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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.5 Tomorrow is another day
58/123

5☆

徐々に話が複雑になっていきますが、ちゃんと終わらせるつもりなので最後までお付き合いくださいませ。

時刻は正午12時、ウォルター邸にて。


「んんー……」


アルマがようやく目を覚ました。久々に誰にも邪魔されずに満足行くまで眠れたお陰で今日の寝起きの表情は実に晴れやかで、幸せそうなものだった。


「あー、よく寝たぁ」


アルマはいつも下着のまま眠る。ルナのように裸で眠るよりはマシだが、それでも十分に刺激的な姿だ。今日の彼女の下着は、黒のキャミソールと白と黒の縞々パンティーである。


「……キャンディーどこだっけ」


寝惚けた体を伸ばした後、手探りでベッドに置いた棒付きキャンディーを探す。キャンディーを探る彼女の右手がマシュマロのように柔らかい何かに当たった。


「ん? 何だこりゃ……」

「あっ……」


その柔らかいものをアルマは本能的に揉みだした。揉むたびに小さな喘ぎ声が聞こえ、その柔らかい塊が自分の手の中で震えるのを感じた。暫くして目が冴えてきたアルマは、その柔らかい塊の正体に気付く。


「あら……、おはようアルマ」


どういうわけか、ルナが自分のベッドに潜り込んで寝ている。何故か彼女は服を脱いでおり、そして程まで揉んでいた柔らかい塊は彼女の胸である。アルマは状況が理解できず、とりえあえず右手で掴んだルナの乳房をさらに数回揉んだ。


「ふあっ……」

「なんでお前ここで寝てんの?」

「ん……、一人で寝るのは寂しいのよ。とにかく誰でもいいから温もりが欲しいの」

「なんで脱いでんの?」

「寝るときは裸の方がいいわ、楽だもの」


アルマはそっと手を離し、双子の豊満な胸を睨みつけながら溜息をついた。


白と黒のジョージアン様式の家具で揃えられたこの部屋は一応双子兼用でありルナの部屋でもある。ルナは大抵就寝前にはウォルターの寝室に忍び込む為、実質的にアルマの部屋となっているが。


「御主人はどーしたよ?」

「お散歩中よ、私はお留守番」

「なんで? 一緒に行けよ」

「今日はそんな気分じゃないの、アーサーもおかしくなってしまったし……」

「へ?」

「ねぇアルマ、このまま一緒に寝ない? 今日は起きたくないの……」


ルナは憂鬱げな表情で呟いた。ウォルターに誘いを断られて消沈していた時に今度はアーサーの様子までおかしくなってしまった。彼女にとってはかなり堪える状況のようで、半ば現実逃避をするようにアルマのベッドに潜り込んだのだ。


「ねぇ、もう少し寝ていましょう? ベッドの外の世界は怖いわ……」

「オレ、腹減ってんだよな」

「眠りにつけば、忘れてしまえるわ」


ルナは自分の想定外の事態には滅法弱い。


雰囲気や仕草こそ大人びているが、彼女の精神は脆く傷つきやすい。ウヴリの白杖を発動し、新しいルナにその役目を譲って記憶をリセットしてもその点は変わらない。リセットされる記憶はあくまでも 再起動から白杖を使用するまでの記憶 であり、彼女の【基本人格】を構成する ウヴリの白兎になるまでの記憶 は心臓部(コア)に残されたままであるからだ。


つまりルナは今の記憶は忘れてしまう代わりに、過去の記憶は絶対に失わない。だがそれは、彼女が過去のトラウマを決して乗り越える事が出来ないのを意味する。


「あー、うん。とりあえず下降りるわ……」

「そう……。はい、貴女の好きなキャンディーよ」

「ん、サンキュー」


アルマは好物の棒付きキャンディーを咥え、下着姿のまま部屋を出た。


すると何やら階下が騒々しい。そういえばアーサーがおかしくなったとルナは言っていたが、どうなっているのか……アルマは好奇心から忍び足で階段を降り、ドアの影に隠れながらリビングの様子をこっそり伺った。


「だから、アーサー君は役に立たないからお留守番していなさい!」

「何かのお役に立てるかもしれないじゃないですか、まずは経験あるのみです。僕も連れて行ってください」

「いや、お留守番していてくれないかな? うん、帰りにキャンディー買ってきてあげるよ。すっごい特別なキャンディー、美味しいよ??」

「そんな子供騙しは通じません。僕は自分の置かれている状況を自分の目で確かめたいのです。だから連れて行ってください」

「駄目ですわ!」

「どうしてですか、お姉さんよりも役に立ちますよ。僕は鍛えてますので」


マリアとアーサーが口論している。それ自体は毎日目にする光景だが、何か様子がおかしい。


特にアーサーがおかしい。彼の瞳は眩いばかりの輝きを宿しており、その声色も不自然に高かった。というか体は老人なのにその瞳と声は年若い少年そのものなのだ。


「……」


アルマは咥えていたキャンディーを落とし、暫く呆然としていた。


「子供じゃないんですから! いい加減聞いてくださいまし!!」

「僕は子供です」

「子供騙しが通じない子供なんて子供じゃありませんわ!! まだ自覚出来ていませんの!!?」


よく見たら知らない誰かの姿もあったが、今のアルマにはそのような細かい事を気にする余裕はなかった。落としたキャンディーに目もくれず、そっとリビングを離れて自分の部屋に向かう。


「……やべぇ、やべぇよ。じーさんがやべぇ……やべぇよ」


部屋のドアを開けると、ルナがまるで自分が戻ってくるのを予期していたかのように小さく笑いながらベッドで待ち構えていた。


「おかえりなさい」

「うん、ただいま」

「どうするの? お着替え出してあげようかしら?」

「ううん、俺も寝る。何か今日は起きたくないの」

「ふふふ、ベッドの外の世界は?」

「怖いね、すっごい怖いね」


アルマはベッドに潜り込む。すぐにルナが抱きついてきたが、アルマは嫌がる素振りもせずにすんなりと彼女を受け入れた。お腹は少々空いているが、もう一度下に降りる気力は既になかった


「なぁ、あのじーさんついにボケたのかな」

「ストレスかもしれないわね……」

「人間って儚いな……」

「そうね……」


二人が再び安らかな眠りに就こうとした瞬間、ウォルターが部屋のドアを開けた。


「やぁ、二人とも。そろそろ起きてくれないか」

「「嫌」」


二人はウォルターの顔も見ずに同時に即答した。ルナは仕方ないにせよ、アルマにまでに即座に断られるのは予想外だった。彼の顔にじわじわと汗が浮かんでいく。


「頼むよ、ちょっと力を貸してくれ」

「「嫌」」

「お願いします、何でもしますから。いや、ホントに」


その言葉を聞いて、彼女達はウォルターの方を向く。赤と青、対照的な色の美しい宝石のような瞳が彼を映し出す。幻想的なまでに麗しい瞳に見つめられ、ウォルターも思わず息を呑んだ。それと同時に滝のような冷や汗をかいた。


「何でもするのね?」

「あ、はい」

「何でもするんだな?」

「あ、はい」

「「本当に??」」

「……頼むよ」


頭を下げて頼み込む御主人様の言葉を聞いて、アルマとルナは顔を合わせる。そして小さく笑うと、彼女達は交互にウォルターに言った。


「とりあえず飯くれ、大至急」

「ウェイトローズの冷凍ピザでいいかな……」

「さっさとくれ、あとコーラ」

「私にはお菓子を頂戴、それと紅茶」

「お菓子はウォーカーのショートブレッドフィンガーでいいかな……」

「「早くして」」


ウォルターは急いで階下に降りようとするが、外から微かにヘリのローター音が聞こえてきた。恐らくは協会のヘリだろう。街でゲインズと歩いていたのを通報されたのだと彼は確信した。



「……」

「んー、やっぱコーラはキュリオシティが一番だな!」

「ふー、ちょっと味が薄いわね。これはこれで悪くはないけれど」


18世紀を代表する家具デザイナー、チップ&デール兄弟が手掛けた大きな木製のダイニングテーブルで冷凍ピザを食べながらコーラを飲むアルマと、優雅にティータイムを愉しむルナ。


そして彼女達の向かい側の席に座り、飲食中の兎姉妹を無言で見守る協会から派遣された魔法使い二人組と、その隣に座る記憶泥棒ことゲインズ、さらにその隣には少年アーサー。このテーブルには最大で10人が席に着くことができ、彼らが座っているおしゃれな椅子もチップ&デール兄弟がデザインしたものだ。


尚、ウォルターとマリアは席に着かずに少し離れた位置で静観していた。


「なんだこれ」

「気持ちはわかるよ、スコッツ君。僕にもよくわからないんだ」

「隣にいるのが記憶泥棒で、でもそいつは今回の事件には関わってなくて?」

「うむ、吾輩が真の記憶泥棒ゲインz

「そう、そして街を騒がしている【第二の記憶泥棒】に襲われたのが、今のアーサー君だ」

「初めまして、僕の名前はアーサーというらしいです」


スコットとロイドは、ウォルターに振舞われた紅茶を一口飲んで呼吸を整え……


「先輩ィイイイイイイイ! どうすんですかこれ!! この屋敷に来た意味無いし、ていうか犯人の手がかりも一切ないじゃないですか!!!」


ロイドはパニックに陥ってスコットに掴みかかる。


「言うなぁ! 俺だってどうしたらいいのかわからないんだよ!! どうすればいいの!? この事案どうやって解決すんの!!?」


スコットは涙目になりながら彼を抑えて絶叫する。


この二人は大賢者専属秘書官であるサチコから直々に指名された精鋭達である。しかし、精鋭とはいえそこは人間。想定外の事態に直面しては、平静を保てないのがお約束というものだ。この場合は、貧乏くじを引かされたとしか言いようがない。


しかし、こうしている間にも被害者は増えていく一方だ。犯人の姿すらわからないという最悪の状況において、時間の浪費は愚の骨頂どころか手の込んだ自殺行為にも等しい。


「いやぁ、僕も困っているところだよ」

「眼鏡ェェェェェエエエ!! 頼むよ、何とか名案思いついてくれよ!!!」

「あはははは。いっそのこと僕も被害者になればよかったなあ」

「駄目っす、先輩! この人も軽く錯乱してますよ!!」

「……待てよ」


ウォルターは何か思う事があったのか、ゲインズに声をかける。


「ゲインズ、君は自分に手鏡を使ったんだよね?」

「ああ、そうだ」

「ん? ゲインズ?? 何処かで……」

「我輩の名はゲインズ・バック・ゲイザーだ。記憶泥棒である私のことを知っているのかね? 見た所……君も随分と苦労しているようだが、何か悩みがあるなら吾輩に」

「ごめん、人違いだったわ」


スコットはゲインズの名前に何か心当たりがあったようだが、彼の暑苦しさに拒否反応が生じて今は忘れる事にした。悪人では無い……とも言い切れないが、何よりも絶妙に人を苛立たせるその仕草と無駄に紳士的な物腰がスコットの精神を蝕むのだ。


「ああ、すまん。続けてくれウォルター」

「ゲインズ、君は鏡を使った後にどうなったんだ?」

「ううむ……吾輩には頭の中から何かが抜けたという、漠然とした感覚しか残らなかったのだよ。もう一度鏡を見て、初めて記憶を鏡に吸い込まれたのだと自覚したんだ」

「鏡の使い方と仕組みを教えてくれ、できるだけ簡潔に」


ゲインズは語りだした。少々の誇張表現と、勿体ぶった気障な喋り方が周囲をイラつかせたが要約するとこのようになる。


記憶を盗む手鏡の鏡面は黒く、普通の鏡として使う事はできない。


それを手にした者は、頭の中にその使い方に関する知識を一瞬で叩き込まれる。その知識は使い方だけで、鏡が記憶を盗み取る仕組みや、盗まれた記憶が鏡の中でどうなっているのかは、手にした者にもわからない。相手に鏡面を見せながら記憶を盗もうと考えない限り、その鏡の能力は発動しない。


その鏡は所有者となった人物が望む【記憶】だけを盗み出す能力をもつ。今回のゲインズの目的は、悪しき記憶に悩まされる人達の救済であった為に被害者達が盗まれたのは人生の辛い記憶だけに留まった。


次に、目に付いた人物に黒い手鏡を見せる。すると鏡面を目にした人物は即座に意識を失い、記憶を一瞬にして鏡に吸い取られる。自分に使用したゲインズは、その鏡を見た瞬間を覚えておらず、記憶を盗まれた者達は 何者かに鏡を見せられた という事すら自覚していない。だがこれは、鏡を見たという記憶も同時に盗んでいる可能性がある。


夜の闇に紛れながら夜道を歩く人物に声をかけ、その目を見てどういう人物かを見極めてから鏡を見せて悪しき記憶を奪う。相手が特に悩みを持たない人物であっても通報されては困るので記憶を少々奪う。そして、被害者の意識が戻る前にトンズラかましていたのだという。ゲインズの話を聞けば聞くほど、ウォルター達は何処から突っ込むべきか本気で苦悩した。つまり彼は、悩みを持っていそうな人を探しては虱潰しに声をかけ、その目をまじまじと見つめていた変質者だったという事になるが……。


記憶を戻すには、その記憶の持ち主にもう一度鏡を見せる。しかし、盗んだ記憶は所有者に植え付けることもできる。ゲインズがそうしないだけであって、その鏡は他人同士の記憶を交換したり、または植え付けたり、やり方によっては自分の記憶そのものを相手に植え付けて姿だけ別人になることも可能であるという。この場合は、協力者が必要になるだろう。


つまりその鏡は、人間の記憶を好き勝手自由に弄ぶ事が出来る道具という事だ。


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