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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.5 Tomorrow is another day
67/123

14

ウォルター達が本営に到着してから20分後、13番街の広場にて


白い人は両手を上げる。その表情は満面の笑みであり、まるで長年の願いが今まさに叶おうとしているかのようだった。白い人の体は13番街を覆う暗雲に吸い込まれるようにして消滅し、それと同時に雲から何かがゆっくりと伸びてくる。それは白く大きな巨人の腕だった。


「……警部、こういう時 俺はどうしたらいいんですか」

「わぁ! 空から何か出てきたよぉ!! 怖いよぉおおおおおおお!!!」

「……警部、俺でも何か出来ることがあるんでしょうか」


少年アレックス警部をパトカーの後部座席に乗せ、広場に来ていたデューク刑事は目の前の非現実的な光景を呆然としながら眺めていた。彼は今日も記憶処置を受ける事を検討したが思い留まった。


彼の乗るパトカーに無線が入る、魔導協会から直接送られてきたものだ。


「13番街中心部の広場に展開している警官隊に告げます。今すぐ撤退してください、繰り返します撤退してください。只今より、魔導協会の魔法使い達がその広場で大規模な作戦行動を開始します。繰り返します、13番街中心部の……」

「この声は……サチコさん?」


公民館からサチコは連絡端末を起動し、魔導協会本営の通信網を経由して警察無線に介入している。


サチコの表情は先刻までの弱々しいチワワのようなものから、いつものポーカーフェイスに戻っており、彼女は大賢者専属秘書官として職員や警官隊に指示を出す。その凛々しい姿に、少女ブレンダや他の被害者を含めた多くの人々が彼女に釘付けになっていた。


「では、準備を整えたら私たちも向かいましょう。もうすぐ大量の杖を搭載した大型ヘリがこちらに到着します」

「はい!」

「では()()の皆さんは、私から全力で目を逸らしてください。はーい! ちゅうもーく!!」


サチコは必死に笑顔を作り、杖を取り出して大声で幼児退行を起こした者達の気を引く。彼等は一様に彼女を見つめ、美しく輝く少年少女の視線は彼女が手にした魔法の杖に集中した。


「なぁにー!? さちこちゃん、何するのー?」

「さちこちゃーん、何するのー?」

「サチコちゃーん!」

「さちこちゃん笑ったほうが可愛いよー!!」

「えーとねー、この杖をよーく見ててくださいね!いきますよー!!」


次の瞬間、杖先から強烈な閃光が放たれ、彼等は昏倒する。サチコは静かに杖をしまい、その場を後にする。気絶した被害者達をその場にいた救急隊員に任せ、魔法使い達は公民館を出た。


外に出た彼等は、今まさに駐車場に着陸しようとしていた大型ヘリコプターを迎える。


「こういうのは口に出しちゃいけないですけど、スカッとしました」

「お疲れ様です……ブレイクウッド秘書官」


公民館の前には、大型ヘリの他にも続々と魔導協会が所有しているヘリ、そして車が向かって来ている。乗っているのは全員、協会所属の魔法使いだ。


「いやー、何か出てきてるなー! でっけえやつが!!」

「ですわねー、でもよく見たら細身で貧相ですわ」


マリアはクロをバイクの後ろに乗せて疾走していた。その銀色に光るモーターバイクは協会が所有しているものだが、緊急時という事であっさりと借り受けられた。マリアはご機嫌の様子でスピードを上げながら13番街に向かう。ヘリで広場に向かうウォルター達とは別の役目が彼女達に任されており、クロも鼻歌交じりに足をぶらつかせている。


「ふふん、ふんふーん」

「上機嫌ですわね、クロ様」

「君に任せる……なーんて言われたら誰だって機嫌良くなるだろ? ならない??」

「うふふふ、お相手次第ですわね」


クロが履いているブーツはロイドが使用していた物だ。この魔導具は使用者の足に合わせてサイズが自由に変化し、年齢や男女問わずに着用する事ができる。一応はウォルターが彼女の為に用意した特注品らしい。


「さて、もう顔まで見えてきたね。大きさは、100mそこそこといったところか……あの草原に居たときよりも心なしか大きく見えるな」

「ウォルター、受け取って」


ルナは屋敷から持ち出したウヴリの白杖をウォルターに預ける。彼はその杖を握り、悲しげな表情でルナを見つめた。その顔を見て、彼女も少し困った笑顔を浮かべてしまう。


「……」

「仕方ないでしょう? この街のためだもの、それに」

「それに……?」

「私も、戦いたいから。貴方と一緒に」

「そうだね……一緒に戦おう」


少年アーサーは二人を何とも言えない表情で静観する。何故、彼等の雰囲気が変わってしまったのかは解らないが、自分の胸を締め付ける身に覚えのない感情がアーサーを困らせていた。そのヘリには大賢者やロイド、そしてゲインズも同乗している。大賢者も深い悲しみが宿った瞳でルナを見つめていた。出来る事ならその杖は、使わせたくなかったからだ。


……ところでアーサーはいつになったら記憶を戻されるのだろうか。



鏡の世界の方でも大きな変化があった。巨人の体が伸ばした腕から首、そして肩にかけて空に吸い込まれていくようにして消滅していく。その光景を見ていたカズヒコは唖然として棒立ちし、アーサーは静観、ブレンダは肩を震わせ、エイトやスコットの様子からも焦燥感が伺えた。


「あーあ、俺たちどうなるのかねえ」

「いざとなれば、塔に逃げ込めますが」

「大丈夫かしら、あの時は強気になっていたけど……いざという時になると不安になるわ」

「これで終わっちまうんなら最後にルナさんに会いたいなあ、また膝枕されてえよ」

「やめとけ、やめとけ。あの娘には関わらない方が身のためだ……碌な目に遭わないぞ?」


すると白いゲインズが塔の中から出てきた。彼はカズヒコ達を見つけると、驚きの様子で声をかける。


「おや、君達まだいたのかい。随分と長居するんだねぇ、何年居る気だい??」

「いや、俺らからすると塔を出てから20分くらいしか経ってねえんだけど」

「というかあの中で、一人で何年もいたのかよ……このオッサンも相当イカれてるな」

「失礼だよ? エイト君、いくら友人だからってその言い方はないだろう。あの塔の中では面白い事が色々できるんだ、もし良かったら君達も」

「殺すぞ」「お断りします」「嫌よ」「ふざけんな!!」「俺たちは帰りたいんだよ!」


四人は一斉に言った。にべもなく誘いを断られて白いゲインズは苦笑いを浮かべて空を見た。何とも言えない表情で空を見つめながら、彼は独り言のように呟く。


「まぁ、外に出たところで そこが楽園かどうかは保証しかねるがね」

「ん? どうしたオッサン」

「彼とは長い付き合いなのでね、名残惜しさというものかな」

「……結局、あの塔は何だったの? 本当に、あの巨人を監視するためのものだったの??」


ブレンダの質問に、白いゲインズは小さく笑った。そして意味ありげな一言を口にする。


「さてね、君達にはあの塔に入っても()は聞こえなかった。それだけの話だよ」


白いゲインズは自分が監視役だと言った。だが塔の中からは外の景色は見えない上に、彼は監視役として何をしているのかも言わなかった。その真意は、彼にしかわからない。



「み、見てください! 巨人です!! 広場に謎の白い巨人が……!!!」


民家の中から尚も現場中継をしているジャスミンさん含めたニュース報道陣達。家の住民は物凄く不機嫌そうにしているが、中継の合間に必死に頭を下げる彼女達の真摯な態度や、外の状況から追い出す事はしなかった。


暗雲からは白い巨人の上半身が逆さまの状態で現れてきており、巨人は狂ったように両手を振り回している。その顔は笑顔で、ようやく外に出られた事に心の底から喜んでいるのだろう。その異様な姿はテレビを介してリンボ・シティ全体に放送され、街中に衝撃が走った。ある者は泣き、ある者は怯え、そしてある者は何故か笑った。確かにシュールな光景であるが。


「ようこそ、僕らの世界へ」


ウォルターは広場が見渡せるマンションの屋上に立つ。隣にはルナが寄り添い、二人で白杖を構えていた。彼等だけではなく、既に広場を囲むようにヘリの中で、建物の屋上で、そして道路にも大勢の魔法使いが待機している。全員が長杖を装備し、その巨人を睨みつける。


「ウォルター、私たちの力が……彼に通じるかしら」


ルナは不安げに呟いた。あの巨人がいた世界はリンボ・シティにはない高度な独自技術を持っている。だが、その技術力をもってしてもその力を弱め、封じ込めるしかなかったのだと思われる。そんな相手を、自分達で何とかできるのだろうか……。


「確かに、あの黒い鏡を作った技術に関しては僕もよくわからない。素晴らしいよ、やはり異界の技術というものは新発見の連続だ」

「ウォルター……」

「だが、それは()()()()も同じだ。この世界にも、魔法と呼ばれる技術(ちから)がある……負けていられないだろう?」


ウォルターの言葉を聞いて、ルナは微笑んだ。そう、負けられない……明日の自分の為に、今までの自分の為に、そして今日の自分の為にも。


「今までありがとう、ウォルター」

「……お別れするわけじゃないんだ。僕たちは、これからも一緒だろ」

「ふふふ、そうね……それでも 今になって色んなことを考えてしまうの」

「……」

「もう少しだけ、()()()()で居たかったと思うのは……さすがに我儘かしら?」


ルナはそう言うとウォルターの顔を見つめ、彼の唇に優しくキスをした。彼女は穏やかな笑顔を浮かべていたが、その瞳には小さく涙が滲んでいた。


「終わりにしよう、ルナ……ウヴリの白兎よ」

「ええ、私の御主人様(ウォルター)。遠慮なく、私を使って」


その言葉と共に、ルナの体は粒子状に分解される。今日まで過ごしたルナとの思い出が不意に脳裏に浮かび、ウォルターは込み上げてくる感情を必死に抑えた。彼女が白き杖に宿ると同時に、包帯状の封印が解かれる……そして、最強の魔法杖がその姿を現した。


「悪いけど この世界に、君の居場所はない」


杖先を巨人に向け、ウォルターは杖を握り締めながら深く息を吸い込む。白杖が彼の魔力に反応して青く発光すると同時に、その周囲を包み込むように大きな魔法陣が発生した。


「というわけで────さっさと消えろ、目障りだ」


ウォルターの言葉と共に放たれる、極大の光線魔法。その魔法は暗くなっていた13番街全体を照らす程の青白い閃光を放ちながら巨人に向けて一直線に伸び、彼に直撃する。


《ぎぃやぁあああああああああああああああああああああ!!!》


青く輝く光の粒を撒き散らし、白い巨人は街全体に響き渡る程の悲鳴をあげた。


「おい……、マジかよ。あいつ、アレに耐えてやがる!!」

「細身な体の癖に頑張りますわね……少し、見直しましたわ」


離れた場所でその光景を見ていたマリアとクロは驚愕した。


あの魔法は触れたもの全てを消滅させる程の威力を持つ。例外など存在しない……筈だったが巨人はその魔法を受けても消え去らずに抗っている。その体は徐々に崩れていっているが、ウヴリの白杖の光線魔法を受けてその程度のダメージなのだ。それを見ていた協会の魔法使い達にも動揺が走る。


《ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!》


巨人は叫び、その体を崩壊させながらも魔法に抗う。徐々に光線の勢いは落ち、やがてうっすらと伸びる微かな光の筋を残して収まった。巨人は、あの魔法に耐え切ってしまった。


ウォルターは膝をつく。先程の魔法は彼の魔力の殆どを注ぎ込んだ一撃であり、もはや二発目は放てない。巨人の体は焼け焦げ、その白い肌は崩れて黒い内部が露出していたがその肉体を滅ぼすには至っていない……


「ははっ、残念だなぁ……あのまま消えていれば楽だったのに」


だが彼は突然不敵な笑みを浮かべ、静かな声で呟いた。


巨人の体は既に腰部まで現界しており、あの一撃を耐えたことで勝利を確信したのか彼の顔には不気味な笑みが浮かぶ。それを見て、ある人物が手にした連絡端末に向けて言う。


「総員、巨人に向けて魔法を放ちなさい。手加減は要らないわ」


大賢者が発したその一言で、広場を囲う魔法使いは一斉に魔法を放った。その魔法は巨人に向けて一直線に伸び、彼は自分に向かってくる無数の眩い光の雨を見て硬直した。


魔法は巨人の体に次々と着弾し、その体を削っていく。全身至るところに集中法撃を浴びる彼は大きな悲鳴を上げて苦しんだ。だが、その悲痛な声を聞いても攻撃の勢いは収まらない。


「まさか、今ので終わったと思っていないよね?」


ウォルターは裸で眠るルナを抱き抱え、白い巨人に向けて言い放った。


人々の記憶を弄んで時には利用し、そして餌にする。その行為はウォルターにとって不愉快極まりないものであった。おまけに民間人を巻き込んだ大芝居を演じてまで事件を解決しようとしたのに、それが却って逆効果……その上、ルナの記憶と引き換えに、虎の子であるウヴリの白杖を使ったのに仕留めきれなかったという展開に彼はうんざりしていた。


「ははっ 本当に……今日は、何て日だ」

やはり今日も厄日である。彼は自分の運のなさを自嘲し、自棄糞気味に笑った。


空中で逆さ吊りにされたような状態で、全身に魔法を浴びる巨人の体は光り輝く。その姿は皮肉なことに記憶を植え付けてまで利用し、用済みとなれば切り捨てたゲインズ・バック・ゲイザーが、宙吊りの生きた光源になった時の姿にとてもよく似ていた。


全身を撃ち抜かれてもがき苦しむ巨人を見ながら、大賢者は冷たく言い放つ。


「この街に居る魔法使いは、ウォルターだけじゃないのよ。貴方はこれから、この場に集まった魔法使い全員を相手にするの……当然でしょう?」


大賢者の乗るヘリに同乗しているロイドは、彼女の合図と共に手にした長杖に魔力を注ぎ込み、例の魔法を放つ。スコットや協会からは使用を禁止されていた『超高温の熱線魔法』。今回のような非常事態に限り、使用を許可されたそれは巨人の肉体を容赦なく焼いていった。


「うぉおおおおおおおおおおおおお! くらえええええええええええっ!!」

「いやぁ、実にお金と手間がかかったアトラクションだね……」

「光栄に思いなさい。滅多に見られないわよ」

「それにしてもまぁ、楽しそうですね。大賢者さん」

「魔法使いを舐めるなよ、この全身タイツの変態野郎がぁああああ─────!!!」


彼等と同じヘリに乗るゲインズは機内から街中で繰り広げられる刺激的なショーを呆然としながら眺め、少年アーサーは鼻歌交じりに教え子達の勇姿を見守る大賢者を微妙な表情で見つめている。最初に放った光線魔法は巨人を滅ぼす為ではなく、その体を弱らせる為のものだった。滅ぼせればそれでよかったが、もし出来なかった場合に備え、大賢者は巨人の周囲に多数の魔法使いを展開させていたのだ。


「これが私達流の歓迎よ、白いお馬鹿さん。いい思い出になるでしょう?」


大賢者は冷たい眼差しを白い巨人に向けながら言った。例え殺しきれなくても、彼に思い知らせてやればいい。自分がどんな世界に喧嘩を売ってきたのかを、一生忘れられない思い出(トラウマ)として。今まで餌にされてきた記憶達の分まで、一発一発思いを込めて全身に魔法を撃ち込んでいく。


それが、ウォルター達の考えた記憶を食べる巨人への最大限の報復行為だった。


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