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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.1 Fortune comes in at the merry gate
6/123

4☆

「おかえりなさい、ウォルター。今日は早かったのね」


ウォルターが屋敷に入ると、白い髪の少女が笑顔で彼を迎えた。


「ただいま、ルナ。今日は大したこと無かったよ」

「ふふふ、良かった。私のお祈りが効いたのね」

「ははは、そうみたいだね」

「旦那様、杖をお預かりいたしますわ」

「ん、ああ……ありがとう」


マリアは預かった二本の杖の表面を軽く撫でてくすりと笑った。


「うふふ、今日は二本も要らなかったようですわね」

「そうだね……まぁ、一本だけで大丈夫だとは思ってたから結果オーライだよ」

「杖を二本とも駄目にしないかと心配してましたのよ? 旦那様は杖の扱いが乱暴ですもの」


マリアがニヤニヤしながら呟いた一言に老執事も小さくウンと頷く。ウォルターは何とも言えない表情で靴をスリッパに履き替えて屋敷に上がる。


「さぁお茶にしましょうか、ウォルター」

「まだお昼前だよ?」

「紅茶は何時飲んでも美味しいでしょう?」

「まぁ、そうだけどね」

「うふふ、ではお茶と一緒に軽いお菓子もご用意いたしますわ」

「じゃあ来て、ウォルター。今日のお話を聞かせてちょうだい」


ルナはウォルターの手を引いてリビングに向かおうとする。マリアはそんなルナを見てくすくすと笑いながら、ウォルターに一つだけ忠告した。


「旦那様、お茶の前に手洗いを済ませてくださいましねー」

「ああ、わかってるよ」

「魔法で済ませればいいじゃない。待ってて、私が」

「いやいや、お出かけから戻ったら水で手洗いだろう?」

「……」

「痛い痛い、そんなに強く腕を掴まないでくれよ」

「本当に、微笑ましいお二人ですわねぇ」


カップルとも、兄妹とも、親子とも取れるような二人のやり取りを見てマリアはほっこりとした笑顔を浮かべる。


「おやおや、マリアさん。まるで保母さんのようなことを仰るのですな」

「うふふふ、私は母性が強い女ですもの。なぁに? アーサー君もお姉さんに甘やかして欲しくなったのかしら??」

「はっはっは、ご冗談を。お姉さんどころか正直オバサン臭いですぞ、今のマリアさんは」

「うふふふふ、一言多いですわよ? 小僧」


洗面所に向かうウォルター達を見送った後、老執事とマリアは軽く談笑した。しかし表情こそ穏やかだったが会話の内容は何処か刺々しく、この二人の微妙な関係を簡潔に表しているかのようであった。



◆◆◆◆



同刻、魔導協会総本部にて


「終わったようですね」


秘書のサチコは事務的な口調で呟く。例の怪物はスコットに処理され、その後も同類と思しき怪物が何体か現れたが彼と待機していた職員達に全て倒された。既に問題の異界門(ゲイト)も完全に収縮、消滅している。


「優秀な部下を持って幸せだわ」

「大賢者様!!」


大賢者が誇らしげに言った直後、協会で働く事務員の一人が慌ただしく室内に駆け込む。呼吸が乱れ、汗で額を濡らした男の表情はこの街に何らかのトラブルが発生した事を言葉なしに伝えていた。


「ノックはしなさい。それで、何があったの?」

「それが、例のショッピングモールでの立て篭り事件にその……ウォルt

「え?」


大賢者は目を見開いた。その表情から察するに、彼女の耳には立て篭り事件の情報が入っていなかったのだろう。


「ショッピングモールで? 立て籠もり??」

「は、はい……」


情報部には何度か救援要請が届いていたが、ウォルターらしき人物が現れたという報せを聞いた職員は 上からの指示がない 以上は下手に救援を送ると余計に事態が悪化すると判断し、異界門から現れた異形の対処に注力した。協会側からしても極力関わりたくない相手なのだ。


「……初耳だわ」

「は? あの、確かに連絡を……」

「サチコ?」


大賢者は秘書のサチコに問い詰める。すると彼女は涼しい顔で答えた。


「はい、ご報告いたしました」

「聞き覚えがないんだけど?」

「はい、まだベッドから起きたばかりで目の焦点が定まっていませんでしたので枕元に手書きのメモを添えておきました。既にご覧になっているかと……」


大賢者は彼女を無言で見つめる。


彼女の言葉にできない微妙な感情を込めた視線を前にしても、サチコの表情は依然としてクールであったが、その眉は少し大きめに歪んでいた。


「あの……」


汗だくの男性はどうすればいいのかわからなかった。彼は縋るような思いでサチコを見るが、彼女はそっと目を逸らす。事務員の男は自分の胃袋が悲鳴を上げている事に気づいた。


「サチコ」

「はい」

「大事な報せは、言葉で、最低二回は伝えてちょうだい」


魔導協会の代表であり、世界最高位の魔法使いである大賢者。その専属秘書である サチコ・大鳥・ブレイクウッド はそんな大賢者を支え、的確なサポートで多忙な彼女を助ける超優秀な魔法使い。そんな彼女の欠点は大賢者を信頼しすぎている事。


『色々と面倒な事になっているけど、指示を出さないのは大賢者様なりの考えがあるのね。何度も同じ報告をするのも失礼だし、例の眼鏡が現れたなんて話をしたら機嫌を損ねてしまうし、そもそもプリミティブ主(以下略)』


……という大賢者への重すぎる期待と妄信的な信頼が彼女最大の問題点である。


「……」

「え、ええと……あの……」

「現在の状況を知らせてちょうだい」

「えっ、あっ!」

「現状を、知らせてちょうだい?」


サチコは無言で賢者室に備え付けられている映像端末を起動し、現在のニュースを確認する。


『ええ、現場からの情報によりますと…… 本日午前9時頃にリンボ・シティ13番街の大型ショッピングモールで発生したプリミティブ主義過激派集団による立て籠もり事件ですが、突然現れた魔法使いによって解決されたとのことです!!』

「……」

「……」

『あ、現場からの映像が入りました!』


映像端末に映し出されたのは事件の被害者である大勢の人質達が救急車で運ばれていく様子だった。人質に目立った外傷は無いが、どう考えても無事には見えない。その映像を見るに連れて大賢者の表情は険悪な物になっていき、事務員の男はそんな彼女の顔を見て額から更に汗を吹き出させる。


「……サチコ、電話を繋いで」

「どちらへ?」

「……言わせないで、虫酸が走るから」

「わかりました、大賢者様」

「そこの貴方」

「はっ、はい!」

「13番街の病院に協会の医療班を早急に向かわなさい。あの数の患者を運び込める病院は13番街には一つ(中央病院)しか無いわ、急いで」

「わ、わかりました!」



◆◆◆◆



場所は移り、再びウォルター邸にて。


『あのクソメガネもう信じられねぇ……! 悪魔だ、俺は悪魔を見た……!!』

「……」

『ええ、私もまさかと思いました。あの男の悪い噂は沢山聞いていましたが……いくら何でも人質に向かって魔法を撃つなんてことはしないだろうと……』

「いやー、あれはああするしか無かったと思うよ。うん」

『ああうん、あいつが居なかったら娘の命は助からなかったと思うからな……そこは感謝してるよ! 畜生が!! でももっとこうやり方があるだるるぉ!? あいつには人の心ってものがないのかよ!!?』

「ウォルターは人気者なのね」


リビングのアンティークソファーで紅茶を飲みながら、ウォルターは今朝の事件に関する現場中継を見ていた。内容はその殆どが被害者の親族や目撃者から寄せられる彼への非難、恨み節、人格否定、そして時々感謝の言葉といったものだ。


「うーん、何がいけなかったんだろうねぇ」


ウォルターは目の前のテーブルに置かれた黒い魔導書を見ながらボヤく。


「さぁ、私にもさっぱりわかりませんな」

「うふふ、多分旦那様は何をしてもみんなに怒られると思いますわ」


大勢の人質が病院送りになってしまったが、彼に悪意はない。


屋上の男達には説得が無意味というのは少し会話しただけで察せれた上に、あのまま何もしなければ罪なき異人の子供が犠牲になっていただろう。


『ご覧ください、これが問題の魔法です。屋上に出現した白い蔦の木から発生した黄色い花びらのような……』

「あら、綺麗……」

「あらあら、旦那様の使う魔法にしてはロマンチックじゃありませんの。こんなに綺麗なのにどうして怒られちゃうのかしら?」

「あの花びらに触れると身体が物凄く痺れて動けなくなるんだ」

「……それは、怒られると思うわ」


黄色い花びらは白蔦の樹(アイヴィーネスト)から派生する麻痺の効果を持つ非殺傷魔法の一種だ。あの魔法はウォルターが独自に開発したオリジナル魔法で、人前で使ったのは今回が初となる。


「……痺蝕の黄桜(パラライズ・ブロッサ)、あの魔法の名前さ」

「素敵な名前ね」

「だろう? ついさっき考えたんだ」

「35点といったところですわね」

「はっはっ、50点満点中?」

「いいえ、150点満点中ですわ」


マリアがニッコリ顔で出した採点結果にウォルターは苦笑いする。


「さて、そろそろあの子も起きてくる時間だね。一応、声をかけてあげようか」


ウォルターが未だ部屋で寝ている()()を呼ぼうとした瞬間に電話のベルが鳴り響いた。


「……誰かな?」

「誰かしら」

「少々お待ち下さい、私がお取り致します」

「警察関係者や人権団体からの連絡だったら適当にあしらってくれ」


アーサーは受話器を取り、丁寧な口調で対応する。連絡を寄越したのがウォルターが言う通りの相手ならこのまま静かに会話を切り上げて受話器を置くところだったのだが……


「おやおや、珍しいお方が……」


残念ながら相手はそのどちらでもなかったようだ。ウォルターは電話をかけてきた相手に大体の予想が付き、小さく溜息を吐いた。


「はい、旦那様は近くにいらっしゃいます。今からお代わりしますね」

「……彼女かな?」

「お察しの通りでございます。声の様子からして相当頭に来ているようですな」

「相変わらず怒りん坊だなぁ。魔法使いが人を助けるために魔法を使って何が悪いんだよ……」


渋々ソファーから立ち上がり、ウォルターはアーサーから受話器を受け取った。


「やぁ久し振り、僕だよ」

『……どうして連絡を寄越したのか、わかってるわね?』

「いや、見当もつかないね」


ウォルターが恍けた様子で発した言葉に堪忍袋の緒が切れたのか、電話の相手は数秒沈黙した後に大声で怒鳴りつけた。


『人前であんな魔法を使うなんて正気なの!? どれだけの人に迷惑がかかったと思ってるの!!』


受話器から飛び出す怒声にウォルターは思わず耳を離す。


「いきなり大声で怒鳴らないでくれよ、耳が駄目になるじゃないか」

『ふざけないで! 被害者たちは身体が駄目になってるのよ!!』

「ああ、あと5分もすれば動けるようになるよ。抵抗力のある人はもうとっくに元気になってるだろうし」

『そういう意味じゃないのよ!』

「あの時はあれを使うしか無かったんだよ。でなきゃ、屋上のみんながBAKA共に殺されていたさ」


ウォルターの返事に相手は少しだけ黙り込む。微かにブツブツと呪詛のようなものが聞こえてくるが、ウォルターはまるで何も聞こえてないかのように務めた。


『……あれは貴方が開発したものね?』

「ご明察、流石は」

『今後一切、許可なしにあの魔法を()()に使うことを禁止するわ』


ウォルターは目を見開いて硬直する。終始恍けた調子で相手と接していた彼も流石に面食らったようだ。


「えっ、どうして?」

『どうしてじゃないわ、当然でしょ? もしも許可なしに使ったら、一ヶ月間魔法使用禁止の宣告を食らわせてやるわ』

「いやいやいや、あの魔法は()()()()()()()()()()()()で人体には無害だよ!?」

『何処が無害よ。脳漿まで紅茶に置き換わったの? いいわね、第三(ビナー)級使用制限魔法のリストに加えておくから……』

「ちょっと待ってくれ、ロザ」


ウォルターが相手の名前を言いかけた瞬間に乱暴に通話が切られた。


「……」

「ご愁傷様です、旦那様」

「……聞こえてたのかい、アーサー」

「あの方が連絡を寄越す理由があるとすれば、それくらいしかございませんでしょう? もしくは、この街に余程のことが起きた時か……」


老執事はほくそ笑みながら言う。ウォルターは重い溜息をつき、頭を掻きながらソファーに戻った。


「……そもそも、ああいう事件は君たち協会側が」

「どうしたの、ウォルター? 元気がないわね」

「いいや、何でもないよ……」

「慰めてあげましょうか?」

「大丈夫だって」

「遠慮しないで」


少し落ち込んでいる様子のウォルターをじっと見つめながらルナは両手を広げ、【甘えてきなさいのポーズ】を取る。ウォルターはそっと目を逸らすが、無言で両手を広げながら自己主張をしてくるルナに根負けして彼女の膝にポテッと倒れ込んだ。


「元気を出して? ウォルター」

「……別にへこんでるわけじゃないんだけどね」

「嘘は良くないわ、貴方の可愛いくせ毛(アンテナ)が萎びてるもの」

「やめてくれよ、マリアが見てるじゃないか」

「うふふふ」

「良いのよ、気にしないで。貴方がご主人様なんだから」

「ご主人さまにしては情けない格好だねぇ」

「同感ですな」

「やめてくれよ、本当に。昼前から憂鬱になりそうだよ」


ソファーの上でルナに膝枕をされながら、ウォルターは憂鬱げにボヤいた。


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