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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.4 One may cry or laugh one's life away
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エピローグ☆

長くなりましたが、無事に終わりました。紅茶の力のお陰です

あの事件の後、エマリーお嬢様は無事に魔導協会総本部にて父親のカイザル・ローゼンシュタール氏とご再会致しました。


お父様も顔を涙で濡らし、愛しい娘との再会を心から喜んでおられました。


カイザル氏はとても立派な面構えで、恰幅の良い体つきに整えられた髪と髭、そして強い信念の宿った凛々しい眼差しは正しく誇り高き貴族という言葉を体現したかのようなお姿でした。


いやはや、敵いませんな これは。


「ありがとう……本当に、ありがとう!」


彼は涙ながらに私めに感謝の言葉を投げかけ、握手をお求めになられました。


私は汚れた手袋を取ってそれに応じます。いやはや情けない……油断したとは言えこのような姿を、エマリーお嬢様やその父親たるカイザル氏に見せてしまうとは。


このアーサー、一生の不覚でございます。


「ありがとう、君のおかげだ。何とお礼を言えばいいのか……」

「カイザル様、お顔をお上げください。私は、ただ自分の心が命ずるままに動いただけです」

「はははっ、君は凄い男だな」


この光景を、大賢者様は何とも言えない表情で見守っております。旦那様は興味がないのか、あのまま警部さんの車を借りてお屋敷に御戻りになりました。好都合といえば好都合なのですがね。旦那様がいれば、大賢者様はさらに凄い顔になっていたでしょう


「……ですがあの時、魔導協会の方が現れなければ」

「何だって? 魔導協会の??」

「ええ、今は姿が見えませんが。ハンクスという凶悪な魔法使いを倒したのは、民間人に扮した協会のお方でございます。彼がいなければ……」


その言葉を聞いた時の大賢者様の表情たるや……ああ、これは思い出にできますな。


カイザル氏は思わず彼女に振り返り……


「本当なのか……?」

「ええ、その……はい、彼は我が協会が誇る私服巡回員です。私からの極秘の命を受けて単身あの教会に乗り込ませました」

「何と……」

「あの時、エマリーお嬢様に最も早く駆けつけられる職員は彼一人でした。確かに、危険な相手でしたが……私は、彼ならできると信じていました」


いやいや、大賢者様も大物ですな。穏やかな顔でよくもまぁこのような嘘を吐けるものです。隣のサチコさんは震えながら目を背けていますが、今回はそういう事にしておきましょう。


「ありがとう! ありがとう!! 私は誤解していた……君たちが其処まで

「電話でお伝えしたではありませんか、奇跡を起こしてみせましょう……と」


このカイザル氏も大変ご単純でありますな。いやはや、娘が絡んでいては平静を保てないのは当然でしょうがね。それにしても、いい顔をしていらっしゃいます大賢者様。


カイザル氏と大賢者様が会話を盛り上げている所、エマリーお嬢様が私に近付いてきました。


そのお洋服は新しいものにお着替えなさっていて、またまた愛くるしいお姿に……おっといけませんな。どうも彼女の前では唯の浮かれた好々爺となってしまうようです。


「あの話、本当なの?」

「本当でございますよ」

「アーサー?」

「ははは、かないませんな。お嬢様には」

「ふふふふっ」


お嬢様は全てお見通しのようです。彼女は暫く私を見つめた後、静かに仰いました。


「明日のね、お昼にはこの街を出るの」

「……左様でございますか」

「お父様は私から離れたくないみたいで、今日はお泊りの部屋も一緒にしたそうよ」

「愛され過ぎて大変ですな、お嬢様」

「ふふふ」


エマリーお嬢様はいじらしく体を揺らしながら、足先で硬い床を叩きます。

ああ、なんという愛らしさ……神よ、今私の目の前には天使が降り立っています。


「本当は、ケインの車に乗って街を少し回る予定もあったみたいだけど。ケインはもうお母様のところに行っちゃったから……」

「なるほど、それは困りましたな」

「……命令してもいい?」

「はい、お嬢様。何なりと」


彼女はその愛くるしい顔を私に向けて言いました。ですがその眼は凛々しく、薄らと大人っぽさを滲ませていました。いやはや、最初に出会った頃からはまるで別人でございます。


本当にお美しい……おや、いけませんな。どうやら私は少し興奮してしまっているようです。


「明日の車は、貴方が用意しなさい。この街のこと、お父様にも教えてあげないと」

「かしこまりました、エマリーお嬢様」


エマリーお嬢様はお父様のところに駆け寄り、私に手を振りました。私も足を揃え、頭を下げます。そして建物を後にしたのですが……。



「おや、まだ帰っていなかったのですか」

「あら、戻ってきたのですか。そのままいなくなるのかと思いましたわ」


何という事でしょう。協会の建物の前で、あの憎き冷血女が待ち構えているではありませんか。


おお、神よ……私が何をしたというのですか。


この女の顔を見るたびに、腹わたが煮えくり返るような度し難き不快な感覚が私を襲います。ああ、お嬢様、お助けください……。


「エマリーお嬢様……ねぇ」

「はい、何か?」

「可愛いですわねぇ~」

「その顔をやめて頂けませんか、彼女が穢れます」

「うふふふ~、好みですわ」


いっそこの場で心臓を杭で貫いてしまいましょうか。


確かに今日の一件は多少、ごく僅かに彼女に助けられたような気がしない事も無きにしも非ずではありますが。笑顔という神が人にお与えになった素晴らしき感情表現法を冒涜しくさったその醜く歪んだ面を見れば、彼女への感謝の念も一瞬にして消し飛ぶというものです。


ああ、いつか灰に帰してさしあげないと。


「では、お先に戻りますわね? アーサー君」

「どうぞ、何ならそのままバイクごと川に突っ込んでしまっても構いませんぞ」

「うふふふふっ、()を渡りかけたのは貴方の方だけどねぇ??」


彼女は憎らしげな笑顔を浮かべ、そのまま走り去りました。私は協会の車で屋敷まで送っていただきましたが……はぁ、憂鬱でございます。


屋敷に着いてからというもの、ルナ様やクロ様が何故か私に対して冷たくなった気もしますが、きっと恐らく気のせいでありましょう。エマリーお嬢様との夢のような一日に思いを馳せれば、このような処遇は甘んじて受け入れるべきです。旦那様? ああ、彼は()()()に捕まって一晩中虐められたそうです。


いやいや、お熱い事で……はて? 私に非はございませんよ?



◇◇◇◇



翌日、私はエマリーお嬢様とカイザル氏を新しく用意された車に乗せて街を少し回りました。カイザル氏もお嬢様も同じ顔をして街の風景や街並み、道行く人々を見ておられまして……


「おおー、これが噂のリンボ・シティ名物のウォルターズ・ストレンジハウスか!!」

「唯の古いお屋敷だわ、お父様。変な人が中から此方を見ているし……ちょっと不気味よ」

「いやいや、それがこの屋敷に住んでいる者たちは

「あっ、お父様! 空を見て!! 不思議な鳥が飛んでいるわ!!」

「おおっ、あの鳥は? アーサー、君はあの鳥を知っているか??」


さすがは親子ですな。そうそう、昼食は【ビッグバード】でご馳走いたしました。


ご両名が店に訪れた瞬間の、クロスシング夫妻のお顔ときたら……忘れられませんな。

やはり、私も旦那様に似てきたのかもしれません。いやはやお恥ずかしい。



やがて、別れの時間が訪れました。楽しい時間とは、本当に短く感じられるものです。


帰りの便は協会にご用意され、念の為に護衛として数名の優秀な魔法使いも同行させるようでした。スコットさんによく似た金髪の誰かを見た気もしますが、恐らく見間違いでしょう。


「お父様、少し……お時間を頂いても?」

「ああ、良いよ。しかし長くは待てないぞ?」


この街を離れようとするお父様と護衛を待たせ、お嬢様は私の元に駆け寄ってきます。


「アーサー、最後に聞くけど……」

「はい、ですが お嬢様……」

「……そう」

「……申し訳ございません」


彼女は、私をこの街から連れ出そうとしてくれます。ああ、この手を取って街から飛び出し、お嬢様に残りの生涯を捧げる……それはきっと夢のような日々なのでしょう。


ですが、どうやらそういう訳にもいかないようです。


私の心に反して、この体は街を離れようとしません……その理由は、またの機会に。


「アーサー」

「はい、お嬢様」

「最後……これが本当に最後だから」

「はい、何なりと」

「私を、抱きしめて」


その言葉を聞いて、私は昂ぶる鼓動を抑えつつエマリーお嬢様の前で跪き、そのお体を羽のように優しく抱き寄せました。そしてお嬢様は、私の耳元でこう仰いました。


「楽しい思い出を ありがとう……」

「……短い間ながら、貴女にお仕えできて幸せでございました」

「さようなら、アーサー……大好きだったわ」


その言葉を残してエマリーお嬢様は振り向かずに走り去り、カイザル氏と共にお帰りの船でこの街を離れられました。……どうやら私は、また少し彼女を傷つけてしまったようです。


「あらあら、アーサー君。このまま何処かに消えちゃうのかと思ったのに」

「ええ、そのつもりでしたがね」


一部始終を黙って後ろで見ていたのか、日傘をさした冷血女は癇に障る声で言いました。

いつの間に後をつけていたのでしょうねぇ、寒気がします。


「いいのよ? このまま飛び込んで、泳ぎながら追いかけても」

「その必要はございません」

「あんなに可愛い子の誘いを断るなんて酷い男ね。きっと彼女はこの日のことをずっと引きずるでしょう……ああ、可哀想」

「……知った風な口を利かないでいただけませんか、虫唾が走ります。それに、あの方はもう大丈夫なのですよ」


この屍人女の失言に思わず拳を握りしめそうになりましたが、苦虫を噛むような思いで私は堪えました。この女にはわからないでしょうがね、同じ人間である私にはわかるのですよ。


「あの方は、笑っておられました。笑って別れを告げられる程の女性に、これ以上何の助けが要るというのです?」

「……」

「貴女とは違うのですよ、マリアさん」

「ふふふ、何のことかしらね。私にはわかりませんわー」


彼女は白を切りながら乗ってきたバイクに歩み寄り、ヘルメットを被ります。そして何かを呟いて走り去りましたが、私には聞こえませんでしたな……ええ、聞こえていませんとも。


「……ああ、今日もいい天気でございますな」


私は空を見上げ、ひと呼吸ついたあとに車に乗り込み お屋敷に向かいました。



私の名はアーサー。フルネームはアーサー・C(クラーク)・ヴァンヘルシングと申します。


長い上に大仰な名前ではありますが……これが私の名でございます。


さて、皆様は歳を取る事についてどう思いますか? 神が与えた試練だと思われますか??


せめて死ぬ瞬間まで若い姿のままで……と思われる人もおられるかもしれませんな。


全くもって、若さとは素晴らしいものです。私も若い頃は……。


ですが、どうやら私は歳をとる事を楽しんでしまっているようです。何故かと言いますと


歳をとり、老いていく事で()()()とは違い、私はまだ生きていると実感できるのですから。



chapter.4 「One may cry or laugh one's life away」 end....


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