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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.5 Tomorrow is another day
57/123

4☆

紅茶を飲んで、思い描いたものを文字にする。それだけで幸せを感じます。

「さて、どうしたものでしょうか」


アーサーは腕を組んで座り込んでいた。


彼の周囲には白い草原が広がり、少し遠くに天まで続いているかのようなタワー状の建造物と、その反対側の遠方に見える直立した巨大な人影だけがあった。ただしそれが動く気配はない。空は真っ黒な空間となっており、灯りとなるものが見当たらないが何故か周囲は明るく遠くまで見渡せた。


恐らくは、何らかの要因で異空間に飛ばされたのだろう。


近くに何人かの人間の姿が見えるが、大声をあげて泣き叫ぶ者、膝を抱えて蹲るもの、そして泣きながら暴れまわるもの等……とても正常な精神状態にあるとは思えない者達ばかりだった。どうして自分がこんなところに居るのかも、アーサーにはわからない。


思い出せるのは今朝、屋敷の外にゴミを出していた時の事。


朝食の後片付けを終え、溜まった生活廃棄物をゴミ捨て場に運んでいたら何者かに声をかけられた。そして振り向けばこの場所に居た……何者かの顔はよく覚えていない、正に一瞬の出来事だったのだ。


「しかし、不思議と居心地は悪くないですな。白い草原というのも幻想的で中々……」

「お、ようやく正気を保ってる奴がいたな……って糞眼鏡んとこの執事さんじゃないか」


背後から聞き覚えがある声がした。アーサーが振り向くと、其処にはカズヒコの姿があった。


「おや、貴方はカズヒコ様ではないですか。どうして此処に?」

「俺が聞きたいんだけど? 朝のゴミ出しに出て、気がついたら此処にいたんだ」

「それはそれは……私も同じような状況でございます」


カズヒコはアーサーの隣に座り込み、重い溜息を吐いた。


彼も今まで様々な面倒事に巻き込まれてきたが、気がつけば白い草原が生い茂る異世界に飛ばされていたというのは流石に初体験である。


「ここは一体、何処なんだろうな」

「恐らくは異世界か、何らかの異空間でしょう。リンボ・シティではないことは確かです」

「うーん、よく思い出せねえけど変な奴に声かけられたような……」

「おや、カズヒコ様もですか」


二人はこれからどうするべきかを考えた。


どうやら自分達は、草原に居る大多数の人々と違って正気を保ち、会話もできるようだ。カズヒコはアーサーを見つけるまで何人かの人間に声をかけたが、大抵は会話も不可能なまでに錯乱しているか、正気を失ってこちらに襲いかかってくる者ばかりだった。


「やはり、あの塔が気になりますな」

「そうだな。手掛かりも何もない今は、とりあえず目立つ場所を目指してみるのが一番だろ」

「あ、そこの人たち! 貴方たちは正気を保っているのよね!!」


彼らの元に一人の女性が駆け寄ってきた。白衣を身に纏う赤毛の美女は、息を切らせて二人の近くで座り込む。カズヒコは彼女の顔に見覚えがあったが、誰かは思い出せなかった。


「はぁ……はぁ……、よかったー。やっとまともな人に会えたわ」

「おや、貴女は? どうやら話が通じるようですが」

「ええ、私も気がついたらこの草原にいて……」

「あれ、アンタどっかで会わなかったか?」

「あら、ナンパ? ごめんなさいね私、筋肉質の男性は好みじゃないの」

「安心してくれ、俺結婚してるし……嫁一筋だから」


一息ついた彼女は、一先ず深呼吸して気持ちを落ち着かせ、二人に自己紹介をする。


「初めまして、私はブレンダ。ブレンダ・カーマインといいます。一応は魔法使いね」

「私めはアーサー。フルネームは長いのでご容赦ください」

「俺はカズヒコ。カズヒコ・クロスシングっていうんだが」

「ああ! 貴方……ええと、ごめんなさい……思い出しかけたけど思い出せなかったわ」

「あ、そう。今はどうにもならんけど喫茶店を経営してるんだ、ここを抜け出したら顔出してくれよ。軽い飯くらいはサービスしてやるから」


自己紹介を終えた三人は話が通じそうな人達を探しつつ、遠くに見える塔を目指す事にした。人影の方は、とりあえず今は無視する……そもそもあまり近づきたいものでもない。



◆◆◆◆



「オーケー、状況を整理しよう」


ウォルターはリビングに置かれた茶色のアンティークソファーに深く腰掛けて言う。頭部に巻かれていた包帯はいつの間にか解かれ、その人間離れした治癒力をさり気なくアピールしているがそれを気にする者は誰一人として居ない。今の彼らに、そのような些事を気にする余裕など無いのだ……。


「アーサー君……、今朝まではあんなに殺したいほど憎たらしいおじいちゃんだったのに……」

「言葉遣いが酷いですね、お姉さん。綺麗な顔が盛大に台無しです」


アーサー達の記憶は、記憶を盗む【黒い手鏡】によって奪われてしまった。


肝心の犯人は不明、目下最大の容疑者である筈だったゲインズ・バック・ゲイザーは、少なくとも今回の件においては白だ。外ではパトカーや救急車のサイレンがけたたましく鳴り響き、被害がどんどん深刻なものになってしまっている事を耳障りな程に伝えていた。


「……ところで旦那様、このお方は?」

「申し遅れました、美しいお嬢さん。吾輩はゲイ

「今日知り合った頭の残念なおじさんだよ。名前はゲインズ、別に忘れてくれてもいいが」

「涼しい顔して辛辣なことを言うんだね君は……」

「確かに、その格好はとても残念ですわね。何ですか? そんな格好をすれば人生の何かが変わるとでも思っているのかしら?」

「おい、失礼だよ? もう少し優しい表現で

「センス悪い服ですねオジサン。僕にはそんな格好で外に出るなんてとても無理です。身につけた途端、自己嫌悪のあまり自害してしまうでしょう」

「え、待って。そこまで言う? ちょっとウォルター君、彼ら酷くないかね??」


マリアと少年アーサーの的確ながらも心無い発言に傷心するゲインズの言葉を無視し、ウォルターは対策を練る。犯人がわからない以上、下手に動く事はできない。手掛かりとなるのは例の手鏡と臨時ニュースだけだ。


「アーサー君、すまないがテレビを」

「眼鏡のお兄さん、【アーサー】というのは僕の名前ですか? もしそうであっても、自分で動いた方が早いと思いますよ」


少年アーサーは涼しい顔で言った。


その瞳はやはり無垢な少年そのものであり、先程からの言動は悪感情からではなく穢れなき純粋な本心から発せられた言葉なのだろう。一体幼少期から彼はどんな教育を受けてきたというのか、ウォルターはただ困惑するしかなかった。


「はいはい、旦那様。お点けしますわ」


見かねたマリアはテレビのスイッチを入れる。テレビ画面には今街に起きている異常事態に関するニュースが流されており、灰色の肌をした巨漢のニュースキャスターは額に汗を浮かべながら現状を報告している。


「ええ、先程入りました情報によりますと被害者の数は数十名にも及んでおり、中には魔導協会に所属している魔法使いの姿も」

「魔導協会も散々だな、今回は相手が悪かったとしか言えないけど」

「本当に、肝心な時ほど役に立ちませんわね……」


マリアは不機嫌そうに言う。誰が被害に遭ったかは知らないが、どうも最近の協会は後手に回っている気がする。彼等が無能な訳ではなく、相手が毎回悪いだけなのだが。



◆◆◆◆



大体同刻、魔導協会総本部 【賢者室】にて


「……はい、わかりました。確認が取れました、どうやら襲われたのは13番街で調査をしていたブレンダさんで間違いないようです」

「ああ……、なんてことなのかしら」


執務机で頭を抱える大賢者は震える声で呟く。


記憶泥棒……その姿や正体に関する情報が掴めず本格的な捜索に中々踏み切れなかったとは言え、今回の騒動は彼を野放しにしてしまった協会にも責任がある。今までに襲われた被害者達が奪われた記憶は一部だけ、医療班や精神科医の診断によると主に彼等の人生における【辛い過去や悲惨な経験】に関するものだけだった。そんな記憶を盗む目的や意図はわからない。だが被害者達は、往々にして前向きになり業務成績向上や人間関係の改善、そして社会復帰……という具合に被害者にとっては良い結果を齎していた。


そして協会は、記憶泥棒に関する警戒を緩めた。


記憶を盗める以上、このように記憶の大部分を奪い取ることも可能という危険性も察知できた筈だが、実態が掴めない彼よりも、異界門(ゲイト)関連の目に見えている危険性を優先してしまったのだ。


「今までの犯行は、この時のための余興だったと判断するべきでしょう。しかし、その目的は依然として不明です。被害者達に一貫性はなく、年齢、性別、職業、人種に至るまでバラバラで……」

「全放送局に連絡して、街全体に外出禁止令を発令しなさい。とにかく今はこれ以上、被害者を増やさないようにするのが先決よ」

「はい、只今」

「失礼しまぁす!!!」


額に汗を浮かべた、事務員の人が息を切らせながら賢者室に駆け込む。最近の彼はついに吹っ切れたのか何処かハツラツとしており、はっきりとした大きな声で喋るようになっていた。


「ノックはしなさい。それで、何かわかったの?」

「は、はい! 実は情報部に何件か通報があったらしいのですが」

「??」

「今朝13番街で、自分が記憶泥棒だと大声で主張して回っている怪人物が確認されていたそうです!! しかし、住民たちの殆どは気にも留めずに無視していたようで……」


ゲインズの事だ。13番街というリンボ・シティで最も悪名高い眼鏡が潜む魔境において、ただ大声で叫ぶだけの男など話題にもならない。情報部にその通報が入っただけでも奇跡という他ないが、情報部の方々は街中から寄せられる情報の整理に追われており、その【大声で叫ぶ自称記憶泥棒】だけに意識を向ける事はできなかった。


協会に通報が届いた時には、既に第二の記憶泥棒が街の人々を襲撃して回っていたのだ。


「そんな重大な情報は、即送って欲しいものなのだけどね」

「13番街ですから、仕方ありませんね」


サチコは目を細めながらボヤく。13番街とは、それ程までにトラブルが頻発する地域であるらしい。大抵の場合、そのトラブルに例の眼鏡が関わっていたりするのだが。


「記憶泥棒と名乗る男性は、その……」

「言いなさい、今はどんな情報でも」

「ウォルター・バートンと接触して少しの間会話したあと、人目を避けるように歩き去ったそうです。また、その男性とバートン氏が二人で街を歩いている姿も目撃されており」


大賢者は沈黙した。サチコの眉も大きく歪み、事務員は汗を垂らしながら二人の指示を待っていた。数十秒の沈黙の後、大賢者は重い口を開いた。


「サチコ、外出禁止令を出したあとに優秀な人員を二名ヘリで向かわせなさい」

「わかりました」

「貴方は事務室に戻りなさい」

「は、はい! 失礼しました、大賢者様!!」


サチコは連絡端末を起動し、事務員は足早に賢者室を出た。大賢者は席を立ち、重い足取りで数歩進んだあと窓に両腕をつけて叫んだ。


「ああ……もう! 今日は!! 何て日なの!!!」


大賢者。魔導協会の代表たる彼女は部下の魔法使いだけでなく、街の住民達の安寧も心から願うまさに聖母の如き聡明な女性。だが、そんな彼女も叫びたい時は叫ぶのだ。聖母といえども、一人の人間である事には変わりないのだから……。


逆に紅茶がなくなると、それだけでこの世の終わりを感じます。

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