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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.4 One may cry or laugh one's life away
48/123

10☆

寝る前に紅茶を飲み、次はどんな話を書こうかと考えるのがささやかな楽しみです。

公道を走るケインの車の中で、エマリーはうわ言のように同じ言葉を繰り返し呟いていた。


「どうして……ケイン……」

「申し訳ございません」

「貴方は……ずっと私の側にいて……」

「はい、生まれたてのお嬢様を取り上げたのは私です」

「いつも……夜には、絵本を読んでくれて……」

「エリック・カール著 Dad, Please Get the Moon for Me(お父様、お月様を私にください) でございますね。お嬢様のお気に入りでした」


エマリーの瞳からはとめどなく涙が溢れた。そんな彼女の姿を見ても、ケインは表情一つ変えなかった。この男は、彼女の事を家族とは思っていなかった。そしてもはや仕えるべき相手とも見ていない。


「貴方は、お父様の小さい頃からの友人で、お母様とも……」

「はい……お嬢様」

「どうして……」

「お嬢様、貴女は魔法というものをどう思いますか」


ケインは冷たい声で、淡々と喋りだした。


「魔法というものは凄い力を持っています。それはもう、世界中がその力を欲しがっていると言っても過言ではありません」

「何を、言っているの……?」

「しかし、その魔法に関する多くの知識や技術は魔導協会が独占しています。ずるいと思いませんか? 彼らはその力を、自分たちだけで独り占めしているのですよ」

「ケイン??」

「私は、その力が欲しい。その為に、貴女の(ぎせい)が必要なのです。お嬢様」


今朝のエマリー嬢が宿泊している部屋への襲撃、その手引きをしたのはケインである。


彼はローゼンシュタール家の使用人、それも当主カイザル・ローゼンシュタール氏お抱えだ。当然、協会側も彼に対しては警戒が薄らぐ。ホテル側に至っては、彼にエマリーの為に用意されたスーペリア・クイーン・ルームへ立ち入るための鍵と、ホテルの監視カメラ以外の警備システムの作動を封じる機能が搭載された複合キーを手渡していた。


だが、今回はそれが仇となった。


彼は魔法の力に魅せられていた。そして、その技術を他国に売り払った場合に齎される莫大な富にも。魔法の技術的ノウハウや知識の殆どは魔導協会が所有している。だがそれを入手する事は魔導協会、そして大賢者が存在する限りは不可能だろう。魔法の技術を手に入れる為には大賢者を亡き者にするか、()()()()()()()()()()しかない。


その為に、彼は一つの計画を立てた。


「ぎせい……?」

「ご安心ください。貴女様は、無事に開放いたします。お父様のカイザル様ともご再会できるでしょう。しかし、その前にあるものを身につけて頂きます」


まずはエマリーを誘拐し、魔導協会の信用を失わせる。


恐らくは魔法使いが護衛につく筈だ、だからこちらも魔法使いを用意する必要があった。ハンクスはその点で言えばまさにうってつけともいえる人物だ。彼は協会に所属しておらず、尚且つ強力な魔法使い……その上、戦闘狂であり【強い魔法使い】との戦いを渇望している。協会の魔法使い、それも護衛を任される程の精鋭と戦えるという言葉をチラつかせれば彼は喜んで協力するだろう。


ハンクスの所在は協会も掴めていないが、その連絡先は街の情報屋から入手する事が出来た。彼は暗殺も請け負っており、裏の情報網に自分に辿り着く為の僅かな情報を意図的に流しているのだ。


その情報網は協会にも把握できていない、まさに闇の領域である。


そして誘拐屋、これは街の外で雇った。ハンクスは戦闘以外に興味がない為、エマリーの誘拐はその道のプロに依頼するのが妥当だ。だが彼等が雇われた理由はまだある。


それは、この計画の肝となる【主従の誓い】の効果を試す為だ。


いくらプロといえども、命に関わる危機的状況に直面すれば口を割ってしまう事もあるだろう。それを防ぐのと、道具の効果を確かめる為に誘拐屋全員にその腕輪をつけさせた。彼らからすれば、単に居場所を知らせる何らかの端末だと思われたのだろう。爆発するぞとは伝えられていたが、冷やかしだと思われていたようだ。


街の外の誘拐屋を雇ったのは、その腕輪の事を知らない者である必要もあったからだ。


ケインがどうやって腕輪を入手したかは気になる所だが、新動物や異人種達の人身売買の件を鑑みればそういった道具が街の外に流出していたとしてもおかしくない。隠された密輸ルートがリンボ・シティ内に未だ存在している可能性も捨てきれない。


当初の予定では誘拐屋達からケイン自らがエマリーを救出し、そのまま腕輪をつけて魔導協会総本部に向かい、カイザル氏と再会させた後に起爆させる。運がよければ大賢者も始末できるだろう、もしできなかったとしても協会の信用を失墜させるには十分すぎる理由になる。


アーサーの活躍によって当初の予定から多少のズレが生じたが、彼女が腕輪をつけてしまえば目的は達成できる。


「私はね、ずっと貴女の母親を見ていたのです。ずっとね……」

「ケイン……??」

「貴女のお父様とは幼い頃から友人だった。確かにそうです……ですが、彼はローゼンシュタール家の跡継ぎ……私は唯の平民です。わかりますか?」

「……」

「ははっ、わからないでしょうね。実はね、貴女のお母様も平民の生まれだったのですよ」

「えっ……」

「私は、彼女といつも一緒にいた。貴方のお父様と出会う前からもずっとです……ッ」


ケインはエマリーの母親と幼馴染だった。そして、カイザル氏とも。この三人がどう巡り合ったのか、それは彼等にしかわからない。やがて三人は身分を越えて友情を築き、その件もあってケインはカイザル氏に使用人として雇われたのだろう。


「でもっ、彼女は貴方のお父様を選んだ……当然です。私は平民で、あいつは貴族!!」


ケインは感情を顕にしながら喋り続ける。エマリーはただ黙って聞いているしかなかった。彼女の精神は既に限界だった。その顔にはもう、アーサーを魅了した笑顔は浮かばないだろう。


「そして、貴女が生まれました。ええ……お嬢様は、お母様にそっくりで本当に美しい女性です。でもその髪は、その瞳はあいつの、カイザルの色だ。貴女を見ていると嫌でも痛感してしまうのですよ、お嬢様。彼女は、もう奴の女になったのだとね」

「……ッ」

「そして、彼女は死んでしまった。何故でしょう? それ以来、私は貴女を見る度にこう思うようになりました」


「せめて、貴女が生まれなければ……とね」


その言葉を聞いて、エマリーの心は砕けた。彼女の目の前は真っ暗になり、その耳はもう何も聞こえなくなった。ケインはまだ恨み節をぶつけているようだが、彼女にはもう聞こえていない。



◆◆◆◆



リンボ・シティ5番街 大型服飾店【Jupiter】前


「よしっ、運ぶぞ!」

「酷い……、この怪我じゃもう……」

「まだ息はある! 急げ、早く病院に!!」


通報があった服飾店の前に到着した救急隊が満身創痍のアーサーを担架に寝かせる。あの後、彼は何とか燃える車内から自力で脱出したがそこで力尽きてしまったようだ。救急隊が慎重に血塗れの老執事を運ぼうとした時、バイクに乗ったマリアが到着する。


「……案の定、ですわね」


マリアは車体を傾けたフルブレーキで速度を落としながら停車し、愛用のバイクから軽やかに降りた。ヘルメットを脱ぎ捨てた彼女は、呆然と自分を見つめる救急隊を尻目に、担架に乗せられている瀕死のアーサーに声をかけた。


「あらあらアーサー君、随分素敵な姿になったじゃない? 旦那様たちを捨て置いて、貴方は何をしていたのかしらぁ?」

「こ、こら君! 今は急いで

「 黙れ 」


彼女は救急隊員の一人に冷たく言い放ち、その目を睨んだ。睨まれた救急隊の体は突然硬直し、身動きがとれなくなる。担架を担ぐもう一人の隊員も彼女の気迫に圧されている。


「ねえ、アーサー? 貴方、もしかして私から逃げるつもり?」


その言葉が届いたのか、アーサーの右腕が微かに動く。


「情けないわぁ……貴方、私に言った()()()()は嘘だったのねえ。うふふっ、若気の至りというものだったのかしら?」


アーサーは満身創痍だ、下手に動けばその容態は更に悪化するだろう。意識は既に失っており、このままでは微かな命の灯火も消えてしまう。そんな彼の耳元で、マリアは囁き続ける。


「そう、逃げたいの。じゃあ仕方ないわね、そのまま尻尾を巻いてお逃げなさい。決して後ろは振り向かないことね……」


右腕に続き、左腕も動き出す。アーサーの表情は苦悶に満ち、その両腕は小刻みに痙攣している。


彼の肉体からミシミシという嫌な音が聞こえてくる。まるで体の中で何かが繋がり合うような……すると今度は、体中の傷口から蒸気のような物が発生する。救急隊員は何が起きているのか理解できず、ただ呆然と立ち竦んだ。


「うふふふっ」


苦しむアーサーの顔を見ながらマリアは嬉しそうに笑い、再び彼の耳元で囁く。


それは、とても優しい声色だった。


「向こうで妹に会ったら、よろしく伝えておいてね。貴女の血は────」

その言葉を聞いたアーサーは目を見開き、上体を勢いよく起き上がらせた。


体からは血が噴き出すが、先程まで流れ出ていた血は、何故かその時を最後にピタリと止まった。救急隊員は思わず担架から手を離し、アーサーはそのまま地面に落下する。しかしそれをまるで意に介していないように、彼は静かに口を開く。


「……夢を見ていました」

「おはよう、アーサー君。いい夢だったかしら?」

「いいえ、最悪でしたよ」


アーサーは立ち上がり、ハンカチで顔の血を拭った後、マリアの顔を見つめる。その目はどこか悲しげだったが、口元は緩み不敵な笑みを浮かべていた。


「で? どうするつもりなのかしら??」

「エマリーお嬢様をお迎えに行きます」

「お嬢様?」

「事情は後でお話しましょう、では後ほど」

「どちらへ??」


エマリーは事件の黒幕であるケインに攫われてしまったが、アーサーは至って冷静だった。


その理由は、彼の手にした携帯電話が教えていた。彼はエマリー嬢の肩に優しく触れた時、洋服に小型の発信機を取り付けていたのだ。あの爆発の中で電話が無事だった事も驚きだが、年端も行かない可憐な少女の衣服に、躊躇なく発信機を仕込むこの執事も大概である。


「6番街か……、確かに隠れ蓑には打って付けですな」

「聞こえているのかしら? どちらへ行くの、と聞いているのよ?」

「貴女には関係の無いことです、お気になさらず」


アーサーは最初からそのケインという使用人を疑っていた。魔法使いの護衛が付いているというのに安全の確認……等と言って部屋を離れるのは不自然である。ハンクスの攻撃に巻き込まれないようにする為だったとしても、もう少しマシなアリバイ工作を考えるべきだ。


(かのお麗しいエマリーお嬢様にお仕え出来ているというのに、一体何が不満だというのですか。全く、外の人間というものは本当に度し難い。人間様の底が知れますな……本当に反吐が出ます。さて、どうしてやりましょうかね……とりあえず鼻を潰して指を千切りますか)


せめて襲われた時にエマリーを庇い力尽きる振りをするだの、彼女を抱えて逃げようとするだのは最低限やっておくべきだっただろう。おまけに無関係なホテルマンや警備員まで殺されてしまっているというのに、部屋を出た彼はエマリー嬢のところに殆ど無傷で戻ってきた……疑うなという方が無理というものだ。


「車の方は……、やはり駄目ですか」

「いい車だったのに残念ねぇ、酷い男に散々乗り回されて可哀想でしたわ」


自分の車に乗ったのも後からケインの車を尾行する為だったが、流石のアーサーでも気配を殺して死角から忍び寄るハンクスにまでは気付けなかった。


「急を要するのでこの辺りで、おばさんはさっさと旦那様たちと屋敷にでもお戻りください」

「そうさせてもらおうかしらね。アーサー君の無様な姿も見られたし、とっても満足ですわ」

「では失礼、お美しいエマリーお嬢様が私のお迎えを待っておられますので」


アーサーはマリアにそう言い放つと、ボロボロの服装のまま歩き出す。まさか本気で歩いて向かうつもりだろうか。


「待ちなさい、小僧」


突然、マリアがアーサーを呼び止める。


「はて、何ですかな? 私は急いでいるのです」

「一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「何ですかな? 急いでいるので手短にお願いします」


老執事は数歩進んだ後に足を止め、振り向かずに彼女と言葉を交わす。心なしか彼の声色はいつもよりも穏やかだった。


「そのお嬢様、可愛いの?」


「それはそれはもう」


そして振り向いたアーサーは満面の笑みで言う。彼の言葉を聞いたマリアは小さく笑うとヘルメットを拾い上げて再度被り、バイクに跨る。彼女はエンジンをかけて呟いた。


「6番街、でしたわね?」

「はて? 何の話で

「乗りなさいアーサー、飛ばしますわよ」

「お心遣い感謝致します、マリア先輩」


アーサーはマリアの後ろに乗り、振り落とされないよう彼女の腹部に手を回す。


腕の上に不愉快で大きな二つの脂肪の塊が乗っているようだが、アーサーは眉一つ動かさない。ヘルメットの下でマリアは不機嫌そうな笑みを浮かべ、勢いよくバイクを走らせた。マリア達が走り出した直後に、警部達のパトカーも到着する。その後部座席には、ウォルターとルナが同乗させて貰っていた。


「警部、目の前を走るバイクを追ってくれ。全力で」

「あ!? だから例の炎上した車を

「いいから走れ、見失ったら君に魔法を撃つ」


ウォルターは先程走り出したバイクを視認しており、後ろに乗っている血塗れの男がアーサーである事もひと目でわかった。警部は泣く泣くスピードを上げ、前を走るバイクを追った。パトカーの助手席には刑事も乗っているが、その顔はもはや色んな感情を乗り越えた菩薩の如き落ち着いたものであった。


彼は穏やかな表情で警部に心情を吐露した。


「警部、俺 もう無理かもしれません」

「わかるよ、俺もそろそろ限界だもん」

「大変ね……警察の人は。でも、もう少し頑張って?」


後部座席に居座るルナは優しい声で彼を励ます。その甘い言葉を聞いて、少しは気が楽になったのか刑事の瞳には生気が宿る。そんな彼とは対照的に、警部の瞳は更に濁ってしまった。


時刻は午後4時過ぎ。エマリーを目指して走る彼等の後を追うように、空を数頭のゴストム・ファラエールが悠々と泳いでいった。


大抵の場合、考えすぎて禄に寝れないというひどいオチが付きますが

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