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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.5 Tomorrow is another day
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8

13番街にある薄暗い路地の一つ。路地の影に身を潜める何者かは、空から聞こえてくるゲインズの声に耳を傾けていた。


「        」


何者かは小さく呟くと、鼻歌を歌いながら路地の奥に姿を消した。


「ご覧下さい! ヘリです!! 13番街の上空にて魔導協会の白いヘリから男が吊るされて……何やら叫んでいます!! これはどういうことでしょうか!?」


大賢者は賢者室でテレビがわりの映像端末から臨時ニュースを見ていた。外出禁止令が出されている中、街中で現場中継をしている度胸ある女性リポーターのジャスミンさんは、上空のヘリを指差しながら至極真っ当な意見を視聴者に投げかける。


「……ウォルターね。何を考えているの、あの馬鹿は」


しかし大賢者はヘリに吊るされた男よりも、窓の外から見える暗雲が気懸かりだった。


その暗雲は丁度13番街だけを覆い尽くすようにして発生しており、まるで大きな黒い『穴』────異世界に繋がる(ポータル)の様にも見える。今日の天気は快晴だというのに、青空の中ただ一点だけを覆う暗雲は、その異様さを強烈に印象づけていた。


「あれ、今日はこんな天気だったかな?」

「ウォルターさん、立ち止まらないでください。周囲に人影はありますか?」

「今のところ怪しい人影はないが……。アーサー君、空から見て君は何か違和感を覚えないかい?」

「先程から正体不明の暗雲が発生しています。暗くなっているのは恐らく、コレの仕業でしょうね……」


少年アーサーも空を覆う謎の暗雲が気になっており、表面上は冷静さを保っていたがその内心は落ち着かないものであった。


「……気に入らないわね」


ルナは『ウヴリの白杖』を握り締め、空の暗雲を見つめながら呟く。


封印状態の白杖でも、必要十分の威力を持った魔法を放つ事が可能である。その上、杖自体が特別に丈夫な素材で作られており、いざとなれば鈍器にもなりうる。


最強の杖をこんなにあっさりと持ち出して良いのかどうかは判断に困るところだが……。


また、ルナは黒い雲から得体の知れない不吉な予感を覚えており、何かが13番街に起きようとしている事を察していた。徐々に膨らんでいく不安に小さく身震いする彼女の視界の隅を、一瞬だけ人影が通りかかる。


「……人影を見つけたわ。姿はわからなかったけど」

「わかりました、ルナさんの近くにいるのは……クロさん」


アーサーからの連絡を受けて音を立てないように家々の屋根を飛び移って移動するクロは、ルナの姿を確認した。ルナの周囲を見渡せる高台に着地して辺りを探るが、それらしい人影はない。この区画は路地が多く、姿を隠す場所は幾らでもあった


「駄目だ、見つからねえぞ……」

「了解、ルナさん進んでください。クロさんはルナさんの周囲を確認しながら、つかず離れずの距離を維持」

「わかったわ、少し目の前の路地を調べてみる」

「へいへい……本当にガキに戻ってるのか、あのじーさん」


彼女達から南に離れた位置でスコットは探索する。流石に延々と外出禁止令が発令されていた影響か、ニュースを見て危険を察知したのか『彼等』以外に街を歩く者はいない。


「吾輩はうぁああああああああああああ! 記憶泥ぼぅぇええええええ! ゲイィイインズ!! バック!!! ゲェェェェェェェイ!!!!」

「大丈夫かよ、あのオッサン……。そろそろやばそうだぞ」

「問題ありません、そのまま進んでください」

「あ、うん……」


すると目の前の路地からこちらを伺う何者かの姿が見えた。しかし顔を確かめる前に何者かは路地の影に隠れてしまう。どうやら上空で叫んでいるゲインズの頑張りは無駄ではないらしい。


「……目の前の路地に隠れる人影が見えた」

「ロイドさん、彼のフォローをお願いします。今の位置から左に向かって真っ直ぐ80mほど進んでください」

「了解です……ッ!!」


ロイドは歯を食いしばって屋根の上を走り、そして大きく跳躍しながらスコットの元に向かう。


彼の履いている金属の羽のような装飾が施されたブーツは、ウォルターから提供されたもので装着者の魔力に反応し、脚力を大幅に強化する魔導具の一種である。脚部以外は強化されないので内臓がひっくり返るような感覚を必死に堪え、涙目になりながら建物の屋根と屋根の間を飛び越えていった。


「ロイドさんはそこで止まってください。スコットさん」

「ああ、路地を覗いたがそれらしい奴の姿はない……何かに勘付いたかもな」

「俺からもちょっと……、13番街は路地が多くて……!!」


そして上空の暗雲である。中央部に位置する広場、ビッグバード付近から中央広場までを結ぶ大通りを除き、開けた場所が少ない13番街で周囲が暗くなるというのはかなり深刻だ。どうやら今回の記憶泥棒は13番街の構造や特徴を知り尽くしており、恐らくは此処に住んでいる者だという事がわかってきた。となると、時間が経過するほどこちらが圧倒的に不利となってしまう。


「段々暗くなってきてんぞ! これ見つけられんのか御主人!!」

「何だか、嫌な予感がするわ……」

「ていうか何だ、あの雲は……今日は快晴の筈だろ??」

「もしかしてあれ……(ポータル)じゃないですか?」


メンバー達は徐々に不安を強める。作戦を開始してまだ30分も経っていないが、中々その姿を現さない記憶泥棒や、不気味に立ち込める暗雲を前に皆が焦燥感を募らせていく。


「……やっぱり無理があったか。まぁこの暗雲は想定外だったし、仕方ないね」


ウォルターは立ち止まり、通信機を誰にも繋げずに独り言を呟いた。彼が止まった場所は13番街のほぼ中央に位置する広場で、周囲には多くの家屋が並んでいる。


「アーサー君、彼らの位置はバラバラかい?」

「はい、ウォルターさんが居る広場を中心にして北にルナさん、南にスコットさん。そしてルナさんの周囲の屋根を飛び回りながら辺りを探るクロさんに、スコットさんからやや距離をとって移動するロイドさんという具合になっています」


パソコンで彼等の位置を確認し、アーサーはウォルターに伝えた。その報告を聞いて、ウォルターは自分の周囲を見渡す。そして不敵に笑うと、続けてアーサーに問いかける。


「マリアは?」

「貴方から西に少し離れた場所にある、細長い建物の屋上にいます。恐らくは其処からウォルターさんの周囲を見渡しているのでしょう」

「エクセレントだ諸君。では、はじめよう」


ウォルターはそう言い放ち、コートから杖を取り出した。


「くそっ、ドンドン暗くなってるぞ……このままじゃ」

スコットがぼやいた途端、不意に何処かから鳴り響く爆発音。ウォルターがいる広場からだ。


「……ウォルターさん?」

「アーサー君、操縦士に指示を出してくれ。僕の真上に来るように」

「わぁがふぁあいあぁあああ! ぜひー……ぜひー……ふぁああああああ゛!!」


既に限界のゲインズはそれでも必死に声を上げるが、その声も例の爆発音でかき消されてしまう。とりあえず少年アーサーは操縦士に指示を出し、状況が理解できないままヘリはウォルターの真上に向かう。


「わーい! 破壊行為って、たーのしぃいいいいい!!」


ウォルターは眩い笑顔を浮かべながら、周囲の建物の屋根や道路に向けて爆発する魔法を放っていた。その騒ぎを聞きつけたのか、家に閉じこもっていた住民達も一斉に顔を出す。


「なんだよ今度は……ってあいつは」

「やぁ、みんな! 僕はウォルター・バートン!! 実は新しい魔法が出来上がったから試し撃ちをしようと思ってねぇえええ!!」

「ふざけんな!!!」

「おいおいおイ、マジかヨ! こんな時ニ!!」

「何を考えてるの! あの眼鏡……ッきゃああああああっ!!」

「はっはっはー!!!」


住人達の視線や意識が自分に集まったのを確認したウォルターは再び魔法を連射する。


彼等を傷つけるつもりはないので、狙うのは地面や無人となっている建物や家屋の屋根だ。爆発する赤い光弾の魔法を連発しているが、音の割にそこまでの威力はない……というよりこの魔法は音と視覚効果()()に特化しており、軽い焼け跡を残す程度の力しかない。


「ウォルターさん、何を考えているんですか」

「ははははははー!!」

「こちら、スコット! おい、何か聞こえるんだが!!」

「ウォルターさんが発狂してしまいました」

「はぁ!?」


ウォルターの考えは常人には理解できない。先程まで注意を引いていたはずのゲインズは完全に蚊帳の外になっており、声も枯れ果ててもう叫ぶ事はできないようだった。


「ええと……! 現場からっ、きゃああああ!!」

「流石に逃げるべきだよ、ジャスミン!!」

「死んだらおしまいだよ、ジャスミン!?」

「だから、本番中に声掛けないでーっ!!」


ニュースには街中で魔法を乱射するウォルターの姿が映し出されていた。彼は報道陣にも杖を向け、身の危険を感じたジャスミンさん達は急いで撤退する……その暴挙をテレビ越しに見ていたサチコや刑事は唖然としていた。少女ブレンダを始めとする被害者達の興味は既にゲインズから離れていたが、外から聞こえる爆発音は彼等の興味を再び窓の外へと惹き付けた。


「ああ、もう何か俺疲れてきました」

「私もですよ、もう帰りたい……」


サチコは涙目で心情を吐露した。一体この13番街に何が起きているというのか……少年アレックス警部も含めた大勢の少年少女達は一斉に窓に向かった。ブレンダの部下を含めた協会の魔法使い、そして警官達も抑えようとするが数と勢いに負けて押し退けられてしまう。


「すっごーい音! 何!? 何が起きてるの!??」

「こわいよぉ、ママァ! 何処にいるのぉ!!!」

「ドカーンだよ! なんかドカーンっていってるよ!! すっごーい!!」

「見てみて! あそこ!! ぴかっとしたよ!!!」

「ぴかーっと! ぴかーっと!! まーぶしぃいーっ、あははははーっ!!」


若い刑事とサチコは彼等に押しつぶされそうになりながら窓際に張り付き、放心状態で互いの顔を見た。二人の間には、何故か奇妙な親近感と一体感が芽生えていた。


「……私、サチコっていいます。魔法使いです」

「……デュークです、新米ですが刑事やってます」

「大変そうですね……辞めたくならないんですか?」

「辞めたいです。でも、俺が選んだ仕事なので……」

「ふふっ、私もですよ。不思議ですよね……」


この一件が決め手になったのか、後に二人はメールアドレスを交換してメル友になったらしい。


「旦那様!! 一体、どうしたんですの!?」

「ああ、マリアかい。今、何処にいる??」

「あなたの真正面にあるアパートの屋上ですわ!!」


ウォルターの近くに移動していたマリアは、身をかがめながら通信機を彼に繋げて叫ぶ。流石に彼女でも今日の彼の行動は理解できなかった。


「周囲を見てくれ、みんな僕を見ているか?」

「それはもう! 近くのみんなが……旦那様?」


マリアは周囲を見渡した。確かに騒ぎを聞きつけたものは皆、家の窓やドアから顔を出してウォルターに野次を飛ばす。少し離れた場所からも続々と人が集まってきており、彼の周囲には人集が出来ていた。


そして、ある路地から何者かが顔を覗かせる……


「さぁ、準備は整った。仕上げと行こうじゃないか」


ウォルターは不敵に笑うと、上空に向けて何らかの魔法を放つ。放たれた魔法は彼の真上に滞空しているヘリ……に吊るされたゲインズに命中し、彼の体は眩く発光する。


「ぬおっ! 超眩しっ!!!」

「大丈夫ですか? オジサン」

「超眩しいぞ!? 何が起きた!!?」


胴体から凄まじい光を放つゲインズは、自分から発せられる光に目が眩んで思わず顔を両手で覆う。暗雲で暗くなっていた周囲は、生きた光源となった彼によって照らし出された。


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