上げ、今一度思い切り踏みつけようとした瞬間……
「ピグァ」
銀色のパーツがパクリと裂け、内部から鈍く光る無数の触手が現れた。
「おっ、あっ……なぁああああああ────!?」
触手は監督の足に巻き付いて地面に引きずり倒し、ついにはその全身をぐるぐる巻きにした。
「あーっ! 監督ゥー!!」
「うっ、あっ! お、お前ら! 助けろぉ!!」
「やばい、何かヤバイぞ! 逃げろぉー!!」
「うわーっ、監督がやられたぁーっ!!」
監督は作業員達に助けを求めるが、彼らは無視して即座に逃げだした。
「お前らっ……うごぉっ!!」
銀色の部品は助けを呼ぶ監督の顔面に覆い被さる。部品から伸びる触手はやがて鈍く輝く銀の繭のような物体を形作り、繭の中からは監督の言葉にならない悲鳴が聞こえていたが……その声も程なくして聞こえなくなった。
「ああ……監督……」
「嫌なヤツだったよ……」
「次の監督はいいヤツだといいなぁ……」
作業員達は離れた位置で上司の最後を看取った。彼らの顔はとても晴れやかで、中には隣の作業員とハイタッチする者もいた。不謹慎にも程がある態度だが、あの現場監督はそれだけ恨まれていたという事だろう。
〈……ヴァゲ……ゲッ、ゲギャギャッ!!〉
繭の中から不気味な声が聞こえてくる。まるで林檎の皮を向くように銀の繭の表面にするりと切れ目が入り、キリキリと金属が擦れるような不快な音を立てながら繭が解ける。
〈ヴァギャァアアアアアアアアァアアアアア!!!〉
そして銀色繭の中から、機械と生き物が混ざりあったかのような醜悪な怪物が姿を現した。
「うわぁああああーっ!?」
「な、何だ!?」
「化物だっ、逃げろ! 逃げろぉおーッ!!」
怪物は背中から機械の触手を伸ばして周囲の重機や機械部品を掴み、ズルズルと自分の方に手繰り寄せる。そして次から次へと自分の身体に取り込んで身体を巨大化させていく。
「な、なんだあいつ……機械を、食ってやがるのか!?」
「ど、どどどどうするよ!?」
「ど、どうするって……どうするの!?」
〈ヴァァァギャァアアアアアアアアアアアアアア!!!〉
「ひいぃっ、もう無理! 俺は逃げる!!」
作業員の一人が逃げ出し、他の者も後に続いてその場から逃げ去った。周囲に散らばる重機を手当たり次第に取り込んで巨大化しながら怪物は大きな眼球をギョロリと動かし、逃げていく異人の作業員達を憎々しげに睨んだ。
◆◆◆◆
「あー……疲れた」
「お疲れ様です、スコットさん……」
「おう、お前らもお疲れさん。助かったよ、本当に……」
魔導協会総本部に程近い場所にある飲食店で数人の魔法使いが昼食を取っている。
彼らは皆、金のラインが入ったローブにも見える特徴的な黒いコートを身に纏い、異人とは別の意味で目立つ格好をしていた。
「あー、酒飲みたい」
「ここ昼間はアルコール扱ってないですよ」
「……知ってるよ」
この男達は魔導協会に所属する魔法使い。
協会総本部前に発生した異界門騒動を解決した本日二番目の功労者達だ。その中でも昼間から酒を欲する金髪の青年は大賢者専属秘書官から直々に問題の解決を依頼される程の実力者で、同僚からの信頼も篤い協会の若き精鋭である。
「よし、じゃあノンアルコールビールをくれ!」
「店のメニューにないですよ、スコットさん!!」
「クソァ!!」
彼の名はスコット・J・アグリッパ。歴史ある魔法使いの一族生まれの純血の魔法使いだ。
「……そろそろ昼休みも終わりだな。本部に戻るか」
腕時計で時間を確認し、スコットがカウンター席を立ったのと同時に彼の携帯に着信が入った。
「はい、もしもしスコットです」
『緊急事態です。ヘリを用意してますので、すぐに本部に戻って11番街に向かって下さい』
「えっ?」
『急いで』
「えっ、ちょっ……待っ!」
突然の報せに困惑するスコットが事情を聞く前に通話が切れた。
「……」
「どうしました、スコットさん?」
「行くぞ、お前たち……次は11番街だ」
「ホアッ!?」
スコットはカウンターテーブルの上に代金を残して店を出る。店を出れば直ぐそこに見える魔導協会総本部を見つめ、彼はため息交じりに己の心情を吐露した。
「……何でこの仕事に就いたんだろ」
スコットの儚い呟きは、目の前を通り過ぎる腕の生えたトラックの排気音にかき消されていった……。
◆◆◆◆
時刻は正午。リンボ・シティ13番街のウォルター邸にて
『ご、ご覧ください! 【怪獣】です!! 11番街に巨大な機械の怪獣が出現しましたっ!!』
「……」
これから昼食を取ろうとしていたウォルターは何とも言えない表情でテレビを見つめる。画面にはちょっとしたビルほどの大きさはあろうかという怪物が街なかで暴れる様子が映し出されていた。
「何とまぁ……」
「酷い姿ね」
テレビに映る怪獣の醜悪さに、思わずルナも真顔で苦言を呈する。
「あらあら! さっき壊されたビル……一昨日に旦那様が弁償した建物じゃありませんの~! せっかく旦那様のお蔭で元通りになったのに~!!」
怪獣に破壊されたガラス張りのビルを見てマリアは言った。発せられた言葉に反してその顔は実に愉快そうであり、隣に立つ老執事も鼻で笑った。
「……さっきから妙に街が賑やかになってきたと思ったら、こいつのせいか」
「どうするの、ウォルター?」
「うーん、どうしようかなぁ。今はお腹が空いてるし、まずは昼食を」
ウォルターがとりあえず昼食のカニのクリームパスタに手を付けようとした所で電話が鳴り響いた。
「……」
「お電話ね」
「私がお取り致します。少々お待ちを……」
「いや、取らなくてもいい。電話の相手は大体想像がつく」
「では、如何なさりますか?」
老執事の問いかけに、ウォルターは苦笑いしながら答えた。
「アーサー、車を用意してくれ」
「かしこまりました、旦那様」
その言葉に老執事は爽やかな笑顔で応じ、メイドのマリアもニヤニヤしながらウォルターの指示を待っている。
「マリア、杖を用意してくれ」
「銘柄は?」
「ロイヤルスモールガジェット社製のエンフィールドⅢを二本、そしてリー・エンフィールドMK-Ⅴライフル杖を一本」
「ふふふ、かしこまりましたわ」
ウォルターの隣ではルナがそわそわしながら彼の言葉を待っている。どうやら彼女はウォルターに連れて行って欲しいようだが……
「さて、ルナ……」
「はい、ウォルター」
「君はお留守番だ」
ウォルターはルナの期待を裏切り、屋敷で待つように命じた。
「……酷いわ、ウォルター」
「君を危ない目に遭わせるわけにはいかないからね」
昼食のパスタに手を付けず、紅茶を一口だけ飲んで席を立つウォルターをルナは寂しそうに見つめる。ルナの言葉なき訴えを背中で感じたウォルターは振り返り、彼女の座る椅子の後ろからそっと抱きしめた。
「……すぐに戻るよ。長くは待たせない」
「ふふふ、約束よ?」
「ああ、約束だ」
ルナの頬に優しくキスをしてウォルターはリビングを離れる。廊下では杖を準備したマリアがくすくすと笑いながら待ち構えていた。
「はい、旦那様。杖をお持ちしましたわ」
「……ありがとう。ああそうだ……マリア、実はもう一つお願いが」
「存じておりますわ。あの方のことでしょう?」
「僕たちが屋敷を出たら、あの子を起こしてやってくれ。頼んだよ」
「うふふ、ご自分でお声をかければいいのに……」
マリアは黒革のホルスターにしまわれた二本の魔法杖と丁寧に布で包まれたままの長杖をウォルターに手渡し、うふふと笑いながら玄関で彼を見送る。
「いってらっしゃい旦那様、ご武運を」
「旦那様、車の準備が整いました」
用意を終えた老執事が車のドアを開き、ウォルターが乗り込むのを静かに待つ。だがウォルターは車内に足を踏み入れた途端にピタリと動きを止めた。
「……ああ、しまった。『行ってきます』の挨拶を忘れてた」
「ではお早く済ませてください」
「いや、今日はもういいか。今朝出かける時に言ったしね……」
「そうですか、では参りましょう」
ウォルターは屋敷の方に振り向き、玄関先まで見送りに来たルナに笑顔で手を振ってから車に乗り込んだ。ルナも小さく笑って手を振り、開いた門から走り出していく黒い車をマリアと共に見送った。
屋敷の門がカラカラとした音を立てながらひとりでに閉まるのを見届けた後で、ルナは不満げに呟く。
「……『行ってきます』って言わなかったわね、ウォルター」
「ですわね、傷つきますわぁ……」
二人が屋敷の中に戻ると二階から眠そうに目を擦りながら下着姿の少女が降りてくる。黒い兎の耳を震わせながらふわぁと大きな欠伸をかき、真っ赤な眠気眼に薄く涙を滲ませる少女にルナはくすりと笑って声をかけた。
「おはよう、アルマ。相変わらずお寝坊さんね」
「んぁぁ……おぁよー。ルナは相変わらず早起きだなぁ」
その少女の名前はアルマ。ルナの双子の姉妹だ。