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「はい、それではお前ら……準備はいいな?」
「ははは、僕はいつでもオーケーさ」
「ふふふ、私も」
「俺も、酒飲めねえからコーラだけど」
「あらあら、お子ちゃまですわねえクロ様は」
「私めはいつでも」
「吾輩もさ、今日は盛大にs
「ふふっ、私もよ。今日は飲むわよ~!」
「いいな、ロイド君。これもまた任務だ、民間人と交流を
「はい、先輩。いい加減聞き飽きたっす」
「うーっす、エイトくんも準備OKでーす」
「あははは、ではあなた……お願いします」
「はい、うんじゃお前らお疲れー!!」
「乾杯―!!!!!!!!!!!!」
時刻は夜の8時。喫茶店ビッグバードでは貸し切りの宴会が開かれていた。
勿論、料金はタダ……ではなくウォルターの奢りだ。テーブルの上にはカズヒコやシャーリー、そしてルナやクロも手伝って用意したその日限りの特別な料理がところ狭しと並べられていた。尚、マリアは料理に関しては一切手を出していない。盛りつけは担当したが
「うめー! ビールうめええええ!!」
ジョッキに入れられたビールを口にして、カズヒコは万感の思いで叫ぶ
「うめー! コーラうめええええええ!!」
それに対抗してか、影響されてかクロもコーラを一気飲みして叫ぶ。
そして二人は顔を合わせ、にこやかに笑った。クロとカズヒコはとても気が合う。身内以外には冷たいクロもカズヒコをおじさんと呼んで慕い、ウォルター・ファミリーに苦手意識を持つカズヒコも何だかんだ言いながらクロを可愛がっている。ロイドは一応20歳を超えているが、酒には弱いようで弱めのものを頼んだのに既に顔が真っ赤になっており、スコットはそんなロイドに暑苦しい程に絡んでいく。どうやら彼は酔っ払っているようだ。
「駄目だよロイド君、もっと飲まないと大人になれないよ」
「先輩、やめてください! 俺は酒より料理を優先したいんす!!」
「じゃあ、その料理に一味つけてやろう」
「ぎゃああああー! 何するんすか!!」
スコットはロイドが食べているステーキにビールを少々かけてからかう。その光景を見て、カズヒコがゆっくりとスコットに近づき耳元で囁いた。
「次やったら、右手の小指な?」
「あ、はい」
一気に冷静さを取り戻したスコットは、ロイドに謝罪する。カズヒコはロイドを無言のサムズアップで鼓舞し、ロイドも彼の好意に力強いサムズアップで返した。一方、ゲインズは酒には滅法強いようで、ウイスキー等の強めの酒をストレートで飲んでいるのに平然としている。
「おや、ゲインズ様。お酒には強いのですね」
「ははは、お酒にはね。どうだい? 飲み比べてみるかな」
「いいでしょう、私もお酒には自信があります」
「あらあら、始まりましたわ。アーサー君の飲兵衛自慢」
「マリアおばさんはいいんですよ。黙って見ていてください」
「飲み比べなら向こうの席でやってくれよ、ダウンしても後始末が楽だからな」
カズヒコは睨みを効かせた顔で言う。二人はいそいそと席を変えて向かい合った。
「お酒は何にしますか?」
「ブランデーをストレートでお願いするよ、奥さん」
「おや、ブランデーといきますか。中々いい趣味ですな」
「はいはーい、ふふふふっ」
シャーリーは尻尾を振っていそいそと厨房に戻る。彼女の後ろ姿をエイトはまじまじと見つめていた。胸の大きさに目が行きがちだが、そのヒップラインも魅惑的なのである。
「あれ、エイト君どこ見てるの?」
「えっあっ、ドコモミテネーデスヨ?」
「ん? ダメだよ。あの子、俺の嫁ダヨ? 死ぬよ??」
「その目! それ人に向けちゃいけないやつ!!」
「ダメダメねー、エイト君は」
「ブレンダだっけ? あんたの顔も何かやばいんだが??」
カズヒコはシャーリーのお尻を凝視していたエイトを威嚇し、彼は萎縮する。ブレンダはそんなエイトに絡んで彼を弄り倒す。よく見るとその顔は真っ赤で、妙にニヤついていた。
「ダメよー、人妻よりも結婚してない独身を見るべきよ!!」
「あ、うん……、オッサンちょっと助けてくれないか」
「オッサンて誰のこと? 俺のことだったらお前」
「だからこええってーの!!!」
「エーイトくぅうううん! 私を見なさい!!」
「ああああああ、顔が近い! 近いって!!」
ブレンダも少々酒乱が入っている。ある意味ではスコットよりも面倒なタイプだ、彼女の年齢は不明であるが未だ恋人なし。好みのタイプはアーサーのような年上のロマンスグレーなので、エイトは対象外のはずだが酔った彼女はお構いなしに絡んでいった。
「ふふふ、ウォルター美味しい? この料理は私が作ったの」
「うん、おいしい」
「御主人うまい? これは俺が作ったんだぜ、すげーだろ!」
「うん、うまい……そろそろ食べられないんだが」
ウォルターは両脇をルナとクロに挟まれている。彼に用意された料理はシロップやチョコソース、生クリーム、カスタードクリーム等で彩られた双子特製のスペシャルメニューだ。……見ているだけで胸焼けがしそうだが、実際に食べさせられている彼の辛苦は想像を絶する物があるだろう。
「「駄目、全部食べて」」
「あ、はい」
「「美味しい?」」
「美味しい……です……」
だが逃げ場は何処にも無いし、彼女達は彼を逃がさないだろう。眼鏡は咽びながら用意された料理を食べ、双子の兎は楽しそうに笑いながら彼の背中を擦った。
その光景をロイドは恨みの込もった眼で睨みつつ、料理を頬張っていた。スコットも微妙な表情で彼等を見ている。
「先輩、何でしょうね。この感情」
「憎しみってやつだよ、わかるよロイド君。俺も君より長い間アレを見せつけられてきたから」
「お前らもさっさと彼女をつくれ。男として恥ずかしくないのか」
「「うるせーよ!!!」」
カズヒコの不用意な発言に二人は血の涙を流しながら叫んだ。その鬼気迫る表情にさすがの彼も少し引いた。ロイドは咽びながら料理を食べ、スコットも涙目で酒を自棄飲みしている。
「中々行くね、アーシャー君。エレガントな飲みっぷりだ」
「ふふふ、ゲインズしゃまもなかなかです。久しぶりですよ此処まで楽しめるのは」
「あらあら、アーサー君はそろそろやめたほうがいいわよー。お爺ちゃんなんだから」
「奥しゃん、次はウォッカで」
「あの、そろそろやめた方が……」
「「ウォッカで」」
白熱した酒飲み対決を繰り広げるゲインズとアーサー。酒瓶は次々と空になり、二人ともそろそろやばそうだがお互いの意地とプライドをかけて酒を飲み続ける。喫茶店にしては酒類が豊富に取り揃えているが、これはカズヒコが趣味で集めているコレクションである。夫の趣向品をあっさりと渡していいのだろうか……彼は何も言わずに怖い笑顔で見守っているが。
ウォルター達は今日、何があったのかもう忘れたかのように楽しいひと時を過ごした。ビッグバードには再び活気が戻り、明日からはまた住民達の憩いの場として盛り上がるだろう。
やがて夜も更け、彼等はビッグバードで寝泊りする事になった。ソファー席で身を寄せ合いながら爆睡するロイドとスコット、そして床で寝るエイト。ブレンダもソファーで寝ているがいつの間にか刺激的な下着姿になっており、シャーリーはそっと彼女に毛布をかける。アーサーとゲインズはグラスを握り締めながら机に突っ伏していた。一体どれほど飲んだのだろうか。
「ふふふ、楽しかったわね」
「ああ、たまには悪くない……けどいいのか? 上の部屋使わせて」
「あなたこそ……」
「……まぁ、仕方ねえよな」
時刻は0時前、ルナが眠りに就く時間だ。カズヒコ夫妻は今日だけは特別に、二人の寝室をウォルター達に明け渡した。カズヒコは、畜生眼鏡が自分の聖域に足を踏み入れる事に腹わたが煮え返る思いだったが、今日だけは逆流する胃液を堪えながら譲った。
「また、自己紹介からね」
「ああ、そうだな」
「……あなた、次はウォルターさんにも優しくしてあげてね。ルナさんに睨まれちゃうわよ」
「……保証はしないよ。俺は、あいつが大嫌いだから」
二人は小さく笑うと、爆睡する彼等を起こさないように静かに抱き合った。
「記憶を自由に、ですか……」
マリアはビッグバードの屋根の上で、鏡面を布テープで塞がれた例の手鏡を眺めていた。大賢者からは即刻処分するか、協会に提出するように口うるさく言われたが、彼女はのらりくらりと躱して今も手に持っている。
これがあれば、自分の過去の記憶を消す事ができる。そして、他人の記憶も自由にできる。マリアは不敵に笑うと、テープに指をかける。小さく音を立ててそれを捲っていくが、鏡面が見えそうになったところで止まった。
「ふふふっ、私は何を考えているのかしらね」
マリアは手鏡を屋根に置くと、夜空を見上げて呟いた。空には月が浮かび、冷たく、静謐な月明かりが彼女を照らしていた。
「アイラ、私は嫌な女よ。今でも彼を……」
言おうとした筈の言葉を、彼女は口に出せなかった。マリアはその事を自嘲気味に笑うと、手鏡を拾って喫茶店の中に戻った。時刻は午前0時、ルナが眠りに就いた時間だ。
寝室で眠るルナとクロを抱きしめながら、ウォルターは天井を見つめていた。果たして今夜は彼女と、どのような会話を交わしたのだろうか……それは彼等にしかわからない。
「……僕は あの時どうすれば良かったんだろう」
ウォルターは普段の彼からは想像も出来ないような弱々しい声で呟いた。誰に語りかけているのか、それは彼にしかわからない。涙を堪えながら笑顔を作り、まるで自分に言い聞かせるように彼は言う。
「わかってるよ、この街と彼女たちは僕が守る。それが、君に託された僕の役目だ……でも」
ルナの記憶が消えるのは今日に限った話ではない。
今までも数え切れないほど経験し、そしてこれからもそうなるだろう……この街を守る為には、あの杖の力はどうしても必要になるからだ。
「でも、辛いなぁ……はははは」
彼は乾いた声で力なく笑い、孤独な夜を過ごした。
◆
「それで、私に何の用かな?」
翌朝、ウォルターは自らに黒い鏡を使用し、鏡の世界を訪れていた。予めマリアに10分後には自分を起こすよう伝えており、皆が寝静まっている間に未だ明かされずにいる謎を聞き出すべく白いゲインズに会いに来たのだ。彼は穏やかな表情でウォルターを塔の中で迎え、相変わらず優雅にお茶を飲んでいる。
「ゲインズ・グレイマー、君に聞くことがある」
「何だね、勿体ぶらないで言いたまえ」
「君は、この塔で何をしていたんだ?」
「監視だよ」
聞きたい事は、まずこの塔で何をしているのかだ。白いゲインズは監視だといったが、この塔の中には白い空間が広がっているだけで、窓のようなものはない。彼が必要とするものを自在に生み出す能力はあるようだが、とても外の巨人の監視をしているとは思えなかった。
「どうやって巨人を見張る? 此処には窓も無いし、塔の中には君しかいないだろ」
「ふふふ、ウォルター君にはそう見えているのだね。それに私は巨人を監視しているとは、一言も言っていないよ?」
「……ゲインズ、君にはこの塔の中で何が見えている?」
ウォルターの質問に、白いゲインズは周囲を軽く一瞥した後に満面の笑みで応える。
その目に映ったのは、自分を囲む無数の白い人。彼の周囲に、そして背後の広大な空間に 彼等 は居た。この塔は、白い人達を監視する為の収容所だったのだ。
明朝、魔導協会本営 『賢者室』
「大賢者様!」
「……どうしたの、サチコ」
「起きてください……! 実は記憶泥棒について新しい事実がわかったんです!!」
「新しい……?」
お洒落なベッドで就寝中だった大賢者は体を起こす。彼女はナイトキャップに透けたネグリジェと黒いレース下着という扇情的な寝間着であり、その瞳は半分しか開いていない。
「ええ、過去の記憶を取り戻した被害者から話を聞いていたんですが……」
「……こんな時間に? 中々ひどいことをするのね」
「いえ、その……彼は協会職員でして、自分から報告に」
「ああそう……」
「その、彼を襲った記憶泥棒は、二人組だったそうです……! ゲインズ氏と思われる時代錯誤気味な服装の人物と、もう一人顔を目深くフードで隠した何者かが!!」
「……え?」
大賢者の目は見開いた。眠気は一瞬にして吹き飛び、彼女は飛び起きる。
「あの白い巨人は滅び、可哀想な記憶は解放された……それでいいじゃないか、ウォルター君。これ以上のハッピーエンドはもうないだろう?」
「本当に、巨人はあの一体だけだったのか?」
「ああ、今はそうだよ」
ウォルターは杖を彼に向ける。額に杖先を強めに押し付けられても尚、白いゲインズは笑みを絶やさない。
「ウォルター君、彼らが怖がるじゃないか。そんな顔はやめたまえ」
「……白い人を外に送り出したのは、君か?」
「私は、友人の頼みを聞いただけだよ」
彼が発した一言に、ウォルターは背筋が凍る感覚を覚えた。
友人とは何の事だ? まさか、この男はアレの事を友人と呼んでいるのか? 彼はゲインズが涼しい顔で発したその言葉に、底知れない驚怖を感じた。動転するウォルターの顔を見て、白いゲインズは愉快そうに笑いながら語り出した。




